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    SABU監督ならではの世界を体現した、映画『天の茶助』のVFXとカラーグレーディングの匠の技を紹介する

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 204(2015年8月号)からの転載記事になります

    独特の世界観を支えるVFX

    今回のVFXアナトミーはSABU監督作品、映画『天の茶助』から、SABU監督が描く独特なルックをもった映像が、いかにして作り出されたのかを紹介する。

    『天の茶助』予告篇

    本作は、下界の人間たちの人生のシナリオを書く天界の脚本家たちに茶を供する茶番頭の茶助(松山ケンイチ)が、関心をもってしまった下界の女性の運命を救うために自ら下界に降り立つという、沖縄を舞台に異世界をめぐる痛快ファンタジー作品だ。SABU監督の世界観を表現するためVFXスーパーバイザーの大萩真司氏を中心に、パイプライン、IMAGICA、ゼネラルアサヒがVFXおよびカラーグレーディングを担当している。

    左から、藤井義一オンセットスーパーバイザー、長谷川将広カラリスト、今井恭子コンポジター、青沼雅人FXアーティスト、大萩真司VFXスーパーバイザー(パイプライン)

    左から、和歌山 博CGデザイナー(ゼネラルアサヒ)、大窪真悟CGディレクター、長塚 創デジタルアーティスト(風車)

    左から、河原夏子グレーディングアシスタント、石田記理テクニカルディレクター、新部信行DIT、阿出川健太データマネジメント/コンフォーム、川島大資ラボコーディネート(IMAGICA)

    本作の撮影は全編沖縄ロケということで、大萩氏と同じくVFXスーパーバイザーの藤井義一氏が現地に3週間撮影スタッフに同行し、VFXショット制作のためのスーパーバイズに携わっている。VFXショットは約90カット、20から30日間でショット制作を行なったという。

    本作のVFXショットはとてもSABU監督色が濃い、独特のイメージをもったショットが多いため、イメージの共有が難しかったのではないかと思うが、「撮影素材がIMAGICAのラボに入るまで全て沖縄での制作となったので不安でしたが、自分が東京と福岡の2つに拠点をもって活動しているため、福岡で日頃から信頼しているゼネラルアサヒのスタッフの方々に協力してもらいました。VFXで制作するショットのイメージについても、VFXチームにお任せという部分が多かったのですが、監督や撮影部のスタッフと沖縄で寝起きを共にして意見交換をすることができたので、ショット制作時に大きな修正が出てしまうような共通認識の錯誤もなく、とてもスムーズなVFX制作を行うことができました」と大萩氏は語る。

    また、事前にイメージボード作成したり、スーパーバイザーが現場に常駐していたことで、監督との意思の疎通が図れただけではなく、撮影現場の状態を撮影して東京や福岡のスタッフに資料として送ることで、CG制作側の準備も円滑に行うことができたのだという。ただ監督は現場で画づくりをすることが多いため、コンポジット作業時にどのようにそれらの効果を活かしながら作業を進めるかなど、難しかった点も多かったそうだ。

    それでは、本作の異世界観あふれる映像がどのように制作されたのか紹介したい。

    01 福岡スタッフによる龍のモデリング

    龍の柱

    本作のVFXショットは、ロトスコープによる合成やエフェクト制作など2D加工が多いが、天界のシーンでは、龍の柱など3DCGによる素材制作が行われたショットも多い。これらの龍のモデリングから質感設定までの3DCGの制作は福岡のゼネラルアサヒが担当し、シーン内への配置からショットのコンポジットは東京のパイプラインで行なっている。

    龍の柱はモデリングに先立ちスケッチが起こされ、それらを基にしてゼネラルアサヒのモデラー和歌山 博氏がMODOを使ってモデリングしている。作成されたモデルはFBXに出力され、NUKEに直接読み込んでシーンが構築された。「今回非常に凝ったカラーグレーディングが必要になることや、福岡と離れていることもあって、監督のオーダーに速やかに対応するために、3DCGでレンダリングをせずNUKE内でシーンを構築してコンポジットしています。柱の太さや配置など実際に監督にその場で確認してもらいながら作業していったほうが良いだろうという判断です」と大萩氏は語る。

    ▲龍のモデルを作成するために参照した首里城にある柱の写真

    ▲(左)MODOによるモデリング作業画面
    ▲(右)龍の柱の頭部のディテール

    ▲MODOによるレンダリングイメージ

    ▲NUKEで龍の柱を配置してレンダリングした画像

    ▲(左)実写プレート
    ▲(右)龍の柱を合成した状態

    ▲NUKEによるコンポジット作業画面

    ▲カラーグレーディング処理した完成ショット

    風に舞う龍

    龍のイメージは龍の柱だではなく、一瞬であるが茶助が風に龍を感じるようなアニメーションが付いた状態でも登場する。龍であ ることをあまりわからないようにしたいという監督のオーダーもあり、カットを担当したプロダクションの風車には「風に近い龍、半透明の龍」というオーダーをしたという。そのため風車では、様々なパターンの龍のルックと動きが作成された。アニメーションは、MODOでモデリングした龍のモデルを3ds Maxに読み込みリグを設定しアニメーションさせて、各パスに分けてレンダリングし最終的にNUKEでコンポジットされている。「龍の動きをわかりやすく表現しようとするとスケール感が出なくなってしまったり、難しい表現でした。そのために様々な動きのパターンを提案しながら試行錯誤していったところが大変でしたね」と風車の長塚 創氏は話す。

    ▲MODOによるモデリング画面

    ▲(左)3ds MaxでSpring Magicスクリプトを使用してうねりの波を調整している
    ▲(右)3ds Maxによるリグ自体は非常にシンプルだ

    ▲撮影素材に合わせてシーンを調整

    ▲(左)ビューティ素材
    ▲(右)スペキュラ素

    ▲(左)リフレクション素材
    ▲(右)環境素材を変えたリフレクション素材

    ▲(左)フォールオフ素材
    ▲(右)AO素材

    ▲(左)実写プレート
    ▲(右)龍のCG素材

    ▲(左)実写プレートに龍のCGを合成した状態
    ▲(右)カラーグレーディングした完成ショット

    02 天界の表現

    流体シミュレーションを駆使した天界の城

    約90カットのVFXショットのうち、ヘビーな作業になると予想されたのが先に紹介した龍のショットと、この天界の外観のショットだという。このショットは他のショット制作に先立ち、プリビズを作成するなど事前に監督とのイメージの擦り合わせが行われた。大萩氏は通常現場にCGアーティストを呼んで立ち会わせることはほとんどないというが、今回はショットを担当した青沼雅人氏を天界の外観として撮影する沖縄の中城城跡に呼んで雰囲気を確かめてもらったという。

    様々な天界のプリビスが作成されたが、最終的にはおどろおどろしい感じのショットにしようということに落ち着き、青沼氏がシミュレーションによって天界の城を取り巻く雲を作成していった。
    「天界の城は空中に浮いているものではなく、天空に溶けている感じとか、水墨画のような奥行き感など監督からのオーダーが非常に抽象的で、方向性を決めるのに試行錯誤したショットです」と大萩氏は言う。

    外観のショットは、茶助が立っている部分以外は3DCGに置き換えられており、コンポジットの素材は全て3DCGで制作された。絶妙なディテールと動きを持った雲海は、FumeFXによるシミュレーションのほかにKrakatoaのMagmaFlowを使って粒子のディテールをもった煙を作成し、さらにStoke MXを使って作成した高濃度のパーティクルクラウドを加えて制作されている。「今回新しい試みとして、Stoke MXを使っています。粒子状の流体を作成する場合、これまではパーティクルフローを使用することが多かったのですが、Stoke MXを使うことによって短期間でより多くのパーティクルを使った表現が可能になりました」と青沼氏は言う。

    ▲制作された天界の城の外観イメージボード。地の底とも成層圏とも言えない不気味な雰囲気を目指して作成された

    ▲参考にした中城城跡の写真

    ▲実写プレートに合わせて、3ds Maxでモデリングされた天界の城壁

    ▲Fume FXでシミュレーションした大まかな雲のながれ

    ▲Stoke MXを使い、FumeFXの各グリッドをVelocity Field Sourceとして動きに沿うようなかたちで大量のパーティクルを発生させている

    ▲パーティクルのDisk CacheをPRT-Loaderで読み込み、Krakatoaでレンダリングしたもの

    ▲NUKEによるコンポジット画面。レンダリングされたディテールの異なる雲素材を立体的に配置してコンポジットしている

    ▲(左)背景実写プレート
    ▲(右)大まかな雲の流れの素材をコンポジットしたもの

    ▲(左)さらにディテールのある雲の素材をコンポジットしたもの
    ▲(右)カラーグレーディングした完成ショット

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    03 現場処理を重視したコンポジション

    アーケードに降る羽根

    本作のVFXショットには、看板の差し替えやバレ消し、グリーンバックで撮影した素材を使ったコンポジットやロトスコープを使ったコンポジットなど、沖縄のようでどこでもないような独特の世界観を構築するために様々な手法が使われている。

    グリーンバック撮影も沖縄の美浜メディアステーション内にあるスタジオで行われた。下で紹介するショットでは、アーケードに羽根が降ってくる効果が加えられているが、現場で羽根を降らせている実写プレートに、グリーンバックで撮影した羽根素材を使ってコンポジットされている。
    「羽根を合成するにしても、現場で実際に降らせるということを大事にしていて、われわれはその実写素材を基にして要素を足していく作業になります。現場でできることは極力現場で撮影することで、説得力のある画になると思っています」と大萩氏は語る。

    ▲(左)実写プレート。リファレンスも兼ねて撮影時に羽根を少し降らせている
    ▲(右)沖縄で唯一のグリーンバック撮影ができる北谷町 美浜メディアステーションのスタジオでワイヤー撮影した素材

    ▲(左)羽根の素材
    ▲(右)亡霊たちの素材

    ▲完成ショット

    屋根を突き破る茶助

    現場でできることはなるべく現場で処理するということで、エフェクト的な効果も現場で同時に撮影されることが多いという。レンズフィルタなども後処理ではなく、撮影時にカメラにフィルタを装着して撮影されていることも多い。
    「グリーンバックで撮影している状態でも、カラーフィルタを入れて画づくりがされていたりコンポジット素材としては厳しいショットもあったのですが、そこは現場の雰囲気やテンポを崩さないようになるべく監督がイメージをつくりやすいように撮影してもらっています。ただ、どうしてもコンポジット時に難しい作業になりそうなときは、ノーマルの状態で撮影してもらったり、そのあたりは臨機応変に現場の雰囲気を見て指示させてもらっています」と大萩氏は話す。

    ▲(左)グリーンバックで撮影した人物プレート。レンズフレアが被った状態で撮影されている
    ▲(右)アーケードの屋根の実写プレート。この素材も光が被った状態で撮影された

    ▲(左)アーケードの屋根素材に、フレアのエフェクトを足した素材
    ▲(右)グリーンバックをキーアウトした人物プレート

    ▲完成ショット

    04 アイデアとチームワークで効率化

    はじけ飛ぶスコープ

    「力技でなんとか仕上げたという感じのショットが多くて恥ずかしいのですが」と藤井氏は謙遜するが、ツールに頼らず短期間でこれだけのクオリティで監督の世界観を具現化したショットが制作できるのは、個々のスタッフのスキルの高さによるところが大きい。コンポジットは主に、大萩氏と藤井氏そしてコンポジターの今井恭子氏が担当している。特に今井氏は産休から復帰直後に参加した作品ということで、時短勤務でありながらも多くのショットを担当し成果を出している。
    「とにかく作業に使える時間が短いので、なんとかその時間内に作業を終わらせられるように、素材のもらい方を工夫したり、コンポジットをなるべく単純に組みつつクオリティが上がる方法を考えて作業していました」と今井氏は話す。長時間労働が多い業界だが、アイデアやスタッフ間でのやりとりの工夫次第で時短勤務でもクオリティの高いショット制作を行うことができるという良い例だろう。

    下に紹介したショットは、ライフルのスコープが割れるというショットだが、レンズの破片のアニメーションは、青沼氏が3DCGでシミュレーションを行い、素材のコンポジットは今井氏が担当している。

    ▲(左)実写プレート。撮影現場でのカメラデータは常に藤井氏が記録している。HDRIは撮影していないが、カメラの絞りや撮影距離、フィルタの状態がわかるので現場でどのような撮影が行われていたのかを把握しやすい
    ▲(右)レタッチして整えた素材

    ▲(左)3DGCで作成したレンズの破片素材
    ▲(右)完成ショット

    腕に浮き上がる刺青

    この茶助の腕に刺青が浮き上がるショットも今井氏が担当したショットだ。「最初はオーバラップするように全体的に浮き上がるという予定だったのですが、袖の中側から手の方に刺青が徐々に現れるようにしたいということで、刺青素材をNUKEで3Dコンポジットしようとしたところ、松山ケンイチさんに刺青のあるなしの状態でまったく同じ位置で演技してもらえたので、単純にマスクの移動で対処することができました」と今井氏は話す。修正も簡単な位置修正程度で済んだという。

    ▲(左)刺青がない状態の実写プレート
    ▲(右)刺青がある状態で撮影した実写素材を使った刺青出現用のロトスコープ素材

    ▲刺青が袖口から現れてくる完成ショットの一連

    05 世界観を支えるカラーグレーディング

    撮影現場とのコラボレーション

    本作の世界観を構築する上で、重要なポイントとなっているのがカラーグレーディングだ。カラーグレーディングは、カラリストの長谷川将広氏とIMAGICAが担当している。撮影後に行われたDaVinciによるプリグレーディングで、作品の全体のトーンが決められていった。
    「今回は天界のルックをどうするかが一番のポイントでした。作中のショットは撮影条件によって変わってくるので、撮影された素材をベースにカラコレしています。芝居がベースの作品であるため、目が疲れてしまうようなルックにはしていません。天界さえ決まってしまえば、ほかのながれが見えてくるという感じでした」と長谷川氏は話す。

    本作のカラーグレーディングは、撮影時から撮影監督の相馬大輔氏と長谷川氏の間でどのようなルックにするのか、方向性を相談しながら撮影されているため、撮影から上がってきた素材から大きく直しをすることもなく、カラーグレーディングの作業が行われている。
    「本作のカラーグレーディングは、DaVinciだけで行なっています。基本的なところはRGB値を3次元の色空間でベースライトによって調整できれば良いので、ツールのちがいによってグレーディングの作業が変わってくるということはほとんどありません。カラーグレーディングは素材を扱う人と撮影条件でほとんど決まってきます」と長谷川氏は語る。グレーディングにかかった日数は約5日間。そのうち2日間は監督との調整にあてられたという。

    3DCGが絡んでくるショットでは、DaVinciでグレーディングした設定をNUKEに置き換えて設定し、長谷川氏が構築したカラーグレーディングをなるべく崩さないようにコンポジット作業が行われた。

    ▲本作のワークフロー図。現場での撮影はRED EPICとBlackmagic Pocket Cinema Cameraが使われており、R3DおよびDNGRAW形式で4K、2K、HD解像度が混在している。最終画角は2Kで仕上げられた。撮影されたデータはIMAGICAにてメタデータ管理され、VFX/オンライン用のデータ切り出し、デジタル現像等が行われる。VFXチームには10bit LogのDPXでデータが渡された

    ▲撮影現場で必ず作成されるレポート。ショットごとに使用カメラ、レンズ、ISO感度、フィルタの種類などとても細かい情報が記録されている

    茶を注ぐシーンのカラーグレーディング例

    ▲DaVinciによる作業画面

    ▲(左)カラーグレーディング前
    ▲(右)カラーグレーディング後の完成ショット

    天界内のカラーグレーディング例

    ▲DaVinciによる作業画面

    ▲(左)カラーグレーディング前
    ▲(右)カラーグレーディング後の完成ショット

    アーケードシーンのカラーグレーディング例/

    ▲DaVinciによる作業画面

    ▲(左)カラーグレーディング前
    ▲(右)カラーグレーディング後の完成ショット

    TEXT_大河原 浩一(ビットプランクス

    <Information>
    映画『天の茶助』
    2015年6月27日全国ロードショー
    監督:SABU/脚本:SABU/原作:SABU「天の茶助」(幻冬舎文庫)/撮影:相馬大輔/VFXスーパーバイザー:大萩真司、藤井義一/グレーディングアーティスト:長谷川将広/出演:松山ケンイチ、大野いと、ほか/配給:松竹メディア事業部、オフィス北野/製作委員会:バンダイビジュアル、松竹、オフィス北野
    ©2015「天の茶助」製作委員会 chasuke-movie.com