>   >  NEXT FIELD 2:「漫画と3DCGの親和性って、僕は結構高いと思ってるんです」(浅野いにお)
NEXT FIELD 2:「漫画と3DCGの親和性って、僕は結構高いと思ってるんです」(浅野いにお)

NEXT FIELD 2:「漫画と3DCGの親和性って、僕は結構高いと思ってるんです」(浅野いにお)

「3DCGだと、情報量が出過ぎてしまうケースもよくあります」

C:Gペンによる手描き、写真素材、3DCG素材を組み合わせ、『デデデデ』の作品世界をつくるにあたり、「ここを失敗すると、絵がまとまらない」というポイントはありますか?

浅野:以前の漫画では、写真素材の要素を今以上に残した、もっとフォトリアルな背景を描いていました。そうすると、すごく写真っぽくなっちゃって、漫画とキャラクターが分離して見えて、読者にとって読みづらい絵になっていたんです。そこで「漫画らしい絵」の着地点をいろいろ考えた結果、わざと手描きの線を追加して、漫画的な温かみを足すという今のやり方に行き着きました。試行錯誤をする中で「ただきれいに描けばいいというわけじゃない」ってことに気付いたんですよね。だから、写真素材を使おうが、3DCG素材を使おうが、手描きの線を加えれば、まとまらないということはありません。

▲【左】浅野氏が10年以上前に描いた漫画の背景。この頃はまだ手探り状態で、写真素材の要素が今以上に残っていた/【右】『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』6巻の157ページ。前述の背景と同様に写真素材を使っているが、手描きの線をより多く追加することで、漫画ならではの温かみを加えている


C:写真素材にしろ、3DCG素材にしろ、漫画としてまとめるときに情報の取捨選択をなさっていますよね。例えば「この線は拾ってほしい」「このディテールは無視していい」といった判断は、どのくらい細かくアシスタントさんに指示しているのでしょうか?

浅野:漫画独特の絵のつくり方をアシスタントがある程度理解していれば、僕は何も言わないです。例えば、全体の白黒のバランスのとり方なんかをわかってないと、素材がよくてもおかしな結果になっちゃうので、気を付けないといけないですね。漫画の読者は、昔から受け継がれてきた漫画の絵を好む人が多いので、そこに合わせる必要があるんです。それから僕が使っている線画抽出の方法だと、色と色の境目の部分がアウトラインとして描画されるので、グレーの壁の手前に白い花瓶があるケースと、白い壁の手前に白い花瓶があるケースとでは、アウトラインが変わってきちゃいます。それを理解した上で、線を足したり引いたりする必要があります。

C:写真や3DCGの方に振り回されると、おかしな絵になってしまうわけですね。

浅野:そうなんです。3DCGだと、情報量が出過ぎてしまうというケースもよくありますね。例えばレンガのテクスチャを貼った建物を背景に置いた場合に、そのレンガの目地(めじ)のアウトラインが全部描画されてしまい、漫画的には情報量が多過ぎるといったことが起こります。漫画はアウトラインと白黒の塗り分けでもって絵をつくるので、遠くのものほど情報量を減らして、線も飛ばして描くのが定石になっているんです。でも、3DCGだと遠くのものも詳細なディテールをもっていて、結果的に絵の密度が高くなってしまうので、手作業で情報量を減らすといった工夫は不可欠になりますね。

「キャラクターを3DCGに置き換えるのは、今はまだ難しい」

C:現時点の『デデデデ』の作画では、基本的にキャラクターは全て手描きだそうですが、講演では「先々では、キャラクターも3DCGに置き換えた方がいいんじゃないかと思ってます」と語っていましたね。実際、6巻の「侵略者」の一部は3DCGをアタリにしていると聞き、驚きました。

浅野:「侵略者」は3DCGでつくりやすい形なのに加え、大量に登場するキャラクターなので、3DCGを試すのに都合がよかったです。とはいえ、まだまだ実験段階ではあります。キャラクターは、表情にしろポーズにしろ、すごく微妙なニュアンスを求められるので、そこを3DCGに置き換えるのは、今はまだ難しいなというのが実感です。6巻のあのコマを描いていたときの僕は、なぜだか「どうしても真俯瞰(まふかん)で『侵略者』を描きたくない」っていう気持ちが強くて、3DCG専属アシスタントに「1日かけてもいいからやってください」ってお願いしました。ただ、はっきり言って、描いた方が速いです。

C:でしょうね(笑)。

▲Autodesk 3ds Maxの作業画面に表示した「侵略者」の3DCGモデル。「アシスタントにお願いして、適当にリグを入れて、走るアニメーションを付けてもらいました。漫画で使うときには、トゥーンシェーダを適用してアウトラインをレンダリングしています」(浅野氏)


▲前述の「侵略者」モデルのレンダリング画像


▲前述の「侵略者」モデルを真俯瞰のカメラで撮影したレンダリング画像


▲『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』6巻の125ページに掲載されたコマ。前述のレンダリング画像を使用している。このコマでは、信号機、自動車、道路などの作画でも、3DCG素材のレンダリング画像をアタリにしている

「最終的には、『街』を1個つくってしまいたい」

C:講演では今後の展望として、「最終的には、『街』を1個つくってしまいたい」というスケールの大きい話もなさっていましたね。

浅野:もしかしたら今後、いろんな制約や人の目などを、今以上に気にする必要が出てくるかもしれないと思っています。だから、資料となる架空の「街」の素材を自前で所有していることが、一番安全ではあるんです。いろんな人に「『街』を1個つくるのに、いくらかかるんですか?」と聞いてみたんですが、普通に破産しちゃう金額を言われたので、時間のあるときに、僕と3DCG専属アシスタントの2人で細々とつくっていくというプロジェクトを続けています。これもまだ実験段階で、漫画で使ったことはないですが、イラストを描いたり、ラフをつくったりするときに、試しに使ってみたりはしています。

▲浅野氏が3DCG専属アシスタントと一緒に制作中の「街」の3DCGモデル。新宿駅の東南口がモデルになっている。「なぜ新宿なのかというと、全然理由がなくて、アシスタントに何となくつくってもらったら、これができあがっていました。漫画のアタリに使うなら、それほど細かいディテールは必要ないし、つくり込み過ぎると時間もかかるので、シンプルな形状のモデルに、写真素材や、自前の看板素材を貼り付けています。ここからさらに拡張して、架空の大きな『街』をつくる計画です」(浅野氏)


▲前述の「街」モデルの部分拡大。『デデデデ』の主人公である「小山 門出(こやま かどで)」の3DCGモデルも配置されている


▲【左】前述の「街」モデルのエスカレータ付近のレンダリング画像と、【右】それを使って描かれたイラストのラフ。「このイラストの仕事では『何を描いてもいい』と言われたので、試しに『街』モデルの一部を使ってみました。キャラクターは僕が普通に描いていますが、背景はレンダリング画像をPhotoshopで軽くレタッチして、エフェクトをかけて使いました。作業時間は、ここで紹介しているキャラウターのラフにかかった時間を除くと、この後のアナログ作画に1時間、Photoshopでの塗りに2時間、全体調整に1時間くらいで、正味4~5時間ほどで完成しています。この背景をイチから手で描こうとすると、所要時間が大きく変わってきちゃうので、かなり楽になったなと思いました」(浅野氏)


C:今現在も、将来を見据えて様々な実験や準備を続けているわけですね。そういう姿勢を維持してきたから、ここまで柔軟に、軽やかに3DCGを使いこなしているんだろうなと、かなり脱帽しています。

浅野:絵を描く作業って、面白い部分もあるんですけど、単純作業でもあるので、短縮できるんだったらどこまでも短縮したいと思っています。だから写真素材や、3DCG素材を使い始めたんです。そうやって余った時間で、「今は必要ないけど、このツールやこの機能が漫画に使えるかどうか試してみよう」みたいなことを延々とやってしまうから、いつまでたっても机に座っている時間は短くならないし、やることはどんどん複雑になっています(笑)。どこかでもう1回、すごくシンプルなものに戻したいという気持ちもありはしますね。

C:データ管理ひとつとっても、かなり複雑になっていそうですね。

浅野:そうなんです。僕はデータ管理が苦手で、管理ツールとかはもっていないので、アシスタントのつくったデータを開いてみたものの「テクスチャがどこにあるのかわからない」といったことは本当によくあります。クラウドにデータを保存するようになってから、だいぶ楽になりましたけどね。それから、今回はずっと絵の話をしていますけど、漫画にとって一番大事な本質はストーリーなんです。そこを無難なものにしてしまうと、絶対に先細りします。だからリスクは極力避けながらも、最大限挑戦していきたいと思っています。

C:講演でも、その点は強調していましたね。

浅野:僕がなぜデジタルを取り入れたかと言うと、楽をして理想の漫画をつくれるようになりたかったんです。正直に言えば、お金はかけられないし、アシスタントにもあんまりつらい思いをさせたくない。だから結果的にこういう方法論になりました。今の環境であれば、僕が極端に一般受けしない漫画を描いて大失敗したとしても、被害を被るのは僕だけだし、蓄積した素材は次の作品に回せるかもしれない。凝り固まった漫画のつくり方に固執せず、いろんなことを試しながら、かつ自分が一番面白いと思える方法で漫画を描いていくのが、健全なやり方なんじゃないかなと僕的には思います。

  • 講演後の会場で、すごく若い方から「僕も3DCGを使いたいんですけど、描いているのはファンタジー漫画なんです。3DCGを使う意味はありますか?」って聞かれました。僕としては、むしろ、ファンタジーの方が素材は多いし、自由度も高いから、「現代日本を舞台にするよりも、利点は多いんじゃないかな」と答えておきました。お城のレンガとか、一所懸命に手で描く必要はあんまりないと思うんです。絵を描く作業って、面白いところと、修行みたいなところがあって、後者は何も生まないんですよね。1回は自分で描いた方ががいいと思うんですけど、描けるようになったら、後は素材を使えばいいですよ。


C:浅野さんの『街』が今後どこまで拡張されるのか、そこから、どんなストーリーが生み出されるのか、期待が膨らみますね。お話いただき、ありがとうございました。

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Profileプロフィール

浅野いにお(漫画家)

浅野いにお(漫画家)

1980年生まれ。2002年の連載デビュー作『素晴らしい世界』で注目され、2005年の『ソラニン』は映画化もされ大ヒット作に。同時代の若者を中心にカリスマ的な人気を博す。そのほかの作品に『おやすみプンプン』(2007〜2013)など。 現在はビッグコミックスピリッツにて『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(2014〜)を連載中。

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