インラインスケートでビルの壁や屋根の上を滑走する。3DCGの利点を前面に出した斬新なビジュアルを海外のクリエイターたちとのコラボレーションで実現。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 258(2020年02月号)からの転載となります。
TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©2019 Seiko Watch Corporation
セイコー『ストリートは誰のもの?ー SHIBUYA HACK & PLAY | WW』ブランドムービー
Creative Director + Planner + Copy Writer + Web Director + PR Director : 贄田翔太郎(CHERRY)/アートディレクター : 田村有斗(TM INC.)/Copy Writer : 市島 智(ADK)/プロデューサー : 渡邉雄介(HAT)/監督 : Spikey John(GROUNDRIDDIM)/撮影監督:マイケル・エリクソン/造形:自由廊/VFX:La Posta/VFXコーディネーター : トーマス高村(A VERY SMALL COMPANY)/モーションキャプチャ : 渡邉英樹(ゼロシーセブン)/3Dスキャン:レスパスビジョン
w-wired.com/ww
物理的な制約に囚われずに3DCGの醍醐味を引き出す
昨年11月9日(土)に発売されたセイコーウオッチの新ストリートファッションウォッチ"WW"(ツーダブ)。そのブランドムービー『ストリートは誰のもの?』では、ブランドキャラクター「WW MAN(ツーダブマン)」の特殊造形を装着したアグレッシブインラインスケーターの藤原 蓮が渋谷を滑走していく。中盤からビルの壁面や鉄骨の上を駆け巡っていくのだが、実写では不可能なシーンはフォトリアルなデジタルダブルで表現されており、非常にダイナミックな映像に仕上がっている。
右から、渡邉雄介氏(HAT)、贄田翔太郎氏(CHERRY)、内海 航氏、中島俊彦氏、久保江陽介氏(以上、レスパスビジョン)、西山慎一氏、黒澤津勝大氏(以上、自由廊)
監督・Spikey John氏(GROUNDRIDDIM)
groundriddim.com
ストリートカルチャーの歴史が詰まった渋谷を舞台に、WW MANが縦横無尽に滑走する様を描くことで社会の抑圧から解き放たれる感情を表現したという本作。監督を務めたのは、1996年生まれ新進気鋭の映像作家Spikey John氏である。
「渋谷を舞台にしたMVを数多く手がけているSpikeyこそが適任だと思いました。また、デジタルダブルのシーンについては、実写に合わせようとするのではなく、3DCGならではの醍醐味を存分に引き出せるVFXプロダクションという観点から、アルゼンチンのLa Postaにお願いしました」と、本作のクリエイティブ・ディレクターを務めた贄田翔太郎氏(CHERRY)はふり返る。
「VFXコーディネーターのトーマス高村さんに協力していただき、数多くのデモリールを観ていったのですが、La PostaはCM案件を数多く手がけていて、キャラクター表現を得意としていたので、WWMANを魅力的に動かしてくれるのではないかと思いました」と、プロデューサーを務めた渡邉雄介氏(HAT)も続ける。
候補を2社にまで絞った段階でLa Postaにトリートメント(CG・VFX表現に関するプレゼンテーション)をリクエストしたところ、数十ページにもわたり、さらにオリジナルのキャラクター案も添付された熱量あふれる資料が届いた。そんなLa Postaのポジティブな姿勢を受けて、彼らに決めたそうだ。「アルゼンチンは日本と時差マイナス12時間ですし、渋谷での実写撮影には立ち会うのが難しいため、制作後期まで不安もありましたが、参加してくれた全てのクリエイター、各分野のエキスパートが非常にポジティブだったので、素晴らしい作品に仕上げることができました」(贄田氏)。
01 アセット制作
La PostaとのコミュニケーションにはFrame.ioをフル活用
本作は、"WW"の発売を記念して昨年11月に実施された「HACK&PLAY」キャンペーンの一翼を担うものである。そのため、WW MANのキャラクターデザイン、造形制作が先行した。WW MANの造形は自由廊が担当。アートディレクターを務めた田村有斗氏(TM INC.)がまとめたデザイン設定を基に、RhinocerosとZBrushによるデジタル原型を作成した後、WW MANのキャラクター造形と、ブランドムービー撮影用のヘルメット型特殊造形が制作された(自由廊は、ほかにも渋谷の街中に設置された等身大フィギュアも制作している)。
「キャラクター造形の制作では、腰に巻かれるのが実物のWWになるので、どこまでデフォルメして良いかのさじ加減が悩ましかったです。デジタル原型については黒澤津(勝大氏)が上手く仕上げてくれました」と、西山慎一氏(自由廊)。
デジタルダブルの制作について。頭部については自由廊が作成したデジタル原型データを流用し、胴体についてはWW MANを演じたインラインスケーター藤原 蓮氏のフォトグラメトリーを実施。胴体モデルの制作はレスパスビジョンが担当した。フォトグラメトリーの撮影は、同社の3Dスキャンスタジオ「Iris」で行われたが、撮影に先立ち日本チームとLa PostaはFrame.ioによる入念な打ち合わせを行なったという。「La Postaからの提案でFrame.ioを採用したのですが、とても使いやすかったです。動画に対するアノテーションやバージョン比較の機能なども便利でした。複雑なやりとりについては必要に応じてコーディネータの高村さんに助けていただきました」(渡邉氏)。「今回は、藤原さんのボディスキャンに加え、ボディバッグ、インラインスケート(両足分)の4点を制作しました。藤原さんには、La Postaが指定したポーズをとってもらった状態で撮影しました」と、久保江陽介氏(レスパスビジョン)。黒色の素材や、服の内側はスキャンできないため、併せて撮影したリファレンス写真を参考にレスパスビジョンの内海 航氏がリファイン。
「ZBrushのZRemesherで軽いポリゴンを軽量化した上で、MODOでポリゴンのながれを整えました。続けてUVを展開して、RizomUVでUVWの歪みを調整、クリーンなモデルにクリーンなテクスチャをベイクしてLa Postaに納品しました」(内海氏)。
キャラクター造形制作過程における、 田村ADが作成した自由廊への修正指示の例
完成したデジタル原型。このデータをベースに、実写撮影時に藤原氏が装着する特殊造形が制作された
「WW MAN」の造形
フォトグラメトリー撮影時のポーズを伝えるパブロ・トゥファロ氏(La Posta創立者)
レスパスビジョンの3Dスキャンスタジオ「Iris」におけるフォトグラメトリーの様子。La Postaの指示通りのポーズで撮影されたことがわかる
ショットワーク用にリトポロジーされたデジタルダブル(胴体)。Marmoset Toolbagにてチェック用のターンテーブルを作成
[[SplitPage]]02 実写撮影&アニメーション
完全分業制のLa Postaチームは総勢30名規模に達した
実写撮影は8月21日と22日に渋谷で行われた。本作の撮影監督はベイエリアをベースに活動するマイケル・エリクソン氏が担当(本作のルックに海外の作品ぽさを感じるのは、エリクソン氏とLa Postaによるところが大きいだろう)。Frame.ioを介してリアルタイムで撮影手法やカメラワーク、撮影したプレートを必要に応じてLa Postaに確認してもらいながら撮影を進めたそうだ。なおCG・VFXワーク用の撮影環境のデータ収集については、Theta SでHDRI素材を撮影、一般的なクロムボールなど、ひと通りぬかりなく採取していたようだ。
実写撮影に先立つ7月末に、ゼロシーセブンにより、藤原氏のスケーティングのモーションキャプチャ収録が行われた。システムはMVNを採用し、藤原氏にはMVNスーツを着てもらった状態でスケーティングや特設サイト用に必要な動きを演じてもらったという。滑走、止まってポーズ、ジャンプ、トリックなど30以上のモーションを収録。また、キャプチャ終了後は、先述したレスパスビジョンによるフォトグラメトリーが行われた。
8月末にオフライン編集が終わり、9・10月の2ヶ月にわたってCG・VFXワークが行われた。本作のCG・VFXワークはアルゼンチンのLa Postaが一手に引き受けた。同社の創立者であり、本プロジェクトではVFXプロデューサーを務めたパブロ・トゥファロ氏へのメールインタビューによると、トゥファロ氏を筆頭に、モデラー、シェーダ・アーティスト、リガー、クロスシミュレーション・アーティスト、アニメーター5名、マッチムーブ・アーティスト2名、ライティング・アーティスト2名、レンダリング・エンジニア2名、コンポジター4名、プロデューサー2名、CGヘッド(スーパーバイザー)、そしてカラリストという、24名が参加したという。La Postaが完全分業制を敷いていることもあるが、クライマックスのコズミックズームバックから渋谷 109ビル前でタイムラプスするカットについては、イチからエンバイロンメントを制作する必要があったため、4名の専任チームが別途稼働したそうだ。今回が初の日本案件になったそうだが、日本との時差マイナス12時間という環境は、La Postaチームが実作業を進める間に監督たち日本のチームは眠り、逆にLa Postaチームが就寝中に日本チームが一連のレビューを済ませるという、非常に効率的な分業が行えたとのこと(多少のリップサービスは含まれているだろう)。
実写撮影の様子。中央が監督を務めたSpikey氏、その話し相手が撮影監督を務めたマイケル・エリクソン氏
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ムラサキパーク(東京都足立区)におけるモーションキャプチャ収録の様子。MVNはセンサーシステムから無線でデータをPCに取得するしくみだが、今回はセンサーシステムから受信機までの通信距離が100メートルに達したため、いくつかのトリックを決めながらパークを1周するような動作も一連のながれで収録された
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収録後には実写撮影のテストとして、特殊造形と衣装を着用してのスケーティングも行われた
MVN Animate Proによるモーションデータの調整例。今回は腰固定でモーションを収録するシナリオが採用されている。広範囲に動くアクターの動きを現場で細かく確認することができたという
特設サイト用のキャラクターアニメーションのテストとして、3頭身に置き換えたもの
自由廊から提供された頭部と、レスパスビジョンから提供された胴体を組み合わせたデジタルダブル(La Postaにて調整)。日本から提供されたキャラクターモデルのポリゴンを整理するためにリトポロジーからスタート。全てのポリゴンを四角にしつつ、細かな調整が施された
La Postaが作成したキャラクターリグ&セットアップ。La Postaが独自に開発したリグツールとのこと。クロスシミュレーションについては、当初はMarvelous Designerの導入も検討したそうだが、スケジュール等の諸条件を考慮した結果、最終的にシンプルなポイントベースのクロスシミュレーションを利用。動きが速いこともあり、十分なクオリティが得られたそうだが、どうしてもめり込みは発生するため、不具合のある箇所はシェイプデフォーマで対応したという
キャラクターアニメーション作業の例
キャラクターアニメーション #160|セイコー"WW"『ストリートは誰のもの?』
シェーディング表示(実写素材に合成)#160|セイコー"WW"『ストリートは誰のもの?』
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03 ショットワーク
難易度の高い案件ほど"密なホウレンソウ"が必須
ライティング、シェーディング、レンダリングにはArnoldを使用。La Postaは、アルゼンチンとメキシコにスタジオをかまえており、それぞれに約40台から成るレンダーサーバがあるため、一連のシミュレーションやレンダリングは問題なく行えたそうだ(本作のデジタルダブルシーンは約50秒)。ライティングとコンポジットについては、撮影現場で収集したHDRIと各種リファレンスを用いることで、特に苦労せずに作業を進めることができたという。「今回のプロジェクトはとても素晴らしかったです。これまで数多くのクリーチャーや動物などの、キャラクターアニメーションを手がけてきましたが、デジタルダブルの表現は初めてでした。自分たちのスキルを示す大きなチャンスになりましたが、クライアントたちの期待に応えることができたと信じています。このプロジェクトを私たちにまかせてくれた日本チームの全員にとても感謝しています」(トゥファロ氏)。
La PostaによるCG・VFXワークが完了後、PTHREEにてオンライン編集を実施。ここでは、落ち影や反射の具合、色味の調整といった、Spikey監督こだわりのブラッシュアップが施されたという。
「チャレンジの連続でしたが、事故なく終われて良かったです。海外のクリエイターに参加してもらうなど、新しいチャレンジを実践できたことで、自分の引き出しを増やすこともできました」と、渡邉氏。
そして、贄田氏は次のように総括してくれた。「参加してくれたクリエイターの皆さんが、ほかでは観ることのできないハイクオリティで斬新な作品に仕上げてくれました。一連の『HACK&PLAY』キャンペーンによってWWは素晴らしいスタートを切ることができたと思います。今年も新たな展開を計画中なので期待してください。また制作中は、プロデューサーの渡邉さんと監督のSpikeyとは、ほぼ毎日何らかの連絡をしていたのですが、複雑なプロジェクトほど"密なホウレンソウ"が重要になるのだと改めて実感しましたね」。
La Postaアルゼンチンスタジオの様子
www.La Posta.com.ar
ライティング作業の例
3DCGとしての完成形。この後にコンポジットワークが施される
キャラクターアニメーション #190|セイコー"WW"『ストリートは誰のもの?』
CGアニメーション完成形「#190」|セイコー"WW"『ストリートは誰のもの?』
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