<2>「アニメーション界のハーバード」もゲームコースを開設〜Sheridan College〜
日本と異なり連邦制をとるカナダでは、州政府の自治権が強く、地域ごとの特性が出やすい。カナダ最大の都市、トロントを州都とするオンタリオ州もまた、他州と並んでICTやクリエイティブ産業が盛んな地域だ。VFX業界ではHoudiniで知られるSideFXが好例。ただし、ゲーム業界ではスタートアップやモバイル向けの中小スタジオが中心だ。その一方で教育機関ではカナダ最大規模のトロント大学を筆頭に他州を圧倒している。こうした非対称性も手伝って、税控除を始めとした企業誘致策が積極的にとられている。
教育機関の中でも22,000人の学生を抱える、カナダ有数の工芸・応用化学系大学がシェリダン・カレッジだ。中でも1971年に開設されたHonours Bachelor of Animation(=アニメーション学科)は「アニメ界のハーバード」と呼ばれるほどレベルが高く、アニメーション・キャリア・レビューの2012年度ランキングで1位を獲得している(VFSは17位)。カリキュラムは4年制で学士号が取得でき、Computer Animationなど1年制の上級コースに進学もできる(現在は2コースで、近年中に3コースに増加予定)。
特に2015年はシェリダンの当たり年だった。第87回アカデミー賞で長編アニメ映画賞部門に輝いた『ベイマックス』共同監督のChris Williams氏。ノミネート作『ボックストロール』の共同監督Graham Annable氏。同じく『ヒックとドラゴン2』の共同監督Dean DeBlois氏が、いずれもシェリダンの卒業生だったからだ。在校生のレベルも高く、3年生が制作した短編映画『Feathers』が、エアカナダ主催のenRoute Film Festival 2016や、トロント国際映画祭2017で学生アニメーション賞を受賞するなどの活躍を見せている。
『Feathers』
シェリダン・カレッジは3つの校舎に分かれており、写真はアニメーションとゲーム関連のコース(学科に相当)を学ぶ学生が通うトラファルガー校舎。大学全体ではフルタイムの学生が2万2000人、短期コースで学ぶ学生が1万7000人を数える。カナダの総人口が350万人であることを考えると、そのうち約1%が学んでいることになる
アニメーションとゲームデザイン関連で副学部長をつとめるアンジェラ・スタケーター氏
アニメーションとゲームデザイン関連で副学部長をつとめるアンジェラ・スタケーター氏は、「本学のアニメーション学科は、アニメーション制作を学んで学士号がとれるカナダで唯一の大学」だと胸を張った(ゲーム学科に相当するHonours Bachelor of Game Design=GD、ゲームデザイン学科でも同様)。アニメーション学科は手描きアニメのアニメーター教育を行う職業訓練コースからスタートし、1981年には早くも3DCGアニメーションの教育を開始。2003年に現在の形となり、学位を制定するまでにいたっている。
カリキュラムの特徴は手描きアニメーション・3DCGアニメーション・ストップモーション(コマ撮りアニメ)の授業科目が融合している点だ。学生は最初の1年間でデッサンや手描きアニメーションの基礎的な授業を受け、2年目でレイアウトや演出などの上級コースを選択。それと並行してデジタル技術を学んでいく。3年目でグループワークを行い、最終学年では卒業制作とインターンシップを体験する(インターンシップは必修科目)。2011年からは中国の大学と提携し、14週間にわたる交換留学プログラムも存在する。
Honours Bachelor of Game Designの授業風景。はじめにUnityで2Dゲームをつくりながらゲームデザインの基礎を学び、次第に3Dゲームなど複雑な内容にステップアップしていく
最大のポイントは、このカナダで最も有名なアニメ/CG教育を行う名門校が、2012年にゲーム開発者教育をスタートさせたことだ。EAトロントやUBIトロントといった地元企業と連携してカリキュラムを制作。4年制のGDと、上級コースにあたる1年制のGame Level Design(GLD)&Game Development - Advanced Programming(GDAP)を開設した。学生数はGDが100名(男子65名、女子35名)で、そのうち留学生は15名となっている。GLDとGDAPは12名ずつだ。
職業訓練校的なVFSとちがい、シェリダンを志望する学生の大半はゲーム業界を志す一般の高校生だ。入学時にゲーム制作に必要なスキルをもつ学生はほぼ皆無で、ゲームデザイン・アート・プログラミングの各スキルを、4年間かけて教えていく。1〜2年目は全課程を学び、3〜4年目で専門に分かれつつ、グループ制作でゲームをつくり上げるイメージだ。ハイライトは5日間かけて行われるゲームジャム「スプリント・ウィーク」で、優秀作は地元の子ども向けリハビリ施設でプレイされている。
グラフィック系の授業の様子。ゲームデザイン・プログラミング・アートを一通り学んだ後に、自分の専門に進んでいく
課題で制作されたゲームを発表し合い、皆で講評し合う
スタケーターはゲーム開発者教育を開始した理由に「ツールをはじめ、ゲームと3DCGアニメーションで重複分野が多いこと」、「アニメーション学科の学生で技術的な素養があり、ゲームに興味がある学生がゲームデザインについて学びたがる傾向にあったこと」などを理由にあげた。その上でゲーム・映画・Web・アニメーションとコンテンツのトランスメディア化が進む中で、学生により多くの選択肢を与えることを目的に設立されたという。こうした理由から同校のカリキュラムは「(ゲーム)デザイン」に焦点を当てている。
卒業制作ではグループワークでゲームを一本制作する。授業内容自体は日本のゲーム専門学校などと大きくちがわない。ただしマニュアルや教科書、ネット上で検索できるゲーム開発のTIPSといったドキュメントの量が大きく異なる。これらが成果物のクオリティに間接的ながら大きな影響を与えている
学費についても補足された。年間の授業料はGDが約9,000カナダドル(約100万円)で、GLDとGDAPが約1万4,000〜1万6,000カナダドル(約140〜160万円)。留学生はこの約2倍となる。日本の私大理系と同じレベルで、アメリカの大学に比べると割安だ。もちろん、奨学金を活用することもできる。ただし留学生の比率は15%と、それほど高くはない。卒業生の多くはレベルデザイナーやゲームデザイナー、テスター、アーティストなどの職に就き、EAやUBIといった大手企業の採用実績がある。
中身はPCでも、アーケードゲーム型筐体でプレイすると雰囲気がかなり変わる。立ってプレイする、不特定多数のギャラリーが存在するなど、ゲームデザインに与える影響も大きい。これらを実体験で学んでいく
アニメーション学科と異なり、ゲームデザイン学科はまだ、大学ランキングの上位に上がってはいない。しかし、着実に成果を見せ始めている。2014年に上級コースの学生が開発したパズルアドベンチャー『Little Miss Aligend』はCG Student Game of the Year 2015などを受賞した。2016年にはゲームデザイン学科の学生が制作した、マルチ対戦シューティング『ArrowHeads』は複数のアワードを受賞し、E3とPAX EASTで正体出展されるまでにいたっている。
アナログゲームをプレイしながらゲームデザインについて学ぶ。日本の学校でも良く見かける一コマだ
Oculus Riftを使ってのVRゲーム開発実習も行われている
筆者は2007年にも在日カナダ大使館主催のツアーでカナダの主要都市や教育機関を取材した経験がある。しかし、当時はこのように映像系の学校がゲーム開発者教育を行う動きは見られなかった。アメリカの大学でゲーム開発者教育が本格的に始まったのが2000年代前半で、ゲームエンジンやモバイルゲームの普及でゲーム開発が身近になったのが2000年代後半。ゲームジャムなどのゲーム開発イベントが普及したのが2010年代だ。両校におけるゲーム開発者教育のながれも、こうした潮流と無関係ではないだろう。
一方でCGとインタラクティブ技術に関する国際学会SIGGRAPHでも2000年代後半からゲーム産業との結びつきが進展。2009年にはゲーム専門の論文発表の場「GAME PAPER」が設けられ、『ザ・シムズ』で有名なウィル・ライト氏が基調講演をつとめた。その後もゲームはSIGGRAPHで主要ポジションの一角を占めており、VR/ARをはじめとしてゲームとCGの領域融合が進んでいる。北米のゲーム・CG教育もこうした現状をふまえて、ますます接近と融合を深めていくと言えそうだ。