<2>インタラクティブなプログラムを充実させたい
ーーSIGGRAPH ASIAは開催国が毎回ちがうため、その国やその都市のカラーが出やすいという特徴があります。SIGGRAPH Asia 2018では、どんなカラーが出せると思いますか?
安生:多くの産業が集結していることが、東京のカラーであり強みですね。数多くの産業界の方々がSIGGRAPH Asia 2018に参加してくれるよう、ゲームやアニメ、映像はもちろん、医療や建築のビジュアライゼーションなど、エンターテインメント以外の産業の方々にもお声がけしています。東京は色々な国、文化、産業の人とものが交錯するのに相応しい場所だと思います。そういう思いを込めて、来年のテーマは「Crossover」にしました。とはいえ私の思いを強要するつもりはないので、来年のチェアたちには「Crossover」というテーマを基点に、各自が思いつくことを自由にやってくださいとお願いしています。
最終日のクロージングセッションにて、SIGGRAPH Asia 2018のテーマである「Crossover」や、開催地の東京をPRする安生氏 image courtesy of ACM SIGGRAPH
ーー来年のチェアとプログラムがどんな構成になるか、楽しみにしています。
安生:来年は、インタラクティブな、その場に行かないと体験できないプログラムをさらに充実させたいと思っています。準備も実施も難易度は上がりますが「参加したい」と思わせる訴求力は一番強いですからね。まずはそれが東京で実施できることを担保し、ACM SIGGRAPHの承認を得る必要があるので、協力してくれる仲間を探しています。先ほども言ったように東京には色々な産業が集まっているのに加え、海外と連携している企業も多いので、必然的に色々な人が集まりやすい環境にありますね。それとは別に海外の方々にもダイレクトに協力を依頼しており、ローカルに偏りすぎないように気を付けてもいます。
ーー東京在住の人にとっては、国内に加え、海外からの来場者とも「Crossover」できる場になりそうですね。
安生:そうです。国内外にわたるネットワーキングはSIGGRAPHで得られる大きなメリットの1つです。そのメリットを、まだまだ先の長い若い方々に、いっぱい体験していただきたいですね。SIGGRAPH Asia 2018が、その体験のきっかけになればと願っています。例えば理工系の大学生であれば、まずはPostersに応募してほしいです。Technical PapersやTechnical Briefsは難しいかもしれませんが、Postersであれば学部生でも採択される可能性は充分にあります。美術系の大学生や専門学校生であればCAFに応募するという選択肢があります。そういう場に発表者として参加し、他国の人と交流する体験を積んでいけば大きな財産になるでしょう。
Technical Papers
SIGGRAPH Asia 2017 - Technical Papers Trailer
Technical Papersには合計312件の応募があり、その中から75件が採択された。チェアを務めたのはヘブライ大学のDani Lischinski氏。90年代からCGの研究を続けており、ピクサー・アニメーション・スタジオ(以後、ピクサー)でサバティカルイヤー(大学教授に与えられる半年∼1年の研究休暇)を過ごしたこともあるという経歴の持ち主だ。
先のTechnical Papers Trailerの0:45∼1:08で紹介されている「A Hyperbolic Geometric Flow for Evolving Films and Foams」は、石田定繁氏(ニコン/東京大学)、山本真史氏(東京大学)、安東遼一氏(国立情報学研究所)、蜂須賀 恵也氏(東京大学)の共著による論文。シャボン玉の動きを数学的(幾何学的)に再定式化し、自然なゆらめきを表現しながら、プラトーの法則(Plateau's laws)と呼ばれる自然法則に従う形状を実現するシミュレーション手法を作成した。この手法を用いると、美しいシャボン玉の動きを従来よりも高速に計算できるため、大量のシャボン玉を扱える。外力の作用を直接記述できるといった恩恵もある。詳しくはProject Pageを参照してほしい。
「Avatar Digitization From a Single Image For Real-Time Rendering」は、南カリフォルニア大学のHao Li氏らの研究グループによるアバター作成に関する論文。Li氏らは「Pinscreen」というベンチャー企業を設立し、同名の顔認識技術の開発を精力的に続けている。Pinscreenは2016年に180万ドル(約2億円)の資金を調達しており、その動向が注目されている。今回の論文もその技術開発の一貫で、正面から撮影した人物の顔写真1枚から3Dのアバターを生成し、リアルタイムに描画するシステムを提案した。 Li氏らは以前からこのシステムの開発を続けており、頭部と髪が別メッシュのアバターを生成できる点が、今回新たに加わった代表的な成果だ。生成されたデータは既存のゲームエンジンとの互換性を有しており、ゲームやVRアプリケーションをはじめ幅広い用途に活用できるという。
Technical Briefs, Posters
Technical BriefsはいわゆるShort papers扱いの論文で、完成度では前述のTechnical Papers(いわゆるFull Papers にあたる)には及ばないが、先端的な試みが発表される場として注目を集めている。SIGGRAPH Asia 2017では合計60件の応募があり、その中から27件が採択された。
なお、さらに初期段階の研究、斬新で有望なアイデアを発表する場としてPostersも設けられている。こちらは合計111件の応募があり、その中から58件が採択された。
「BRDF Reconstruction from Real Object using Reconstructed Geometry of Multi-view Images」は、奈良先端科学技術大学院大学の大野大志氏、久保尋之氏、舩冨卓哉氏、向川康博氏の共著による論文。近年ゲームや映画制作で多用されているフォトグラメトリに関する研究で、物体の形状やテクスチャに加え、BRDF(いわゆるツヤツヤ、ザラザラといった反射特性)までキャプチャできる手法を提案している。フォトグラメトリで物体を復元する際には、物体の周囲に満遍なく光源を焚いた環境で数十枚の写真を撮影する。これに加え、本研究では1つだけ光源を焚いた環境でも写真を撮影しておく。そうすれば、従来のフォトグラメトリによって被写体の形状と法線、さらにカメラ方向まで復元できるため、その情報を基に、被写体の反射特性(入射光と反射光の関係)が推定できるというわけだ。
ただしフォトグラメトリで得られる形状・法線の中には信頼性の低い領域も含まれる。そのため本研究には「信頼性の高い領域を抽出するための3つの仮定」を置くことで、データの精度を高める工夫も盛り込まれている。この手法は従来のフォトグラメトリにいくつかの撮影と処理工程を追加するだけなので、大きなワークフローの変更を必要としない。少しの手間を加えるだけでモデルの質感を向上できる現実的な手法のため、今後の展開が期待されている。詳しくは論文を参照してほしい。
同じく奈良先端科学技術大学院大学の峰友佑樹氏、久保尋之氏、舩冨卓哉氏、向川康博氏らが、東邦大学 /UEIリサーチの新谷幹夫氏と共に執筆した論文「Acquiring Non-parametric Scattering Phase Function from a Single Image」も紹介しよう。こちらは、スキャタリング(光の散乱現象)に関する研究で、牛乳やオレンジジュース、人の皮膚などの光が透ける物体(半透明物体)をフォトリアルに表現するため、位相関数(Phase Function)という物体の透け具合を表す特性を、実物を使って計測する手法を提案している。この手法を用いると、普通のプロジェクタとカメラによる簡単なセットアップで位相関数を計測できる。従来の近似式ではなく、実際の計測データをそのまま使ったスキャタリングのシミュレーションが可能になれば、より信頼性の高いフォトリアルな描画が実現する。本研究についても、詳しくは論文を参照してほしい。
「Example-based Synthesis of Turbulence by Flow Field Style Transfer」は佐藤周平氏(UEIリサーチ)、土橋宜典氏(UEIリサーチ/北海道大学)、西田友是氏(UEIリサーチ/広島修道大学)の共著による論文だ。西田氏は、2005年にアジア地域で初めてACM SIGGRAPHのスティーブン・A・クーンズ賞を受賞し、近年では2017年秋の紫綬褒章も受章したCG研究のパイオニアの1人で、今なお後進と共に精力的に研究活動を行なっている。本研究は、ユーザーの望む大まかな動きをもつ流れ場(Target Field)に、細かい動きをもつ流れ場(Source Field)から抽出した成分を合成することで、ユーザーの望む動き(上図左)と、細かい動き(上図中央)の両方を兼ね備えた煙のアニメーション(上図右)を生成することを目的としている。得られた結果が物理法則に則るように設計されている点も成果の1つだ。
【左】Technical Paperを発表中の石田氏/【右】Technical Briefを発表中の大野氏。奈良先端科学技術大学院大学の修士課程の学生で、今後は本発表を修士論文へと仕上げていくという
【左】写真左から、土橋氏、西田氏、Witawat Rungjiratananon氏(ピクサー)、水野慎士氏(愛知工業大学)。Rungjiratananon氏はタイのChiang Mai Universityを卒業後、当時東京大学にあった西田氏の研究室で修士課程と博士課程を修了した。その後日本の大手ゲーム会社に勤務した後、今年からピクサーへ移籍。現在はソフトウェアエンジニアとしてシミュレーションツールを開発しているという/【右】2日目と3日目の13:00∼14:00には、Postersの発表者が自身のポスターの前に立ち、来場者に研究内容を解説したり質問に答えたりするPresentation Timingsが実施された image courtesy of ACM SIGGRAPH
【左】PostersのPresentation Timingsの様子 image courtesy of ACM SIGGRAPH/【右】Digital Nature Groupの岩崎里玖氏(筑波大学 2年)らによる発表「Silk Fabricator: Using Silkworms as 3D Printers」では、生きたカイコに3Dプリンターの役割を担わせることで、立体的なシルクシートをつくるシステムを提案していた
【左】Digital Nature Groupの安藤 真之介氏(筑波大学 1年)らによる発表「Aerial Image on Retroreflective Particles」では、再帰性反射粒子を使って空中に映像を投影するシステムを提案していた/【右】同じくDigital Nature Groupの田中賢吾氏(筑波大学 1年)らによる発表「Spring-Pen: Reproduction of any Softness with the 3D Printed Spring」では、筆のような柔らかい書き心地を有するスマホやタブレット用のスタイラスペンを提案していた。両氏とも2017年4月に筑波大学へ入学したばかりだが、1年次から研究に着手できる選択科目を履修し、初の国際発表に臨んだという
【左】関西学院大学 4年の佐藤正章氏(写真左)と、その指導教授の井村誠孝氏(写真右)による発表「Method for Quantitative Evaluation of the Realism of CG Images Using Deep Learning」では、CGのレンダリング結果のリアリティの程度を、ディープラーニングによって定量的に評価する方法を提案していた/【右】九州大学 助教の森本有紀氏(写真右)と、芝浦工業大学を2017年3月に卒業した藤枝 沙規子氏(写真左)らによる発表「An Image Generation System of Delicious Food in a Manga Style」では、マンガ風の美味しそうに見える食べ物の画像を生成するシステムを提案していた
Computer Animation Festival
SIGGRAPH Asia 2017 - Computer Animation Festival Trailer
Electronic Theaterでは、数百件の応募の中から選ばれた23作品が上映され、その中の1本に「Best of Show Award」、2本に「Jury Special Award」、1本に「Best Student Project Award」が贈られた。日本から選ばれたのはCAF全体を通して1本のみで、Onesalの『Discovery Japan "Sculptures" Idents』がElectronic Theaterで上映された。来年は、より多くの作品が選ばれることを期待したい。
【左】「Best of Show」に選ばれた『AFTERWORK』の授賞式の様子。本作はMATTE CGとUSON STUDIOが手がけたショートフィルムで、スペイン、エクアドル、ペルーのアーティストの協力を得て、約3年がかりで制作された image courtesy of ACM SIGGRAPH/【右】受賞者を称えるチェアのJuck Somsaman氏(The Monk Studios)(写真左)と、コチェアのPrashant Buyyala氏(Oriental DreamWorks)(写真左から2番目) image courtesy of ACM SIGGRAPH
【左】「Best Student Project」に選ばれた『Garden Party』の授賞式の様子。本作はMoPA(フランスのCGアニメーションスクール)に通う6人の学生が、約9ヶ月をかけて制作した。詳しくは本作のWebサイトを参照してほしい image courtesy of ACM SIGGRAPH/【右】受賞者を称えるSomsaman氏とBuyyala氏 image courtesy of ACM SIGGRAPH