これまで海外で活躍している多くの方を取材してきたが、みなさんに共通しているのは「行動力」がある、ということではないだろうか。スキルや才能のみならず、行動力はチャンスに引き合わせてくれる重要な鍵になると筆者は考えている。今回、ご登場いただく田村鞠果さんも、その1人だろう。では、さっそく話を伺ってみよう。
TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada
Artist's Profile
田村鞠果 / Marika Tamura(LAIKA, Llc. / Jr. Prop Designer)
神奈川県出身。中学校卒業後、海外のアニメーション業界を目指して単身カナダに留学。その後フロリダのリングリングカレッジ・オブ・アート・アンド・デザインに入学しコンピューターアニメーションを学ぶ。卒業制作の短編アニメーション『Final Deathtination』は、映画芸術科学アカデミーが主催する学生アカデミー賞2021にノミネートされた。卒業後LAIKAにビジュアルデベロップメント・インターンとして入社。現在はLAIKAの正社員となり、プロップデザイナーとして勤務
www.laika.com/
<1>目標をアメリカのスタジオに定め、夢の実現に向かい邁進
――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。
幼少期から母と工作やお絵描き、お菓子づくりをするなど物づくりが好きな子供でしたが、アクティブな父親と一緒に空手や野球、スキーや登山などに挑戦するうちに段々そちらの方が楽しくなり、どちらかと言えばアウトドアを好んでいた気がします。今思えば、この時期に新しいことに飛び込む勇気や好奇心が生まれたのかもしれません。
また、旅行好きな両親と一緒に国内外の様々な場所の魅力に触れ、心に残る経験をしたことで、それを表現したいという気持ちも生まれました。ただ、個人作業が多い画家やイラストレーターなどの職業は自分の性に合うとは思えず、チームで働ける職業で、今までの経験を活かせる職業は無いだろうか? と模索していました。
中学時代にソフトボール部で大好きなチームメイト(今でも連絡を取り合う仲です!)と"優勝"という同じ目標を目指して、日々練習に明け暮れたこともそう思わせた要因かもしれません。そんな中、中学3年のときに海外アニメーションのドキュメンタリーを見る機会があり、クリエイティブで協力し合う環境を目の当たりにしました。そのとき、私にとって「たくさんの人と一緒につくる芸術」であるアニメーションこそ理想のフィールドだと思い、将来アメリカのスタジオで働きたいと夢を抱くようになりました。
思い立ったら行動に移さないと気が済まない性格なもので、「夢を実現させるためには、まずアメリカの大学でアニメーションの勉強......そのためには高校から留学して英語も学ばなければならない!」と決断し、中学卒業までの半年間で準備に奔走しました。
最初は心配していた両親も、私がたくさんの情報を自分で集めて真剣に考えているのを見て応援してくれるようになりました。その結果、今の私があるんだと思います。支えてくれた家族には本当に感謝しています。
――留学時代は、どんな学生時代を過ごされたのですか?
カナダの高校に留学しましたが、高校はなるべく費用が抑えられ、かつ日本人の少ないカナダ東側の公立高校を選び、ホームステイにお世話になりながら英語の勉強と受験用のポートフォリオづくりに集中しました。
絵だけでなく、奨学金を得るためにIELTSやSATなどのテスト勉強に必死の毎日でした! 結果、第一志望のリングリングカレッジ・オブ・アート・アンド・デザイン(Ringling College of Art & Design)に奨学金付きで合格することができ、コンピューターアニメーション学科に入学しました。
この頃にはある程度、英語が話せたということもありますが、共通の夢をもった生徒が集まる美大では、すぐに友達をつくることができました。カリキュラムはかなり厳しく、毎日課題に追われていましたが、熱心で個性豊かな仲間達と励まし合いながら作業でき、充実した大学生活になりました。
リングリングでは1年生でドローイングやパースなどの基礎を固め、2年生からはいくつもの短いCG作品制作を通して全工程を学び、最後にそれを活かして卒業制作をつくります。卒制の『Final Deathtination』も絵コンテ、デザイン、CG全てを個人で制作しました。
Final Deathtination | Official Film
もし就職して働き始めるとほとんどのスタジオは分業制なので、自分の伝えたいメッセージを込めて、納得のいくまで突き詰めて作品をつくる経験を、学生のうちにできたことはとても良かったです。「個人で制作」とはいえ、教授や先輩方にはたくさんのアドバイスをいただきましたし、友達とも知っている知識や情報を交換しながら制作していたので、一人で煮詰まってしまうことはありませんでした。このような素晴らしいコミュニティを与えてくれたという面でも、大学にはとても感謝しています!
制作後は今後のチャンスを広げるためにも、できるだけ多くの人に作品を見てもらえるよう、様々なフィルムフェスティバルに応募しました。その結果、現在国内外54のフェスティバルで優勝・入選をいただき、学生アカデミー賞でもノミネートされることができました。また、作品を通してメッセージが伝わるようにデザインやアニメーションも試行錯誤したため、SNSなどで「涙が出た」、「落ち込んでいたときに励みになった」といったコメントをいただけたときは、本当に嬉しかったです。
▲ポートランドの街と山々を一望
<2>コロナ禍が直撃した就職活動期間も、積極的に行動を続ける
――海外の映像業界での就職活動はいかがでしたか?
大学では、様々なスタジオからリクルーターが来てプレゼンをしたり、ポートフォリオレビューや面接をしてくれるといった機会がありました。気が早いかとは思いつつも、1年生の頃からプレゼンには欠かさず行き、面接への応募も始めました。
様々なプレゼンに行ったことで、入学前は知らなかったスタジオにも興味が沸いたり、それぞれの会社がどのような人材を求めているのかを学べたり、ときにはリクルーターの方と挨拶をして名刺を渡したり、とその後の就活に役立ったと思います。
2年生の夏休みはCPT※を利用してテーマパーク会社であるITEC Entertainmentでインターンをして、少しちがった業界のコンセプトアートを学べたこともとても良い経験でしたし、仕事の幅が広がりました。3年生のときLAIKAにインターンシップのオファーをもらえたのですが、コロナの影響で中止になってしまいました。
※CPT(カリキュラー・プラクティカル・トレーニング)
大学の専攻カリキュラムの一環として、専攻分野に関連した企業で実践的な体験を得られるプログラム
他のスタジオも続々とインターン生を選ぶまでもなくキャンセルしていたため、卒業後のビザのことも含め、去年と今年は気が気ではありませんでした。しかし、とにかくできることをやろうと思い、制作に集中しながら、今まで知り合ったリクルーターの方に近況を連絡してみたり、積極的に行動するようにしました。
その結果、連絡を取り合っていたLAIKAの方から卒業後のインターンシップを再びオファーしていただきました! 就活の中で、ポートフォリオをアップデートしながらどんどん自分からアピールしていくことの大切さを実感しました。
――現在の勤務先であるLAIKAは、どんな会社でしょうか。
LAIKAはストップモーション・アニメーションで映画を制作している数少ないスタジオなので、この貴重な体験ができていることを幸せに思います。
コロナ禍ではありますが、きちんと対策もした上で、私も含めスタジオの大半が現地で働いているので、間近で制作の過程を学べるのが嬉しいです。技術と工夫が詰まった手づくりのパペットや、背景セットを手に取って見ることができるのは、ストップモーションの醍醐味だと感じています。
大学でCGを学んだ自分にとっては新しい学びの連続で、才能溢れるアーティスト達と一緒に映画をつくれることに日々ワクワクしています!
――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。
現在、LAIKAが制作中の映画『Wildwood』にデザイナーとして関わらせていただいています。様々なデザインに挑戦させてもらえる環境で、新卒という立場であっても「新しいアイデアが欲しいから、自由に描いてみて」といった課題をもらえることが度々あります。
そのアイデアを実際に映画で採用するという言葉をいただいたこともあり、そのときは喜びもひとしおです! 前々からLAIKAのアートブックなどで作品を見て尊敬していたプロダクション・デザイナー(作品のビジュアルの総責任者)の方と直接コミュニケーションを取り、アドバイスをもらいながらお仕事ができていることをとても光栄に思います。
正社員になってからはプロップデザイナーとして、キャラクターが使う小物や部屋の家具など様々な物をデザインしています。実際に自分のデザインした小物をキャラクターが身に付けたり使ったりしているのを見るととても嬉しくなります! プロップはキャラクター達の性格や生い立ち、その土地の歴史など、様々な情報を表現できるものだと思っているので、描くだけでなく参考資料を調べたり考えたりすることも面白いです。
――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?
高校から留学することができたのは本当に恵まれていたと感じます。留学して「英語で話さなければいけない状況」に飛び込むことで、飛躍的に成長できたと思います。とはいえ、海外にいるだけでは、やはり話せるようにはならないと実感しました。
最初は友達をつくるにもボキャブラリーが足りなさすぎて、楽しく会話することができなかったのです。そのため、海外ドラマ(定番の『FRIENDS』など笑)を繰り返し見てネイティブが使うフレーズを勉強し、自分でも使ってみることを心掛けました。それによって周りの人と話しやすくなり、友達ができると上達も早くなりました!
大学受験用のIELTSやSATのための勉強は、ひたすら過去問や単語リストを勉強しました。テストのための英語と日常会話はやはりちがうなと感じたので、バランス良く目的に合った勉強をすることを意識していました。
――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。
やはり思い切って目標のために行動してみること、可能であれば海外に行ってみることが近道なのではないかなと思います。
言葉の壁や文化のちがいなど不安も様々だと思いますし、実際に私も最初のうちは生活するだけで一苦労でした。しかし、現地に来たことで数年の間にたくさんの技術や情報を吸収でき、どんどん次のステップに進んでいくことができたと思っています。
また、たくさんの人に話しかけてみることや、ときには助けを求めることがとても大切だと思います。大学では授業を受けて課題をこなすだけでなく、信頼している先輩にアドバイスをもらって作品をよりよくできるように工夫したり、すでに働いている人にメールをしてポートフォリオレビューをしていただいたり、と積極的に活動していたことでより成長できたと感じています。
自分自身、これまで人との繋がりに本当に助けられて来たので、これからは自分も微力ながら海外を目指す方々のお役に立てたら嬉しいなと思います。
▲LAIKA作品『パラノーマン ブライス・ホローの謎』のパペットと
【ビザ取得のキーワード】
① カナダの公立高校に留学。英語を学びながらポートフォリオ制作し大学受験
② リングリングカレッジ・オブ・アート・アンド・デザインのコンピューターアニメーション学科を卒業
③ 卒業後OPT※を利用しビジュアルデベロップメント・インターンとしてLAIKAに就職
④ LAIKAでジュニア・プロップデザイナーとして正社員採用、現在O1ビザの申請準備中
※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング)
アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。STEM分野で学位を取得すると、OPTで3年までアメリカに滞在することができるので、留学先の学校に確認してみると良い
あなたの海外就業体験を聞かせてください。
インタビュー希望者募集中!
連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。
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