ゲーム・アニメ・映画・CM・ライブイベントなど、様々なメディア&エンターテインメント領域で技術者不足が叫ばれている。今後の技術発展を踏まえた"エンターテイメント系理系職"に求められる人材について、第一線で活躍するエンジニアのお二人に伺った。

メディア& エンターテインメント領域において求められるエンジニア職とは?

ーー今までのキャリアについて教えてください

橋本善久氏(以下、橋下):学生時代の専攻は精密機械の学科で、CGの研究室に入りました。就職は、もともと中学生の頃からのセガファンだったので、大学入学前からセガ志望で。就活時は『会社説明会はいつですか?』って10回くらい電話して人事部の方に覚えられてしまったくらいです。今思うと本当にうざい学生でしたね(笑)。入社後はソニックチームに配属されて、ソニック系のゲームを手始めに様々なIP(※1)に関わりました。


  • 橋本善久/Yoshihisa Hashimoto(リブゼント・イノベーションズ 代表取締役社長)
    東京大学 工学部を卒業後、株式会社セガに入社。その後株式会社スクウェア・エニックスに転職。
    『Agni 's Philosophy - FINAL FANTASY REALTIME TECH DEMO』のプロデューサー兼ディレクター、『ファイナルファンタジーXIV:新生エオルゼア』(PC)の技術ディレクター、ゲームエンジンLuminous Studio開発責任者、CTOを務めた後、2014年に独立して株式会社リブゼント・イノベーションズ を設立。

PlayStation 2用のWebカメラ『EyeToy(※2)』に対応した『セガスーパースターズ』もそのひとつです。このゲームは、『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』『バーチャファイター』『ナイツ』『ぷよぷよ』といった別のIPのキャラクターをモチーフに使っていて、そのキャラクターとカメラから取り込んだ画像を組み合わせて遊ぶというもので、プログラムはもちろんディレクターとして企画書や仕様書も作成しましたし、ゲームエンジンを含めた技術ディレクション、画づくりのディレクションなども担当しました。開発チームは今までで一番楽しい仕事だったと言ってましたね。そして12年間セガで働いた後、スクウェア・エニックスに移ってファイナルファンタジーに関わる仕事に携わり、独立して今に至っています。


※1:Intellectual Property(知的財産)の略。ゲーム業界では一般的にゲームタイトルを意味する。 ※2:PlayStation 2用の周辺機器。USBカメラから撮影された自分自身がゲームに参加できる。

真鍋大度氏(以下、真鍋):僕は数学科で、純粋な数学を勉強していました。プログラムは完全に趣味で、JAVA言語でCGを作るというVRML(※3)をやっていました。就活時はゲーム業界を目指していたのですが、残念ながら受からなかったので、他の業界にSEとして就職しました。設計とプログラムを手がけるエンジニアとして、カメラのリモート制御や防災システムの設計開発、防災シミュレーターの開発などを行なっていたのですが、でもやっぱりエンタメをやりたいなと思って、Webのベンチャー企業に。


  • 真鍋大度/Daito Manabe
    東京理科大学 理学部を卒業後、メーカーに入社し、カメラ制御や防災システム ソフトウェアの開発に従事。その後Web系の企業に転職し、テレビやライブイベントとWebを結びつける仕事に関わる。
    メディアアートとの出会いをきっかけに国際情報科学芸術アカデミー情報科学芸術大学院大学に入学。YouTubeにアップした映像作品がきっかけで注目されるようになり、ライゾマティクスリサーチ を設立。

そこでテレビやライブイベントとWebを結びつける企画に関わるようになったのですが、会社の業績がすぐに悪くなったので退職。その後メディアアートと出会い、これは大変面白いなということで、国際情報科学芸術アカデミー・情報科学芸術大学院大学(以下IAMAS)に入って、リアルタイム系の画像解析や音声認識などを学びました。

そしてYouTubeにアップした作品が注目を浴びるようになり、広告の仕事を依頼されるようになったので、3人で会社を起ち上げました。さらにPerfumeのライブ演出に使ってもらったことで一気に知名度が上がり、タイミング良くインタラクティブの波が広告とエンタメ業界に来たことで会社も30人を超えて大きくなって今に至ります。
※3:Virtual Reality Modeling Languageの略。インターネット上に3次元の仮想空間を構築するための言語。

橋本:IAMASはどうでしたか? やっぱり行った意義は大きいですか?

真鍋:IAMASには当時高校を卒業してすぐの人からピアニストや現役の大学教授まで、年齢もバックグラウンドも様々な人が来ていました。授業のカリキュラムにはなくても、演奏家の先生もCGの先生もいるし、ひと通り教えてくれる先生が揃っているので、個別に相談しに行けば何でもできるような環境でした。学校に入るといろんなことができることがわかって、やりたいことが変わっていく人の方が多いです。

僕も最初はDJのソフトウェアを作りたくて......アナログレコードに特殊な信号を埋め込み、その動きを解析することで、パソコンの中の音声データを操作するみたいなことをやりたかったのですが、入学1年目にそういった製品が出てしまったので路線を変更しました。当時はSNSのようなものがなく、自分と同じ考えを持つ人が周りにいなかったので、目指すところが近い人たちと出会えたというのは大きかったですね。なので今、会社にはIAMASの卒業生が8人も在籍しています。

橋本:なるほど。現在の採用にもつながってるんですね。

ーー若手の採用方針について教えてください

真鍋:僕のチームの仕事は半分R&Dとその応用という感じで、スキル的に要求するものがかなり高いので中途採用が基本です。例えば、家電メーカーでARの研究開発をしていたエンジニアだったり、カメラメーカーで内視鏡を開発していたエンジニアだったり、かなり専門的なスキルを持った人を探しています。ただ他のチームは、広告の企画やプロデュースの職種で新卒を採ることもあります。僕のチームの採用試験では、実際の論文を見てもらって実装してもらうようなこともやっています。どのくらいの時間で完成できるかなども見てますね。

橋本:僕はスクエニにいた時は、どこかに出かけていってスカウトするみたいなことはあまりせず、アピールして待つみたいな戦法でがんばってました。例えば、Agni's PhilosophyのCG映像をつくって出したら世界中でワッとなってくれて、もとピクサーの人とか、外国人も含めて、ゲーム以外の業界からも来てくれるようになったんです。僕はお題を出すのはあんまり上手じゃないので、面接で話をして判断するようにしています。ある時期にどうしても足りないパートがあって、ちょっと性格に難があるかなと思った人だったけれども、背に腹は代えられずと思って、その人を入れてみたらやっぱり駄目だったということも(笑)。

真鍋:わかります(笑)。一緒に気持ちよく開発できる人かどうかというのはけっこう大事ですよね。200人の応募があったけれど、最終的に1人も採らなかったということも。うちはエンジニアとしての技術も必要なんですけど、センスというか感覚的なものも必要になってくるので、面接ではその辺も見ています。グラフィックも作れてエンジニアリングもわかる人が理想です。それと、何をやりたいかが明確で、それが僕らの価値観と近かったりすることも大事だと思ってます。すごくアイドルが好きですとか、いろんなデータを触ってみたいですとか、そういったピュアな動機も判断材料にしています。

橋本:200人中ゼロですか。なかなかの狭き門ですね。真鍋僕らのチームは小さいので、ひとりの存在がチームに与える影響が大きいんですよね。だからそこはかなり厳選しています。

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リアルタイム技術は今後のキーテクノロジーになる

ーーどんな人材が求められているのか教えてください

橋本:Unityだったり、Unreal Engineだったり、リアルタイム技術はゲーム業界向けという考え方が現状も続いているんですけど、実はいくらでも他の業界に広がる可能性を持っているんじゃないかなと思ってます。自動車、家電、インテリア、建築など、他の業種に波及して、世の中を変えるひとつのキーとなる技術になり得るんじゃないかと。映像やライブイベントでもリアルタイム技術が広がれば、作り方も表現も変わってくると思いますし、現実とCGの非現実の区別がつかないところまで来れば、それがブレイクスルーになると思います。そのためには新しい表現のためのツールをイチから作ることも必要でしょう。

それを踏まえて今後どういった人材が求められそうかというと、僕が思うに、数学とか物理とか情報工学とか、それは絶対やっておいた方が良いんですけど、やはり"見る目"がないとダメなのかなと感じています。例えば、レンダラを書いてもらったときに、どう見てもこの建物の影がおかしいと思うときがあったのですが、やっぱりプログラムにバグがあったみたいで。ただ本人はそれに気づいていないんですよね。そういう人は良いメンバーにはなるかもしれないけど、"何かを生み出す人"にはなりにくいかなと。つくったものの良し悪しを自分で判断できるかどうかが重要な気がしてます。

真鍋:それはありますね。これ絶対、音と映像がずれているよね、みたいな気になるしきい値がけっこうバラバラだったりして。ライブに行くと、音と照明が合ってないことがほとんどなんですけど、やっぱりそういうのが気になってしまいます。照明は照明のシーケンサーで作りやすい作り方をしていて、映像は映像ソフトでフレームに合わせて作っているんだろうと思います。

音をやっている人は時間に対してすごく厳しくて逆に、映像と照明側はわりと甘い感じなので、結果的にずれたものが出来上がってしまうのでしょう。今は照明の人も映像の人も、情報学的な感覚が必要になるし、もちろん音楽の人も映像や照明のことも知らないといけない。だから昔よりも、音も照明も映像もレーザーもロボットもドローンも全部やりますというような人が、今後増えてくるんじゃないかと思ってます。そうなると目もそうですが、耳も大事で、全ての感覚を研ぎ澄ます必要があるのかなと思いますね。

橋本:知覚のOKラインのしきい値のところで、自分の分野に対する自己基準が厳しくないとものはつくれないですよね。

真鍋:ええ、そこがデモ映像と完成された表現のちがいでしょうか。表現で感動させる要素が、そういう細かいディテールのところに宿ったりするので。ただ勉強するチャンスがなくて、ひたすらエンジニアリングだけをやってたりすると、なかなか気づきにくいのかなと。

コンテンツ制作も研究開発も両方できる環境が理想

橋本:知覚を鍛えるには自分で作品をつくっていくのが一番良いのでしょうか?

真鍋:ものの見方というのは訓練しないと身につかないのですが、クリエイティブとエンジニアリングを一緒に学ぶ機会を得るのは、学生の頃は難しいのかなという気もしてます。僕の場合は、照明の方に2年くらいついて作品をつくってましたし、音楽スタジオでも2年くらい働いていました。音も聞き方を知らないと、ずれていたり小さいノイズが乗っていたりするのに気づかないんですよね。学生時代は自分のやりたい表現の方向のアルバイトをしてみるのも手かもしれません。

橋本:ゲームの場合はかなり分業化が進んでいますが、それでもやっぱり総合的に理解している人がいないと成立しないなと感じています。分業だけの人が100人いてもまったく機能しないので。少なくとも橋渡しする人は、エンジニア的な目とデザイン的な目の両方を持っていないと難しいですね。

真鍋:そうそう、エンジニアだけでつくっても単なるデモ映像になってしまいますしね。大学の研究でもデモはつくると思うんですけど、仕事となると時間もクオリティも要求されるレベルが全然ちがいます。ライブだと演出家がいるので、演出に合わなければ使われることはないし、会場の制約も受けるし、本番では失敗もできません。シビアな条件下で、いかに新しく面白い表現をアウトプットできるかが大事なんですよね。

橋本:僕もデモから実際のパッケージに落とし込むまでとても苦労しました。何かを開発してから人の手元に届くまでには大きな開きがあるのですが、その辺はなかなか学生さんには伝わらなかったりします。すごい研究をやっていたとしても、その先が本当に大変なんだぞ、と(笑)。

真鍋:それから、エンジニアにもいろいろなレイヤーがあると思っていて、例えばスピードを高めるような正解が決まっていることをやるエンジニアと、発明みたいなまったく新しいことをやるエンジニアでは、大分ちがうのかなと。本人の特性もあるので、自分に合っている方を伸ばしていくと良いのではないでしょうか。

橋本:まったく同意します。やはり適材適所ですよね。僕としてはそれに加えて段取れるエンジニアを目指してほしいと思ってます。上手く行くか行かないかはマネジメント力も大きく関わってくるので。先にも言いましたが、そのためにもエンジニア以外の視点も養っていってほしいなと思いますね。

INTERVIEW_遊佐怜子(FLAME)
PHOTO_弘田 充