ゲーム・アニメ・映画・音楽・ファッション・デザインなどの企業が肩を並べる福岡市。2013年にはクリエイティブ都市・福岡の実現にむけて、産学官連携による任意団体「クリエイティブ・ラボ・フクオカ(CLF)」を立ち上げ、さらなる取り組みを進めている。2016年2月25日(木)にはASEANから3名のコンテンツビジネス関連企業を招き、Global Meetup!「映像コンテンツ海外進出セミナー」がT・ジョイ博多(JR博多駅直結の映画館)にて開催された。

ゲストとして招聘されたのはタイ・シンガポール・マレーシアでアニメやキャラクター展開などを手がける企業の代表者だ。第一部の基調講演では各社の取り組みや自国のコンテンツビジネスの概要、市場状況などを解説。第二部のパネルディスカッションではASEANと日本企業の協業や、コンテンツ輸出の可能性などについて、幅広いディスカッションが行われた。

第一部 基調講演
〜ASEAN各国のコンテンツ事情を知る〜

▲【タイ】DREAM EXPRESS  DIRECTOR  PANIDA DHEVA-AKSORN 氏

DREAM EXPRESS(DEX)は2002年に創業した総合コンテンツプロバイダーで、日本を皮切りに世界中の企業からライセンスを受け、タイでキャラクタービジネスを行ってきた。現在は「ライセンス」「マーチャンダイジング」「メディア」「オンライン」「イベント」「リテール」「出版」の7部門に展開。タイの文化や国民性に適したコンテンツを厳選して扱い、カルチャライズを経てさまざまなビジネスに展開している。

近年の事例では、携帯電話企業とタイアップして全長8mのウルトラマンの像を建てたり、商業施設でステージショウなどを行った。仮面ライダーやガンダム、ラブライブ!などの権利も扱い、ビデオオンデマンド事業やECサイトでの商品販売なども開始している。同社でディレクターをつとめるPanida氏は、「ブランディングからメディアマーケティング、流通まで、ワンストップで展開できる点が強み」と説明した。

Panida氏は「タイのコンテンツ市場は過去10年間で急速に成長してきた」と語る。市場の中心は『ドラえもん』などの日本製コンテンツだが、近年ではアメリカや韓国製コンテンツに押され気味だという。2015年の前後で日本製コンテンツが82%から70%に低下する一方、欧米製は16%から25%、その他の地域も2%から5%に増加した。タイのキャラクターもLINEスタンプを舞台に人気が出始めているという。

こうした状況を受けて、同社は短編CGアニメ『THE SALADAS』の制作を手掛けるグループ会社、BYTE IN A CUPを立ち上げた。シーズン1の放映が好評で、現在はシーズン2の制作と平行して、キャラクターグッズやモバイルゲームにも展開中だ。そんなタイの強みは、高いクオリティのコンテンツが低コストで作れること。弱みはコンテンツ産業における税制上の優遇措置などが存在しない点だ。周辺諸国の政策を学びたいと話した。

▲【シンガポール】 Tiny Island Productions CEO David Kwok 氏

2002年に4名で創業したCGスタジオのTiny Island Productions。現在は社員数が120名まで拡大し、シンガポールの中堅CGスタジオとして着実な成果をあげている。同社のポリシーは「最先端のCG技術に対する投資」「オリジナルIPの確保」「新しいプラットフォームへの展開」だ。専門学校も経営しており、人材教育から作品制作、そして海外展開へと、一気通貫でビジネスを進めている。

創業以来、子供向けのテレビシリーズを数多く手がけており、立体映像などにも意欲的に取り組んできた。転機になったのが2011年に制作したスーパーヒーローもののCGアニメ『Dream Defenders』で、アメリカを皮切りに世界60カ国で放映された。CEOのDavid氏は「自社でIPを確保していたから、さまざまなメディア展開ができた。特に最初にアメリカに切り込んだことで、その後のビジネスがやりやすくなった」と語る。

もっともシンガポールのCGスタジオは2004年以降、政府の産業育成政策を背景に、外資系の大手企業中心で拡大してきた。しかし現在は税制優遇などが打ち切られ、こうした企業の海外移転が顕著になってきている。これにかわって着実に成長してきたのが、Tiny Islandをはじめとした地場のCGスタジオだ。その結果、国内での競争が激しくなり、自社IPの確立にどこも真剣になっているという。

幸いインターネットの普及で、スマートフォンをはじめとした新しいデバイスやプラットフォームが成長してきた。David氏は「以前はテレビ局の力が強かったが、今はライセンス契約料がどんどん低下している。一方で、こうした新しいプラットフォームでは自分たちの裁量で自由に展開できる」と語る。そのためにも自社IPが重要で、最先端の技術と組み合わせることで、さまざまな可能性が広がっていくと話した。

▲【マレーシア】ANIMASIA Co-founder, Managing Director EDMUND CHAN 氏

2005年に設立され、今ではマレーシア最大の2Dアニメーションスタジオにまで成長したANIMASIA。国内150人、中国に60人のアニメーターを擁し、受注制作とオリジナル制作の二本柱で世界中に作品を輸出している。Youtubeやデジタルコミックなどの新規分野や、マーチャンダイジング、ライセンスビジネスなども展開。MSCステータスの適用で法人税を免除されており、アニメスタジオには珍しくISO9001も取得している。

日本と同じく手描きの2Dアニメ制作に特化したANIMASIA。2012年にインド向けに制作され、日本にも逆輸入された『忍者ハットリくん』(Nick India)でも、2話を手がけた実績がある。現在は南アフリカのサッカー漫画が原作の『Super Strikas』、インド神話が原作で現地では5大アニメの一つに数えられる『ROLL NO 21』を制作中で、ニワトリが主人公のアクションコメディ『Chuck Chiken』も800万ドルの予算をかけて準備中だ。

Edmund氏は国際共同制作の事例として、イタリア・フランス・イギリス・マレーシアの4カ国が参画する女児向けアニメ『MAGIKI』を紹介した。本作は伊ディアゴスティーニが権利を持つ書籍とフィギュアが原作で、世界展開を念頭にアニメ制作が企画され、キッズスクリーンマイアミで最新映像がお披露目されたばかりの最新プロジェクトだ。各社で制作資金を分担し合い、今後2年間続く長期プロジェクトになるという。

資金調達の仕組みも複合的だ。国内制作の場合、資金の3割が変換される「フィルムマレーシアインセンティブ」や、国際共同制作で使用できる「コンテントマレーシアピッチングセンター」、さらには投資家や企業からの投資も受けつつ、プロジェクトを進めていくという。「マレーシアにとってアニメは10年くらいの若い産業です。英語に堪能で、多文化を許容する性質もあり、可能性は大いに広がっています」(Edmund氏)

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第二部 パネルディスカッション
︎~ASEAN市場へのコンテンツ展開の可能性~
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第二部 パネルディスカッション
~ASEAN市場へのコンテンツ展開の可能性~

【アニメ産業の発展に政府の支援はなぜ必要なのか】

第二部ではアニメ情報サイト『アニメ!アニメ!』編集長の数土直志氏をモデレーターとなり、Panida氏、David氏、Edmund氏、そしてモンブラン・ピクチャーズの松下由香氏も加わって、パネルディスカッションが行われた。タイ・シンガポール・マレーシアの地域事情に加えて、福岡のアニメスタジオのコンテンツを預かり、海外営業を進める松下氏の視点も加わり、立体的な議論が展開された。

はじめに数土氏は「なぜ短期間でASEANのアニメ産業が急成長したのか」と切り出した。これに対してEdumnd氏は政府の産業政策に関する強力な支援があったとコメント。David氏もこれに同意しつつ、欧米諸国での政情や経済不安という要因もあったのではないかとした。Panida氏は「過去10年間で海外大手からの制作発注が急増し、制作クオリティが高まった。一方で政府の支援は限定的なレベルにとどまっている」と話した。

一方で日本では「政府がクリエイティブ産業に関与すべきではない」という声も根強い。これに対してDavid氏は「新しい産業が成長していく過程では、人材育成と資金調達の面で政府の補助や支援が必要だと感じる」と答えた。Edumnd氏も「政府の関与は資金調達やルール作りに徹するべきで、クリエイティブについて干渉するべきではないし、マレーシアでもそのようになっている」とした。

これについて松下氏は「日本とマレーシアやシンガポールでは行政のイメージが大きく違う。役人が各国のバイヤーを個人的に知っていたり、新規スタジオの情報などを詳しく知っていて、海外展開を進めるうえで適切な情報やアドバイスなどをもらえる。こうした状況があるので、行政と民間のコラボが成立するのだと思う」と補足した。

「今後5-10年間でアジアのアニメ産業はどの程度の市場になるか」という質問に対して、Panida氏は「まさに私たちがタイ政府から問われている課題で、これが可視化できないから行政も支援に乗り出さない」と答えた。David氏は中国が圧倒的な成長力を誇っており、移民問題や経済不況も少ないため、アジア市場は斬新的に成長していくという見方をしめした。

一方でEdumnd氏は「IP保護の法律が各国で未整備なのがネックだ」と回答した。実際に放送局による放映料の未払いといった事態も起きているという。もっとも、こうした点が整備されれば非常に巨大な中産階級の市場ができるとして、今後の成長に期待を寄せた。Panida氏も「今すぐにアジア向けのIPをつくっても成功する可能性は低い。ただし5-10年後には状況が変わってくる」と補足した。

【国ごとの境界はすでになく、あるのは作品の価値だけ】

基調講演では各社ともオリジナルIPの展開に力を入れていることが示されたが、David氏は「海外展開やメディア展開をすすめる上で、コメディや勧善懲悪など、普遍的でわかりやすいトピックを選択している」と答えた。Edumnd氏も「マレーシアは複数の民族や宗教が混在する多民族国家で、国民の多くはイスラム教を信仰している。作品をつくる上で宗教の扱いやセンサーシップには配慮している」という。

またDavid氏は「オリジナルIPは重要だが、なんでもすぐに売り込め」ということではなく、時間をかけて企画を温めておき、適切なタイミングで展開することが重要だと回答した。これについて松下氏は「企画段階からYouTubeやFacebookなどを使って、一人でも多くのファンを増やすことが先決。ファンが増えれば資金調達もやりやすくなる」と補足した。

最後に「日本とASEANとの協業の可能性について」という質問もなされた。これに対してEdumnd氏は「パートナーが多いほうが最終的に幸せになれる。パートナーとは戦略的に価値をもたらしてくれる人という意味。様々な国のパートナーからインプットがあれば、それだけ作品がいいものになっていく。その意味で日本ともぜひ協業をしていきたい」と回答した。

David氏のもとにも、日本企業からのオファーがいくつかあるという。もっとも、その時に回答しているのは「日本だけでなく、世界全体に向けて展開できる作品をつくっていきたい」ということ。「日本はストーリーとクリエイティブで卓越している。日本とシンガポールは欧米文化に対してオープンで、関係性も深い。あとは、その価値観が共有できれば大歓迎です」。

Panida氏も「三カ国での共同制作は過去にも例があるし、知恵を寄せあって作品をつくり、欧米市場に対して展開していけると思う」と回答した。ただし日本は制作能力が非常に高く、確立されたアニメ文化があるため、自分たちのファンを逃したくないという考えもあるのではないかと指摘。「その殻を破ってでも新しいコンテンツをつくりたいという企業があれば、ぜひ協業したいですね」。

最後に松下氏は「日本のアニメは海外から高い評価を受けているが、『ドラえもん』『ドラゴンボール』『ポケモン』など、すべて過去の作品ばかり。2年前までは過去の貯金もあり注目されていたが、現在はそれもなくなりかけている。国ごとの境界はもはやなく、作品さえよければどこの国でもいいというのが実情。境界をつくっているのは、逆に日本人の方ではないか」と会場に呼びかけた。

TEXT_小野憲史