<2>基調講演は「AIの進化がゲーム業界にもたらす影響」
NDC17は社長のマホニー氏によるオープニングスピーチで開幕した。NDCでは毎年テーマが設定されるが(2016年のテーマは「ダイバーシティ」)、今年はあえてテーマを設定しなかったという。「取り扱うテーマが非常に多岐にわたるため、1つのテーマに集約することが難しかった」(マホニー氏)からだ。そして、その傾向は非常に喜ばしいことだと述べた。
スピーチで強調されたのは挑戦の重要性だ。「『オーバーウォッチ』は確立されたジャンルに革新を起こし、『Pokémon GO』は全く新しいジャンルを形成しました。ゲーム業界にはより多くの挑戦が必要であると考えています」(マホニー氏)。挑戦や革新にはリスクも伴うが、それこそがゲーム業界を前進させ、世界を進歩させる手段だとして、聴講者にエールを送った。
基調講演をつとめたイ・ウンソク氏
続く基調講演では『マビノギ』、『マビノギ英雄伝』、『野生の地:Durango』などを手がけ、ネクソンコリアのWHAT!STUDIOでディレクターをつとめるイ・ウンソク氏が登壇した。イ氏は「第4次産業革命時代におけるゲーム開発」と題して講演し、AIの進化がもたらすゲーム業界への影響と、ゲームクリエイター個人の心がまえについて自説を展開した。
製造業を「インターネット」と「AI」で自動化し、生産効率を改善させる「インダストリー4.0」。もっとも韓国ではこれに「革命」をつけ、「第4次産業革命」として捉える見方が一般的だという(同様の動きは日本でも見られる)。AIの進化が暮らしや社会を根本から揺さぶる可能性があるからだ。特にゲーム業界は「限界費用ゼロ産業」となり、大きな影響を受けるという。
限界費用とは「モノやサービスを追加で生み出すコスト」のことで、これがゼロということは、ゲームがAIによって無料でつくられるようになるということだ。イ氏は「同時に新たな職種が生み出され、雇用はなくならない」という考え方は楽観的すぎると警鐘を鳴らした。イノベーションの速度が非常に速いため、教育レベルが低い層ほど社会の変化に適応することが難しくなるからだ。
「これまでイノベーションがもたらす社会変化は世代単位で吸収されてきました。しかし、今後は1つの世代で何度も社会変化が起き、適応が求められていきます」。もっとも、働き方は人々のアイデンティティにも強く結びついている。AIで仕事を奪われた人々が、AIで生まれた新しい仕事に適応できるか......。なかなか難しいのも事実だろう。
AIを用いたバランス調整やレベルデザインの自動化はすぐそこまで来ている
イ氏はバランス調整・レベルデザイン・アセット制作などから自動化が進み、開発チームの小規模化は避けられないと分析する。「人間はもっと想像的な仕事をすれば良い」という見方にも悲観的だ。イ氏は「創造性」を「異質な要素の組み合わせで生まれる、新しい価値」だと定義する。価値の測定ができれば、AIによる強化学習が可能になるからだ。
ちなみにイ氏はこうしたAIがAPIを介して無償で提供されるだろう、とした。一方で企業はAIを用いてサービスを開発・運営し、そこで収集されたビッグデータを活用して、差別化と収益化を進めていくと予測する。これはオープンソースの収益モデルと同様であり、すでにゲーム業界もその波を経験済みだ。そのためゲームが無償でつくれる時代になっても、業界がなくなるわけではない。
ただし雇用は劇的に減少することになり、適切な対応を誤れば大手でも倒産は免れない。それでは、この社会変化にどのように対応すれば良いのだろうか。「幸いなことに、世の中の変化にかかわらず、人々はゲームを求めます。AIの普及で人々が労働から解放され、余暇が拡大するほど、ゲームの需要は高まるのです」(イ氏)。その上で企業・個人ともに下記のような指針が求められるとした。
『Pokémon GO』と『Ingress』はIPの重要性を改めて知らしめた
企業向け対応
- ・AIを率先してゲーム開発に取り入れる(ユーザーひとりひとりの嗜好にあわせたゲーム開発や、テーブルトークRPGにおけるGMの再現など)
- ・ゲームの新しい領域に挑戦する
- ・IPとブランド化を進める
個人向け対応
- ・データ化できない仕事をする
- ・生活のためではなく、自己実現のためのゲームづくりにシフトする
- ・ボランティアとの協業を進める
イ氏が考える「AIがもたらす未来社会」とは、ベーシックインカムが保証された社会だとも言える。人々が労働の鎖から解放されたとき、それがユートピアなのかディストピアなのかは、人々の捉え方次第というわけだ。どうせ避けられない未来なら、それを楽しもうじゃないか......。そのように語るイ氏のメッセージには、ゲーム業界ならではのラジカルな発想が感じられた。