フィルム時代のサイケデリックなビジュアルをモダンなCG・VFX技法によって進化させる。これぞ、ジャパニーズホラーの新境地。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 255(2019年11月号)からの転載となります。
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©地獄少女プロジェクト/2019映画『地獄少女』製作委員会
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映画『地獄少女』新宿バルト9ほか、2019年11月15日(金)ロードショー
gaga.ne.jp/jigokushoujo-movie
監督・脚本:白石晃士/原案:わたなべひろし/原作:地獄少女プロジェクト/プロデューサー:平田樹彦、山口敏功、内藤和也/撮影:釘宮慎治/照明:田辺 浩/美術:安宅紀史/特殊スタイリスト:百武 朋/特殊メイク:並河 学/編集:張本征治/VFXスーパーバイザー:村上優悦
製作:NBCユニバーサル・エンターテイメント、藤商事、ギャガ、ギャンビット/制作プロダクション:ダブル・フィールド/リードVFXプロダクション:スタジオ・バックホーン/配給:ギャガ
往年のホラー映画の魅力をモダンなルックに仕上げる
2005年にTVアニメが放映され、2017年の第4期までのロングランヒットとなった『地獄少女』。特に20代の女性では知らない者がいないと言われるほど高い人気をほこり、2008年には少女漫画化され、累計326万部の売り上げを記録。さらにはドラマ化、小説化、ゲーム化、遊技機化とメディアミックス展開が続けられてきた本作が、ついに実写映画化。メガホンをとったのは『貞子vs伽椰子』(2016)を興収10億円というヒットに導いたことでも知られる白石晃士監督。映画監督ではなく、ホラー映画監督だと自称するほど、ホラー表現に強いこだわりをもつことでも知られる白石監督だが、地獄少女・閻魔あいが、復讐執行人として、依頼者が憎む相手を地獄に流す。ただし、依頼人自身も死後にその代償を受け、地獄へ落ちる......そんな原作の設定を活かしつつ、ホラー要素をもたせながらも、美しさと悲しさと凶暴さが同居する青春映画へと仕上げるべく、オリジナルの脚本を書き上げた。
右から、鹿角 剛シニアVFXスーパーバイザー、山上弘了チーフデジタルアーティスト、中屋健司デジタルアーティスト、笹倉秀信CGディレクター、村上優悦VFXスーパーバイザー、麻田哲史デジタルアーティスト。以上、スタジオ・バックホーン
www.buckhorn.jp
本作のリードVFXスタジオを務めたのは、スタジオ・バックホーン。白石監督とは『貞子vs伽椰子』でもタッグを組んだ、村上優悦VFXスーパーバイザーが中心となり、原作特有の地獄描写や、閻魔あいに付き従う三藁など、ちょっとした匙加減次第では、ユーモアに転んでしまう難しいホラー表現を、リアリティのある実写VFXに仕上げている。「白石監督が地獄描写に求めたのは、大林宣彦監督の『HOUSE ハウス』(1977)や、60〜70年代の鈴木清順監督、石井輝男監督、中川信夫監督らの作品に通じる、サイケデリックな色合いやトーンのビジュアルでした。そのねらいは、現実世界と地獄が存在する世界をパラレルワールドとして見た目としてもしっかりと描き分けたいというものでした。ただし、当時のルックをそのまま再現したのではチープに見えてしまうため、モダンなCG・VFX技法を活用することで今の時代にも通用する怖さ、恐ろしさを感じる映像を目指しました」(村上氏)。VFXチームの編成は、スタジオ・バックホーンは、村上氏、笹倉秀信CGディレクターを中心とするコアスタッフ5名。そして外部パートナーとして、フリーランスの山本英文氏と高玉 亮氏、フレームワークス・エンターテインメント、アンダーグラフが参加している。
01 プリプロ&撮影現場での対応
できるだけ撮影現場で画づくりを行う
2018年6月下旬に白石監督とコアスタッフたちによる決起集会が行われた後、お盆頃からロケハンを実施。それと並行して絵コンテの作成などのプリプロダクションが進められた。撮影は、9月16日クランクイン、10月10日クランクアップ。VFXが介在するカットについてはクランクアップ前日にグリーンバック撮影を集中的に行う日が設けられたそうだが、同日に参加できない役者が介在するシーンについては、実写撮影の合間をぬってグリーンバック撮影を行なったという。そして、モダンなルックに仕上げるにあたっては3DCGが介在するVFXシーンの撮影では、銀玉、グレーボール、カラーチャートによるライトリファレンスを必ず収集。それに加えて、RICOH THETA SによるHDR素材のブラケット撮影を実施したほか、撮影現場のリファンレス写真も可能な限り集めたそうだ。そのほかにも、撮影手法やポスプロ作業に懸念事項があるものについてはプリビズも作成された。
先述のとおり地獄シーンについてはサイケデリックなルックが目指されたが、キーカラーとなったのは強い赤色であった。「ただ、その一方では三藁たちは青系のルックが求められるなど、かなり複雑なカラーリングに仕上げる必要があったため、オフライン編集が完了した段階でCG・VFX作業に着手する前にプリグレーディングを行なっていただきました。その一方、白石監督はリアルな造形を用いて撮影することを望まれたため、花曼荼羅エフェクトなど3DCGじゃないと表現できないもの以外は、できるだけ特殊造形や特殊メイクによって、撮影現場でルックの方向性を定めてもらうことを心がけました。実写に勝るものはありませんし、CG・VFXにとっても実写素材という確かな指針があったので効率良く作業を進めることができました」(村上氏)。最終的にVFXの総カット数は171、そのうち3DCGが介在するものをはじめ演出的リクエストによる難易度の高い表現は約40とのこと。
中盤の見せ場となる「生首地獄」シーン(後ほど解説)のプリビズより
ターンテーブル上で演者を回転させながら、カメラをティルトダウン&トラックバックするというカメラワークを検証したもの
【上画像】のイメージを使用し、2D合成によるデジタルズームバックも併用して作成したプリビズ
クライマックスに登場するライブハウスの亡者モブ表現を検証したもの
【上画像】を素材としたイメージテスト。黒タイツを着たエキストラたちの実写素材を加工した場合の表現の可能性を探るために作成された
早苗(大場美奈(SKE48))が人形に結ばれた紅い紐を解くシーンの撮影時に収集されたライトリファレンス
RICOH THETA Sによるブラケット撮影素材から作成したHDRI。本プロジェクトでは、3DCGが介在するシーンの撮影時には同様のリファンレスが必ず収集された
[[SplitPage]]02 閻魔あい&三藁のVFXワーク
フレーム単位でブラッシュアップを重ねる
閻魔あい(玉城ティナ)が対象者を地獄に送る際に放たれる"花曼荼羅"エフェクト。こちらの制作をリードした笹倉氏は次のように語る。「白石監督からは、花が幾何学模様のように並びつつも生物特有の不揃いな不気味さもあるという、カオスな表現にしてほしいとリクエストされました。具体的な指針として、エルンスト・ヘッケルというドイツの生物学者が描いた生物画を提示されたので、そちらを参考にしつつ、あいの着物の花柄や、アニメで出てくる花柄なども加味しながらデザインを詰めていきました」。制作手順としては、まずその場で回転している花の素材を作成してV-Rayでレンダリング。その連番素材をAfterEffectsに読み込み、カメラ手前に迫ってくる動きや回転はAEのキーアニメーションで仕上げているとのこと。劇中でも要となるVFXということもあり、かなり多くのリテイクを重ねる必要があったため、できるだけ3DCG工程に戻らずにAE上で調整できるようにセットアップしたという。
地獄少女との契約成立を意味する、依頼人があいから渡された人形に結ばれた紅い紐を解くと人形が宙に浮かびバーツが分解しながら渦巻いて消失するというエフェクト。この表現も笹倉氏が中心となり制作された。「撮影時の小道具として作成された人形をリファレンスとしてモデリングしました。人形のモデルは約100パーツで構成されているのですが、分解するタイミングや各パーツを意図した動きに仕上げるためにキーフレームでアニメーションさせています。バラバラと解けるアニメーションは、あえて手付けにしています。その後の宙に浮き上がりながら、円状に渦巻くように消えていく表現については、紅い紐のNURBSカーブにリグを仕込んで動きを付けた上でnHairのダイナミックカーブを追従させることで物理的なゆらぎを加えました」。さらに質感については、監督から気色悪く黒光りさせてほしいとのリクエストを受けて、リアルな木の質感から黒光りしたミミズの質感へと変化させている。この表現については、2種類の質感でレンダリングした素材をAE上でOLさせているとのこと。こうしたエピソードから、白石監督の妥協ない画づくりに対してVFXチームがしっかりと応えたことが伝わってきた。
あいの花曼荼羅エフェクト。監督から提示されたエルンスト・ヘッケルが描いたイラストを参考に画づくりが行われた
作業の変遷を図示したもの
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初期バージョン。白石監督からのリテイク指示は次の通り。1.ツタは目立たせず、花を中心に、2.空きスペースを活かしたレイアウトに、3.背景のもやは具体的な形でなく、暗い靄のようなもので、4.花の色は、白、黄色、ピンクはかわいらしさが出てしまうため極力使用しない、5.全体的にファンシーさやかわいらしさの要素はいっさい出さない
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途中段階(1)。デザインとしてはFIXしたが、色合いが鮮やかで明るいものが含まれているため、花の色は、白系は外して代わりに、黒、青、紫、暗い赤などを使いダーク感を高めることに
早苗の人形3DCGモデル
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笹倉氏が作成したモデリング指示書(抜粋)。人形の小道具をリファレンスとして、構成パーツを、枝、藁、つるの3つに分類。それぞれを3〜4バリエーションずつ作成して人形の形に組み上げる方法が採られた
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人形モデルのルックデヴ。「ターンテーブルはレンダリング不具合の確認用として使用しました。CGの人形が登場するカットは限られたので、実際のシーンに配置した状態でルックを詰めていきました」(笹倉氏)
人形モデルのルックデヴ。「ターンテーブルはレンダリング不具合の確認用として使用しました。CGの人形が登場するカットは限られたので、実際のシーンに配置した状態でルックを詰めていきました」(笹倉氏)
人形のCGアニメーション作業を図示したもの
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カメラビュー(メッシュ表示)。個々のパーツごとに意図した動きを付けるために、キーフレームで細かく調整された。「パーツはいくつかのグループに分かれており、グループごとにおおまかな動きを付けた上で、個々のパーツの動きを詰めていきました」(笹倉氏)。赤い紐については、NURBSカーブにリグを仕込んで動きを設定しておき、これに対してnHairのダイナミックカーブを追従させている(ダイナミックカーブには紐のジオメトリをバインドしたIKチェーンが仕込んである)。これにより、意図した動きと物理的なゆらぎを融合させることに成功した
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3Dレイアウト(サイドビュー)。環境光としてHDRIを適用したドームライト、演出ライトとしてエリアライトを配置
冒頭シーンに登場するカラスの群れが飛んでいくカットのブレイクダウン
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グレーディング済みのプレート。監督のイメージするファイナルルックが極端な色味だったため、意図する色見にグレーディングした上でVFX作業が進められた
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カラスのアニメーション作業。VRayProxy化されたモデルを利用
夕焼け空を合成した最終形。「夕焼け空の実写素材を単純に合成しただけではのっぺりした印象だったので、雲のディテールを足しています」(村上氏)
身体から離れていた一目連(楽駆)の右目が戻ってくるシーンより
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3Dマッチムーブされた3Dレイアウト、セットアップ。横にドリーしているカメラワークだっため、下画をスタビライズした上で、一目連の顔面を3Dマッチムーブしている(PFTrackを使用)
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眼球が戻る顔面の変形を表現するために、MayaのTexture Refelence Object機能を使い、元モデルに顔の連番をカメラマップ。さらにスカルプトデフォーマーをパスアニメーションさせて、眼球による盛り上がりと移動を表現
眼球のアニメーションに合わせて皮膚が盛り上がる表現用のマスク素材
一連のコンポジットワークが施された最終形
[[SplitPage]]03 地獄シーンのVFXワーク
直接的なグロテスクではなく生理的な不気味さの追求
地獄のビジュアルの指針となったのが、Googleが開発した人工知能「DeepDream」のデモ動画『Deep Dreaming Fear & Loathing in Las Vegas : the Great San Francisco Acid Wave』(2015)。これに近いルックを実現すべ く、スタジオ・バックホーンがたどり着いたのが、AEプラグイン「Transfusion Style Transfer」を用いることであった。「画面全体に対して、スタイルが適用されてしまうなど、細かな調整はできないため、Transufusionをかけたコンポジットを素材の1つとして、元のコンポジットに改めて合成するといった具合に細々と調整する必要がありました。ですが、監督が求めた不気味な印象を高める上では有効でした。これまでホラー表現では、肉体破壊や血飛沫など直接的なグロテスクな描写をつくってきたのですが、本作では、生理的な不気味さをビジュアルで表現するということにチャレンジする機会に恵まれました。こうした表現にも機会をみつけて取り組んでいきたいです」と、Transufusionによる画づくりをリードした山上弘了チーフデジタルアーティストはふり返る。
劇中には、様々な地獄が登場する。インディーズアイドルの早苗を襲ったことから地獄に送られる長岡卓郎(森 優作)は、三藁のひとり一目連に斬首され、切られた首はサイケデリックな渦状の奈落へと落ちていく。「白石監督の過去作品に着想を得て、ゴカイの実写素材をスフィアに貼ったものを筒状に配置することで不気味なトンネルをつくりました。サイケデリックな色味に仕上げるために、カラコレ用のマスク数種類とフラクタル素材をコンポジットで組み合わせています。また、テイクを重ねていく過程で監督から水中感を出してほしいとのリクエストを受けたので、実写の波紋素材やParticularで作成したマリンスノーを隠し味的に加えました」(村上氏)。このように実写が得意とするもの、CGが得意とするものを適確に組み合わせることが本作のVFXでは徹底されている。「撮影部や造形部と連携することで改善できる余地がまだ多くあると思います。今後もCG・VFXの枠内に収まらずに様々な分野の方々と良好な関係を育みながらより良い表現を追求していきたいと思います」と、村上氏は総括してくれた。
ある出来事から、地獄に送られる長岡のシーン、通称「生首地獄」より。一目連に斬首された長岡の頭部が画面奥の奈落へと落ちていくカットの各種素材
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実写撮影の様子。1ページ目で解説したプリビズに基づく手法で撮影されたことがわかる
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Maya上の3Dレイアウト。変形させたスフィアに、蠢くゴカイの連番素材をマッピング。さらに、個々のフィアを回転、移動させたものを筒状に配置することで、おどろおどろしい地獄の世界を表現
長岡の頭部が画面奥へと落ちていくカットの作業変遷
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初期バージョン。おまかせ状態で試作したものだというが、世界観は監督OKとなったものの全体的にカラフルである
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中期バージョン。ダークな印象に調整。グリーン系の色は使いたくないという監督のリクエストを受けて修正することに
最終形。不要な色を省き、ダークで異質な印象にブラッシュアップされた。水中感を出すためにマリンスノー素材なども追加された
本作の主人公・市川美保(森 七菜)が閻魔あいと契約する前に地獄を体験するシーン、通称「針山地獄」より
針を生やした3Dレイアウト
本シーンで最もロングショットのブレイクダウン
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一連の素材を合成した状態。ここからさらに「地獄処理」と呼ばれた、異質な世界観を表現するためのフィルタ処理を施す
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【左画像】に対してAEプラグイン「Transfusion - Style Transfer」の「PostImpressionism3_v2」というスタイルを適用した地獄処理の素材
地獄の狭間に置かれた魔鬼(藤田 富)の前に亡者の群れが現れるカット(クライマックスシーンより)
亡者の実写素材。撮影前に考案した全身黒タイツを着たエキストラ約10名をグリーンバックで撮影。衣装部のアイデアで身体の一部に膨らみをつくることで不気味さが高められた
AEの3Dレイヤーに配置された亡者モブ(約100体)
ブレイクダウン
本作のエンドロールも昭和の日本映画的なテイストに仕上がっている。実は、このエンドクレジットはスタジオ・バックホーン代表の鹿角 剛氏が手がけたもの。「昭和テイストを出そうと古い明朝体の縦書きにすることにしました。当時の映画クレジットは手書きが主流だったこともあり、なかなかイメージに合致したフォントが見つからず苦労しました」(鹿角氏)。そうしたなか見つけ出したのが、米桂が開発した並木極太明朝体。ただし、フォントとして発売されているものではなかったが交渉の結果、必要な文字をPDFデータとして特別に提供してもらえたそうだ
米桂から提供された文字素材
鹿角氏がレイアウトしたエンドクレジット