>   >  IPをプログラムで記述することで、より強固に成長させられる〜書籍『IPのつくりかたとひろげかた』イシイジロウ氏インタビュー
IPをプログラムで記述することで、より強固に成長させられる〜書籍『IPのつくりかたとひろげかた』イシイジロウ氏インタビュー

IPをプログラムで記述することで、より強固に成長させられる〜書籍『IPのつくりかたとひろげかた』イシイジロウ氏インタビュー

メディア特性と3つのIP論

CGW:ちょっと話が脱線しますが、授業で使いやすい題材にスタジオジブリ作品があります。テレビで何度も放映されているので、多くの学生が見ているんですよ。ただ、この本の定義でいうと、ジブリ作品はストーリーIPですよね。にもかかわらず「ジブリ」というブランドが確立されていて、いわば世界観IPになっている気もします。もっとも、ジブリブランドではなくて、宮崎 駿ブランドかもしれませんが。

また、キャラクターIPという意味では、『となりのトトロ』(1998)が挙げられます。というのもジブリの人気キャラクターグッズに「トトロ」があるからです。ただ、そこは半分偶然、半分必然みたいなところがあり、IPの成長過程として興味深いなと思っています。

イシイ:そうですね。僕も宮崎 駿さんの作品は大好きで、理由のひとつには続編をつくらない姿勢があります。富野由悠季さんも『機動戦士Zガンダム』(1985)をつくられたとき、「俺は魂を売った」みたいな発言をされていましたよね。あの世代のクリエイターは大なり小なり「続編をつくったら負け」という意識があって、僕もそうした世代の子どもなんですよ。ただ、今はそういった時代ではなくて、『アベンジャーズ』が好例ですが、戦略的に続編をつくって、IPを広げていくことが求められています。

CGW:そうですね。

イシイ:話をジブリに戻すと、あれはやはり宮崎 駿さんの属人性が高くて、そこに多分ノウハウはないんです。それどころか、ストーリーIPとしてもどうかなと。これは良く知られている話ですが、宮崎さんは脚本をつくらず、いきなり絵コンテから描き始められますよね。そのためシーンの前後でストーリーが論理的につながらないことがあります。それでもヒットするのは、演出が天才的に上手いからです。

CGW:『もののけ姫』(1997)以降、そうしたスタイルが顕著になりましたね。

イシイ:個人的には一般的に評価の高い『天空の城ラピュタ』(1986)でもほころびが感じられます。象徴的なのが前半、パズーとシータが特務機関に捕まるシーンです。ムスカはパズーに対して「ラピュタの調査は、シータさんの協力で軍が極秘に行うことになったんだ」と話しかけます。これに対してパズーは「シータは?」と聞き返しますよね。

CGW:そうですね。

イシイ:ただ、パズーのセントラルクエスチョンは「ラピュタを発見して、死んだ父親の名誉を回復すること」だったはずです。それを軍が国家規模で行うと言われたのだから、本来パズーは喜ぶべきなんですよ。でも、ここでパズーはシータの方が重要になっている。おいおい、父親はどこに行ったんだって。

CGW:セントラルクエスチョンが変わっているわけですね。

イシイ:そうなんですよね。ただ、その次のシーンでパズーはお金をもらって、とぼとぼと家路につきます。その後に走って転ぶんです。そこでお金を地面にばらまくんですよ。そして、それらを拾うんですね。安っぽいともとれる演出ですが、そこで観客としては「パズーがかわいそう」という気持ちになります。その後でドーラが出てきて、男の子はねみたいなことを言って、意識がそっちにもっていかれてしまう。

だから、同じ脚本で他の監督が演出したら、もっとこの違和感が際立つと思います。まさに宮崎さんの天才的な演出ならではですね。

CGW:セントラルクエスチョンの非連続性を演出でカバーしているわけですね。

イシイ:後期の作品になってくると、この矛盾がさらに顕著になっています。だから僕は宮崎さんの作品は大好きなんですが、同時に作品を見ていると眠くなることがあるんです。それはシーンとシーンが論理的につながっていないため、脳が理解を拒否するから。にもかかわらず眠らないのは、キャラクターの動きやシーンの演出がすごくて、目が画面に注目してしまうから。まさに演出面で語られる人だと思っています。

CGW:これはメディアの特性と、ストーリーIP・キャラクターIP・世界観IPで向き不向きがある、という話にもつながりそうですね。例えば小説はストーリーIP向きですし、企業のコーポレートキャラクターなどは、キャラクターIP向きです。近年の例では、くまモンなどの「ゆるキャラ」がそうかもしれません。漫画やアニメはストーリーもあるし、キャラクターもあるので、ハイブリッドな要素がありそうです。では、ゲームはどうでしょうか?

イシイ:ゲームはジャンルや時代によってもちがいますね。ゲーム機のスペックが貧弱だった頃は、キャラクターが大きな差別要因になっていました。『スーパーマリオブラザーズ』(1985)や『ストリートファイターII(以下、ストII)』(1991)などです。特に『ストII』はキャラクタービジュアルにちょっとした人物設定が加わっただけで、ものすごく人気を集めました。これはソーシャルゲームでも同じで、キャラクターのビジュアルと設定が大きな商品価値をもっています。つまり最初からキャラクターIPであるという特殊な状況ですね。

CGW:なるほど。

イシイ:そこにストーリー性をもたせて大ヒットしたのが『ドラゴンクエスト(以下、ドラクエ)』シリーズで、そのカウンターフォロワーとして、これも大ヒットしたのが『FINAL FANTASY(以下、FF)』シリーズです。これらはストーリーIPとなります。

『ドラクエ』、『FF』におけるストーリーのちがいとして、主人公性の有無が挙げられます。『ドラクエ』は伝統的に「あなた自身の物語」という路線を貫いていますよね。これは映画化された『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』(2019)でも同じです。つまり『ドラクエ』はストーリーIPといっても、プレイヤーの体験性を重視しています。いわば体験IPとでも言えるかもしれません。

これも本の中で指摘したことですが、同じような構造をもつエンターテインメントにリアル脱出ゲームがあります。リアル脱出ゲームではIP化が志向されています。しかし、それは本質的に難易度が大変高い。というのも、リアル脱出ゲームの本質は、個々の参加者による体験でしかないからです。さらに論を広げれば、リアル脱出ゲーム自体がひとつのIPだともいえます。

これに対して主人公のキャラクター性をしっかり立たせたのが『FF』です。それまで体験でしかなかったものに対して、『FINAL FANTASY VII』(1997)でいえばクラウドとセフィロスというキャラクターをつくったことで、ストーリーIPからキャラクターIPへの転換が行われました。システムとキャラクターを継承してストーリーを一新した『FINAL FANTASY X-II』(2003)は、キャラクターIP化に対する実験のひとつだったと分析できます。ただ、『FINAL FANTASY VII REMAKE』(2020)を見ても、ストーリーIPに近い存在に留まっていますね。

CGW:そうですね。

イシイ:そこにポケモンという別のキャラクター要素を加えて、巨大なキャラクターIPに成長したのが『ポケットモンスター(以下、ポケモン)』シリーズです。今や『ポケモン』の世界的な市場サイズは『スター・ウォーズ』さえも超えています。実際『ポケモン』は主人公だけでなく、仲間のポケモンに感情移入しながら遊んでいますよね。主人公だけなら『ドラクエ』と同じ体験型ですが、ポケモンの追加で主人公が二重構造になった。さらに正伝シリーズ以外の様々な派生タイトルでは主人公が存在しませんし、ストーリーがないものもある。こうした点から、『ポケモン』はキャラクターIPだといえます。

CGW:なるほど。

イシイ:また『ポケモン』ではアメリカで発売するにあたって、アニメ版が製作されました。ここでゲームとアニメーションという、2つのメディアでのストーリーIPとキャラクターIPが行われています。こうした成功例って、実はあまりないんですよ。『ドラクエ』も『FF』もアニメーションとしてのIPはあまり成功していませんよね。『ドラクエ』には『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』というアニメ作品もありますが、ゲームとは別物として認知されています。『マリオ』も同じで、ハリウッドで実写映画化されましたが、IPの成長には寄与していません。

でも、『ポケモン』はゲームとアニメが同じものだと認識されていますよね。こんなふうにゲームがアニメに翻訳されたことで二重性が付与されて、すごく大きな力をもったんです。

ブシロードとジャニーズの意外な共通点

CGW:体験メディアとしてのゲームと、映像メディアであるアニメの良さが上手くミックスされて、相乗効果が出たと言うことですね。他にも本の中ではブシロードの例が紹介されています。トレーディングカードゲームをベースに、近年ではモバイルゲームでも大きな存在感を示しています。

イシイ:まさに圧倒的ですよね。代表の木谷高明さん自ら、自社のビジネスを不動産業にたとえて「ドミナント戦略」だと呼称されています。この戦略に基づき、計画的にIPをつくり続けているんです。他に同じような企業って、ちょっと見当たらないんですよ。

例えば、アニメ業界ではアニプレックスが飛ぶ鳥を落とす勢いです。『ソードアート・オンライン』、『FGO』、『鬼滅の刃』と、立て続けにヒットを飛ばしています。全盛期の角川映画を彷彿とさせますね。ただ、これは個人的な感想なのですが、論理的にIP展開をされているという印象は受けないんです。

CGW:属人性の高いビジネスになっているのではないか、ということですね。

イシイ:そうそう。神懸かっているんだけど、角川映画のようにいつか時代とずれてしまうリスクがぬぐえない。これに対してブシロードは完全に計算でやっているので、時代とずれてもチューニングしてくるイメージがあります。あくまで外部の人間として見ているだけですが、それでもそう感じられます。

ブシロード公式ホームページ

CGW:もう少し詳しく教えてもらえますか?

イシイ:そうですね......。ブシロードの戦略を音楽でたとえると、ロックを独占するみたいなもの。ロックというジャンルを独占しようとしているんです。よく「コンテンツは水もの」と言われますが、そこまでくると、もう水ものではなくなるわけです。他に競合相手がいませんから。

同じような企業に「男性アイドルグループ」というジャンルを独占した、ジャニーズ事務所がありますね。たのきんトリオ、シブがき隊、少年隊、男闘呼組、TOKIO......どんどん新しいグループをデビューさせていきました。普通は柳の下のドジョウも2匹までと言われますが、それならドジョウの池をつくれば良いじゃないかっていう発想が、たぶんジャニーズの戦略であり、ブシロードの戦略だと思います。ちょっとレベルがちがいますよね。

CGW:ニッチな部分から始めて、それを橋頭堡に徐々に面を広げていくのが、IPを育てていく黄金パターンなのでしょうか?

イシイ:たぶん、どのクリエイターにとっても、企業にとっても、最初のヒットが一番のポイントだと思います。ドミナント戦略はその次のステップです。ある程度資本がないとできませんが、個々の予算規模を小さくすると、インディゲームクリエイターや、インディの映像作家でも、可能性が出てきます。

ただ、そこでしばしばぶつかるのが、クリエイター志向です。二番煎じは嫌だというのが、普通のクリエイターの考えだと思うんです。

CGW:そのとおりですね。本の中でも、クリエイター志向とIP戦略はしばしば矛盾すると説明されています。

イシイ:そうなんですよ。『ポケモン』を例にとると、『ポケモン』がヒットしたら、同じ企業が次は『デジモン』シリーズをつくる。その次は『たまごっち』もつくる。さらに『パズル&ドラゴンズ(以下、パズドラ)』も『モンスターストライク(以下、モンスト)』もつくる。そんな風にして、カジュアルなモンスターゲームというジャンルを全部押さえていく。そういう発想ですね。クリエイター側からは出てきにくい発想です。それをやっているのがジャニーズであり、ブシロードだということです。

CGW:では、クリエイターはまず何から手を着けるべきでしょうか?

イシイ:僕はストーリーIP志向の人間ですから、まずストーリーIPを創ることをお勧めします。一番小さなサイズでつくれますし、お客さんに届けることができます。

CGW:近年で言えば「なろう系小説」からヒットが生まれるようなものですね。キャラクターIPも手軽ですが、そのままでは露出を広げにくい点がネックです。人気キャラクターIPは、企業のコーポレートキャラクターだったり、商品のマスコットキャラクターだったりと、広告展開がセットになっているところがあります。

イシイ:そうそう。そんな風に、クリエイターのレベルでいえば、ストーリーIPで成功できないと、キャラクターIPにまで届かないところはありますね。ただ、ゲームでいえばキャラクターIP先行で成功する例もあります。個々のプレイヤーの体験性がベースになるからです。『パズドラ』、『モンスト』もキャラクターIP先行タイトルですよね。それぞれ大ヒット作品になりました。

CGW:そうですね。

イシイ:そうした中でストーリーIPとキャラクターIPの両方の良さを備えた『FGO』が登場し、大ヒット作品になりました。これから数十年後、『パズドラ』、『モンスト』、『FGO』で、どれが人々の記憶に残るタイトルになるか、現時点ではわかりませんが、たぶん『FGO』ではないか......と個人的には感じています。

CGW:なるほど。

イシイ:実際、キャラクターIPを起点に、どのようにIPを広げていくかは、ゲーム業界における課題のひとつです。第1シーズンで関わらせていただいた『モンスト』のアニメ化も同様で、キャラクターIPからストーリーIPへの挑戦でした。その際に、ゲームの外側で新たにストーリーIPを起ち上げ、そのエネルギーを本流のゲームに呼び込むやり方を取りました。本では「外燃エンジン」という言葉で説明しています。

CGW:ゆるキャラなどでも、同じような考え方ができるかもしれませんね。

イシイ:そうかもしれませんね。世界観IPはあくまでも、その次の話です。世界観がいくら秀逸でも、基本的に人の心に残るのはストーリーであり、キャラクターですから。まず人の心をつかむストーリーがあり、ストーリーがなくても愛されるキャラクターがあり、そしてキャラクターがいなくなっても、その世界観に浸りたいというステップが必要です。

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IPの法人化はなぜ難しいのか

Profileプロフィール

イシイジロウ/Jiro Ishii

イシイジロウ/Jiro Ishii

ストーリーテリング代表取締役
Twitter:@jiro_ishii

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