CGWORLD Entry vol.11 巻頭インタビュー『ADMIRATION』にも登場した株式会社INEI代表、コンセプトアーティストの富安健一郎氏。同氏が学生時代に築いた"広い土台"と、コンセプトアーティストに目標を絞った後に注力したという3種類のトレーニングを紹介しよう。

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イベント情報

INFORMATION
CGWORLD「コンセプトアートゼミ」開講!
INEI 富安健一郎氏によるコンセプトアートについての特別ゼミを開講します!
コンセプトアートにご興味のある方、ぜひご参加ください!

■日時:2015年5月10日(日)13:00 ~ 15:00(受付開始:12:30~)
■会場:ヒューマンアカデミー東京校
■主催:総合学園ヒューマンアカデミー
■申込み:こちらから

富安健一郎(コンセプトアーティスト)

ゲーム会社のデザイナー、フリーランスのアーティストなどを経て、2011年にコンセプトアートのスペシャリスト集団である株式会社INEIを発足。現在は同社代表を務めつつ、映画、ゲーム、CMなどのエンターテインメントコンテンツ、都市計画、大型施設などのコンセプトアートを提供している。

美術予備校で築いた"広い土台"が今を支えている

高校卒業後、美術予備校に2年間通い、美術大学に進学した富安氏。「予備校で過ごした2年間が、ものすごく大事な時間でした」とふり返る。しかし、デッサンや色面構成といった基礎練習を繰り返すことの必要性が、当初は理解できなかったそうだ。

「同じ予備校の学生の、とあるデッサンを見て、認識がガラリと変わりました。石膏の球体や立方体など、モチーフは単純だったのに、こだわりがものすごかったのです」。そのデッサンには、"ここの質感を1ミリ以下の単位で描き出す""奥の空間を何センチ広げる"といった注意書きが、緻密に書き込まれていたそうだ。

「私が"つまらない"と思いかけていた球体や立方体の実在感を、その人は真剣に紙の上に再現しようとしていました。ここまで追求できる人がいるなら、一生楽しめるにちがいないと感じたのです」。

その姿勢に感化された富安氏は、その人の背後にイーゼルを立て、モチーフではなく、その人の絵を模写しようと試みたという。「描き順まで真似してみたのに、全然同じように描けなかったのです」。思い通りにならないから、はまっていく。切磋琢磨し、美術について語り合う友人がいるから、さらにはまっていく。そうやって築かれた"広い土台"が、今の富安氏の絵を支えているのだという。

TRAINING 01:完璧だと思えるまで1枚の絵を描き続ける

一枚の絵にじっくり向き合って、何ヶ月、あるいは何年かかっても良いから、自分が完璧だと思えるまで描き続ける経験をした方が良いと富安氏は語る。例えば"もう1ドットも変更するところがない"あるいは"これが最後の作品だ"と思えるまで描き続けてみる。自分の絵に対して、そのくらい責任をもって、突き詰めてがんばってみると良い......、絵に関する相談を受けたとき、富安氏はこのようにアドバイスするという。

「途中で心が折れてしまう人は、簡単に"描くものがなくなった"と口にします。でも、画面の1ドットにまでこだわって描けば、描くものが尽きる日は永遠にきません。生涯、絵を描き続けることができます」。若いうちは、努力をどこに1点集中すれば良いのか、わからない場合が多いと富安氏は続ける。

「私自身、学生時代は集中力がなかったので、煮詰まると直ぐに友達とゲームセンターへ行ったり、河原を散歩したりしていました。当時の先生は"好きなようにやれ"という姿勢で、そんな私を放任してくれました。ただ、いつも同じことを言っていたのです。"本気を出せ"と......。たぶん、集中して1枚の絵を完成させてみろと言いたかったのだろうと思います」。

何にどうやって本気を出せば良いのか、そのことに自分で気づく必要があると富安氏は続ける。「誰かの言葉に従うのではなく、自分で気づくことが大切です。そうでないと、辛いことから直ぐに逃げ出してしまうでしょう」。

富安氏がコンセプトアーティストを志した後、約半年がかりで完成させた習作。「SIGGRAPHに出展していたLucasfilmのブースに行き、駄目でもともとだと思いながら"意見をください"とお願いしたら、"うちで働く気はありませんか? STARWARSのアートディレクターを呼びますから、面接しませんか?"といっていただきました」

TRAINING 02:写真の模写を通して表現力を鍛える

とことんフォトリアルな絵を描くことも良い修行になると、富安氏は語る。「目で見た光景を模写するよりも、写真を模写した方が描き易いと思います。私自身、自分で撮影した写真をプリントアウトして、写真と画面の中の絵を極限まで似せてみるという練習を4~5枚ほど繰り返しました」。

この経験を通して、"固いモチーフが、なぜ固く見えるのか" "寒い気候で撮影した写真は、なぜ寒そうに見えるのか"といったことが、わかるようになったという。さらに、広角・標準・望遠レンズなど、多種多様なレンズを使って撮影した写真を模写することも勉強になるそうだ。

「この仕事をするなら、レンズの特性も理解しておく必要があります。同じ焦点距離のレンズでも、メーカーによって撮影結果がちがったりもする。写真を模写すると、そういうレンズの知識も自然と身についていきます」。

一方で、端から1ドットずつ模写していくと時間が際限なくかかってしまうため、短時間で表現するための方法を編み出す練習にもなるという。「見る人の意識は緻密に描き込まれた部分に集中するので、それ以外の部分はむしろ描き込まない方が良い場合もあります。模写を続けていると、その感覚も徐々に養われていきます」。

富安氏が練習のために描いたという写真の模写。右の画は3日で描きあげたという。「手前のケーキは比較的描き込んでありますが、奥の方は大胆にぼかしてあります。それでも人間の目はフォトリアルだと感じてしまう...... そういうことも、描いていくなかでわかってきます」

TRAINING 03:スピードペインティングを通して、迷いを絶つ

スピードペインティングには良い点と悪い点があると、富安氏は釘を刺す。「スピードペインティングによる表現は、写真を撮ることに似ています。思い浮かんだアイデアを、シャッターを押すような感覚で、瞬時にアウトプットする遊びなのです」。

タイマーを用意し、ショートカットを使った操作を覚え、ブラシの配置も覚え、考える道筋も事前に想定しておく。「例えば岩肌だったら、このブラシを使って、こういうストロークで描こうとか、描く時間を縮める工夫がどんどん浮かんでくるのです。結果として、 描くときにウジウジと迷わなくなります」。

さらに、一度描いたものを躊躇なく消せるようになることも、メリットのひとつだという。「時間をかけて大事に大事に描いた絵は、髪の毛1本だって消したくない。でもスピードペインティングをやっていると、おかしなところは即座に消して、描き直すようになります」。

この経験を積むことで、自分の絵を客観的に評価できるようになると富安氏は語る。一方で、自分の絵を大事にしなくなるというデメリットもあるそうだ。「落描きを何枚描いても、落書きでしかありません。1枚1枚に課題を設定し、それを着実にクリアしていく姿勢が不可欠です」。

富安氏によるスピードペインティング。緻密に描き込まれた部分がある一方で、描き込みの少ない部分もあり、上で紹介した写真模写の経験が活かされていることがわかる。「スピードペインティングをやる一方で、どれだけ時間がかかっても良いから、岩を岩らしく描くことにも挑戦してみる。そういうバランスが大事ですね」

TEXT_尾形美幸(EduCat)