IPの法人化はなぜ難しいのか
CGW:実際に世界観だけでマネタイズするのは難しそうな気がします。一方で世界観を広げる上で、世界観自体をパブリックドメインにする、またはそうした世界観を使う、という考え方もあります。先ほどの「なろう系小説」は、まさにそうした例ですよね。そこで重要になるのがファンコミュニティです。世界観IPでビジネスを進める上で、ファンコミュニティとの関係性を、どのように捉えれば良いでしょうか。
イシイ:世界観IPだけで存在していて巨大なファンコミュニティをもっているものもありますが、実はビジネスのサイズがそんなに大きくないんですね。やはり、そこにストーリーなり、キャラクターなり、グッズなり、IPホルダーと消費者との間で、なにかしら対価のやりとりが発生するしくみが必要になります。
CGW:そうですね。
イシイ:逆に世界観IPが強烈に存在していて、キャラクターIPやストーリーIPが比較的機能していないものといえば、クトゥルフ神話がありますね。20世紀初頭のアメリカで、作家のH・P・ラヴクラフトを中心に、シェアワールドとして構築されてきた小説群がベースです。今でも根強い人気があり、僕自身も何らかのアプローチをしようと思っていますが、IPホルダーとしての利益は存在しない点がポイントです。
CGW:一方で、そこにゲームシステムが融合すると、テーブルトークRPGやMMORPGといったものになりますね。
▲『新クトゥルフ神話TRPGルールブック』
イシイ:ええ。クトゥルフ神話が小説だけのメディアに留まっていれば、今ほど世界観IPとして強固にならなかったですよね。クトゥルフ神話はテーブルトークRPGの題材になったことで、世界観IPとして根付いたと言えます。
CGW:ある世界観IPがゲームシステムという、様々な体験を生み出す構造と融合したことで、より強固な存在になったという指摘は、興味深いですね。本の中では「甲子園モデル」として紹介されています。
イシイ:ああ、そうですね。甲子園という全国規模のトーナメントシステムがあるからこそ、そこで幾多の名勝負が生まれ、『ドカベン』(1972)、『タッチ』(1981)、『ダイヤのA』(2006)など、様々なコンテンツを生み出す土壌になりました。より一般化した言い方にするなら、プログラムであり、構造だと言えます。
CGW:プログラムということは、入力があって、出力があるということですよね。関数という言い方もできそうです。
イシイ:関数という言い方は面白いですね。ただ、クトゥルフでは主人公性が定着していないところが難しいかもしれませんね。どちらかというと、ゾンビなどのジャンルに近いかもしれません。『鬼滅の刃』もゾンビ・ドラキュラ型の変形だと分析できますが、そこに主人公をはじめとした「鬼殺隊」というキャラクターが存在することで、魅力が増しています。クトゥルフをキャラクターIPとして再定義するには同じような存在が必要なのかもしれません。
CGW:『鬼滅の刃』については、この大ヒットコンテンツをどうIPとして育てていくか、多くの人が気になっていると思います。これまでコンテンツとは、分析不可能な理由でヒットして、そのうちに飽きられて、捨てられるものでした。ただ、そんなふうにコンテンツの商品価値がなくなるからこそ、次のコンテンツがヒットする余地がある、というわけです。その中から、本で紹介されているとおり、『アベンジャーズ』という新しい成功事例が出てきました。一方で国内を見ても、『ドラゴンボール』などの成功事例が出てきています。
イシイ:そうですね。
CGW:当然、集英社でもいろいろな戦略があると思います。本書でもIPの法人化について、ポケモンを例に論じられていますよね。ただ、法人化まで果たしたメジャーIPは、実はポケモン以外にないんですね。例えばディズニーでもミッキーマウスという会社があるわけではありません。
イシイ:ええ、複数のIPを管理する会社ですよね。
CGW:ディズニーの駅貼り広告の中には『アイアンマン』、『トイ・ストーリー』、『スター・ウォーズ』、『アナと雪の女王』のキャラクターがあり、中央にディズニーのロゴが表示されているものがあります。いわばディズニー自体を1つのIPとして、世界観IPにしようとしている。それは1つのあり方だと思うのですが、裏を返せばIPの法人化が進まない理由はどこにあるのでしょうか?
イシイ:ひとつにはポケモンというIPが生まれた特殊性がありますね。もともとゲーム版『ポケットモンスター赤・緑』(1996)は、任天堂とクリーチャーズとゲームフリークの3社で協同開発されました。だからこそ、中央にポケモンという会社を立てて、IPを集約させることができたんだと思います。これが任天堂が単独でつくったゲームであれば、マリオやゼルダみたいに、別会社として法人にする必要はありませんでした。そして、その特殊性がIPとしてのポケモンを強固にした面がありますね。
CGW:そこで難しいのがファンもクリエイターとコンテンツがニアイコールだと考えがちなところです。特に漫画やアニメなどのように、クリエイターの名前が前面に出ているものだと、その傾向になりやすい。アニメでいえば宮崎 駿さん=スタジオジブリ、庵野秀明さん=エヴァンゲリオンといった感じです。そこを上手く整理していくことが、IPの属人性を排する上で重要になります。
イシイ:そうですね。『鬼滅の刃』についていえば、吾峠呼世晴さんという作者の属人性なくしては語れない存在で、物語としてもきちんと完結している、まさにストーリーIPです。このことは映画『鬼滅の刃 無限列車編』でも良く出ていて、漫画版を忠実にアニメ化していますよね。
ただ、ここで重要な点は、IPは法人化ではなく、事業部制でも良いと言うことです。本の中でもドラゴンボールの事業部化について紹介しています。今後『鬼滅の刃』がどのようにIP展開していくか、僕も楽しみにしています。
CGW:まさにクリエイターとプロデューサーの関係性ですね。『ガンダム』や『ドラゴンボール』は原作者の手を離れたことでIPとして強固な存在になりました。『ウルトラマン』や『仮面ライダー』も同様です。富野由悠季さんも「『ガンダム』を手放したことで『ガンダム』が生きながらえた」と言われていましたね。
イシイ:『ドラゴンボール』も鳥山 明さんというより、集英社とバンダイナムコエンターテインメントの間で練られた戦略が近年の再ブームを生みだしたところがありますね。本の中では同じように『ドラえもん』の例も解説しました。今では藤子・F・不二雄さんが生み出された最大のヒットコンテンツとなりましたが、実は連載当初は『パーマン』、『オバケのQ太郎』などの方がメジャーでした。だからこそ周囲の力が強く働いて、IPとして強固になったという経緯があります。
IPにプログラムを焼き付けることで強固にする
CGW:クリエイターや会社の手を離れて、複数の関係者の共有財産になることで、IPが育つという考え方は興味深いですね。その際にIPのディシプリンを明文化する必要性はありますか? このキャラクターの行動原則はこうであるとか、このキャラクターはこんなことは言わないなど、IPを守り、発展させるための憲法的なものです。
イシイ:憲法とは文系的な発想ですね。同じことをこの本では構造、すなわちプログラムと言っています。プログラムがきちんと記述されていれば、キャラクターがそれにそぐわないことをすると、バグるんですよ。もっとも、本当にプログラムを組む必要はなくて、どれだけ文章で記述できるかが重要です。僕もいろいろな自己訓練を経て、A4数枚で記述できるようになりました。
CGW:それは興味深いですね。
イシイ:もともと僕は映像でストーリーを発想するタイプなんです。頭の中の映像をそのまま他人に提示できれば、どんなに楽なことか(笑)。ただ、それはできませんよね。そのため映像より脚本、脚本より原作、原作より原案といった具合に、どんどん解像度を下げていって、その上でどこまでアイデアをブレずに他人に伝えられるかが、独立後のテーマになりました。
そこで行き着いたのが、IPに対してプログラムや構造を加えるやり方です。今では外部からのリクエストに対しても、とにかくアイデアをA4数枚に収めて、物語や世界が成立する上で不可欠なプログラムを提示するようにしています。
CGW:そこはまさにゲーム開発者ならではの発想かもしれませんね。
イシイ:ゲーム開発者というより、プログラム世代なのかもしれません。実は現在、本の続刊を準備していて。そこではシナリオについて言語化していく予定です。そこで本質的なテーマとなるのが、クリエイターである僕たちは、やっと文字という記述から解放されたということです。僕たちはもう数千年もの間、クリエイターとして文字技術に縛られていました。文字がない時代では、口頭で物語をつくって伝えていた訳じゃないですか。ある物語の素になるような構造があって、それに基づいて語り手がストーリーテリングをしていた。それが産業革命によって、本やフィルムといったメディアに固定されて、ストーリーになってしまった。
CGW:なるほど。
イシイ:そんなふうに、長くガチガチに固定されてきたものを、プログラムを手に入れることで、解放することができるようになった。それが物語で起きていることに気づいている人がすごく少ないと思っています。
CGW:ではプロデューサーの仕事はその、プログラムを記述することですか?
イシイ:いえ、プロデューサーの仕事はクリエイターに、そのプログラムを記述させることですね。いわばプログラムはプロデューサーからすれば、ブラックボックスでいいと思います。もっといえば、クリエイターをAI化することで、必要なプログラムを記述させることが可能な時代が来るかもしれません。もっとも、現段階では本当の意味でプログラムを記述するところまでは至っていませんが、僕はそういう発想で物事を考えています。それによって属人性を排除することが目的です。
CGW:『ドラゴンボール』、『仮面ライダー』、『スーパー戦隊』、『ガンダム』、『ドラえもん』など、ヒットしているIPを分析していく過程で、そういった結論にたどり着いたわけですね。
イシイ:そうですね。『仮面ライダー』、『スーパー戦隊』は、もうかなりの部分までプログラム化されていると思います。多分そこまで綺麗に文書化されたり、論理化されているとは思わないんですけどね。ただ、どちらも多くの脚本家が関わっていますよね。当然そこには、IPとして大切なものや、ルールがあるわけです。
このとき、このルールを憲法と呼ぶか、プログラムと呼ぶかは、その人のセンスだと思います。ただ、憲法と呼ぶと解釈の余地が出てきますよね。だからこそ、文字から自由にならなければいけない。これに対して僕はルールを「焼き付ける」発想なんですよ。こうした理由から、プログラムで書くべきだと思います。
CGW:プログラムの具体例が知りたいところですね。先ほども続刊の話が出ましたが、いつごろ出版される予定ですか?
イシイ:タイトルはまだ決まっていませんが、来春を目処に準備しています。今回の本ではプロデューサーの視点から、IPについて俯瞰して捉えてみました。これに対して、次巻ではクリエイターベースの視点から書こうと思います。今回は属人性の排除がテーマでしたが、次回はもっと属人性の分解をしてみたいですね。才能とは何か、みたいな話のところまで、思ったより言語化できそうな気がします。
CGW:それは最初から決めていましたか?
イシイ:さっきも言ったように、もともとこの本自体が、シナリオ講座4回、IP講座2回の内容をベースにしているんです。そのため、次巻ではシナリオ講座編がメインになります。ただ、IPとちがってシナリオの方は、三幕構成だったり、セットアップだったり、主人公性とは何かといったことについて、かなり研究が進んでいます。そうした基本を踏まえた上で、応用編について解説する予定です。映画の主人公性とはこうだけど、ゲームの主人公性とは何、みたいな比較の話は、そのひとつですね。先ほど話したプログラムについても、何か触れられるかもしれません。
CGW:ぜひお願いします。
イシイ:また、次巻では「初稿は才能、改稿は技術」というキーワードが出てきます。改稿は技術だから明文化できる。では初稿における才能とは何か。そこで才能について言語化していこうと思っています。
CGW:多くのクリエイターにとって知りたい内容になりそうです。
イシイ:0から1をつくる上で大事なことは自己分析だと思っています。僕はこれまでの作品で、0から1ばかりつくってきました。逆にいうと、0から1をつくるのがなぜ大変か、わからないんですよ。ただ、なぜ僕が0から1をつくることができるか、他人との比較を通してわかってきました。また、0から1を得意でない人が、無理してやろうとして、失敗する例もたくさん見てきました。
CGW:よくわかります。
イシイ:大切なことは、自分が0から1をつくれるタイプか、そうでないかについて、自覚的であること。自分が不得意なことを自覚していれば、得意な人にやらせればいいんです。それにビジネスは0から1をつくるだけでは成功しません。0から1を誰かにつくらせて、それを正しく1から100にする技術があればいいんです。だから、0から1をつくることだけが偉いとは、まったく思っていないですね。
CGW:今から楽しみですね。また出版したら、いろいろとお話を聞かせてください。
Information.
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イシイジロウ氏に学ぶ
ストーリー作成基礎講座
「IPのつくりかたとひろげかた」編
日時:11月20日(金)14:00~16:20
(Zoom待機開放:13:50)
※セミナーの進行状況により多少変動する可能性あり
会場:Zoom
参加費:一般:4,000円/学生:1,000円
主催:株式会社エッジワークス
申込:peatix.com/event/1678187