NHKのVFXチームが定評ある外部パートナーたちとの強力タッグで挑んだ、実写VFXと再現CGアニメーションの融合。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 221(2017年1月号)からの転載となります
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©NHK
NHKスペシャル『戦艦武蔵の最期 ~映像解析 知られざる"真実"~』
放送予定日時:【総合】2016年12月4日(日)21:00~21:49
www6.nhk.or.jp/special
実写VFXのノウハウを活かした臨場感あふれる海戦シーン
1944年10月24日(火)にシブヤン海で沈没した戦艦武蔵について、先日『NHKスペシャル』(以下、Nスペ)が特集した。70年以上のときを経て、再び武蔵が脚光を浴びるきっかけになったのが、昨年3月にマイクロソフトの共同創業者として知られるポール・アレン率いる探査チームが、シブヤン海の水深1,200mの海底に沈むその姿を発見したことである。レイテ沖海戦に参加した戦艦武蔵は、5度にわたるアメリカ軍の空襲を受けたことにより沈没したという記録が残されている。今回の『Nスペ』では、昨年新たに公開された記録映像やNHKが独自に入手した資料を下に、ハイクオリティなCGアニメーションによって再現することが目指されたという。一連のCG制作をリードしたのは、松永孝治VFXスーパーバイザーを中心としたNHKのVFX班。昨年放送された『生命大躍進』のフォトリアルな生物VFXでも注目をあつめたチームだが、今回は武蔵という人類史上最大級の戦艦をドラマチックに描くことに挑んだ。
前列・左から、古川泰行エフェクトアーティスト、中原さとみCGデザイナー、前 和佳子コンポジター、松永孝治VFXスーパーバイザー、中野おかゆCGデザイナー、稲垣充育コンポジター。後列・左から、勝田雄貴CGデザイナー、加藤晴規コンポジター、渡部辰宏CGデザイナー、安藤隼也エフェクトアーティスト、野平幸寿エフェクトアーティスト。以上、NHK。
しかし、同時期に来年1月に放送予定の『ダーウィンが来た!』プロジェクトも手がけていたことから(※本誌P80参照)、外部パートナーとのコラボレーションを積極的に行う戦略がとられた。「具体的には、絵コンテならびにアートディレクションはNHKアートさん、武蔵のモデリングは帆足タケヒコさん、武蔵のリギングはトランジスタ・スタジオさん、米軍機のアセットとプリビズ制作はフォトンアーツさんにお願いしました。ショットワークについても、空戦シーンの一部は『永遠の0』を制作した白組に、全編にわたって登場する海面のシミュレーションとレンダリングについては『海難1890』を手がけた東映アニメーション デジタル映像部にお願いしました」(松永氏)。錚々たる顔ぶれだが、それに対するNHKのチームは、CG(ゼネラリスト)4名、コンポジター4名、CGエフェクト専任3名という少数精鋭で、主には下流工程と武蔵が沈没するスペシャルな表現を担当した。今年の3月から8月にかけて行われたプリプロならびにアセット制作を経て、8月から10月の2ヶ月間で全66ものショットワーク(4K解像度)を、先述した白組ならびに東映アニメーションの協力を得ながらやり遂げたという。
01 プリプロダクション&アセット制作
画が求めるアセットを的確に見極める戦艦武蔵のモデル制作について。松永氏もCGスーパーバイザーとして参加したスペシャルドラマ『坂の上の雲』(2009~2011)プロジェクトで制作した三笠のモデルが1,000万ポリゴンで制作したところ、データ負荷が大きすぎてショットワークで苦労したという経験があったことから、本プロジェクトでは500万ポリゴンを目安に帆足タケヒコ(studio picapixels)氏に作成してもらったという。ドキュメンタリー番組では映画やドラマ以上に、時代考証に基づく正確な表現が求められる。そのため、データマネジメント以上に考証への対応に時間を費やしたそうだ。「同じ武蔵であっても時期によって状態が異なるんです。例えば、雰囲気を高めるねらいから加えたエイジング処理に対して、『この時期の武蔵は進水して間もないので汚れすぎている』という指摘を受けたので修正するといった細かな対応をくり返す必要がありました。プリビズ制作でも当時の記録を基に、水柱の上がる位置なども細かくチェックしています」(松永氏)。考証で得た情報を外部パートナーと共有する際にも細かな対応が求められたと、CGデザイナーの中原さとみ氏も続ける。「武蔵は5度にわたる米軍機の空襲を受けるのですが、各回で出撃した部隊も各機体の番号も異なります。そこで間違えないようにショットごとにしっかりとリスト化しつつ、口頭だけでなくWikiを作成することで情報共有を徹底しました。何か変更が発生したときはできるだけ早く関係者に伝えることを心がけましたね」。
実は当初、武蔵と米軍機だけで再現CGアニメーションを制作する計画だったそうだが、プリビズ制作を進めていくなかで、無人だと幽霊船のように見えてしまうことがわかったという。そこで、より臨場感のある再現映像に仕上げるべく急遽、アメリカ兵と日本兵のモデルを制作することに。「時間も限られていたので、フォトグラメトリ(写真による3Dスキャンデータをベースにモデリング)を利用することにしました。NHKの近くにDOOBという、一般向けには写真から自分や家族、友人の3Dフィギュアを制作するサービスを展開している業者さんのスタジオがあるのですが、相談したところモデル制作も手がけていることがわかり、そちらへお願いしました」(松永氏)。米軍機のパイロット×1、武蔵の乗組員×6という7体が制作されたが、モデルは自分たちで担当したという。「特に日本兵役は坊主頭にする必要がありました。自分を筆頭に、本多冬人(アートディレクター)さんにも坊主頭になっていただきましたよ(笑)」と、松永氏。裏を返せば長年にわたる信頼関係の賜物とも言えそうだ。スケジュールや予算の都合上、アニメーション作成は控えた(HumanIKによるポージングに止めた)というが、兵士キャラを配置しただけで画としての説得力が確実に増したという。
本多AD(NHKアート)が描いた絵コンテの例
帆足氏が作成した武蔵の完成モデル(Arnoldによるレンダリングイメージ)
フォトンアーツが作成した米軍戦闘機の完成モデル。
ヘルダイバー。いずれもNHKが用意したライトステージ(武蔵と共通)を用いてルックデヴが施された
フォトグラメトリを用いた兵士のモデル制作。
DOOBが制作した兵士。いずれもVFXスタッフがモデルを務めているが、日本兵役の担当者はわざわざ坊主頭に
実際に作成されたシーンの例。動きこそしないが、兵士キャラが配置されたことで画としての魅力が高められた
プリビズと完成ショットの比較。一連のプリビズ制作もフォトンアーツが担当
時代考証を反映したVFXスタッフ向け資料の例
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02 キャラクターアニメーション&フェイシャル
画的なインパクトと時代考証を両立させる再現CGアニメーションの大半の舞台となるのは当然ながら海上だ。自ずと海面や水飛沫のエフェクトワークが作品の出来映えに直結することになる。先述のとおり、海面のシミュレーション表現は東映アニメーションの協力を得る一方で、NHKのエフェクトアーティストたちは後半の見せ場となる沈没表現に挑んだ。『坂の上の雲』3部作では、水表現にはNaiadを、煙表現には3ds MaxのFumeFXを用いていたが、NHK内ではLinuxベースのサーバを運用していることに加え、ことエフェクト表現については効率的にトライ&エラーとノウハウの蓄積が行えることから日本でも着実にシェアを伸ばしつつあるHoudiniをメインツールとした体制に移行中だという。「本作の流体表現もHoudiniベースで作成しています。エフェクトについては、レンダラもMantraを利用しました」(古川泰行エフェクトアーティスト)。沈没の表現はFLIP流体シミュレーションを利用したそうだが、馬鹿正直に計算するのではなく、ひとつのシミュレーション結果を可能な限り流用できるように工夫したという。「カメラが変わっても、再計算にそれほど時間を要さないようにセットアップすることで汎用性をもたせました」(安藤隼也エフェクトアーティスト)。主砲の爆煙に関してはPyroを使用。艦砲の発射表現はリファレンスが非常に限られたため、VFX側から提案するかたちで作業を進めることになったという。また、コンポジットの際にどのようなかたちの素材が望ましいのか、稲垣充育コンポジターたちと相談しながら進めたそうだ。「Alembic形式で書き出して、エフェクト自体の照り返しも、コンポジット作業時に調整できるようにしました。また、武蔵の煙突が映るショットが多いため、立ち上る煙にも苦労しました。それについてはショットごとに煙突の位置情報を自動で取得し、そのポジションから出るようにとシーンを工夫しています」(古川氏)。飛沫についてもできる限りキャッシュを流用し、厳しいところだけシミュレーションをし直すという方針が徹底された。
エフェクトに関しても時代考証への対応に苦労したそうだ。プリビズに対して、「当時の戦闘機は海面すれすれの低空飛行はできない」という指摘に加えて、武蔵の航行速度もより低速へと修正したという。それに伴い船の挙動は抑え目に仕上げることに。(特に史実に基づかない)映画やドラマであれば画的な派手さを優先する場合もあるが、こうしたところに再現映像ならではの難しさがあったそうだ。「ですが、歴史や軍事には非常に詳しい方々が必ずいらっしゃいます。本作ではできる限り当時の状況を正しく再現することにこだわっているので、そうした方がご覧になっても納得してもらえると嬉しいですね」(中野おかゆCGデザイナー)。
白組がショットワークを担当した空戦ショットの例
Mayaのシーンファイル
白組が手がけた空戦ショットのブレイクダウン
コンポジット&グレーディングを施した最終形
主砲発射ショットのブレイクダウン
本作最大の見せ場である武蔵の沈没クライマックス。Mayaから武蔵のCGモデルをAlembicで書き出し、HoudiniのFLIPによる海面シミュレーションが作成された
Houdiniによるエフェクト作業負荷を軽減させるべく、NUKE上でMayaから読み込んだLocatorの位置に実写の飛沫を追加。同様に武蔵CGモデルのUVを使い、NUKE上でマッピングし、滴り落ちる水素材を貼るといった処理も施された
沈没ショットのブレイクダウン
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03 レンダリング&コンポジット
細かな加工を積み重ねることで奥行きのある画づくりを実践そして、コンポジットワークである。「今回は実写ベースではなく、フルCGアニメーション。それに対してロケーションは、東南アジア(フィリピン沖合)の海ということで、実写のプレート(リファレンス)が介在しない条件で各担当者の感性ありきでコンポジットしてしまうと、ルックにバラつきが生じるリスクが高くなってしまいます。そこでまずはベースコンプを作り、それを共有するかたちで作業を進めました」と、稲垣氏はふり返る。当初は、南の海ということで海や空を南国っぽい色合いにしていたそうだが、戦闘描写と南国特有のトロピカルなルックが乖離してしまったため、空間に漂う煙を加えるといった、ルックの試行錯誤に時間を費やしたという。また漂う煙の表現だが、最初は近接信管による表現として加えていたところ、「当時の大日本帝国海軍の兵器には近接信管は存在 しない」という時代考証の指摘が入ってしまったそうだ。単純に煙を外してしまうと、画的なインパクトが弱まってしまうため、「具体的な兵器によるものではなく、"雰囲気足しの煙"(=発生源を明確に描かない)として表現することで画づくりと時代考証を両立させたというから興味深い。こうした、立体感を演出する(奥行きのある)画づくりを行う上では、2Dの実写素材を単純に配置するのではなく、NUKEの3D空間上にプレーンやスフィアを何層かに分けて配置し、フラクタルノイズが距離に応じてずれるように設定するといった細かな工夫が凝らされている。背景の空についても360度のHDRIをNUKEの3D空間に貼り込み、各ショットごとにMayaからインポートしたカメラを配置するといった手間暇をかけたという。ちなみに魚雷による水中爆発を表現する水柱については、実写素材も利用したそうだが、『坂の上の雲』制作時に撮影した素材だったため、これまた時代考証に照らし合わせる と水柱の高さがまったく足りないことが発覚したそうだ。「『坂の上の雲』の舞台となる日露戦争と、今回の太平洋戦争では約40年の隔たりがあるため、火薬の威力が大きく異なることが判明したんです(苦笑)。太平洋戦争時の水柱としては高さ150m程度が正しいということで、実写素材を水柱の根元や先端といった各部位ごとに分解した上で、それらの加工調整したものを組み合わせることで対応しました」(稲垣氏)。
作業効率を高めるためのインハウスツールも開発された。「Maya上でレンダーレイヤーを作って特別な設定をするといった操作を、毎回手動でやるのは面倒ですし、ヒューマンエラーも生じやすくなってしまいます。そこでくり返し行う回数の多い操作を手早く実行するためのツールを作成しました」(渡部辰宏CGデザイナー)。タイトなスケジュールに加えて、ドラマ的な画づくりと時代考証の両立に終始苦労したという本プロジェクト。「実は沈没シーンでは『夕闇が深まる中、胴体に穴が空いた武蔵が寂しく沈んでいく向こうの空に月が見えた』という生き残った方の証言を画づくりに反映するといったことも行なっているんです。今回はドキュメンタリー番組向けのフルCGアニメーションということで、日頃の実写ドラマ向けVFXとは異なるアプローチが求められましたが、新たな表現を創り出せたと思います」(松永氏)。
海面シミュレーションが介在するショット例
ブレイクダウン
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今回開発された[MU_ControlWindow]。レンダーセッティング、レンダーレイヤー等の設定を自動で行う作業支援ツール。主に作業時間短縮やヒューマンエラーをなくすことを目的に、プロジェクト初期に約2週間で開発。プロジェクトの進行に応じて随時機能が追加されていった
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武蔵が発射する機銃のパーティクルを制御するための専用ツール。プロジェクト途中で急遽必要になり、実制作と平行しながら2日ほどで開発したという
インハウスツールの使用例
NUKEのプロシージャルノイズで作成した雰囲気足し用の煙素材をSphereに貼り、3D空間内に配置する/ブレイクダウン
武蔵が沈没し始めるショットより。背景は360度パノラマHDRIをNUKEの3D空間にマッピングし、各ショットごとにCGのカメラデータを渡してレンダリング
Houdiniによる海面と飛沫のシミュレーション
ブレイクダウン
一連の素材を合成したコンポジット完成形(グレーディング前)