記事の目次

    『ALWAYS 三丁目の夕日』三部作(2005、2007、2012)、『永遠の0』(2013)、『寄生獣』2作(2014、2015)、そして『海賊とよばれた男』(2016)。一連の山崎 貴監督作品の集大成となったVFXワーク。

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 234(2018年2月号)からの転載となります

    TEXT_福井隆弘
    EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

    映画『DESTINY 鎌倉ものがたり』 大ヒット上映中!
    原作:西岸良平『鎌倉ものがたり』(双葉社「月刊まんがタウン」連載)/監督・脚本・VFX:山崎 貴/撮影:柴崎幸三/照明:上田なりゆき/美術:上條安里/録音:藤本賢一/装飾:龍田哲児/VFXディレクター:渋谷紀世子/編集:宮島竜治/D・Iプロデューサー:齊藤精二/企画製作幹事:日本テレビ放送網/VFXプロダクション:白組/制作協力:阿部秀司事務所/制作プロダクション:ROBOT/配給:東宝
    kamakura-movie.jp
    ©2017「DESTINY 鎌倉ものがたり」製作委員会

    定評ある世界観に加えて
    CGキャラクター表現を進化させる

    数々のヒット作を送り出している山崎貴監督待望の最新作『DESTINY 鎌倉ものがたり』(以下、鎌倉ものがたり)が好評上映中だ。一連のVFXワークはもちろん白組 調布スタジオのチームがリードしているのだが、今回は「黄泉の国」という現実には存在しない、誰も見たことがない世界を描くという新たな挑戦に取り組んだという。幽霊や魔物といった人ならざるものたちが多数登場する。その中でも魔物たちを創り出すにあたっては、『寄生獣』2作で培ったキャラクターVFXをさらに進化させるという、また別の大きなチャレンジもあった。そうした意味でもVFX的にはこれまでの山崎監督作品の集大成になったと、渋谷紀世子VFXディレクターはふり返る。



    〈前列〉左から、吉川剛生氏、松元 遼氏、細山正幸氏、小高慶人氏、舟橋 奨氏/〈中列〉左から、鈴木勝巳氏、平 昌都氏、河原佑樹氏、大久保榮真氏、元内義則氏、早川胤男氏、古川泰行氏、佐々木利佳氏/〈後列〉左から、早崎達矢氏、江村美香氏、植木孝行氏、渋谷紀世子氏、高橋正紀氏、江場左知子氏、田口工亮氏、八木大輔氏、松本 圭氏、山口拓洋氏
    shirogumi.com


    2016年1月後半にクランクイン。CG・VFX制作については、まずは魔物のキャラクター表現のR&Dやアセット制作から着手した。魔物たちを演じる役者たちの頭部(首から上)をCGキャラクターにリプレイスするために、役者たちにはターゲットマスクを被った状態で演技をしてもらうのだが、トラッキングの精度を高めるために全てシーンに白組スタッフが立ち会ったという。撮影に先立ち、死後に魔物へ転生する本田(堤 真一)と劇中における敵ボスの天頭鬼(CV:古田新太)のプレスコ収録を実施。その際には、Facewareによるフェイシャルキャプチャも行われた。そして、収録した声に合わせて役者たちに演技をしてもらうが、できるだけ臨場感を高めるべく、撮影現場の脇でプレスコ収録を行えるようにしたそうだ。さらに撮影の合間には、魔物本田と天頭鬼の特殊造形のフォトグラメトリーが行われた。「どれだけ改善に取り組んでも毎回、新たな課題が出てきます。ようやく、日本でもCGで顔を入れ替えたりという『スター・ウォーズ』的な作品ができる土台はできてきたのかなと。日本は、海外ほどのファンタジー作品のニーズはありませんけれども、今後もやれたら良いなと思っています。よく行く近所の食堂で、『白組の方ですよね?』と声をかけていただき、『この映画は日本のスター・ウォーズですね!』とほめていただいたのですが、とても嬉しかったです。これからもこうしたキャラクター表現にも先頭をきってチャレンジしていくのが自分たちでありたいです」と、渋谷氏は総括してくれた。

    01 プリプロ&ACESデータフロー

    パフォーマンスを最大限高めるために

    後半のメイン舞台となる「黄泉の国」は、劇中でも語られるように死んだ人のイメージであり、人によって見え方が異なるという設定。しかし、それでは映画がつくれないため、「黄泉の国は、異世界感がありながらどこか懐かしさが感じられる場所」という山崎監督が掲げたビジュアルコンセプトに近いと思われた中国の各地へ、シナハンを兼ねて出かけることから始めたという。「昨年9月に中国の湖南省にある武陵源や鳳凰古城、『M:i:III』のロケ地として知られる上海郊外の西塘(シータン)などに出かけました。なかでも鳳凰古城の景観が監督のイメージに近かったようです。木造の家屋ががぎっしり並んでいる様がとても印象的で、ここと武陵源の岩山が組み合わさってデザインの基になりました」(渋谷氏)。

    4月上旬のクランクアップを経て、CG・VFXの本制作は5月から10月までの約半年にわたって進められた。「VFXショット数としては『海賊~』とほぼ同数の約350。ですが、現実には存在しない世界観やキャラクター表現をつくり込む上では、監督からの修正リクエストだけでなくアーティストたちの自主的なリテイクも多かったので、ギリギリまで作業していましたね」(渋谷氏)。

    ワークフロー面では、『海賊~』から採り入れ始めたという、現実世界を忠実に記録したシーンリニアデータACES(Academy Color Encoding System)を、今回は実写プレートだけでなくテクスチャ素材を含めた全データをACESカラースペースで一括管理するという、より踏み込んだかたちで導入している。具体的には、実写プレートは「ACES2065-1」で受け取り、白組内は「ACEScg」、マットチーム(fude)は「ACEScc」でデータを扱うことに。後半の天頭鬼とのバトルシーンについては、LUTにズレが生じたため、部分的に作品トーンのLUTも併用したというが、従来よりもスマートな作業が実践できたという。「前回はNUKEがバージョン9だったため機能制約的に対応できないことも多かったのですが、今回はバージョン10を用いることができたのでコントロールしやすくなりました。ACESを用いることで様々な素材を同じ色空間の下で扱えるようになります。これにより、異なるカメラで撮影された素材も同じ色になります。ACESのRRT(ReferenceRendering Transform)はトーンマッピングが上手くてハイライトも綺麗に処理されます。ニュートラルな世界の中でCGと実写素材の色味を合わせることができるので、ひとつの基準になるのです。今後も映画、CM、テレビ、など様々なプロジェクトで使っていきたいですね」とは、大久保榮真コンポジター。日本のVFX制作現場にACESが浸透することを望んでいるそうだ。

    山崎監督が描いた「黄泉の国」のデザイン



    • 初期に描かれたもの



    • 中国でのシナリオハンティング中に描かれたデザイン。画コンテの基となった

    山崎監督が描いた魔物たちのデザインラフ



    • 天頭鬼とその手下たち



    • 前半に登場する「夜市」など、鎌倉に暮らす人ならざるものたち



    本プロジェクトの画素材データフローを図示したもの。前作『海賊~』と同様に入出力はACES2065-1、白組内はACEScgを基本としつつ、今回はHDRI用カメラや素材撮影用カメラ、マットチームのカメラの独自IDT(Input Device Transform)を作成して実写プレートとの差異を減少させた。「マットチームにはACESカラースペースのLogであるACESccとPhotoshop用のプロファイルで作業していただきました。RRTを基準として作業し、作品トーンLUTでも確認できるかたちで進めました」(早川氏)

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    02 黄泉の国~世界観の構築~

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    02 黄泉の国~世界観の構築~

    未知なるビジュアルに臨場感をもたせる

    山崎組では、撮影可能なものはできるだけ実写を使い、VFXはそれが不可能なものに注力するというスタイルが基本となっている。それは本作でもゆるぎなく、「黄泉の国」シーンの制作においてもミニチュア造形が実写素材とCG素材をシームレスに融合させる役割を果たしている。山肌に立ち並ぶ木造家屋のミニチュアは、『ALWAYS』シリーズから改良を重ねて使い続けている6軒、新規10軒の計16軒。本編に描かれる物量に対して、その数の少なさに驚かされるが、これを積み上げ方等を変えながら巧みなモーションコントロール撮影によって豊富なバリエーションを生み出している。また、揺れものの木や洗濯物など、スケール感の出るものについてはCGやペイントオーバーで対応しているとのこと。一方、天頭鬼の玉座シーン用のミニチュア撮影では、カメラワークやレイアウトを決めてからの作業になるため、CGチームが作成したプリビズをガイドとしてミニチュア制作が行われた。ミニチュア造形&撮影は、4月後半からスタート。作業のピークは6月末で、最終的なミニチュア素材のフッテージ数は、合成用の素材含めると100カットに達したという。

    黄泉の国の世界観としては、イメージボードがあるわけでもなく、武陵源などの資料と監督のスケッチを基に田口工亮3DCGアーティストが試行錯誤しながら、岩山や建物の空間要素をモデリング。ティザービジュアルを作成し、予告編作成の過程でマットやコンプにより細部や光の回り方などが詰められ、徐々に全体の世界観が固まっていった。「マットペインティングとしては、地獄の箇所はしっかりと描きましたが、それ以外は3Dや実写からのペイントオーバーが主体でしたね。カメラが大きく動くショットはフル3Dで、奥の方、松の出方、岩のレイアウトや、構図をマットの方で整える。今回ACESccを使用するということでレンジを維持した状態で作業でき、綺麗なデータのまま返せるのが非常に良かったです」と、長年にわたり山崎作品のマットペインティングを手がけている江場左知子氏(fude)はふり返る。三途の川については山崎監督から「これを渡ったら本当に現世には戻れないという印象をビジュアルで描きたい。海のような広さで」というオーダーを受け、早崎達矢シニア3DCGアーティストがBifrostで表現。川は本来凹凸があまりないが、しっかり凹凸も付けつつ、川の印象を保つために水の流れは一定方向にまとめたそうだ。水の表現では、三途の川へと流れ落ちる大瀑布も印象的だ。一連の滝表現や現世と黄泉の国を繋げるトンネル的な入口といったエフェクトは、古川泰行エフェクトアニメーターがHoudiniで作成。「シミュレーションでそこまで長くしてしまうと波頭のResが稼げないので、上半分と下半分に分けてシミュレーションしています」(古川氏)。ユニークなものでは、山崎監督がトロント国際映画祭に参加した際に、ナイアガラの滝まで遠征してiPhoneで撮影した素材もあったが、実際に合成してみると滝壺からの水飛沫や波紋が臨場感を高める上で実に効果的だったそうだ。

    「黄泉の国」シーン用の家屋ミニチュアとモーションコントロール撮影の様子。ミニチュア造形は元内義則氏と佐々木利佳氏が担当。ミニチュア撮影は、細山正幸氏と菅波 純氏が手がけた

    天頭鬼の屋敷内にある玉座シーン用のミニチュア。「黄泉の国」の家屋は1/24スケールで、こちらの屋敷内のミニチュアは1/6スケールで制作された

    田口氏が作成した岩山のアセット。本文で解説したとおり、ミニチュア、CG、ペイントオーバーを巧みに使い分けることで情感あふれる黄泉の国が誕生した


    HoudiniのFLIPによる滝シミュレーションの例。「このショットは、メインの滝のシミュレーションの結果を良くするために、シミュレーションする範囲を分割して、複数のシミュレーションをレンダリング時やコンポによって結合しました」(古川氏)

    黄泉の国マスターショットの変遷をまとめたもの


    • プリビズ


    • バージョン10


    • バージョン27


    • バージョン45


    • バージョン53


    • バージョン63


    完成形

    真俯瞰から滝をとらえたショットのブレイクダウン


    • 背景素材


    • 滝のメイン素材


    • 霧素材


    • 山崎監督が撮影したナイアガラの滝実写素材


    • 一連の水素材を組み合わせた状態


    • 一連のコンポジット処理を施した最終形

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    03 個性豊かな魔物たち

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    03 個性豊かな魔物たち

    フォトリアルなだけではNG、キャラクター性も両立させる

    山崎監督のできるだけ多くのキャラクターを登場させたいというリクエストをふまえ、どこまでCGにするのかを検証。「服までつくるとなるとスケジュールやコスト的にも厳しくなるので、首から上をリプレイスする手法を採りました。技術的には『寄生獣』に登場する寄生獣たちの発展形。このときの経験を活用しています。実作業ではトラッキングとマスクワークがポイントになることがわかっていたのですが、『寄生獣』のときは同一フレーム内で最大2キャラだったところ、今回は最大7キャラが介在するので難易度は大幅に向上しました」と、高橋正紀3DCGディレクターはふり返る。トラッキング作業にはPFTrackを使用、マスク処理はNUKEで行われた。上述のとおり、複雑かつ細密な作業が求められたためトラッキングは最終的にほぼ全フレーム手付けで調整していくことになったそうだ。

    魔物のアセット制作について。魔物本田と天頭鬼はPhotoScanによるフォトグラメトリーをベースに、前者は植木孝行シニア3DCGアーティストがリード。後者のベースは山崎監督が自ら手がけている。特殊造形を制作する段階でデザインの方向性が定まっていたこともあり、CG工程ではデザイン面での苦労は少なかったそうだ。一方、象頭鬼や豚頭鬼など、特殊造形が存在しない魔物についてはより多くの試行錯誤が求められた。これらの魔物たちのアセット制作は、田口氏が山崎監督から提示されたラフデザインをガイドにイチから造形している。「キャラクター性もしっかりと盛り込んでほしいという監督からのリクエストがあったので、フォトリアルに仕上げるだけではNGでした。その落としどころが非常に難しく、トライ&エラーを重ねました」と田口氏。そして、天頭鬼の最終形態である6つ脚 状態のアセットは、先に出来上がっていた天頭鬼モデルをベースにZBrushで詰められていった。制作過程では髭を生やしてみる、頭に角を加えてみるといった具合に、かなりの試行錯誤をくり返したそうだ。また、調布スタジオとしては初めてレンダラにAnorldを採用。ArnoldはDirect Light 、Indirect LightがAOVで分けて出せるため、コンポジットで調整が利く部分が多く、従来よりも効率的だったとか。ノイズの処理は、AOVをNUKE側(Neat VideoのReduce Noise)で除去してから合成している。これにより、どんなに重いシーンでも最大1時間を上限に定め、基本的には10分程度に収めることができたそうだ(Arnold用のレンダーサーバは約20台)。一連の取材を通じて、少数精鋭で臨機応変に、高いモチベーションをもってプロジェクトに臨み、外部パートナーを含め実に10年以上にわたって共通するスタッフたちが阿吽の呼吸で取り組んでいることが、白組 調布スタジオの原動力であることを実感した。

    魔物本田の3DCGモデル



    • PhotoScanによるフォトグラメトリー



    • ZBrushによるディテーリング



    • Mayaに読み込んだ状態(メッシュ表示)



    • Arnoldによるレンダリング例

    天頭鬼(平常時)3DCGモデル



    • Maya上でアニメーション用コントローラを表示させた状態



    • レンダリングイメージ。天頭鬼のアセット制作は高橋氏がリードした

    田口氏がモデル制作を手がけた豚頭鬼3DCGモデル



    • Mudboxによる作業例



    • ルックデヴ途中のテストレンダリング

    クライマックスに登場する6つ脚状態の天頭鬼3DCGモデル(山口拓洋氏がアセット制作をリード)



    • 最終形態のシェーディング表示



    • 同メッシュ表示


    ボディセットアップ。腹部にはソフトボディも仕込まれた




    • 魔物本田のフェイシャル用モーフターゲットを図示したもの。「モデリング、セットアップ、シーン構築までCG担当者が1名のため、特にフェイシャルリグは組まずに作業しました」(植木氏)



    • アニメーション作業の例。本田と天頭鬼についてはCVを務めた堤 真一のフェイシャルキャプチャ(Facewareを利用)も収録したが、人間と魔物では造形的に異なる部分が多々あるため手付けによるブラッシュアップが必須だったという



    PFTrackによるマッチムーブ作業の例。中盤に登場する、ゼズニーランド(遊園地)で売り子に扮した魔物本田のショット


    右上の図と同じショットのブレイクダウン



    • SSS(Indirect ight)



    • SSS(Direct light)



    • スペキュラ(Indirect light)



    • スペキュラ(Direct light)



    • CG素材をコンポジットした状態



    • 一連の処理を施した最終形



    クライマックスシーンの見せ場のひとつ。一色正和(堺 雅人)と妻の亜希子(高畑充希)が乗るタンコロを、天頭鬼がくり出した黒虫の群れが食べ尽くすエフェクトは、鈴木勝巳氏がHoudiniで作成した。「基本的にはHoudiniのvoidアルゴリズムをベースにしているのですが、さらにVEXを書いて細かな調整が行えるようにしています。タンコロの破壊表現は、ブーリアンとRBDです。Houdiniのブーリアンが強力で安定していたので良い感じに仕上げることができました」(鈴木氏)。なお、タンコロ車内のショットでは、撮影時よりも天井を広くし、車体はほぼ3DCG化。「床は実写素材を用いているのですが、CGと実写を上手く融合させることができました」(渋谷氏)



    • 月刊CGWORLD + digital video vol.234(2018年2月号)
      第1特集:新春CGエフェクト研究
      第2特集:映画『スターシップ・トゥルーパーズ レッドプラネット』

      定価:1,512円(税込)
      判型:A4ワイド
      総ページ数:128
      発売日:2018年1月10日
      ASIN:B0789TBXYT