最新テクノロジーを積極的に採り入れることでフォトリアルと様式美、そして即興的なアイデアを融合させた斬新なビジュアルが誕生した。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 250(2019年6月号)からの転載となります。
TEXT_福井隆弘 / Takahiro Fukui
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
『desire』MV
監督・撮影監督:紀里谷和明
【制作プロダクション】KIRIYA PICTURES
プロダクション・マネージャー:沖村 明/衣装デザイン:伏見京子
【VFXプロダクション・3Dスキャニング】AVATTA
VFXスーパーバイザー:桐島ローランド/CGスーパーバイザー:田森 敦/CGアートディレクター:トスカーノ・ベネット/CGデザイナー:柳島秀幸/CGプロデューサー:安黒篤史/3Dスキャニング ディレクター:エリウム・ブラドレン、スワンソン・ジェームズ/3Dスキャニング・CGマネージャー:中野江美
【CGプロダクション】
CGプロデューサー:豊浦慶祐(回)/CGデザイナー:小坂 健(回)、堀江雅也(大伸社コミュニケーションデザイン)
【モーションキャプチャ】MOCAP JAPAN
編集:川瀬基之(エヌ・デザイン)/テクニカル・スーパーバイザー:伊藤 格(dittok media production technology)/撮影助手:Tai Ohuchi /振付・ダンサー:皆川まゆむ/メイクアップ:Naomi Nishida/ヘアメイク:kazuhiro naka /照明技師:イイノ南青山スタジオ/ストーリーボード:喜本麻琴/アシスタントPM:北出華瑚
AVATTA新章の幕開けをかざる紀里谷和明監督の意欲作
その独創的な映像美から、クリエイターたちにもファンが多い紀里谷和明氏。そんな紀里谷氏がミュージックビデオのメガホンをとったのが本作。中国の大型新人アーティストのデビュー曲(近日公開)だが、一連のVFXワークをリードしたのは、桐島ローランド氏が率いるAVATTA。いち早くフォトグラメトリーに特化した活動を続けてきたことで知られるAVATTAは、昨年3月30日にサイバーエージェント(CA)グループに合流したことでも話題をあつめた。今回、初めてリードVFXプロダクションを務めたというが、CAグループの一員になったことで活動領域をフォトリアルなCG・VFX全般へと広げようとしている。本作は、グリーンバックで撮影されたアーティストの実写素材を除き、ほぼ3DCGで表現。アーティストについてもロングショットを中心にAVATTAが得意とするフォトグラメトリーから作成されたデジタルダブルが積極的に用いられている。
左から、沖村 明氏(KIRIYA PICTURES)、中野江美氏、マチウ・ゴールト氏、田森 敦氏、桐島ローランド氏、安黒篤史氏、トスカーノ・ベネット氏、スラヴァ・ミロネンコ氏、プリャーヒン・ヴァジム氏、鈴木愛子氏、柳島秀幸氏(フリーランス)
CyberHuman Productions(旧AVATTA)
樹木や動物の造形が象徴する自然界が崩れ去った後、モノリスやフルCGのダンサーが象徴する人間たちが世界を支配する。だが、人間たちも争いをはじめて世界全体が崩壊してしまう......そんな重厚なストーリーをリアルな質感、造形でありながら、様式化された世界観にまとめ上げている。「当初は構成要素の約3割をCGで制作するはずだったのですが、紀里谷監督とディスカッションを交わす過程で、気づいたらほぼフルCGで表現することに(笑)。紀里谷監督は確固たるビジョンを提示されますが、具体的な表現手法についてはデジタルアーティストからの提案を積極的に求めることも大きかったですね」と、CGスーパーバイザーを務めた田森 敦氏はふり返る。ビデオコンテ制作ではAVATTAスタッフたちと席を並べ、監督自らMotionBuilderを習得してアングルやレイアウトを決めていたそうだ。本作ではVFXスーパーバイザーを務めた桐島氏は次のように総括してくれた。「スタッフたちに恵まれて、紀里谷監督の期待にしっかりと応えてくれました。制作終盤に新スタジオへ引っ越したのですが、CAグループのCGチェンジャーと同じフロアで活動できるようになりました。彼らと連携しながら、ひき続き3Dスキャンを軸としつつ、VFXプロダクションとしてさらにレベルアップしていきます」。
01 プリプロ&実写撮影
エモーショナルな様式美とフォトリアルを両立させる
アーティスト側から紀里谷監督の下にオファーが届いたのは、昨年11月のこと。「本作の衣装デザインも手がけていただいた伏見京子さんからの紹介とのことでしたが、紀里谷の方もアーティストの楽曲を聴いてデビュー曲とは思えない曲調が素晴らしいと、監督を引き受けさせていただくことになりました」と、KIRIYA PICTURESの沖村 明氏はふり返る。そして紀里谷監督が、楽曲のインパクトを映像としてさらに高めるためのパートナーに選んだのがAVATTAであった。「やるからにはずば抜けたスタッフを揃えたい。ちょうどAVATTAさんが新たなチャレンジに取り組みはじめたようだから相談してみようという紀里谷の考えがありました」(沖村氏)。
KIRIYA PICTURESの誘いをAVATTAは快諾。その週末に企画打ちを行い、週明けには振付を手がける皆川まゆむ氏自らがダンサーを務めてモーションキャプチャ収録が実施されたというから驚きだ(ひとえに紀里谷監督と、監督のビジョンに賛同したスタッフたちの熱意の賜物だろう)。「MOCAPデータやストーリーボードを素材として、ビデオコンテを制作しました。紀里谷監督は、フォトリアルであることよりもエモーショナルなパッションを常に重視されていました。『観たことないものが観たい、だからデジタルアーティストとして積極的に提案してほしい』と、私たちの意見を求めていたことが印象的でしたね。ローランドさんのリアル な感性と紀里谷監督のエモーショナルな感性が絶妙に融合された作品に仕上がったと思います」とは、CGアートディレクターを務めたトスカーノ・ベネット氏。「初期には、Unreal Engine 4によるリアルタイムCGを利用しようという案もありました。その名残もあって、デジタルダブルの制作では、髪の毛の表現にnHairなどのシミュレーションは用いずに前髪は板ポリにテクスチャを貼ることで表現しています。もちろん見た目のリアリティを担保する必要があったのでテクスチャサイズは4,096×4,096で作成しました」とは、デジタルダブルをはじめとする一連のアセット制作をリードした柳島秀幸氏。アーティストからの積極的な提案を採用していく、そのためには即興的なアイデアをストレスなく試せるワークフローを確保する必要がある。そうした姿勢が伝わってきた。
紀里谷監督がストーリーボードアーティストと作成した絵コンテの例。これを基に、振付とダンサーを務めた皆川まゆむ氏のモーションキャプチャ収録が行われた
伏見京子氏が描いた衣装デザイン
【右上の画像】(フルCGで作成されるダンサーの衣装)を基に堀江雅也氏がMarvelous Designerで作成した衣装モデル
皆川氏の踊りを収録したモーションキャプチャデータなどを素材として作成されたビデオコンテの例。紀里谷監督自身もMotionBuilderを扱いながら、思いついたアイデアを即座に試しつつAVATTAチームと共により良いカット割りやレイアウト、映像表現を追求したという
1月20日にイイノ南青山スタジオで行われた、アーティストの実写撮影の様子。dittokの伊藤 格氏が撮影まわりの技術監修を行なった
ビデオコンテを確認しながらスタッフたちと撮影プランを協議する紀里谷監督(右端)
[[SplitPage]]02 モノクロームの世界
フレキシブルな演出はまさに画家そのもの
前項でもふれたとおり、アセット制作は柳島氏がリード。デジタルダブルをはじめ、動物たち、モノリス、クライマックスに登場するDNAをモチーフとする螺旋状の造形などを手がけている。「狼、フクロウ、馬などの実在する動物については市販モデルをリファンインするかたちで作成しました。基本的にはディテールが足りなかったのでZBrushでスカルプトを加えてからMayaに読み込んでディスプレイスメントを施しています。モノリスには幾何学的な装飾を加えたいと監督からの要望があったので、相談しながらつくり上げていきました。けっこうな時間を監督の目の前で一緒に作業できたので、イメージの共有はとてもしやすかったです。作成したモデルをベネットさんに渡し、Houdiniで破壊するながれがチームワーク良く、スムーズに行えたと思います。エンバイロンメントは空用のHDRIがありましたが、フォトリアルに合成するのが今回の使命ではなかったのでそれほど重要視せず一応存在していた程度です」(柳島氏)。
伏見氏がデザインしたアーティストの衣装については、実際の衣装をフォトグラメトリーデータを基に、柳島氏が調整。一方、フルCGのダンサーたちの衣装については大伸社コミュケーションデザインの堀江雅也氏が、伏見氏のデザイン画からMarvelous Designer(MD)で作成している。ただし、非常に複雑なデザインのためMDで作成した衣装モデルに直接クロスシミュレーションを施すのは厳しかったため、最終的にはベネット氏の方でリダクションしたという。CGキャラクターのボディ&フェイシャルリグとセットアップもベネット氏が担当。「デジタルダブルのフェイシャルは、約60パターンのブレンドシェイプを作成することでリップシンクに対応しています。最終的に7,000フレームほどの口パクを作成しましたが、歌詞が中国語のパートもあったので大変でした(苦笑)。『観たことないものを観たい』という紀里谷監督の期待に応える上では、苦労も多かったのですが、紀里谷監督はアイデアとセンスが素晴らしくて、作業状況にフレキシブルに対応されるスタイルは、まさに画家です。一緒につくり上げていく感覚はクリエイターにとっても嬉しいもので、貴重な機会になりました」(ベネット氏)。
柳島氏による、アーティストのデジタルダブル制作過程を図示したもの
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柳島氏がモデルデータを受け取った時点ですでにスキャンデータからR3DS「Wrap3」によりベース素体の形状とテクスチャが適用されていたが、目や口などの細部ディテールに破綻があったため、スキャンされた頭部を参考にしながら素体のディテールを加えつつ調整
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衣装についてもスキャンデータからリトポされた形状とテクスチャが用意されていたため、形状の調整作業と各部の最適化がメイン。布として厚みのありすぎる箇所や、人物と衣装が別撮りなので実際のアーティストが着ている写真を見ながら実写パートと差が出ないように調整
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前髪を板ポリで作成、今回は引きのサイズで用いるモデルのため、テクスチャによる表現のヘアとした。形状が完成したらRedshiftでシェーダ作業を行う
柳島氏によるモノリスの制作過程を図示したもの
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紀里谷監督からのフランク・ロイド・ライト(帝国ホテル旧本館などを手がけたことでも知られるアメリカの著名な建築家)的なデザイン様式というリクエストを汲みつつMayaでモデリング
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モノリスはSubstance Painterでテクスチャを作成するため、オーバーラップがないように注意しながらUDIM方式でテクスチャUVを展開
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完成したモデルをFBXで書き出しSubstance Painterでマテリアルを作成。出来上がったテクスチャを再びMayaへ書き出す。以後はMayaでシェーダを調整しつつ、テクスチャのチューニングはPhotoshopで行われた
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金属と光沢のある石板の中間あたりを目指してRedshiftでシェーダを調整。並行して周囲の背景用として地面と水面も作成された
冒頭のフクロウが崩壊していくカット
MotionBuilder (以下、MB)によるレイアウト&アニメーション作業。森や動物等が崩壊していくイメージは、当初から監督の構想にあったという。「絵コンテ段階ではカメラはFIXという指示でしたが、アニマティクス作業を進めていく過程で視差が出るように動かしてほしいということで最終的にはカメラワークを付けました。崩壊エフェクトは、ベネットさんがHoudiniで作成してくれたものをAlembic形式でMayaに読み込み、Redshiftでレンダリングしています」(田森氏)
ライティング作業。ソフトなトップ光(特に明確な時間等がわからないイメージの世界)という監督のオーダーの下、画づくりが行われた。このカットではフクロウの見映えを高めるためのソフトなキーライトを追加している
コンポジット作業(AVATTA担当分としての完成形)。「中盤のフルCGダンサーたちが出てくるシーンに合わせて作業を進めました。シンプルなカットなのでAOVはDepthやWorldPositionといった必要最小限の要素に留めています」(田森氏)
前半に登場する黒いシーンのダンサーたちのカット
MBによるレイアウト&アニメーション作業
ライティング作業。「このパートのライティング、コンポジット作業など、一連の画づくりは回の小坂 健さんに担当していただきました。構成要素がシンプルなシーンですが、デプスを巧みに用いて綺麗な明度の展開でビジュアルをつくってくれました。ダンサーたちのパートではRedshiftのライトAOV(シーンのライトごとのAOV)を使用することで、コンポジット時の柔軟性が増しました」(田森氏)
コンポジット作業(AVATTA担当分としての完成形)。画面を構成する要素が少ないことに加え、水面のリフレクションのおかげで、アングルによっては映り込んでほしくないライトが出てきがちだ。さらにアーティストを中心に円形状にダンサーが配置されたシーンを周りからねらうアングルが多いため、通常のアプローチではリムライトの調整等が煩雑になりがちである。そこで、ライトごとのAOVを出力し、それらをNUKE上で再構築することでダンサーの見え方や不必要なリフレクション等をMayaに戻らずNUKE上で調整できるようにしている
中盤に描かれる赤いシーンのダンサーたちのカット
MBによるレイアウト&アニメーション作業
ライティング作業。黒いシーンからひき続き、小坂氏がライティング&コンポジット作業をリード。「森などの背景はすでに崩壊しているため、画面内の構成要素は水面、ダンサー、水飛沫しか存在しないシーンですが、小坂さんのセンスとアイデアによってスタイリッシュなビジュアルに仕上がりました」(田森氏)
コンポジット作業(AVATTA担当分としての完成形)。黒いシーンと同様にライトごとのAOVを出力し、それらをNUKE上で再構築することでダンサーの見え方や不必要なリフレクションの調整等はNUKE上で行なっている
[[SplitPage]]03 耽美なデジタルノイズと破壊表現
破壊表現においても美しさを追求
クライマックス直前にユニークな表現が登場する。アーティストや背景アセットのポイントクラウドに対してデジタルノイズ的なエフェクトが加わったものだが、この表現はHoudini、NUKEの連携で作成したという(2DエフェクトではAfter Effectsも併用)。デジタルダブルのモデルから生成したポイントクラウドを利用し、Houdini上で若干のディストーション処理を施し、positionとnormalのパスをエクスポート。それをNUKEの3D空間上でノイズアニメーションを適用している。
そして、自然を滅ぼした人間たちは互いに争いをはじめた結果、世界は崩壊する......そんなストーリーラインが込められたクライマックス。最大のチャレンジとなったのは、「過激な暴力描写ではなく、破壊のなかに美しさを込める」ということ。これには、中国政府のメディア規制(放送コード)への配慮という面があったそうだが、全編にわたり美しさを意識した画づくりが徹底された。
最後に、本プロジェクトで用いられたDCCツールについて紹介しよう。3DCGのメインツールはMaya、レンダラは日本でも導入事例が増えつつあるGPUレンダラのRedshiftを採用。そして、破壊や流体といった複雑なエ フェクト表現についてはHoudini(レンダラはMantra)で作成。一連のコンポジットワークはNUKEで行われた(一部カットでは、AEも併用)。「実は、Redshiftについては制作途中から導入しました。AVATTAとしては初めてRedshiftを使用したのですが、パラメータなどの設定がArnoldと共通する点が多く、Arnoldの知識があれば比較的覚えやすいレンダラだと思います。個人的には、前職時代でも使用経験があったのですが、当時のバージョンよりもAOVまわりが改良されていますし、何よりもレンダリングが高速なことに助けられました」と、田森氏。また最終的なルックは、紀里谷監督監修の下、編集を担当したエヌ・デザインの川瀬基之エディターによって、Autodesk Smokeによるカラコレで仕上げられた。そのため、AVATTAとしてはフラットなコンディションのルックに留め、LUTを外したOpenEXR形式でパブリッシュ。その際にカラコレ用のマスクも添えて納品したという。
クライマックス直前に登場するデジタルノイズFXシーン
Houdiniによるエフェクト作業。アーティストのデジタルダブルを使い、ダンスモーションのポイント情報に対してRay SOPを適用。ノイズ処理については、楽曲のオーディオ波形と同期させたPoint Wrangleによって表現している
After Effectsによるコンポジット作業
クライマックスに描かれる螺旋モデルの上に立ったダンサーたちが次々と破壊されているシーン
柳島氏が作成したDNAの立体構造をモチーフにしたアセット。前項で解説したモノリスと同じ手順で、ZBrushによるスカルプトによって螺旋状のモデルが作成された
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Houdiniによるダンサーの破壊エフェクト作業。シーンに配置した約300体のダンサーモデルに対して、5種類の破壊シミュレーションを適用。それと同期する破片パーティクルをCrowdシミュレーションによってランダムに発生させている
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After Effectsによるコンポジット作業
終盤に描かれる螺旋モデルの破壊表現
Houdiniによるエフェクト作業。螺旋モデルが破砕されるアニメーションに対して、その断片が細かく分解されるシンプルなエクスプレッションをSOP Solver内に組み込むことで表現。さらに画面奥から手前に向かってくるブラックホールを彷彿とさせるパーティクルエフェクトを発生させている
After Effectsによるコンポジット作業
螺旋モデルが崩落していく表現
Houdiniによる崩落エフェクト作業