在宅勤務ベースでもアジャイル的な開発に対応できる
CGW:恒久制度化のねらいにワークライフバランスの向上と効率化の推進が挙げられていますが、実際に作業をされていかがでしょうか?
野末:確かに在宅勤務で効率が落ちるという意見も社内の一部では出ていますが、個人的には効率が上がったように思います。あくまでも肌感覚ですが、それまでと1.5倍くらいは効率化できているんじゃないでしょうか。
CGW:それは興味深いですね。具体的にはどういったところでしょうか?
野末:自分の仕事はディレクションや管理業務が中心になるのですが、それこそ会議の移動や通勤時間といった時間が不要になるので、全てがスピーディに進められますし、いろんな報告や判断などもメールやオンライン会議システムで可能です。おそらく部下からも、これまで全然社内で掴まらなかったのが、ぐっと改善したと思われているのではないでしょうか。こんなふうに、部門全体としてかなりのスピード感が出ているように思います。
CGW:御社ではオンライン会議システムにどのようなツールを使われていますか?
広報:主にZoomとMicrosoft Teamsが使用されていますが、部署によってちがいますね。
CGW:在宅勤務への移行が始まって1年弱になりますが、皆さん慣れましたか?
野末:そうですね。最初は慣れる・慣れないというよりも、コロナ対策でこの状況を何とかしなければという空気がありましたが、今までにないくらい全社が一丸となった感じでしたね。ゲーム会社といっても、ITやコンピュータの知識には社員間で差がありますので、それぞれの自宅で環境を整えるのが大変でした。それこそ、部署の全メンバーが加入したメーリングリストで情報を出し合ったり教え合ったりして。うちではこういったプロバイダに加入していますとか。同じプロバイダで、同じ地域でも回線速度がちがう場合は、このあたりの設定を見直したら良いだとか。もう泥臭いやり方で。
CGW:なるほど。
野末:あとは会社の方、特に情報システム部の方々は「みんな寝てないんじゃないか?」と思えるほどバックアップしてくれて、僕らが心配しているのと同じくらいのスピード感で解決策を出してくれたりしました。そういう姿勢を見て「良い会社だな」と本当に泣きそうになりましたよ。感謝のメールを送ったこともありました。
CGW:在宅勤務に移行することで手当などは出ているのでしょうか?
広報:機材周りでは、会社の開発環境を自宅に移す際に搬出入のサポートなどを行いました。また、全社一律で在宅勤務への移行準備金と在宅勤務手当が出ています。電気代や通信代といった諸経費をそこに充てていただくかたちです。
CGW:ゲーム業界に限らず、在宅勤務で環境をどのように整えるかが、隠れた課題になっています。在宅以外で仕事ができないのであれば、転居も考えざるを得ない、といった声も聞かれます。
広報:そういった課題についても、個々の案件ごとに対応していますね。
▲在宅勤務制度 ホームベース適用者:VW部 キャラクターモデリング 勝野椋太氏「在宅勤務に切り替わった当初、チャットやZoomでコミュニケーションが上手く伝わらないことが一番の問題でした。対策として、出社していたときと比べ、報告・連絡・相談に加え復唱をすることを意識しています。上司や同僚へのコミュニケーションをより意識しているため出社していたときより意思疎通が上手くいくようになりました。現在では在宅勤務の弊害を感じずに業務を行うことができています」
CGW:過去のCGWORLD.jpの取材では、CG業界では在宅勤務は歓迎だがゲーム業界ではちょっと難しいという声が聞かれました。野末さんはまさに、VW部とIA部の両方でクリエイティブを見られているわけですが、ちがいは感じられますか?
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野末:うーん、どうでしょう。背景にあるのがウォーターフォールとアジャイル的な開発のちがいですが、確かにゲームを開発していく上では両方の対応が求められます。その中でもアジャイル的な開発は、より密なコミュニケーションが求められる傾向があるので、そうした点を懸念する声も実際にありました。1ヶ月単位でホームベースとオフィスベースで働き方が変えられるという制度も、そうした背景があって導入されたものだと思います。
ただ、個人的にはアジャイルなやり方でも、在宅勤務で充分回せると思っているんですよ。僕が理想論を語っているだけなのかもしれませんが......。
CGW:ウォーターフォール型で制作が進められるCGムービーにおいても、上流工程では対面で業務をしたいという声もあるようです。例えば、プロデューサーやディレクターがアートディレクターと意見交換をしながらコンセプトアートを描いてもらうなどです。
野末:そこはすごく楽になりましたね。Zoomで画面共有をしてPhotoshopで画面に直接書き込みながら指示を出せるようになったので。アジャイルをどのように捉えるかにもよるのですが、これが僕がアジャイルでもつくれると言っている理由です。企画会議なども余裕でやっていますよ。
まあ、常に他人が隣にいる安心感みたいなものを重視したいのであれば難しいですが、単に作業を早く済ませたい、イテレーションを早めたいという意味であれば、オンラインでパパッとやってしまった方が効率的だと思います。Photoshopのこのパラメータをこう設定する、このプラグインをこう使うといったことが、口で説明するより簡単ですから。
そのため、自分の部署では自宅でもモニタを2つ使って作業をしてもらっています。人によっては液晶タブレットを使っているスタッフもいますね。板タブ派も結構いますが、個人で使いやすい環境を整えてもらっています。
CGW:野末さんは原則として在宅勤務なんですね。1週間のうち、特定の曜日に出勤して会議を集中的にしたり面談をしたり、といった感じなのかと思っていました。
野末:いえ、どうしても必要なこと以外は、原則として自宅作業です。個人的な体験で言えば、映画『KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV』を制作する際、世界中のCGスタジオと協業して分散開発を行なった際の知見が活きています。
例えば、アニメーションをインドの会社にお願いした際に英語のチェックバックを日本語に直して共有したり、モーションキャプチャの撮影を海外で行う際にキャプチャしている様子をリアルタイムで日本に送ってもらってチェックしたり。時差を活かしながら24時間体制で制作を進めていました。
CGW:改めて驚きました。この10数年でゲームやCG映像の制作スタイルもずいぶん変わりましたね。
野末:今後もどんどん変わっていくと思います。それに、変化という意味では個人開発者やインディゲーム開発者の方が先行しています。インディでは、世界中の開発者がオンラインで集まってゲームを分散開発するのが普通じゃないですか。僕も同じように、国をまたいだ開発に可能性を感じるしできると思っています。ただ、彼らは分散開発につきものの障壁を気持ちで乗り越えている部分が大きいと思います。そうした障壁をシステムや体制で乗り越えるのが企業のやり方です。あともう少しネット回線やツールの問題が改善されれば、アジャイル的な開発にも完全対応できるのではないでしょうか。
CGW:いろいろとお話を伺っていて意外でした。できないと思い込んでいる人の方が多いのでしょうか?
野末:そうだと思いますけどね。新しいものが出てきたときってみんな嫌がるじゃないですか。慣れちゃえばメリットも結構あるよね、という話になると思うので。もちろんデメリットもあると思いますが。
CGW:デメリットはどんなときに感じますか?
野末:飲み会ができないとか(笑)。ちょっと脱線しますが、昨年末に忘年会をどうしようかという話になって。さすがにずっと会えないのは寂しいので、Zoomで大部屋をつくってブレイクアウトルームで小部屋に分けて、部署の忘年会をやりました。「オンライン飲みでも意外とストレス発散できるな」というのが参加者の意見でした。実際に会うかどうかとは関係なく、リラックスした環境で言葉を交わすのが重要だなという感想です。