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昨年の NAB で発表されたのと同時に、ユーザーインターフェイスの大幅な変更、ConnectFX によるノードベースのコンポジット環境の追加、大胆な価格改定などで大きく話題を集めた Autodesk Smoke 2013。その後、6月からの約半年におよぶプレリリース期間を経て、2012 年 12 月から正式に発売がスタートしている。今回は、そんな Autodesk Smoke 2013 をいち早く実制作に導入したという新興ブティックスタジオ Khaki(カーキー)の面々に、その使い勝手を語ってもらった。

柔軟なワークフローで
ハイレベルな画づくりを目指す Khaki

IMAGICA にてオンライン・エディターとしてのキャリアを重ねた後、2007 年からフリーランスとして CM やMV を中心に数多くのプロジェクトのコンポジットワークやフィニッシングを手がけてきた水野正毅氏は、最近では個人での活動に限界を感じていたという。
「映像制作はアナログ時代から培われてきたワークフローが確立されています。ですが、あまりにもそれに囚われてしまうと制作前から仕上がりが想像できてしまいルーティンワークに陥りがちです。予算やスケジュールに応じて、柔軟にワークフローを変えるなどしてもっと画づくりを追求したい、自分たちの活動領域を広げたいと思っていたのです」。そんな水野氏の思いに学生時代からの友人である田崎陽太氏と豊田京太郎氏が賛同。自分たちが目指す制作スタイルを実践してみようと3人で集まり誕生したのが 「Khaki」 である。

Khaki は法人ではなく、3人のフリーランスが案件に応じて、参加メンバーや役割を変えているそうだが、そうしたスタイルがとれるのはディレクターやモーション・グラフィッカーとして活躍する豊田氏だけでなく、水野氏も田崎氏もディレクション経験をもっていることが大きいだろう。また、3人とも多彩な編集/合成ツールを使いこなしているが 3DCG は専門ではないため、長年の知り合いであるフリーランスのデジタル・アーティスト横原大和氏も Khaki に合流予定だという(今後、さらにもう1人メンバーが増える予定とのこと)。

Khaki のモットーは「ポスプロでの完パケ作業手前までの全てのクリエイティブワークを手がける」だと、水野氏は語る。既に Khaki として複数の制作実績があり、その中には今回の取材場所となった Khaki のオフィスにてクライアント試写やデータ納品まで行なったこともあるそうだ。とは言え、2013 年になっても未だデータ納品は少ないたため、制作したデータをポスプロに持ち込み、テープで納品するという流れを想定しているという。つまり、VTR は置かずに、Autodesk Smoke 2013 でポスプロに入るギリギリのところまで作業を済ませて(クリエイティブワークとしては完成させた上で)からアーカイブを持ち込むというスタイルを理想としているわけだが、意外な落とし穴として、Mac 環境を直接、オンライン編集室のネットワークに繋げられるポスプロが限られているそうだ。
「ただ、それ自体は大きな問題ではなく時間が解決してくれると思っています。とにかく、Autodesk Smoke 2013 の登場が大きかったですね。ConnectFX が実装されたことで Autodesk Flame と同じようにノードベースでのコンポジットができるようになったメリットは計り知れません。最初のプレリリース版が出たのと同時に使い始めて"これならいける!"という確信を抱きました。大げさに聞こえるかもしれませんが、Autodesk Smoke 2013 が登場しなかったら Khaki はつくらなかったと思います」。

Web ムービー
JPRS『黒猫の不思議な旅.jp』の制作

そんな Khaki としての初めての大きなプロジェクトが、Web ムービーJPRS 『黒猫の不思議な旅.jp』 だ。本作品では水野氏がプロデューサーとしてポスプロワークを取りまとめつつフィニッシングも担当、横原氏と外部パートナー(後述)が 3DCG を担当する形で制作が進められた(田崎氏と豊田氏は当時、別案件を抱えていたため限定的に一部のエフェクトやアートディレクションを部分的にサポート)。


Webムービー『黒猫の不思議な旅.jp』
監督:高田弘隆
ポストプロダクション:Khaki
3DCG:SAMPRASdesign、風車、横原大和
© 2013 Japan Registry Services Co.,Ltd.

このプロジェクトの発端は、水野氏が高田弘隆監督からポストプロダクションに関する相談を受けたこと。完成した作品を観ておわかりの通り、ファンタジーな世界観を構築する上で、当初からヘビーな VFX ワークが予想されていたのだが、予算やスケジュール的に全編の背景を 3DCG で制作することが難しく、水野氏はカメラマップを活用することを監督に提案したという。「以前、別プロジェクトでご一緒させていただいた際に、高田監督にカメラマップについて説明したことがありました。そのことを覚えていてくださり、相談を受けたことから Khaki がポスプロを担当することになったんです。カメラマップを利用することで、高解像度のスチールならではのディテールが利用できるし、カメラワークなどが制限されますが、むしろ スチールの多重合成による 3DCG では出せない独特のルックを引き出せるのではないかと考えました」。

カメラマップ、3DCG の制作には長年のパートナーである横原大和氏に加え、SAMPRASdesigh の荒川和彦氏、太田吉洋氏、風車の下田栄一氏が担当。そして、データの管理を含めて Autodesk Smoke 2013 でのコンポジットは全て水野氏が手がけるという作業体制で制作はスタート。2D と 3D の振り分けに関しては打ち合わせでほぼ決められていたが、実際に作業を進めながら変更していった部分もあったという。
「冒頭の町並みのカットは Smoke で仮にプリビズ的なアニメーションを作成してそれを元に作ってもらったり、写真素材の選定が難しいカットは 3DCG で素材をおこしてもらったりしました。中でも横原が担当した塔の賢者のシークエンスは、レタッチにかなりの時間を要しています。横原には"3DCG で作った方が簡単だった"と文句を言われましたけど(苦笑)」(水野氏)。
本来ならカメラマップは少し動かす程度だが、動きがかなり大掛かりになったため、Thinkstock を利用した写真選びにもかなりの時間を要したという。ちなみに撮影は ARRI ALEXA で行い、収録は SxS カードに ProRes 収録。そのまま編集・合成を行なったとのことだ。
この作品では Autodesk Smoke の横編集に強いという点が強みとなり、カット尺の調整も同ソフト上で合成しながら行なわれている。さらにソフトインポートで即座にメディアにアクセスでき、取り込んで直ぐにリアルタイムに再生できるという優れたファイル管理能力も、大きなメリットだったという。

『黒猫の不思議な旅.jp』 『黒猫の不思議な旅.jp』

© 2013 Japan Registry Services Co.,Ltd.

今回のプロジェクトの場合、広告代理店や監督が協力的だったようで、画作りに時間がかかることがあっても、信頼して待ってもらえたという。妥協するよりも納得する画を見せたいという同社の強い思いから、ポスプロ主導によるワークフローを了承してもらえたそうで、最終的に、監督チェックが行われたのはクライアント試写の4日前。ギリギリまで調整を行なった結果だった。
コンポジットはスケジュールの最後の1週間で4分 47 秒、約 100 カットほぼ全編にわたって作業。また、トータルで制作を請け負った作品は、撮影にも必ず立ち会っているとのことで、今回の場合、現場では仮編集や仮合成を行わず、プレビューのみでの確認作業が行われたという。

『黒猫の不思議な旅.jp』 『黒猫の不思議な旅.jp』

© 2013 Japan Registry Services Co.,Ltd.

結果的に『黒猫の不思議な旅.jp』の 3DCG 制作は3社(※横原氏はフリーランス)に依頼しているわけだが、これはカット数が多かったため1社に依頼しても断られてしまう可能性が高く、予算的にも分散した方が良かったということに加え、修正が発生した場合にパニックに成るのを防ぐ意味があった。また役割分担についても、最初は水野氏自身が CG プロデューサーを務めることは難しいと思われていたが、チームになったことで作業の配分ができ、バランスが取れたという。
ちなみに同社が手がけているモビットの TVCM は同じ広告代理店と監督による作品で、さらに『黒猫の不思議な旅.jp』と同じように世界を旅して廻るというコンセプトだったため、横原氏が 3DCG を、田崎氏がカメラマップを担当しており、その際も Autodesk Smoke 2013 をハブにしてデータの受け渡しが行われたそうだ。

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プロジェクトを通して実感した
Autodesk Smoke 2013 の強み

ポスプロ作業中、撮影データ(MXF)に問題が発生したこともあったというが、その際でも MacBook Pro に Autodesk Smoke 2013 が入っていたため、直ぐに確認することができたという。このように Autodesk Smoke 2013 は Mac ベースなので、柔軟に対応できる点が強みの一つだった。安心感と堅牢な編集システムという点については Linux ベースのターンキーシステムである Autodesk Flame に一歩譲る部分があるものの、Flameに劣らぬ柔軟性や機動力を活かした作業が可能になるのが Smoke なのでは......と、水野氏は言う。

Khaki

『黒猫の不思議な旅.jp』メイキング:ティルトダウンするとヨーロッパ風の街並みが広がる遠景。そこから少女ジェシカ(メール送信者を象徴)の部屋までズームするという長回しが印象的なトップカット(3DCG 制作:SAMPRASdesign)。Action の中でもノードベースなので画像の位置調整や、窓ガラスに映り込む街並みの透明度などを一括で管理できる
© 2013 Japan Registry Services Co.,Ltd.

Khaki

『黒猫の不思議な旅.jp』メイキング:塔の賢者(ルート DNS サーバを象徴)のシークエンスより(3DCG 制作:横原大和氏)。カメラマップした FBX を読み込むことにより、Z デプスのパスが作成できる。これによりデータのやりとりが最小限で済んだとのこと
© 2013 Japan Registry Services Co.,Ltd.

「Autodesk Smoke 2013 は、ConnectFX の中で選択したノードから手前の部分をまとめる Create CFX がとても優れています。具体的に言うと、ノードの中でタイミングを調整したい時に一度まとめ、そこに TimeWarp でストレッチをかけて調整でき、まとめたものを展開すればノードが残っているという機能がとても便利なんです。ツリー状態のノードのタイミングを変える作業には今まで苦労させられていたので、より便利さが実感できます」(水野氏)。

このように、ノードを保ったままひとつにまとめてくれる Create CFX(ConnectFX) は複雑なノードを組む時にはとても重宝するという。「解像度などはクリップに依存しますが、ConnectFX だと様々な解像度で出力することができ、バージョニングが楽なんです。例えばタイプ毎にノードに置いて"どれにしようか?"と比較することが直ぐにできる。様々なバリエーションをひとつのノードの中で作成できるのはとても便利ですね」(水野氏)。この機能を使えば、例えばクリップだけ置き換えて同じ効果を加えることも簡単に行えるという。

『黒猫の不思議な旅.jp』 『黒猫の不思議な旅.jp』

『黒猫の不思議な旅.jp』メイキング:ConnectFX の使用例。ノードベースなので Autodesk Flame のバッチ機能と同様に全体の作業が把握しやすく、細かい調整が非常にやりやすい
© 2013 Japan Registry Services Co.,Ltd.

Khaki が目指すもの

現在、Khaki で使用している Autodesk Smoke 2013 は1ライセンスのみで、おもに水野氏が使っている。そのため田崎氏は After Effects と NUKE をメインツールとしているが、元々は Autodesk Smoke ユーザーだったのだとか。「隣で水野の作業を見ていて、オールインワンとしての Autodesk Smoke 2013 は素晴らしいなと思いました。僕が Smoke を使っていたのはもう何年も前のことなので直ぐに切り替えるのは難しいですが(苦笑)、機会があれば触ってみたいですね」。

Autodesk Smoke 2013 自体は After Effects や NUKE などと混在でき、協業することも可能だ。しかし同社では、最終的にはポスプロにアーカイブの形で持ち込む(※)ことに加え、Autodesk Smoke であればクライアントが立ち会った状況で、迅速に編集/合成結果をプレビューできる点を加味し、Autodesk Smoke で仕上げることを前提に作業しているそうだ。
※Autodesk Smoke 2013 のアーカイブは 2013 年3月現在、Linux 環境では Flame/Flame Premium はバージョン 2013 20th Anniversary Edition 以降、Flame 以外はバージョン 2013 Extension 1 以降で対応している

Khaki

『黒猫の不思議な旅.jp』メイキング:バージョン2013から設定された解像度よりも大きなサイズの素材を配置すると、フレーム枠の 外側部分も表示されるようになった。この改善により、今までもよりもさらに効率的に画づくりが行えるようになったという。また、本作では最終 的なグレーディングも Autodesk Smoke 2013 上で行われたが、16bit カラーで作業することにより、マッハバンド が現れない高精細な繊細なグレーディングが可能だ
© 2013 Japan Registry Services Co.,Ltd.

制作環境としては、Thunderbolt 接続でビデオアウトに AJA Io XT を、ストレージは Netstor NA762TB(8ドライブの SATA エンクロージャー)を RAID5 で運用している。MacPro ではなく iMac を使用している点については、iMac でも問題なく動作するため、最小限の環境でどこまで対応できるのかを試してみたいためなのだとか。さらに現状、MacPro には Thunderbolt が付いていないため、システムが大がかりになってしまいコストも増えてしまうデメリットを避けたかったからとも言う。なおプラグインとしては、現在は Primatte を使用しており、今後は Sappire も導入する予定とのことだ。

Khaki

Khaki の Autodesk Smoke 2013 使用環境。コストパフォーマンスなどを加味した結果、iMac で使用されている

同社が今後の目標として挙げた中でとくに興味深かったのが、Autodesk Smoke 2013 のライセンスを2つに増やし、オンライン編集を複数人で行いたいという点だ。実際に別のプロジェクトで、Khaki と同じ頃に誕生したブティックスタジオの DEFENSE の格内俊輔氏に協力をあおぎ、Khaki へ出向いてもらい同時並行で編集作業を行なったことがあったそうだ(そのときは格内氏に MacBook Pro を持参してもらったとのこと)。
こうした体制は監督からの評判も上々だったとのこと。長尺プロジェクトであればこのような制作体制もあるだろうが、今後は Khaki が主戦場とする CM や MV 案件でも積極的にチャレンジしていきたいという。
「他にも試してみたいことは色々あります。クリエイティブでもっと面白いことにもチャレンジしたいので、そのための技術も磨いていかなければいけません。実は 3DCG にも興味があって、特に Autodesk 3ds Max のプラグインFumeFX に関しては、時間を見つけて勉強したいです。そうしてスキルとノウハウを培っていきながら Khaki が実践するワークスタイルをどんどん発信していければと思っています。スタッフにも同じような考えが増えてきたので、お互いに切磋琢磨していけると良いですね」。
Khaki への取材を通して、ポスプロのエンジニアである筆者が強く感じたことは2つ。まずは Autodesk Smoke 2013 の可能性はスモールプロダクションでの作業内容を確実に高めるということ。もう1つは、ツールの使い方を熟知して効率やクオリティについて考えることで、ワークフローに大幅な変革をもたらすことができるという点である。そして、彼らに対してサービスを提供するポスプロ側としても、より柔軟な対応を目指していかなければならないということを、実感させられた。

TEXT_小林正樹(WINK2
PHOTO_弘田 充

Smoke 2013

Autodesk Smoke 2013

価格:535,500 円(コマーシャル スタンドアロン版)
OS:Mac OS X 10.6.6、10.6.7、10.7.2 または 10.8.x ※64ビット Intel マルチコア プロセッサ
RAM:8GB 以上を強く推奨
※詳しくは 公式サイト を参照のこと
問:オートデスク 株式会社