ピクサー・アニメーション・スタジオ(以降、ピクサー)のアニメーターで、同社の最新作『アーロと少年』(2015/日本では2016年3月12日(土)ロードショー)に参加した原島朋幸氏。そんな原島氏が、2015年12月、母校であるデジタルハリウッドにて1日限りの3DCGアニメーションワークショップを行った。その模様を取材したCGWORLD.jpは、ワークショップ終了後に原島氏へのインタビューを実施。『アーロと少年』での原島氏の仕事から、学生時代の思い出まで、様々なエピソードを語っていただいた。

ピクサーのアニメーターは、アイデアの引き出しを山ほどもっている

『アーロと少年』は、恐竜のアーロと、人間の少年スポットとの間に芽生える友情と、彼らの冒険の旅を描いた物語だ。見る者の感情を揺さぶるキャラクターアニメーションと、実写と見紛うような美しく精緻な自然描写が見事に融合した、素晴らしい作品に仕上がっている。本作のなかで、原島氏はT・レックスの親子と、ヴェロキラプトルとの格闘シーンを手がけている。アニメーターの仕事は、監督のイメージを具現化し、要望をかなえることだと原島氏は語る。「"西部劇をイメージしてほしい"というのが、監督のリクエストでした。そのため本作のT・レックスの動きは、『ジュラシック・パーク』などで見られる一般的な表現とはちがう、個性的なものになっています。例えば走るショットでは、カウボーイの乗った馬がギャロップする(全速力で駆ける)ようなニュアンスを込めています」。

▲原島氏がアニメーションを担当した、『アーロと少年』に登場するT・レックスの親子(左の3体)
(c)2016 DISNEY / PIXAR. All rights reserved. 3月12日(土)ロードショー

本作に限らず、実在する動物や事象を起点として、イメージを膨らませることは多々あるという。「DreamWorks Animation(以降、DreamWorks)時代に手がけた、『ヒックとドラゴン』シリーズのトゥース(主人公のドラゴン)は、大型の鳥類と、大型のネコ科の動きがベースになっています。トゥースの場合は鷹や虎、T・レックスの場合は馬の映像を見て、動きを解析しました。動物のスペシャリストなどを招いて、話を聞くこともありますね」。

Tomo Harashima Animation Reel 2014 from Tomo Harashima on Vimeo.

このように、動きを解析し、新たな動きを生み出す力は、アニメーターにとって不可欠の要素だ。ただし、それ以上に重要で、しかも教えることができないのは"たくさんのアイデアを出す力"だと原島氏は続ける。「ピクサーにも、DreamWorksにも、アイデアの引き出しを山ほどもっているアニメーターがたくさんいます。そしてアイデアというのは、教えたからといって次々と出てくるものではありません。一方で、アニメーションの技術というのは、教えられるのです。だからジュニアやインターンレベルのアニメーターの場合は、アニメーションの技術力が高い人よりも、ほかの人が思い付かないようなアイデアを出せる人の方がポテンシャルをもっていると判断されますね」。

  • 原島 朋幸/Tomoyuki Harashima
  • 原島 朋幸/Tomoyuki Harashima

監督自身も様々なアイデアをもっているが、アニメーターたちが自らのアイデアをプラスすることを歓迎してくれるという。「映画にはストーリーがあり、監督には"ここは抑えた演出にしたい" "ここはプッシュしたい"といった思いがあります。その思いに沿ったアイデアであれば、採用してもらえます。ピクサーもDreamWorksも、監督は内部に常駐しており、1日2回のチェックがあります。近い距離で、密度の濃いやり取りができることは、この仕事の魅力の1つですね」。

前述のT・レックスとヴェロキラプトルの格闘シーンの制作でも、お互いの緊迫した攻防を表現しつつ、つじつまの合う画づくりをするため、原島氏は様々なアイデアを出したという。「最初に見せたラフアニメーションは、"すべてのオーダーを満たしてはいるけれど、予定調和すぎて緊迫感がない"と言われました。"だったら、こういう演出ではどうですか"と、新しいアイデアをどんどん提案して、最終的にはOKをもらうことができました」。

"自分はアニメーションを知っている"と思っていたが、実際は何も知らないに等しかった

現在の原島氏は、自他共に認めるアニメーションのスペシャリストだ。しかし20年前は、日本の会社でエンジニアとして勤務していたという。「『ジュラシック・パーク』を見たのがきっかけで、ハリウッド映画に関わりたいと思うようになりました。私は理系の人間なので、VFXやCGなど、コンピュータに関連する仕事なら可能性があるのではと思い、デジタルハリウッドに入学したのです」。"ビジュアルサイエンス"という、CG分野のプログラマやエンジニアを育成するコースを専攻した原島氏は、同年の夏、同校が主催するSIGGRAPH(注1)ツアーに参加した。「その年のElectronic Theater(注2)は、Shrine Auditorium(注3)で開催されました。その素晴らしい晴れ舞台を見て、"ここで自分の作品を流したい。Electronic Theater入選は、海外で働く近道にちがいない"と強く感じたのです」。

注1 SIGGRAPH:毎夏北米で開催される世界最大規模のCGの国際学会。学会発表に加え、VFXスタジオによるメイキング発表やリクルーティング、CG映像の上映会、ハードウェア・ソフトウェアの展示会なども実施される。
注2 Electronic Theater:SIGGRAPHで最も権威のあるCG映像の上映会。
注3 Shrine Auditorium:2001年までアカデミー賞の授賞式が行われていた、格式あるロサンゼルスの劇場。

原島 朋幸/Tomoyuki Harashima

当時も今も、Electronic Theaterには、最新の研究成果を披露する映像、大手スタジオのショーリール、ビデオゲームの作中映像などに加え、学生作品も選出される。「当時の学生作品の多くは、一発ギャグで勝負していました。アニメーションが荒削りでも、ギャグが面白ければ、アイデアが良ければ選出される。狙うならこれしかないと思い、戦略を練ったのです」。

その後、原島氏は自身を含む4名のチームを結成し、『Fool Running』というオムニバス形式の短編を制作。翌年のSIGGRAPH 98で、SIGGRAPH TVというカテゴリに選出された。「作品をつくっていくなかで、自分が本当にやりたいのはキャラクターアニメーションだとわかってきたのです。それ以降は、アニメーションに精力を注ぐようになりました。寝袋で寝て、学校の近所の銭湯に行き、ひたすらアニメーションをつくる。そんな毎日でした」。翌年も研究生として同校に留まった原島氏は、自身を含む3名のチームで『IRON BOWL』を制作。これがSIGGRAPH 99のAnimation Theaterに選出された。そして、同年に個人制作した『The Duck Father』は、同じくSIGGRAPH 99のElectronic Theaterに選出されるという快挙を成し遂げた。

The Duck Father (1999) from Tomo Harashima on Vimeo.

その当時、原島氏は"自分はアニメーションを知っている"と思っていたが、実際は何も知らないに等しかったとふり返る。「当時の日本には、3DCGアニメーションを体系的に学べる機会もなければ、専門書に出会える機会もありませんでした。ディズニーの古典的な手描きアニメ−ションをコマ送りで見たり、自分で動いてみたりして、見よう見まねで、自分の感覚だけを頼りに制作していましたね」。Electronic Theater選出後、原島氏は海外スタジオの面接を何度か受けたものの、結局採用にはいたらなかったという。「同じ実力の人間が2人いて、片方はカリフォルニア、片方は日本にいたなら、どちらを採用するかは明白ですよね。現地に行かなければ駄目だと思ったのです」。

こうして、原島氏は2001年11月に渡米。語学学校を経て、Academy of Art University(以降、Academy)に進学した。「渡米当初は、語学を学びながら仕事を探したのですが、現実は甘くなかったですね。きちんとアニメーションを学び直さなければ、突破口は開けないと思い、Academyへの進学を決めました」。Academyのあるサンフランシスコはピクサーのあるエメリービルに隣接しており、ピクサーのアニメーターが講師を務める、通称"ピクサークラス"がある。このクラスの存在が、学校選びの決め手になったという。「加えて、当時のAcademyは学費を払えば誰でも入学できました。同じくアニメーション教育で有名なCalifornia Institute of the Arts(通称、カルアーツ/CalArts)よりも、しきいが低いことも大きな要因でした」。

▶︎次ページ:原島氏が学んだ、Academyのピクサークラスとは?

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きちんとフレーム単位で確認する目をもってほしい

Academy入学後、原島氏は同校のディレクターに自身のデモリール(作品集)を見せ、"3DCGアニメーションの基礎技術は修得済みなので、基本的な3DCGクラスの履修は免除してほしい"と交渉したという。「3DCGクラスは、MELスクリプトと、ピクサークラスだけにして、ドローイングクラスを山ほど履修したのです。手描きアニメーションも勉強しましたが、それ以上に、裸体や着衣の人体ドローイングに注力しました。絵から学べることはすごく多くて、とにかく絵が描けるようになりたかったのです。"見たものを、写実的に、そっくりそのまま描いた絵が良い絵だとは限らない"という考え方は、とくに勉強になりました」。

例えば、自分の陣取った場所からモデルを見ても、変なポーズにしかならない場合は、描き変えても良い。むしろ、描き変えた方が良いと教えられたことは衝撃だったという。「ハンマーで頭を殴られたような経験でした。アニメーションを付ける場合でも、例えばキャラクターにポーズ付けて、つぎのショットでカメラが逆方向に回り込んだとき、身体の向こう側から指先だけが中途半端に見えていたなら、それは隠してしまっても良いのです。噓をついていることにはなりますが、噓をついて良いのだと、そう教わったことですごく楽になりました」。

加えて、何が良いポーズなのか、どうしてこのポーズは良いのかを学べたことも大きな収穫だったと原島氏はふり返る。「ポーズの良し悪しを判断するとき、とくに重要なのが"ウエイト"という概念です。抽象的な概念ですが、ウエイトを感じるドローイングは、すごく魅力的で、アピールする力が強いのです」。現在の仕事でキャラクターにアニメーションを付ける際にも、ウエイトを感じるポーズになっているかどうかを、フレーム単位で意識しているという。「手描きアニメーションの場合、1枚、1枚、アニメーターが考えて描いていますよね。3DCGアニメーションの場合は、キーフレーム間をコンピュータが自動的に補間してくれます。ただし、補間結果にきちんと目を通して、ウエイトを感じるかを確認し、自分の理想とする画を追求してほしい。それが、3DCGアニメーションの醍醐味なのです」。

原島 朋幸/Tomoyuki Harashima

今回取材したワークショップで、原島氏はMayaを使ったバウンシングボール(床の上でバウンドするボール)のアニメーション制作を受講者たちに課した。ただし、GraphEditor、すなわち自動補間機能は使わず、全フレームを手付けするようにという条件が付随していたため、アマチュアはもちろん、プロとしてキャリアを重ねている受講者たちも苦戦していたのが印象的だった。「GraphEditorは素晴らしく便利な機能です。ただし、その機能を使った結果が、本当に自分の理想を反映したものになっているのか、きちんとフレーム単位で確認する目をもってほしい。その必要性を感じとってもらうことが、ワークショップの目的でした」。

ピクサーのアニメーターは、アニメーションをフレーム単位で解析できる訓練された目をもっている。Academyのピクサークラスで初めてその凄さに触れた瞬間、まさに"目から鱗が落ちた"と原島氏はふり返る。「ピクサークラスは、受講生のアニメーションの講評と、講義を中心に展開されます。ピクサークラスの先生は、受講生のアニメーションを1〜2回再生しただけで、その問題点と改善策をフレーム単位で指摘したのです。さらに、良い点もきちんと見て評価してくれました。今は、自分もそういうアニメーターでありたいと思っています」。

現在も、日本には3DCGアニメーションを体系的に学べるピクサークラスのような教育機関はない。ただし、海外の教育機関で学んだアニメーターが展開するオンラインのアニメーションスクールであれば、地球上のどこからでも受講可能だという。「世界初のオンラインのアニメーションスクールである、Animation Mentorを設立した3名は、全員がAcademy出身です。最近は、Anitoon AcademiaAnimation Aidなど、海外で学んだ日本人アニメーターによるスクールも充実してきました。私が学生だった時代よりは、3DCGアニメーションを学ぶ環境は充実してきたと思います」。

原島 朋幸/Tomoyuki Harashima

その一方、日本では、伝統的なセルアニメの手法と 3DCGアニメーションを融合させた、独自のアニメ表現が成熟の一途をたどっている。「日本のアニメは別方向に進化していて、アメリカでもすごくリスペクトされています」。そんな日本のアニメ制作の現場と、ピクサーのアニメ−ション制作の現場の大きなちがいは何か、インタビューの最後に伺ってみた。「私自身は日本で働いた経験がほとんどないので、友人たちから聞いた話を踏まえての回答になりますが、求められる質と量が大きくちがうのではと感じています。ピクサーでは、平均して週に56フレームのアニメーション制作が求められます。この量は、日本のアニメ制作の常識からすると圧倒的に少ないそうです」。

少ないから楽かというと、そんなことはないだろうと原島氏は語る。ピクサーでは、最後の20%のクオリティアップに、制作期間の半分を投入するという。この20%が必要とされない代わりに、圧倒的な物量が求められるのが日本のアニメ制作ではないかというのが、原島氏の考えだ。「同じ3DCGアニメーションではあるものの、求められることが全く違うのではないでしょうか。もしピクサーやDreamWorksのアニメーターを目指すなら、"残り20%の詰め方"の修得を目指す必要があります。わずかなスペーシングのちがい、ほんの少しの調整で、アニメーションの質は大きく変わります。それを知っているかどうかが、すごく重要なのです」。

TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充