03 レンダリング&コンポジット
細かな加工を積み重ねることで奥行きのある画づくりを実践そして、コンポジットワークである。「今回は実写ベースではなく、フルCGアニメーション。それに対してロケーションは、東南アジア(フィリピン沖合)の海ということで、実写のプレート(リファレンス)が介在しない条件で各担当者の感性ありきでコンポジットしてしまうと、ルックにバラつきが生じるリスクが高くなってしまいます。そこでまずはベースコンプを作り、それを共有するかたちで作業を進めました」と、稲垣氏はふり返る。当初は、南の海ということで海や空を南国っぽい色合いにしていたそうだが、戦闘描写と南国特有のトロピカルなルックが乖離してしまったため、空間に漂う煙を加えるといった、ルックの試行錯誤に時間を費やしたという。また漂う煙の表現だが、最初は近接信管による表現として加えていたところ、「当時の大日本帝国海軍の兵器には近接信管は存在 しない」という時代考証の指摘が入ってしまったそうだ。単純に煙を外してしまうと、画的なインパクトが弱まってしまうため、「具体的な兵器によるものではなく、"雰囲気足しの煙"(=発生源を明確に描かない)として表現することで画づくりと時代考証を両立させたというから興味深い。こうした、立体感を演出する(奥行きのある)画づくりを行う上では、2Dの実写素材を単純に配置するのではなく、NUKEの3D空間上にプレーンやスフィアを何層かに分けて配置し、フラクタルノイズが距離に応じてずれるように設定するといった細かな工夫が凝らされている。背景の空についても360度のHDRIをNUKEの3D空間に貼り込み、各ショットごとにMayaからインポートしたカメラを配置するといった手間暇をかけたという。ちなみに魚雷による水中爆発を表現する水柱については、実写素材も利用したそうだが、『坂の上の雲』制作時に撮影した素材だったため、これまた時代考証に照らし合わせる と水柱の高さがまったく足りないことが発覚したそうだ。「『坂の上の雲』の舞台となる日露戦争と、今回の太平洋戦争では約40年の隔たりがあるため、火薬の威力が大きく異なることが判明したんです(苦笑)。太平洋戦争時の水柱としては高さ150m程度が正しいということで、実写素材を水柱の根元や先端といった各部位ごとに分解した上で、それらの加工調整したものを組み合わせることで対応しました」(稲垣氏)。
作業効率を高めるためのインハウスツールも開発された。「Maya上でレンダーレイヤーを作って特別な設定をするといった操作を、毎回手動でやるのは面倒ですし、ヒューマンエラーも生じやすくなってしまいます。そこでくり返し行う回数の多い操作を手早く実行するためのツールを作成しました」(渡部辰宏CGデザイナー)。タイトなスケジュールに加えて、ドラマ的な画づくりと時代考証の両立に終始苦労したという本プロジェクト。「実は沈没シーンでは『夕闇が深まる中、胴体に穴が空いた武蔵が寂しく沈んでいく向こうの空に月が見えた』という生き残った方の証言を画づくりに反映するといったことも行なっているんです。今回はドキュメンタリー番組向けのフルCGアニメーションということで、日頃の実写ドラマ向けVFXとは異なるアプローチが求められましたが、新たな表現を創り出せたと思います」(松永氏)。
海面シミュレーションが介在するショット例
ブレイクダウン
-
今回開発された[MU_ControlWindow]。レンダーセッティング、レンダーレイヤー等の設定を自動で行う作業支援ツール。主に作業時間短縮やヒューマンエラーをなくすことを目的に、プロジェクト初期に約2週間で開発。プロジェクトの進行に応じて随時機能が追加されていった
-
武蔵が発射する機銃のパーティクルを制御するための専用ツール。プロジェクト途中で急遽必要になり、実制作と平行しながら2日ほどで開発したという
インハウスツールの使用例
NUKEのプロシージャルノイズで作成した雰囲気足し用の煙素材をSphereに貼り、3D空間内に配置する/ブレイクダウン
武蔵が沈没し始めるショットより。背景は360度パノラマHDRIをNUKEの3D空間にマッピングし、各ショットごとにCGのカメラデータを渡してレンダリング
Houdiniによる海面と飛沫のシミュレーション
ブレイクダウン
一連の素材を合成したコンポジット完成形(グレーディング前)