>   >  海外で働いたからこそ、見えてきた真実がある~ステルスワークス米岡 馨に聞くCGアーティスト人生(後編)
海外で働いたからこそ、見えてきた真実がある~ステルスワークス米岡 馨に聞くCGアーティスト人生(後編)

海外で働いたからこそ、見えてきた真実がある~ステルスワークス米岡 馨に聞くCGアーティスト人生(後編)

<4>帰国、そしてステルスワークスを旗揚げ

CGW:ただ、だからこそ1人で全部の工程が体験できる良さもあると思います。バランスが難しいですね。

米岡:そうなんですよね。自分も海外でシステマティックにやっていくことに、だんだん疑問を感じるようになっていきました。あるエフェクトで自分がやったことって、この一部分にすぎない......極論すれば、そうなってしまいますからね。海外での仕事に憧れて、実際に様々な大作に参加したにもかかわらず、モチベーションが下がっていく一方でした。こんな仕事をしたくて海外に来たのかな......そんな感じに襲われていったんです。もともと、しばらくしたら日本に帰ってくる予定でしたし、家庭の事情もありました。


CGW:どれくらいの期間いらっしゃったんですか?

米岡:PIXOMONDOとScanlineVFXで、3年強の間に8~9本くらいの作品にかかわりました。あれだけの超大量の物量を、あんなにバカバカと捌けるんだというのは、実際に体験してみないとわからないですね。もっとも皮肉なことに、そうした分業化が原因でモチベーションが低下し、日本に帰ってきたにもかかわらず、『シン・ゴジラ』『鋼の錬金術師』で、同じやり方をせざるを得ませんでした。そうでなければ、あれだけの物量をこなすことはできなかったからです。『シン・ゴジラ』である程度の手応えを得て、そこで学んだことを『鋼の錬金術師』でぶつけられました。

CGW:エフェクト面での両者のちがいはどうでしたか?

米岡:『シン・ゴジラ』は巨大怪獣が街を壊すため、ある程度勢いで作れました。しかし『鋼の錬金術師』は等身大のバトルが中心で、より繊細なエフェクトを大量に作る必要がありました。そのため、アセットをしっかり作って、誰が抜けても、誰が入っても引き継げるような状況にせざるを得ませんでした。その上で、スタッフが良い仕事をしたら褒めまくる。そんな風にしてモチベーションを保つようにしました。

CGW:なるほど。

米岡:他に大事だなと思ったのは、内部的なクオリティを80~90点で止めることですね。何でもそうですが、80点まではスッと到達しても、そこからだんだんクオリティが上がらなくなっていきます。100点にもっていくには、そこから多大な労力がかかります。そうなると、仮に100点に到達できても、案件が終わったらスタッフが燃え尽きてしまう。それを防ぐために、アセットを流し込むだけで70~80点が取れるくらいに準備しておくんです。そこから、ちょっとがんばれば90点までは行けるようにする。そんな風に血反吐を吐きながら100点を目指してチームが最後に空中分解するよりも、80~90点で止めて、次のチャンスで頑張るという風にしないと、社内で技術の蓄積が進みません。

CGW:なるほど。

米岡:あとは、うちで働いてくれる人に対して、基本給+αで報酬をお支払いできるようにしています。個々人のスキルに対して基本ラインを設けて、仮に週末も働いてもらったり、複数案件をかけもちしてくれたら、そこに+αをお支払いするという感じです。それに加えて週末出社したら代休を取ってもらう。とにかくスタッフをこき使わない。それを意識することで、離職率は非常に低くなっていますね。

CGW:業務委託契約とはいえ、スタッフの皆さんに気を遣われていますね。

米岡:自分がそうですからね。最低限のケアは必要です。それはスタッフに対しても同じようにしないと。

CGW:OXYBOTさんに似ていますね。

米岡:そうですね。スキルが一定以上ある人には自由にやってほしい。スキルがそこまで到達していない人には、逆にプレッシャーになるので、ちゃんと道筋をつけてあげる。そんな風にして成長してもらえればと思います。

CGWModelingCafe福岡の北田栄二さんをはじめ、1度ハリウッドで仕事をされて、海外の良いところを学んだ上で、日本に戻ってきて上手くアレンジして活用するといったスタイルが増えていますね。

米岡:そうですね。海外のやり方をそのまま真似しても上手くいきませんから、場所に合わせたチューニングは必要だと思います。

CGW:ちなみに、ずっとフリーランスで続けられて、あえて法人をつくられた理由はなんでしたか? 再びフリーランスでやる道もあっただろうし、大手に社員で入るという選択肢もあったと思います。

米岡:大手に入る選択肢はありませんでした。大手はワークフローなどが固まっていることが多く、それを変えていくのは非常に大変なんです。それはオムニバス・ジャパン時代に感じたことでした。組織が大きければ大きいほど、何かを変えようとしたら、良くも悪くもスキル以外のことが必要になっていきます。そこが面倒くさかったんですね。それよりも、海外で学んだことをダイレクトにやりたいという思いがありました。

CGW:わかります。

米岡:OXYBOTで『鋼の錬金術師』をやったときにはまだフローが固まっていなかったのでエフェクト周りは裁量をもってやれました(参考記事)。

CGW:逆に法人化された理由としては?

米岡:やっぱり自分の自由にやりたいということですね。『鋼の錬金術師』が終わって、中目黒にオフィスを起ち上げたことで、ようやく法人らしくなりました。ただ、オフィスを起ち上げるだけで1,000万円くらいのお金がかかりました。その結果、多少余裕をもって準備をしていたはずなのに、ちょうど仕事の谷間が重なったことで、売上と経費が釣り合わない時期が生まれたんです。以前は月末締め翌月頭払いでしたがスタッフに対して支払いを翌月末払いにしてもらったり、信用金庫に融資を頼んだこともあります。

ステルスワークス中目黒オフィスの起ち上げ時(左)と現在(右)

CGW:中小企業の経営者をやっていますね。皆さん、資金繰りの夢を見ると言います。

米岡:繁忙期の辛さは自分が頑張ればいいだけですが、お金がないのは、どう頑張っても無理ですからね。あのときのヒリヒリ感は、それまで経験したことがないものでした。ただ、他の経営者の方に聞くと、多かれ少なかれ似たような経験をされていて。

CGW:他社さんもそうだった、なんてことがわかってきて。

米岡:そうですね(笑)。おかげさまで今では資金繰りも安定して、キャッシュフローも健全化できました。

CGW:今後の夢やビジョンはありますか?

米岡:自分は他人には偉そうに常々、3年先、5年先を見据えて行動しろと言っているんですが、今の自分は会社経営と子育てで疲れ果てていて、1年先も見えていないです(笑)。

CGW:30代のフリーランス時代は戦略的に動かれていた気がします。

米岡:海外就職が上手くいかないとき、いろいろ自己分析をしました。いろんな雑誌やビジネス書も読んだりしましたね。そこで得たのは、どの人も「○○歳までに△△△△になる」というゴール思考で仕事をされていたことです。確かに自分も、ぼんやりと「いつか海外に行きたいな」と思っていたときは、何も進んでいませんでした。

CGW:よくわかります。

米岡:そこで「35歳までには海外に行こう」と決めて、だったらSIGGRAPHにはあと何回しか行けない、だったらデモリールの説明ができなければいけない、だったらこれまでには英語の勉強を始めないといけない、だったら長期案件ができる環境に身を置かなければいけない......と逆算できるようになりました。そこからOXYBOTに行き長期案件に携わり、英語の勉強を始め......といった感じです。おかげさまで、35歳より前に海外で仕事ができるようになりました。そのとき、ゴール思考は正しいなと思いましたね。

CGW:そこから帰国されて、法人を起ち上げられて、今はちょっとひと休みですか?

米岡:2014年に帰国して、2015年に法人を起ち上げて、子どもが生まれて......本当にバタバタしていました。実際、起業と子育ての時期はずらすべきでしたね(笑)。


CGW:そこから会社の金融危機を乗り越えて、新しく河野さんもジョインされて、再スタートといった感じなんですね。

米岡:河野自身もスクウェア・エニックスで働いていましたが、、安定したポジションから転身し未完成な会社で組織づくりをすることを選んでくれました。では自分はというと、将来的に海外から仕事が取れるようにしたいですね。ただ、今は目先の仕事をひたすら片付けるフェーズです。今はスタッフも増え仕事を回せるリードも増えた。そうなると受注できる仕事の数も増えるんですが、チェックも大変になります。会社的には長期案件を受注したいので、上手く案件をオーバーラップさせて、仕事が途切れないようにしたいんですが、それはそれで大変で。

CGW:そこは永遠の課題かもしれませんね。

米岡:特にうちに来るような案件はヘビーなものが多いんです。他で捌けないから、駆け込み寺的な感じで来るものが中心になります。もっとも、その分だけ値段の交渉などもしやすくなるので、ラッキーだと思ってはいるんですけどね。『鋼の錬金術師』も質、量共に非常にチャレンジングでしたが、デモリール公開の申請もお願いしやすくなりました。先日公開したところ、大きな反響がありましたし、スタッフもモチベーションが上がったようです。そういったアピールは積極的にやっていきたいですね。

StealthWorks FULLMETAL ALCHEMIST FX Reel from StealthWorks LLC on Vimeo.

CGW:ありがとうございました。今後のご活躍を期待しております。

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Profileプロフィール

米岡 馨/Kei Yoneoka

米岡 馨/Kei Yoneoka

2002~2011年にかけて、アニマ(旧笹原組)、アニマロイドデジタル・メディア・ラボオムニバス・ジャパンOXYBOTなど、複数の国内プロダクションでCG制作に携わる。2011年、エフェクトアーティストとして、PIXOMONDOのベルリンスタジオへ移籍。2012年、ScanlineVFXのバンクーバースタジオへ移籍。両社で学んだハリウッドクオリティのエフェクト制作を日本で実現するため、帰国を決意。2014年、帰国。2015年、エフェクト専門プロダクションのステルスワークスを設立。 『evangelion : Another Impact(Confidential)』、『シン・ゴジラ』、『KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV』、『鋼の錬金術師』などの多くの著名タイトルのヒーローショットを担当。2017年中目黒オフィスを起ち上げ事業拡大中
https://twitter.com/keiyoneoka
https://vimeo.com/stealthworks

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