千葉大学教育学部GREE(以下、グリー)は、2013年度より「教育の情報化」を担う教員の育成を目的とした授業を展開中だ。2020年度は小学生がVTuberとなって地元商店街の紹介動画を作成し、ネットで公開する授業を展開した。ポイントは本授業が、教員志望の大学生を対象とした演習科目として行われている点だ。コロナ禍で急速に変わる学校現場と、教員に求められる資質とは何か。公開授業の模様をレポートする。


TEXT_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE





ICTを授業に活用できる教員をどう養成するか

新型コロナウィルス感染拡大に伴い、急速に変化した学校教育。2020年2月27日(木)に、安倍晋三首相(当時)の要請で始まった全国一斉休校は、最長で3ヶ月に及んだ。一斉休校が終了した後も、大学や専門学校ではオンラインやハイブリッド授業が続いている。2021年度も同様で、オンライン会議システムや授業支援システムなどを活用し、全国の学校で様々な試行錯誤が続いている。

もっとも、こうした「教育の情報化」のあり方とその対応については、コロナ禍で変化が早まっただけで、過去十数年にわたって議論が行われてきた。中でも鍵を握るのが「教員の養成」だ。ICT(情報通信技術)を活用した新しい学びを公立学校の中でどのように位置付け、学校現場で活躍できる教員をどのように養成するか。教員養成課程をもつ大学にとって、大きな課題といえる。

こうした社会課題に対して継続的に取り組んでいる教育機関の1つに、千葉大学教育学部がある。モバイルゲーム大手のグリーと協業し、2013年度から大学の授業の一環として、アプリ教材の開発などを進めているのだ。授業名は「メディアリテラシー教育演習」で、2015年度からは完成したアプリを用いて、千葉大学附属小学校で模擬授業まで行なっている。他に例のない取り組みだろう。

  • 年度
  • 学習内容・教科
  • 主なアプリ名・概要
  • 模擬授業
  • 2013年度
  • 敬語・防災・元素記号など
  • 大奥~女の闘い~(敬語クイズ)他
  • 2014年度
  • 職業理解・世界遺産・計算など
  • 少年探偵団(職業選択クイズ)他
  • 小学5年(体験会)
  • 2015年度
  • 国語科、算数科
  • まもって!十二支(辞書を使ったしりとり)他
  • 小学2年
  • 2016年度
  • 社会科、家庭科
  • SHOW TIME!!(被服にまつわるクイズ)他
  • 小学5、6年
  • 2017年度
  • 英語科
  • ピンキーと魔界の大冒険(英語での道案内)他
  • 小学6年

中でも、2017年度は商用ノベルゲームエンジン「ティラノビルダー」を用いて、学生チームが自ら企画・素材制作・コーディングを実施。グリー社員からのフィードバックを受けつつ改良を進め、完成にこぎつけた。いずれも小学校の授業で導入されることを前提に、授業設計まで考えてデザインされている点がポイントだ。全ゲームがネット上で公開されるなど、5年間の集大成的な取り組みになった。

▲iPadを使用して行われた、2017年度の模擬授業の模様

●2017年度学生成果物

▲(左)『Chiba Tour』/(右)『ピンキーと魔界の大冒険』

▲(左)『手伝ってほしい』/(右)『お正月を伝えよう』

2018年度からはテーマを一新し、VTuberを題材とした授業づくりがスタートした。現場で「教育の情報化」に取り組む教員に求められるのは、教材のデジタル化などに留まらない。急速に社会に浸透するAI(人工知能)とどのように向き合っていくかも、重要なテーマというわけだ。こうした問題意識の下、2018年度は小学6年生がVTuberとなり、事前に小学4年生から募集した悩み相談を校内放送で回答することを念頭にカリキュラムが組まれた。使用ツールには「FaceRig」が用いられた。

続く2019年度は、バーチャルライブ配信アプリ「REALITY」とスマートフォンを使用し、VTuberが登場する「脱出(謎解き)ゲーム」をデザインする授業が行われた。大学生が全15回の授業の中で、小学6年生と共に世界観、クイズ、シナリオ、アバターなどを作成してイベントを準備。当日は小学5年生が地図を頼りに、小学6年生が演じる7人のVTuberを探して校内を探索した。配信用のPCとスマートフォンをモニタと接続し、探索者がVTuberとリアルタイムに受け答えできるよう配慮がなされた。

このようにメディアリテラシー教育演習では、毎年異なるテーマを基にカリキュラムが設計され、徐々に内容の深みが増している(※1)。その上で2020年度は、小学生がVTuberを活用した地元商店街「ゆりの木商店街」の紹介動画を作成し、ネット上で公開して拡散させるというテーマが新たに設定された。授業に参加したのは、小学4年生から6年生までの帰国学級12名で、動画制作にはスマートフォンとREALITYを使用。動画編集もスマートフォンアプリの「CapCut」が用いられた。

※1:過去の授業内容は論文にまとめられ、ネット上で公開されている。年度ごとの詳しいカリキュラム設計や工夫点なども掲載されており、本稿執筆でも参照している

  • 年度
  • 学習教科
  • 活動内容
  • 模擬授業
  • 2018年度
  • -
  • 大学生の支援の下、小学6年生がVTuberとなって、学内放送で4年生の悩み相談を実施
  • 小学4、6年
  • 2019年度
  • 探究学習
  • 大学生の支援の下、小学6年生がVTuberとなって、小学5年生向けに脱出ゲームを実施
  • 小学5、6年
  • 2020年度
  • 探究学習
  • 大学生の支援の下、小学6年生がVTuberとなって、地元商店街のPR動画を作成・配信
  • 小学4-6年生(帰国学級)

●2018年度授業の模様

▲VTuberとして配信する小学6年生

▲(左)校内放送を聞く小学4年生/(右)放送に使用されたアバターの一例



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コロナ禍で実施された大学生と小学生の協業

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コロナ禍で実施された大学生と小学生の協業

それでは、完成した動画はどのようなものだったか。ここからは、2021年2月3日(水)に行われた発表会(発表会は教室で行われ、メディア側はオンラインで取材する形になった/写真類は先方提供)の模様をレポートしよう。授業が始まると、教室前方に設置されたモニタにVTuberの「ゆりたん」が登場した。ゆりたんはこれまでの授業のながれを説明し、動画の発表会を行うと発表。その後、完成した動画が再生された。

@yuritanyurinoki

小学生が千葉大学の学生と共に作成した #VTuber を使った「ゆりの木商店街PR動画」だよ!子どもたちに、ゆりの木商店街を元気にして欲しいとお願いして私の新しい愉快な仲間をたくさん作ってもらったんだ! https://youtu.be/4eaGFzH #商店街 #REALITY #PR動画

♬ オリジナル楽曲 - ゆりたん

「ゆりの木商店街」は、千葉大学と附属小学校の隣に位置する地域密着型の商店街だ。動画の中で、ゆりたんは商店街の店舗を訪問していく。商店の側にもVTuberが登場し、両者の掛け合いで紹介するというながれだ。中華料理屋、喫茶店、ブティックなど、店舗の特性に合ったキャラクターが登場。VTuberのデザインや動画内のセリフは児童が考え、動画は大学生が制作するという役割分担がなされた。

その後、完成した動画がYouTube、Twitter、TikTokに投稿された。動画の投稿時には学生と児童とでカウントダウンが行われ、投稿が終わると歓声が上がった(Twitterのアナリティクス画面を表示して、動画のアクセス状況がリアルタイムに確認できることなども示された)。なお、帰国学級という特性を活かし、動画は日本語だけではなく、英語や中国語など6カ国語対応が行われている。

全15回の演習では、前半で座学、後半で大学生と児童が協業しながら動画作成を進めた(授業はオンラインで進められた)。このとき、架け橋となったのがゆりたんだ。児童の様子をモニタ越しに見守りつつ、教員役の学生と掛け合いで授業を進行。公開授業でもゆりたんから「これをやってみよう」、「あれはどうかな?」など、児童に学びを促すシーンも見られた。教育番組などでお馴染みの、先生とキャラクターの関係が教室で再現されていたのだ。

▲公開授業の模様

▲ゆりたん(左)とモニタ上で顔出しをした保田菜々子さん(右)


VTuberを用いた授業の強みと課題

▲横山紗衣莉さん

これに対して学生リーダー役の横山紗衣莉さん(教育学部3年生)は、「附属小の児童は電車通学が多く、自分が通っている小学校の地域のことを知る機会があまりありません。そのため、動画制作を通して商店街のことを知るきっかけになり、良かったのではないでしょうか。対面で授業ができれば、もっと子供たちとコミュニケーションがとれて、動画のクオリティがアップしたかもしれません」と話した。

また、「実際に教員になったとき、VTuberで動画を作成する授業をやってみたいか」という質問に対して、横山さんは「子供の反応が非常に良かったです。みんなが笑顔で『ゆりたん、ゆりたん』と言ってくれて、キャラクターをつくるだけでちがうなと思いました」と答えた。もっとも、現状では教員が動画を制作する負荷が高いので、もっとツールが使いやすくなれば、教育現場で普及するのではないかと補足した。

実際、オンライン授業主体で本演習を進めるのは、並々ならぬ苦労があったようだ。学生を指導した飯島 淳氏(教育学部非常勤講師)は、「大学と附属小と商店街をオンライン会議システムなどを繋いで実習を進めたこともあり、その過程で様々なトラブルがありました。そうした中、学生が主体となってここまで到達したことは、大きな成果だと思います」とふり返った。

▲(左)飯島淳氏/(右)藤川大祐氏

最後に、2013年度から一貫して本授業の旗振り役を務めてきた藤川大祐氏(教育学部副学部長)は、「VTuberを使った授業づくりの3年目で、当初から3年で一区切りと考えていました。集大成とするべく、かなり大風呂敷を広げたので、学生は大変だったと思います。その中でも、今回は単にメディアの制作者・視聴者という関係ではなく、コンテンツを作る過程で様々な人がメディアに係わっていく構図をつくることがねらいでした。VTuberはバーチャルな存在だからこそ、人と人とを繋ぐ力があるのではないかと考えました」と今年度の意図ついて語った。

もっとも、「コロナ禍で遠隔授業中心で進めざるを得ず、コミュニケーションの点で限界もありました。集大成にしては、少し手が届かない部分もあったのが正直なところです。そうした状況にも関わらず、学生は皆がんばってくれたと思います。来年度以降の内容についてはまったくの白紙ですが、コロナ禍が続く一方で、GIGAスクール構想に伴い、1人1台の環境も進んでいます。何が社会で求められるのか、何が自分たちにとって面白いのかをゼロベースで考えていきたいですね」とまとめた。

2013年度から2017年度まで続けられた知育アプリ開発は、いわば「教員志望の学生にゲームデザイナー教育を行い、実践授業に繋げる」内容だったと言い換えられる。これに対して2018年度からの3年間は、「学生と児童が協業しながらキャラクターや動画をつくりながら、体験を創造していく」過程だったと言えるだろう。中でも2020年度は学校を飛び出し、地域社会を巻き込みながら演習を進めた点に驚かされた。

GIGAスクール構想と並行して進むのが「公立校でのプログラミング教育」だ。急速な社会変化と共に、教員と児童との情報格差が拡大することも懸念される。もっとも、教員のICT習得は手段であって目的ではない。そこで大切なことは何か。今回の演習は、それを学生ひとりひとりに問いかける良い機会になったと言える。こうした次世代の教員養成の取り組みが、全国に広がることを期待したい。