<2>ディズニーが重視する映画制作の3大要素
続いてトピックはディズニーにおける映画制作ワークフローの解説に移った。同社の特徴は、社外に業務発注を行わず、すべて社内で作業を完結させていること。ロビーやカフェはその時々の映画に即した飾り付けが施され、クリエイティブな雰囲気。スタッフ数は少ない時で300人、繁忙期では800人に及ぶという。糸数氏は最初に次のような全体フローを紹介し、ポイントをかいつまんで説明していった。
(1)ストーリー
(2)リサーチ
(3)キャラクターデザイン
(4)デザイン
(5)モデリング
(6)テクスチャー
(7)リギング
(8)レイアウト
(9)キャラクターアニメーション
(10)VFXアニメーション
(11)レンダリング
糸数氏はディズニーが映画制作で重視している点として、下記の3点をあげる。
・説得力のあるおもしろいストーリー
・実際にありそうな現実的な空間
・魅力的なキャラクター
はじめに脚本草案が作られると、絵コンテをもとにビジュアルコンテが作られ、ボイスの録音も行われる。そして、このビジュアルコンテを上映しながら、何度もストーリーについてディスカッションが行われるという。スタジオ内では頻繁に試写会が開催され、誰でもメールで意見を出すことが可能だ。制作に移った後も頻繁にストーリーの変更が行われ、時には数ヶ月も制作がストップすることもあるという。
徹底したリサーチもポイントだ。『アナと雪の女王』では北欧、『ベイマックス』では東京に取材班が赴き、何千枚という写真が撮影された。モーション制作ではカメラの前でアニメーターが演技を行い、フェイシャルアニメではPCに設置したWebカメラで、自分の顔の動きを見ながら制作される。『ベイマックス』で登場したマイクロボット(画面中に2千万体も登場する)の動きでは、アリやハチの群れの動きが参照されたという。
その上で「写真をコピーするのではなく、エッセンスを取り出して再構成する」ことが重視されていると解説した。『ベイマックス』の舞台背景となった架空の都市、サンフラントウキョウは好例だ。サンフランシスコと東京がミックスされた街では、ベイエリア風の住宅街に鯉のぼりがたなびく、ユニークな風景がみられる。
▲ディズニーでの仕事について、糸数氏は、自身の経験を余すことなく語ってくれた
キャラクター造形では、はじめにキャラクターデザイナーが2Dでキャラクターデザインを行い、それをもとにキャラクターモデラーが3Dにおこしていく。糸数氏も『塔の上のラプンツェル』、『シュガー・ラッシュ』、『アナと雪の女王』などで、3Dモデルの素となるワイヤーフレームの作成を担当してきた。糸数氏によるとキャラクターデザイナーの善し悪しでモデリング作業も負担が変わるという。
ちなみにキャラクターは、Mayaで作成される。表情はBlend Shapeで作成される。キャラクターの表情はキャラクターデザイナーの設定画(モデリングシート)に即して、一作品あたり100名近く存在するアニメーターがBlend Shapeでつけていく。糸数氏は「キャラクターの動きや表情のアニメーションでは、人体の骨格や筋肉の動きといった、解剖学的な知識が必要になる」と強調。後半パートでBlend Shapeによる実演も行われた。
キャラクターモデル・背景モデル・アニメーションデータがそろうと、いよいよレイアウトが可能になる。しかし、実際は仮モデルを使用しながら作業を進めていき、徐々に素材を入れ替えていく形をとる。当初は直方体のモデルをキャラクターに見立ててレイアウトすることもあるほどだ。なお、衣類の動きはシミュレーションでつけられる。そのため作業を軽くするため、演技自体は裸体でつけられるという。
<3>日本人がディズニーで働くことは決して夢ではない!
ディズニー映画で重視されるアニメーションのポイントは次の3点だ。
・インタラクション(二体のキャラクター間の相互作用)
・パーソナリティ(キャラクターの性格や個性を反映させた動き)
・エクスプレッション(筋肉の動きに基づいた表情設定)
糸数氏はインタラクションの重要性について、「どれだけ個々のキャラクターが丁寧に作られていても、両者の"絡み"がきちんと動きで表現されていなければ、さまにならない」と指摘する。そのために活用されるのが前述のリサーチだ。『ベイマックス』ではヒロがベイマックスを抱きしめる感覚をつかむため、半分空気を抜いたバランスボールが用意されたという。「迷ったらリサーチに戻るのがディズニー流です」(糸数氏)
動作でキャラクターの個性や性格を表現することも重要だ。椅子に座る仕草だけでも、キャラクターごとに描き分けが要求される。そのためにはアニメーター自身が「役者」であることが重要で、アニメーターを対象とした演技のクラスが社内に設けられているほどだ。他に過去のディズニーアニメにおけるキャラクターの動きも、リファレンスに活用されることがあるという。
最後にディズニー映画の真骨頂ともいえる、レンダリングの説明もなされた。戸外のシーンではPhotoshopで描かれた最終イメージをもとに、遠方の木々や家々まで、一つひとつ3DCGで描かれたオブジェクトが配置されていく。そのためメッシュ数は天文学的な数字となり、民生用のPCでは1枚の絵をレンダリングするだけで、数年から10年近くかかるという。
そこで登場するのがインハウスのレンダラー「ハイペリオン」と、5万個のCPUを並列稼動させるレンダリングファームだ。これによりディズニー作品ならではの緻密な映像制作が現実的な制作期間で可能になる。
このように日本とはスケール感が大きく異なるディズニーのCGアニメ制作だが、糸数氏によると「最大の特徴は豊富な資金力で、個々のアーティストの質については、日米で大きく変わらない」と語る。そのため日本人アーティストがディズニーで働くことも夢ではないと告げた。
特に学生向けの登竜門として紹介されたのがディズニーが実施するインターンシップ「Disney Student Programs Apprenticeship & Internships」で、実際に日本人アーティストの採用事例もあるという。相応の語学力とCGのスキルが前提となるが、臆せずに挑戦して欲しいと来場者に呼びかけた。
▲ディズニーのインターンシップを紹介するスライド。糸数氏は、「是非チャレンジしてほしい」と呼びかけた
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