©2013「永遠の0」製作委員会
映画『永遠の0』
2013年12月21日(土)全国東宝系ロードショー
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リアリティと情感あふれるVFXに定評ある山崎 貴監督率いる白組 調布スタジオ。彼らはみな一様に、特に最先端のテクノロジーや高度な技法を駆使したりはしていないと語るが、その力の源はどこにあるのか。渋谷紀世子VFXディレクターに制作時のこだわりを尋ねた。

※この記事は、月刊CGWORLD 185号の第1特集『永遠の0』からの一部転載になります


VFXディレクター 渋谷紀世子氏
(白組 調布スタジオ)

妥協なき時代考証を基に
シンプルかつ丁寧に作り込む

山崎 貴監督の最新作『永遠の0』がいよいよ公開となる。
「『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズでは、当時の雰囲気を時代背景や建物の質感だけでなく、材質のレベルまで意識して表現することにこだわってきました。そのノウハウを基に太平洋戦争を描いたらどうなるのだろう、というところからスタートしたのがこの作品です。実際に時代考証を始めてみると、軍の資料というのがそもそも機密文書ですし、戦時中に関する資料も非常に少なくて、資料探し自体が難航しました」と、本作のVFXディレクターを務めた渋谷紀世子氏はふり返る。しかし、そうした逆境にもめげず、本作では劇中で描かれるシーンや時期に応じて、零戦をはじめとする戦闘機や戦艦の種類やカラーリングなどのデザインが忠実に再現されている。
「制作当初にリサーチの一環としてハリウッドの某戦争映画を観たところ、戦闘機の種類やその戦争の状況がまったく史実に沿ってなく、かっこよければ良い、みたいな感じだったんですよね。自分たちはそうではなく、可能な限り当時の状況をしっかりと理解し、再現した上で演出したい箇所にだけ誇張表現を加えていこうと、監督とも初期の頃から話していました」。そうした強い意志の下、渋谷氏がどうしてもゆずれないものとしてこだわったのが、空母赤城のオープンセットと1/1スケール零戦の制作、そして空撮の3つであった。
「いずれも作品の中で大きな役割を果たす要素であることがわかっていました。また、いずれもイチからVFXで再現しようとしたら、現物を制作する以上のコストがかかる恐れがあるものですから」。こうした的確な3DCGと実写の使い分けこそが、ハイクオリティなVFXの源泉になっているのだ。

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Volition 1
赤城のオープンセット

空母赤城は、作品序盤で主人公である宮部久蔵と太平洋戦争の時代が初めて登場する導入場面に使用される非常に重要な要素のひとつとなっている。だからこそ渋谷氏は甲板部分を可能な限りセットで作成することにこだわった。ただ実際の赤城は全長260メートル以上もあり全てを再現することはできなかったため、甲板の一部(艦橋周り)が再現されている。本来は海上に浮かぶ実際の空母におけるライティングを再現するため、屋外にオープンセットを作成して太陽光を利用した撮影にもこだわった。セットを設営する場所も海洋に沿った海岸部をいくつか候補地として選出し、実際に1/100スケールのオープンセットのマケットをロケ候補先で簡単にルック検証を行なった結果、最終的には千葉県の白浜にある崖が選ばれた。
選定の際のポイントとしては太陽光線が安定していて、風向きや風量が実際の船上の雰囲気になるべく近い場所とのことで、海面から19メートルにある崖が選ばれたのも赤城の甲板の高さである21メートルになるべく揃うのを想定した上での選定だったとのこと。セットを設営する方向はマスターポジションが艦橋からやや艦尾寄りとわかっていたため、綿密に考えられた上での決定だった。このセットを制作したことによって、抜けの遠景の海や空の質感に高い精度とリアリティが生まれ、艦橋向きのミドルショットではVFX作業なしでそのまま使用できる箇所も多数存在したという。

ロケハン時に撮影したパノラマ写真。制作されるセットの高さ(崖の上)にまで上がって、艦橋などのポジションを探っていることがわかる


赤城の図面に対して、ロケセットの領域(赤枠)を書き加えた資料。横幅30mというかなり大がかりなセットが組まれたが、全長260m以上という赤城がいかに巨大な航空母艦であったのかがわかる

白浜のロケハンは複数回行われたが、後半ではより詳細にセットを組んだときの遠景の見え方を確認するためのツールとして、1/100スケールのマケットが用意された。「その場でマケットをiPhoneのカメラで撮っただけでも、かなり正確に予測することができました」

完成した赤城のロケセットによる撮影模様。高さ19mの崖上にセットを組むことによって、海面からの高さが21mだったという赤城の甲板からの見た目に限りなく近い遠景を得ることに成功した。「艦橋向きのミドルショットは、そのままカットとして使えるほど良質な画を撮ることができました」

映画『永遠の0』VFXメイキング(1)巨大航空母艦「赤城」

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Volition 2
1/1スケールの零戦21型

本作においてもうひとつの主役とも言える零戦21型は、1/1スケールで1機丸ごと再現された。モデルの参考には、プラモデルメーカーのタミヤや雑誌等で零戦のCGモデルの監修をしている原田敬至氏の協力の下、ボディラインを決定していった。当初は全て実際の零戦とまったく同じ素材と工法での制作を考えていたのだが、予算や現在の技術では再現しづらい点、また取り回しのしやすさから、内部にベニヤ材を使いつつ、表面は板金で仕上げて本物に限りなく近いレベルになるよう再現された。
また作品内での時間の経過やシチュエーションに合わせて塗装や形状がいくつも用意され、たとえ実際にその時代に生きた人が見ても納得できるレベルまで時代考証がされている。撮影は赤城の甲板のオープンセット上や大映スタジオを利用して進められたのだが、白組 調布スタジオの過去プロジェクトでは6軸の制御システムを使用していたところを今回はあえて自動ではなく零戦を柔軟な動きに対応できるよう、単管を機体の下にセットして人力で動かして撮影された。また、コクピット周辺の寄りのアングルや内部からのアングルに対応するため、プロペラのみならず各パーツが取り外し、組み直しが利くようにあらゆるアングルでも撮影ができるような配慮がなされた。コクピットのショットでは窓ガラスを付けたまま撮影されたのだが、そうすることでキャストの動きに合わせて反射した姿が映り込むため、よりクオリティの高い映像に仕上がったとのこと。

零戦21型制作の様子。様々なロケ地に輸送することを考慮し、4tユニック(車両積載型トラッククレーン)2台で組み立て、可搬できることを前提に、零戦のパーツ分割ラインが設計されたという

コックピット内ショットの前景プレートと完成カットの比較。過去プロジェクトにおける教訓から、窓ガラスを付けた状態で撮影することによってキャストの芝居に完全に連動した映り込みを得ることが可能となり、コンポジット精度を高めることができた

(左)東宝スタジオの駐車場敷地での撮影模様/(右)零戦自体の動きが伴うショットの撮影模様(プロペラは3DCG素材を合成)。より複雑な動きを再現するために、あえて人力で動かしている

コックピット内のショットを撮影する際は、キャノピーなどの風防パーツを取り外し、別途セットが組み直された。また、自然光の下での撮影が徹底されたことも窺える

映画『永遠の0』VFXメイキング(2)赤城から出撃する零戦

Volition 3
約20時間もの空撮を敢行

本作には空撮カットが数多く存在する。その大半が空撮された背景プレートを基に制作されたものである。撮影データは全20時間にもおよぶこれまでの邦画の中でもトップクラスであるが、今作のクオリティを担保するためには絶対に必要という判断により撮影が行われた。赤城のシークエンスでは海上自衛隊の護衛艦「たかなみ」や北海道苫小牧と茨城県大洗を結ぶ定期船「さんふらわあフェリー」の協力の下、山崎監督が描いた絵コンテを基に作成されたプリビズを参考にアングルを探していった。
戦闘機による空中のシークエンスは筑波や奄美大島にて撮影されたのだが、高速に背景がながれるカットでは空素材を繋ぎ合わせたマップを天球状のモデルに貼りつける等で対応したとのこと。この作業の特筆すべき点としては、ある程度Maya上でアニメーションを付けてからNUKE上で背景作業を進められたところにある。こうすることによって3DCGにいちいち戻る必要がなくなり、コンポジターの判断で背景の移動量や角度を迅速に調整できるようになったのは、これだけ空中のカットの多い本作にとって非常に有効な手段だったと言えよう。また、プリビズの制作には空戦のアニマティクス制作に定評ある栃林 秀にプレビズアドバイザーとして参加してもらい、空戦ならではのリアリティのあるカメラワークやレンズ選び等のアドバイスを受けつつ、ドキュメンタリー映画的な臨場感を意識しながら画面が構築された。

たかなみ型護衛艦をターゲット船とした海上シーンの空撮フッテージと完成カットの比較(デイシーン)

たかなみ型護衛艦をターゲット船とした海上シーンの空撮フッテージと完成カットの比較(夕景)

空撮の様子。ヘリの側面にカメラ特機が付けられている。演出部が空撮素材専用の管理シートを用意し、撮影したその日のうちにフッテージを確認しながら、どのカットに用いるか決めていったという

筑波山周辺における空撮フッテージと完成カットの比較(デイシーン)

奄美大島における空撮フッテージと完成カットの比較(夕景)

TEXT_谷口充大(テトラ
EDIT_沼倉有人(CGWORLD)
PHOTO_大沼洋平

『永遠の0』

2013年12月21日(土)全国東宝系ロードショー
原作:百田尚樹『永遠の0』(太田出版)
監督・VFX:山崎 貴
脚本:山崎 貴/林 民生
キャスト:岡田准一/三浦春馬/井上真央ほか
VFXディレクター:渋谷紀世子
プレビズアドバイザー:栃林 秀
制作プロダクション:ROBOT
VFXプロダクション:白組
配給:東宝
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©2013「永遠の0」製作委員会