不可能と言われていた漫画『テラフォーマーズ』の実写化を、三池崇史監督が実現。驚愕な世界の実写化を可能したVFXを紹介する。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 214(2016年6月号)からの転載となります
TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada
映画『テラフォーマーズ』予告編
© 貴家 悠・橘 賢一/集英社 © 2016映画『テラフォーマーズ』製作委員会
長年の信頼関係で実現した『テラフォーマーズ』の実写化
今回は三池崇史監督作品、映画『テラフォーマーズ』のVFXメイキングを紹介する。本作は火星移住を可能にするための惑星改造によりテラフォーマーと呼ばれる生物体が大量に繁殖し、それらを駆逐するために昆虫の能力を移植された15人のチームが火星に送り込まれ、テラフォーマーとの死闘をくり広げるという同名人気漫画作品の実写映画化だ。その内容から実写化は非常にハードルが高いとされてきた。この難しい作品の肝とも言えるVFXを担当したのが、長年三池監督作品に携わってきたオー・エル・エム・デジタルと各協力会社である。今回はオー・エル・エム・デジタルのVFXスーパーバイザー太田垣香織氏とコンポジット・スーパーバイザー橋本 聡氏、CGディレクター小俣隆文氏を中心にお話を伺った。
写真左から、小俣隆文氏、橋本 聡氏、太田垣香織氏、川出 海氏(以上、オー・エル・エム・デジタル)
本作のVFXショットは約870ショット。三池監督作品の中でもVFXショットが多かった映画『ヤッターマン』(2009)の約1,300ショットよりも少ないが、「映画の後半はほぼフル3DCG映画と言ってもいいほど」(橋本氏)というように、本作の方がVFXの内容的にも難しいショットが多く、パワーのかかる作業が続いたという。特に舞台がほぼCGで制作された火星のシーンは難しいシーンの連続だったそうだ。
ショット制作は、ショット単位で各プロダクションに割り振られているため、そのチェックも大変な作業だ。また、ポスプロ作業時期に三池監督が京都で別作品の撮影に入っていたため、今回は京都とOLM、各プロダクションをSkypeとフランキーという画面共有ツールで繋ぎ、毎日のようにチェックが行われたという。
「ショットの制作では、細かいことまで監督に聞いて制作するのではなく、こちらでいくつかのパターンを提案してその中から監督に選んでもらうということが多いですね。提案パターンを作るのは大変ですが、監督としては選びやすいので話が早いです」と橋本氏。「三池監督は自分のビジョンを押しつけるような、それほどこだわりが強い監督ではないのと、長年一緒にやっていてだいたい好みがわかっているので、たぶんこんな感じだろうという風に提案できます」と太田垣氏は言う。長年の信頼関係があってこそのワークフローだ。それでは、代表的なショットのメイキングを紹介したい。
01 テラフォーマーのモデル制作
ZBrushによるテラフォーマーの造形本作に登場するテラフォーマーのほとんどは3DCGによるデジタルキャラクターとして制作されている。このテラフォーマーの出来次第で映画の印象が変わってきてしまうため、いち早く2014年夏にテラフォーマーのキャラクター制作が始まった。キャラクターデザインの寺田克也氏が制作したテラフォーマーのデザインを基にパイロット版を作成し、デザインが詰められていった。テラフォーマーのデザインは何度かの修正の後、現在のような原作漫画に近いデザインになったという。
テラフォーマーの3DCGモデルは主にZBrushを使って作成されている。テラフォーマーのモデルは、モーションキャプチャ用、アニメーション制作用、最終レンダリング用といった3段階のレベルのモデルが制作されているが、大量のバリエーションが必要になってくるためモデリングの物量も多い。撮影では、役者が中に入って演技できる実物大のテラフォーマーの造形スーツも制作された。これは先行して作成された3DCGモデルを基に、人間が中に入れるように調整したものだ。このスーツ型のテラフォーマーはアップショットで使用されたり、役者の目線合わせなどのガイドとして利用されている。
また、モデリングのガイドとして、テラフォーマーや昆虫形態に変異した状態の乗組員の造形が、ピクチャーエレメントにあるPhotoScanを使ってデータ化(フォトグラメタリー)された。PhotoScanのデータは、アクションシーンでのデジタルダブルや、昆虫形態のパーツの部分的な3DCGへの差し替えなどに使用する3DCGモデルのガイドとして利用されているという。
上の図は制作に先立ち作成された、火星で遭遇するテラフォーマーのイメージボード
ZBrushでモデリングされたテラフォーマーのモデル
完成版のテラフォーマーのワイヤーフレーム
レンダリングされた完成版のテラフォーマー
造形スーツ版のテラフォーマーと形状をすり合わせるため、PhotoScanを使ってデータ化もされている(左)。右は完成した最終モデル
検討用に3Dプリンタによるテラフォーマーのフィギュアも作られている
[[SplitPage]]02 テラフォーマーの群衆アニメーション制作
監督自ら演じたテラフォーマーテラフォーマーのアニメーションのベースは、クレッセントのモーションキャプチャスタジオで収録されたモーションデータが使用されている。モーションキャプチャでは、三池監督が自らキャプチャスーツを着込み、テラフォーマーの演技を熱演した。「テラフォーマーの演技は、難しいアクション以外の演技はほとんど監督が演じています。実はモーションキャプチャでテラフォーマーの動きをキャプチャすると決まったときに、1人分のモーションは監督がやってくださいとお願いしていました。監督は普段から演技指導の伝え方が的確で、ご本人の演技も上手いので、それだったら監督の演技をキャプチャしてしまった方が早いのでは、ということでお願いしました」と太田垣氏は話す。
キャプチャスタジオでは、監督自ら自分の演技をプレイバックで確認し、自分でOKやダメ出しをしていたという。実際に完成した映像を観ると、テラフォーマーのリーダーが、凶暴さと風格を兼ね備えた見事な演技で描かれている。ぜひ三池監督の演技を劇場で確認してほしい。
-
フェイシャル・アニメーション用に組まれたリグ。目や口の周りなどを重点的に動かせるようなリグになっている
-
テラフォーマーの全身のリグは、制作の段階に合わせて数種類作成されている。左からモーションキャプチャ用、通常アニメーション用、飛行アニメーション用だ
モーションキャプチャデータを使って制作された完成ショットの数々。これらのショットの中央にいるテラフォーマーのリーダーのモーションは三池監督によるものだ
圧倒的な数の恐怖を引き出す群衆表現本作のVFXショットの中で圧倒されるのは、火星で繁殖したテラフォーマーの群衆表現だろう。この群衆表現は、モーションキャプチャされたデータを基に、クレッセントがGolaem Crowdを使って群衆シミュレーションを行い、そのシミュレーション結果を各担当プロダクションに配布してMayaによってショット制作が行われた。
群衆シミュレーションツールGolaemでテラフォーマーのリグを設定している作業画面。Golaemではボーンに直接モーションデータが入力されるため煩雑なコントローラなどが必要ない
Golaemによる群衆シミュレーションの作業画面。Golaemは数十万単位でのシミュレーションが可能で、計算も速いという
10万体を超えるテラフォーマーショットによっては、10万体を超えるテラフォーマーの群衆が登場するため、メッシュの密度を変えた3段階のモデルを用意して群衆のシミュレーションが行われている。「当初の予定よりもテラフォーマーの数が増えてしまって、計算が間に合わなくなってしまい、メッシュの大きさなどを調整したモデルを用意して対処しました。レンダリングに関しても、物量が本当に多く計算時間が膨大になってしまい、サーバを増強しながらとにかくなんとか終わらせたという感じです。今後このレベルの物量を扱うことはないかもしれませんけどね(笑)」と小俣氏。OLMでは320台のサーバを使用して、レンダリングを行なったという。
これまでのプロジェクトでは、環境光はフェイクで対応していたのだが、今回は全ショットをファイナルギャザーを使ってレンダリングしている。また、後半になると、テラフォーマーが羽根を使って飛び回るというシーンもあるため、3Dモーションブラーも使用することになり、より高負荷のかかるレンダリングになっているとのこと。
▼GolaemでシミュレーションされたデータをMayaで配置し直し、ショットとしてレンダリングしたもの。本作では群衆素材もビューティだけではなく、アンビエントオクルージョンやノーマルなどのレンダリングパスも細かく出力されている
背景を合成した完成ショット
▼群衆シミュレーションとモーションキャプチャを使ったアニメーションの両方が使用されているカットの例
背景素材
全ての素材がコンポジットされた完成ショット
[[SplitPage]]03 モニターグラフィックスの作成
撮影現場で直接モニタへ送出本作は2599年という設定から、火星に赴くバグズ2号のモニタや、研究所の立体モニタなど様々なシーンでモニターグラフィックスが使用されている。船内のモニターグラフィックスはオー・エル・エム・デジタルが担当し、その他のグラフィックスはデジタル・メディア・ラボが担当している。下に紹介したグラフィックスは、オー・エル・エム・デジタルが作成したバグズ2号のコックピットに映るモニターグラフィックスの例だ。非常に密度のあるこれらのモニターグラフィックスは常にアニメーションしており、作品の未来感を補強する重要なアイテムになっている。
モニターグラフィックスのベースとなる画像はIllustratorで作成されており、FlameやNUKEを使ってその素材データで画面を構成し、アニメーションやエフェクトが加えられている。研究所の立体モニタは、後からモニターグラフィックスがコンポジットされているが、バグズ2号などのコックピット内に映るグラフィックスは、現場のセットに仕込まれた実際のモニタに作成されたモニターグラフィックスを送出し、ライブで再生させた状態で撮影された。
コックピット内はとても多くのモニタが設置されたデザインとなっているため、後からコンポジットすると非常に時間がかかることから、撮影までに素材を制作しないといけないという時間の制約はあるが、現場で実際に再生して撮影した方がコンポジット作業の効率化や役者の演技のしやすさにつながっている。
▼バグズ2号のコックピットに映し出されるモニターグラフィックスの例
Illustratorで作成されたモニターグラフィックスの素材。線の強弱をモチーフに各要素の基本デザインが施されている
llustratorで作成した素材をFlame Premiumを使って各パーツごとに細かくループ動画を作成する
Flame PremiumのAtomizeを使用することで、複雑なパーティクルアニメーションが作成され、モニターグラフィックスに使用されている
撮影セットに仕込まれたモニタに表示するために作成された完成グラフィックス
04 背景制作
最も困難だった火星の背景制作テラフォーマーの群衆制作もさることながら、本作のVFXショット制作の中で一番困難だった要素が火星の背景制作だったという。テラフォーマーと小吉(伊藤英明)たちとの主なバトルの舞台となる火星の地表は、セットとして作成されている部分がとても狭く、ほとんどの環境を3DCGで制作しなくてはならなかった。船内のコックピットのようなセットでは、実際につくり込まれているためCGでセットを拡張するというような場合も答えが見えているが、火星の環境となるとつくり込みの指針となるものが何もないため、多くの試行錯誤があったという。
CGによる環境制作では直射日光がキャラクターに当たっているような状況が一番難しいが、火星では、土埃などの自然現象はあるとしても、ほとんど誤魔化す要因がないため、本物らしく見せるのはとても難しかったそうだ。そこで火星の地形は、ZBrushなどを使って360度カメラがどこを向いても成立する3Dモデルが作成された。範囲は15km四方程度が作成されており、2kmの範囲は地面を覆う石などもリアルにモデリングされた非常にハイクオリティな背景が制作されている。
火星でのシーンはほぼフル3DCG映画のような手間がかかっているというが、パイプラインに沿ったリファレンスカットが作成されており、そのリファレンスに合わせて制作していけば、ある程度自動的に間違いのないショットが完成するようにパイプラインが工夫されているのだという。
本作の撮影からグレーディングまでのワークフロー。上流から下流まで一貫したシーンリニアワークフローによって作業が行われている。オー・エル・エ ム・デジタルでは、8年くらい前からシーンリニアワークフローの試行錯誤を行なっているが、本作で理想的なワークフローがほぼ完成したという
▼バグズ1号の周辺が登場するショットの例
バグズ1号のMARIによるマテリアル作業画
Mayaによるシーン制作
ZBrushによる火星の地形制作。15km四方の地形がつくり込まれている
3DCGで制作された地表のビューティ素材。このクオリティで2km程度の地面が制作されている。セットで撮影されたショットには地面を3DCG素材に差し替えているショットもあるという
-
映画『テラフォーマーズ』全国公開中
監督:三池崇史
原作:『テラフォーマーズ』作・貴家悠
画・橘 賢一(集英社『週刊ヤングジャンプ』連載)
脚本:中島かずき
撮影:山本英夫
美術:林田裕至
VFXスーパーバイザー:太田垣香織
製作:映画『テラフォーマーズ』製作委員会
制作プロダクション:OLM
制作協力:楽映写
配給:ワーナー・ブラザース映画
© 貴家 悠・橘 賢一/集英社 © 2016映画『テラフォーマーズ』製作委員会
terraformars-movie.jp