大人気作の実写映画化、企画・制作としてゼロからの映画制作、ほぼ社内で完結する制作体制など、様々な挑戦を乗り越え完成にこぎ着けた映画『鋼の錬金術師』。いよいよ本日12月1日(金)の劇場公開を記念して、12月9日(土)発売の本誌233号第1特集より、曽利文彦監督とOXYBOTメインスタッフの座談会を先出しでお届けする。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 233(2018年1月号)からの転載となります
CONSTRUCTION_草皆健太郎 / Kentaro Kusakai(BOW)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
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info
2017年12月1日(金)全国公開
監督:曽利文彦
原作:「鋼の錬金術師」荒川弘(「ガンガンコミックス」スクウェア・エニックス刊)
製作:映画「鋼の錬金術師」製作委員会
制作プロダクション:OXYBOT
配給:ワーナー・ブラザース映画
hagarenmovie.jp
©2017 荒川弘/SQUARE ENIX ©2017 映画「鋼の錬金術師」製作委員会
映画『鋼の錬金術師』IMAX®アクション予告【HD】2017年12月1日公開
ーー『鋼の錬金術師』の映画制作が決まったときの印象などお聞かせください。
曽利文彦監督(以下、曽利):そもそもこの『鋼の錬金術師』はOXYBOTで起ち上げた企画です。OXYBOTはVFXスタジオの顔をもちますが映画制作もやっているので、自分たちで企画をし撮影をし、ポストプロダクションも自分たちでやるという、OXYBOTが最初から最後まで責任をもって制作した映画です。自分としては起ち上がりから全てに関わっているので発起人みたいなものなのですが、どういった作品をつくるかをスタッフに発表するのはそれなりに話が進んでからです。それぞれいろいろなタイミングで今回の制作を知ったと思うので、それぞれの感想があると思います。
松野忠雄VFXスーパーバイザー(以下、松野):これまでにない規模だな、という予感がありました。作品自体の規模はもちろん、VFXの規模感も相当なものだったので、どこまで昇っていけるのかなという点では緊張していましたし、特に起ち上がりの時期は気の引き締まる思いで過ごしていましたね。
長﨑 悠VFXスーパーバイザー(以下、長﨑):僕は制作が決まる前のデモ映像の段階から参加しましたが、そこである程度の手応えはつかめていたので、これで本編をつくれたらすごいことになるな、と思っていました。決まってからは大変だな、と。でもメンバーを揃えればいけるんじゃないか、という確信もありました。
米岡 馨エフェクトスーパーバイザー(以下、米岡):最初に本作の話をやんわりと聞いたのが、僕がまだScanline VFX(※1)に在籍中で、一時帰国してOXYBOTに挨拶に行ったときです。そのときはうっすら「『ハリー・ポッター』みたいな作品をやる」という話で、その後『鋼の錬金術師』と聞いたときに、これは相当な準備をしないとならないだろうなと。そうしてデモに参加していろいろと進める中で、一定以上の手応えを感じましたね。実際そのデモで使用したエフェクトのセッティングが本編で使われていたりします。デモに参加したことで、本編が始まる前に大体このくらいのスピード感でいけるだろうという目算がついて、いろいろ段取りを組んで進められたので良かったなと思っています。
※1:Scanline VFX ドイツに本拠を構えるVFXプロダクション。米岡氏は2011年から2014年にかけて、同じくドイツ・PIXOMONDOのベルリンスタジオ、Scanline VFXのバンクーバースタジオでエフェクト制作に携わっていた
植原秀登VFXスーパーバイザー(以下、植原):僕もデモのときからずっと参加していたので、もう2年半くらいOXYBOTに常駐しています。今まではオフラインが上がってきてCGを入れて終わり、という仕事が多かったのですが、今回は映画がゼロから出来上がるのを間近に見られて楽しかったですね。
吉川辰平コンポジットスーパーバイザー(以下、吉川):僕は本編のポスプロが始まってから参加したのですが、デモをつくっている頃にたまたまOXYBOTの別プロジェクトに参加していたので、横目で様子を見ていてすごく大変なのが始まりそうだな、と。実際参加してからはオフラインを観て、やることがたくさんありそうだな、というのが最初の感想ですね。それから本作のような魔法系の作品は、日本の実写映画ではあまりなかったので、そこもすごく楽しみだなと。
ーー本作はほぼ全てOXYBOT内部で制作されていますが、従来のような、制作とVFXが各々独立したやり方との相違点についてお聞かせください。
曽利:普通VFXのスタジオは制作会社とは別なので、監督はVFXスーパーバイザー(以下SV)がまとめてくれたものを一緒に観て指示を出していくというやり方になると思うんです。それは監督としては楽なのですが、形のないところから練り上げようとするとそのスタイルだとなかなか細かいところに手が届かないし、時間もかかります。
決められた時間を効率良く使うためにも、今回のようなスタイルが日本では必要になると思っています。だから多分白組の山崎 貴監督なんかも似たようなスタイルなんじゃないかなと思うのですが、そういう風に工夫していかないと、限られた予算と時間の中で物量をこなしていく、見映えの良いものをつくっていくというのは難しいですね。今回OXYBOTの中にこれだけのメンバーが集って、四六時中ずっと一緒にいたのですが、そうしないと出来上がらなかったとは思います。
松野:濃かったですよね。
米岡:自分もいろいろな案件をやってきていますが、決定的にちがったのは、監督と雑談ができること。だいたい一定のCGスキルがついてくると、リアルなものや良いものはすぐつくれるのですが、監督が好むものは、一緒に話をしてその中から探ることが重要だったりするんです。今回は曽利さんとずっと雑談していて、その間に「曽利さんはこういうのが好きだろうからやっていこう」という判断が少なからずあったような気がします。
長﨑:冒頭のバトルシーンに登場する「石獣」のようながっつりエフェクトの入ったキャラクターは、外部のVFXスタジオに依頼していたらデータのやりとりだけで1年終わっていたかもしれない。内部でコンポジットも含めてデータを一度に共有できたからこそできた表現ですね。
植原:監督が常に社内にいて、監督チェックに出すまでもなく勝手に見ちゃう。各スタッフのディスプレイを見て「その作業はもうそこまでで」とか、こだわるところとそうでないところをどんどん選別してくれたので、今まで関わった作品に比べると10倍くらい速いスピードで上がっていきました。
曽利:演出側の見方とCGクリエイター側の見方はやはりちがうので、一緒にいるとそのあたりのすり合わせがしやすいですよね。こだわる前に結論を出す。予算のこともあるので。前に進まないとならないときに、誰かが「前に進んで!」と決断しないとなかなか進みにくいと思います。CGの作業は油断するとすぐに停滞するので。
吉川:今回全セクションのスタッフが近くにいたので、例えばエフェクトで問題があったときは、米岡さんに声をかければ米岡さんがすぐ来てくれて。そういうフットワークの軽さはダントツでしたね。
曽利:顔を見て話すのはすごく重要です。もちろんメールで連絡することもありますが、重要な部分を直接話し合えるのはプロダクションとしてはとても大きいですね。
吉川:映画制作にはいろいろな工程がありますが、フロアを歩いているだけでそれが全部見られちゃうのも良かったですね。「このパートはここまで進んでいるんだなあ」と。
曽利:今回の場合、ちゃんとした全スタッフ合同チェックは週イチでした。他の人たちがどう進めているか、どんな作業状況か、どんなテイストなのかというのをみんなで見るという。海外のプロダクションではデイリーといってこれを毎日やるところが多いですが、自分はほぼ365日社内にいて、毎日みんなの作業を見ながらちょくちょく話をしていたので、デイリーをやらなかったからといってコミュニケーションの障害はなかったと思います。
[[SplitPage]]ーー制作を終えて、今後への課題などはありましたか?
米岡:予算も時間も限られている中で新しいことにチャレンジしようとすると締切に間に合わない可能性があるので、ともかく今回は切り詰めてやっていこうという方針だったんですが、あるときエフェクトの都合でDeadlineを導入したいという話が出て。入れれば生産性は確実に上がるけれど、ただ、いろいろなところにお金がかかるので推進派と慎重派で足並みがなかなか揃わなかったんです。結局導入して上手くいったので良かったのですが、今後そういうことが起こったらもっと意志決定を早くできれば、より無駄なくクオリティが上げられるなと。そこをどうしていけば良いのか、まだ答えは見えないのですが。
曽利:大きなプロジェクトだったので、ある種のストレステストになって大きな収穫がありましたね。
米岡:結局何かを導入して無駄になったことはなかったように思えますね。
松野:機材にしても、ワークフローに関しても、結局万能はないというか。作品それぞれ、内容それぞれ、もっと言うと今回集まったチームそれぞれなので、上手くハマるかどうかですよね。
米岡:Deadlineは最初エフェクトだけで試運転みたいなかたちで導入したのですが、そこからだんだんコンポジット班も使うようになってきて。
松野:エフェクト以外のCGのレンダリング管理は、改良したBackburnerでやっていました。Deadlineに変えるにしても、ジョブ管理用のマネージャだけ変えれば良いというわけではなく、それに付随する必要になるので簡単に乗り換えるという選択にはいたらなかったですね。
曽利:こういうプロダクションはオリジナルのソフトウェアが動いてしまっていると、パイプラインの変更も一筋縄ではいかないですね。パイプラインの作成やワークフローは本当に重要です。今回アニメーション作成のツールだけでも多岐にわたり、Maya、3ds Max、MotionBuilderがメインですが、Blenderも使っています。
松野:結局みんなそれぞれが得意なソフトウェアで作業しているという。
曽利:昔のように「これじゃないとできない」というのは少なくなってきていますね。どちらかというとアーティストのスキルの方が重要です。
植原:ほぼ全てがレンダリング前にAlembicになっていましたね。
曽利:だからもうMayaが得意な人だけで仕事をしようとか、そういうのでは進まないですね。今回一部他社さんに協力を仰いだところもあるのですが、それぞれ得意なソフトウェアがあり、そこはOXYBOT側で吸収していくしかないので。
ーー映画制作に対するVFXのスタンスというのは徐々に変わってきているのでしょうか。
曽利:通常の制作体制だと、VFX班は撮影のとき「お客さん」になってしまいます。今回SVも一緒に撮影に行ったのですが、OXYBOTが制作なので、こちら側がホストというスタンスでお客さんではなかったですね。
植原:CG部のスタッフだけでクロマキーを立てられるようになりましたからね。
長﨑:ターゲットも、普段は「○メートルおきに貼ってください」とお願いする側なのですが、今回は自分たちがやる側。
ーー撮影スタッフとCG部での思惑にズレが生じることはありませんでしたか? 特に照明などはVFXだと如実に影響してしまいますが......曽利:照明監督の石田さん(※)はOXYBOTの映画では3本目の参加だったので、CG側にすごく理解がある方で、いろいろ相談しながら進められました。撮影部とか照明部も徐々にVFXありきの撮影に慣れてきていますよね。カメラデータも普通に取っておいてくれますし。今までは言わないと細かく記録しておいてくれませんでしたが。
※:石田さん 照明技師・石田健司氏。曽利組作品としては、『ICHI』(2008)、『あしたのジョー』(2011)にも参加
松野:VFXでどのデータが必要かというのをもう理解して取ってくれている。
曽利:カメラテストの時点から合成のテストも含まれていたし、レンズに関してもポスプロ用のテストをちゃんとやってくれるし、VFX作業があることを前提で動いてくれていますよね。
松野:今回相当量のデータを取ってもらっていたのです。後処理のためのプランをかなりたくさん立てていたので。すごくたくさんデータを取らなければならなかったけれど、かといってそれをやりすぎると現場の大ブレーキになっちゃうので、そこの予行演習もして、本番に備えていましたよ。
長﨑:僕はずっと撮影についていたので「この人に言えばわかる」というのが現場に伝わっていて、非常にやりやすかったですね。カメラ関係の測量は撮影部の方でやってくれました。われわれがやったのは背景トラッキング用の距離やCGで後から背景を起こすときのためのサイズを測ったりとか。
曽利:お客さんとして入っちゃうと、無駄な部分とわかっていても後で必要になったら困るのでいろいろ測ってしまったり、ということもあるのですが、今回は制作側として入ったことで現場で「ここのデータはいらない」「じゃあここはあとでこうしましょう」とか取捨選択ができたので本当に無駄がなかったですね。
長﨑:撮影素材を見ると、だいたいここまでのクオリティにはもっていけるなというのと、これはどんなにがんばってもここまでかなというような伸びしろがわかるものですが、今回は監督が描いたコンテを上がってすぐに見られて、これをどういう風に撮ればいいだろうと検討するところから携われたので、本当に面白かったです。
曽利:長﨑君や植原君がつくったアニマティクスを基に撮影プランを立てていました。そこまでやって撮影しているから、撮ってきたものに対する責任がこちら側にあって、仕上げに対してまったく言い訳ができなくなります。
吉川:コンポジット側からひとつ言えるのは、イタリアで撮影できてすごく良かったなと。日本で撮影していたら背景をいろいろと苦労しなければならなかったですが、イタリアの風景だと説得力がちがいます。
吉川:あとはやはり各パートのスタッフの距離が近ければ近いほどやりやすいので、そういう意味では本当にやりやすかったと言うのもあります。コンポジットだと限界があって、前工程から修正したくなったときに、今回のように担当スタッフが身近にいると言いやすい。例えばエフェクト班にもこういうマスクを出してほしい、と気軽に相談できる。エフェクト周りのコンポはすごく複雑になるのですよね。アルは大体完成図を想像して作業できるのですが、エフェクトに関しては「こんな風になるんだ」というのが結構あって、素材数も多いし大変でしたね。書斎の嵐のシーンも当初あんな仕上がりになるとは思ってもみなかったので。編集もエフェクトができてから結構変わっていきましたもんね。
エドとアルの兄弟が人体錬成に失敗し、錬成を行なった書斎ごと嵐に飲み込まれる。このシーンは曽利監督たっての要望により、原作にはない激しい嵐として表現された
曽利:エフェクトに合わせて編集を変えるというのも結構特殊ですよね。オフラインも含めて中でやっていて、その変更がどこまで波及していくかもこちらで判断できるので、逆にエフェクト側で都合の悪い部分が出ても、それに寄り添うこともできる。そういう意味で動きがものすごく速かったですね。
ーー最後に、読者の皆様へ今回の作品の見どころなどをぜひお願いします。
吉川:本当にVFXてんこ盛りの作品になっていますので、ぜひ観ていただきたいと思います。
植原:日本の映画でアルのようなフルCGキャラクターが全編出ずっぱりの作品はほとんどなくて、もしかしたら初めてかもしれないくらいなのですが、そういった意味でも観る価値があると思います。
米岡:今回のプロジェクトは、自分が海外で吸収してきた経験をほぼ全て出して、こういうフローでやればこういうクオリティが出るんじゃないか、という仮説を試して上手くいったケースという部分でもとても有意義でした。日本の映画でもこのくらいの物量・クオリティはいけますよと示せたのではないかと思います。
長﨑:アルという情緒的なキャラクターを役者さんと一緒に演じられた、情感あるキャラクターとしてそこに存在させることができたというのは、日本の映画としてはエポックメイキングだと思うので、ぜひそこを観ていただきたいです。
松野:背景もキャラクターもCGで仕上げていくやり方を実写映画に導入することは、絶対にこの先も必要だし非常に重要なことだと思っていて、それをこれだけのメンバーで挑戦することができて上手く回ったと思うので、本当に思いきって技術を出せた部分だと思います。
曽利:海外と日本のVFXの差は、以前は歴然としていましたが、この映画でかなり肉薄したと思っています。映画は「実存感」が重要で、物語を邪魔しないために実存感のあるCGが必要なのですが、なかなか今までそれができなかった。アルに関してはすでに実存している、今までのものとはちがう、という印象が自分たちでもわかるので、この飛躍はとても大きいと思います。一般の観客の方々にはそこは気づかれない、むしろ気づいてほしくない部分ですが、CGをやっている人にはわかると思います。
長年追い続けてきた「実存感」にこの映画でようやく手が届いたということが、これから日本の映画が新しい時代に入っていく、映像や映画が新しいステージに進むきっかけになる。そういう意味では若い人たちにこのアルを見てもらいたいし、「日本でもやれるんだ」と思ってもらえれば、ハリウッド映画のクオリティはわれわれにも手が届く場所にあるという印象をもってもらえると考えています。そうすれば日本の映画は今よりももっと面白くなるし、この作品をきっかけにもっと面白い日本映画がたくさん出てきてくれると期待しています。
ーー今回いろいろと話を伺って、VFXと言えどもやはり映像をつくる、という根幹の部分が重要ということを改めて認識させられた。結局のところ、実写素材にCGを合成して作品をつくる以上、撮影段階から関わっていかなければ良い作品は生まれないということだと思う。
筆者もCG合成の仕事をしていると、つい見聞が狭くなり自分の画面内に没頭しがちなのだが、それではだんだんと伸びしろがなくなっていってしまう。時代が進むにつれリニア編集からノンリニア編集に移行し、撮影とポストプロダクションはより立ち位置が近くなると思っていたが、最近はむしろ徐々に離れていっているように感じられていた。今後は撮影だけでなく、より作品の制作自体に対して深く踏み込んでいくことが、VFXの制作には重要になっていくだろうと考えさせられた。