映画『神様メール』(2015)は、『トト・ザ・ヒーロー』(1991)、『八日目』(1996)、『ミスター・ノーバディ』(2009)などで知られる、ベルギーのジャコ・ヴァン・ドルマル監督による長編第4作である。原題の『Le tout nouveau testament(英題:The Brand New Testament)』とは、「新・新約聖書」という意味だが、"もし神が実在して、その家族と共に人間界で暮らしていたら?"という奇抜な設定の下、旧約・新約聖書の矛盾を皮肉たっぷりに、されどユーモアに満ちた心温まるコメディタッチの作品に仕上がっている。また6人の使徒たちのエピソードが、それぞれ短編小説のような味わいで描かれており、不条理なユーモアと哲学的ダイアローグの組み合わせが魅力的だ。特にラストの意表を突いた展開には、誰もが驚かされるだろう。そんな本作のプロモーションのために来日したドルマル監督へのインタビューをここにお届けしよう。

INTERVIEW_大口孝之 / Takayuki Oguchi
EDIT_UNIKO、沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota



映画『神様メール』予告編
5月27日(金)、TOHOシネマズ シャンテ ほか全国ロードショー

【ストーリー】
ベルギーの首都ブリュッセルに神様(ブノワ・ポールヴールド)が住んでおり、パソコンで世界を管理し、暇つぶしに事故や災害、戦争を引き起こしていた。妻の女神(ヨランド・モロー)はそんな夫に口答えできず、唯一許されている刺繍とベースボールカード集めだけが生きがいだった。10歳の娘エア(ピリ・グロワーヌ)は、そんな父親に耐え切れず、置物になっている兄のJC=イエス・キリストのアドバイスで、ドラム式洗濯機を使って下界へ降りる決意をする。だが連れ戻される恐れがあるため、こっそり父親のパソコンをいじり、世界中の人々に余命を知らせるメールを一斉送信して、神の権威を失墜させる。そしてコインランドリーから下界に出たエアは、ホームレスのヴィクトール(マルコ・ロレンツィーニ)を記録係りに選び、「新・新約聖書」を作り上げるために6人の使徒を探す旅に出る......。

<1>ベルギーの地政学的かつ歴史的な背景が独自のシュルレアリスムを創り出すのか?

ーー今日はよろしくお願いします。ベルギー映画が日本で公開されることは少なく、大きな賞を獲った作品に限られる傾向があります。ベルギーでは自国の映画産業は盛んなんでしょうか?

ジャコ・ヴァン・ドルマル監督(以下、ドルマル監督):人口(※1)が少ないわりには、たくさんつくられていますよ。でもあまり輸出されないので、外国で観てもらえる機会が少ないんですよね。

※1 現在のベルギーの人口は、約1,128万人(2015年10月、外務省調べ)。なお、国土の面積は約3万平方キロメートルで、四国の1.5倍ほど。

ーー逆に、何かお好きな日本映画はありますか?

ドルマル監督:今年観た日本映画では『海街diary』(2015)が気に入りました。拳銃の打ち合いやチェイスシーンなどがなく、女優さんたちも良いし、繊細で美しい描写が好きです。でも最近は、ベルギーでも公開される外国映画はハリウッド作品ばかりになって、日本映画は20年前に比べてめっきり減りました。これはイタリアとか、ほかのヨーロッパの国でも同じような状況で、アイルランド映画やロシア映画など外国の作品が公開されることは珍しくなっています。今は高速道路に乗っていない(注:アクション映画の意味)と、観てもらえないという感じでしょうか。でも、例えばノルウェー映画が公開されたからといって、単に他国でヒットしたからというような理由で輸入された場合、それがノルウェーでつくられた最高の映画かどうかわからないですよね。

ベルギーがほこるファンタジックな映像の魔術師!『神様メール』ジャコ・ヴァン・ドルマル監督

© 2015 - Terra Incognita Films / Climax Films / Aprés le déluge/Juliette Films Caviar / ORANGE STUDIO / VOO et Be tv / RTBF / Wallimage

ーー話を本題に戻して、『神様メール』には独特の奇妙なユーモアを感じましたが、これはルネ・マグリットのようなシュルレアリスム画家を生んだ、ベルギー特有のセンスなのでしょうか?

ドルマル監督:常にベルギーは、フランス人に茶化されてきましたからね(笑)。だからベルギー人は、フランス人に笑われる前に自虐的に笑ってしまう傾向があります。ベルギーは公用語だけでも3か国語(※2)あり、ブリュッセルの街中では60種類もの言語が飛び交っている人種のるつぼなんです。ですから国自体が非常に不思議でして、日常がシュルレアリスムなんですね。よく「ベルギーでは、気が狂ってないとバカになる」と言っていますよ(笑)。

※2 フラマン語(オランダ語)、フランス語、ドイツ語。

ーー本作に登場する6人の使徒のエピソードは、それぞれ1本の映画にできるほど面白いものでした。これはまず、パソコンを操作する神の話を想いついた後で、それぞれ考えていったものなのか、元々別々のアイデアとして書き溜めていたものを、ひとつにまとめたのでしょうか?

ドルマル監督:最初に思い浮かんだアイデアは、「神がブリュッセルに住んでいる」というもの。続いて「彼には奥さんと子供もいる」でした。普通のキリスト教徒ならこういう発想はしませんし、女性たちが神に反抗するというのもあり得ません。そして3つ目のアイデアが、「全ての人類に余命の情報がSNSで送られてしまい、それを知った人々が逆に活き活きとしてくる」というものだったのです。

ベルギーがほこるファンタジックな映像の魔術師!『神様メール』ジャコ・ヴァン・ドルマル監督

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ーーシナリオ面でのこだわりについてお聞かせください。

ドルマル監督:この脚本は、作家のトマ・グンズィグ/Thomas Gunzig※3)と初めて組んで書いたものですが、お互いを笑わせようとしている内にコメディの競作みたいになってしまいました。作品のテーマは、主人公エアが口にする「死後は何もない。天国はここよ」というもので、最も気に入っているフレーズは「もし人の幸福が家だとしたら、その一番美しい部屋は待合室だね」という台詞です。使徒は最初9人で考えていたのですが、6人に落ち着きました。そして6人の使徒のそれぞれの共通点は各自が負け組であるという点ですね。

※3 劇中のラスト近くに、1つ目の男として登場する。ちなみにドルマル監督も、車を運転中に余命0秒のメールを受け取り、タンクローリーに衝突して死ぬ男の役でカメオ出演している。

ベルギーがほこるファンタジックな映像の魔術師!『神様メール』ジャコ・ヴァン・ドルマル監督

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<2>ドルマル監督の画づくりを支えた各分野のエキスパートたち

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<2>ドルマル監督の画づくりを支えた各分野のエキスパートたち

ーーテクニカルな質問をしたいのですが、リードVFXスーパーバイザーはどなたが務めたのでしょうか?

ドルマル監督:エミリアン・ラザロン/Emilien Lazaronです。彼がずっと付いていてくれ、撮影中に効果をリアルタイムで確認するシステムも開発してくれました。またエミリアンのオフィス(※4)でも作業を行なっています。

※4 撮影当時エミリアン・ラザロンは、この作品の制作会社のひとつであるベルギーのクライマックス・フィルムズ/Climax Filmsにフリーランスとして所属していた。

ーーエミリアンは、前作の『ミスター・ノーバディ』(Mr. Nobody, 2009)にも参加されていましたよね。

ドルマル監督:そうです。そのときは編集スタッフのひとりでした。

ベルギーがほこるファンタジックな映像の魔術師!『神様メール』ジャコ・ヴァン・ドルマル監督

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ーー本作のVFXの大半は、デジタル・グラフィックス社(※5)が手がけたのでしょうか?

ドルマル監督:そのとおりです。

※5 デジタル・グラフィックス/Digital Graphics SAは、ベルギーのアルールにあるアニメーション/VFXプロダクションで、日本では『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ』(2012)や『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(2014)などで知られており、ドルマル監督の前作『ミスター・ノーバディ』にも参加している。本作では神様のパソコン画面、主人公エアと話す小さなJC、オーレリー(ローラ・ヴェルリンデン)の夢に現れる踊る手、エアの手にとまる鳥、ジャン=クロード(ディディエ・ドゥ・ネック)を北極へ導く鳥の群れ、恋に目覚めたフランソワ(フランソワ・ダミアン)の周囲に開く花、絶妙のタイミングで出現する飛行機、水面を歩くエアとヴィクトール、ウィリー(ロマン・ジェラン)の頭上に浮遊する魚、クライマックスの空や海中などのデジタル処理を担当している。またサポートとして、ベルギーのラスンに本社をかまえるラックス・デジタル/luxDIGITALも参加している。

ーーオーレリー(ローラ・ヴェルリンデン)の左腕は義手という設定ですが、それを外すシーンはどうやって処理したのですか?

ドルマル監督:彼女に、ブルーのロンググローブを装着してもらって撮っています。それを消去した後に、腕の切断面を3DCGで作って合成しました。

ーーデジタルだけでなく、物理的なカメラトリックも数多く使われていますね。例えば、ジャン=クロード役を演じたディディエ・ドゥ・ネックの身体にカメラを装着して撮っているシーン(※6)などです。こういったアイデアを発想したのは、撮影監督のクリストフ・ボーカルヌ/Christophe Beaucarneさんですか?

ドルマル監督:そうです。クリストフは20年以上前から知っているのですが、撮影中お互いに「今までやったことない撮り方は何だ?」と話し合うんです。しばらくすると、彼が「これはまだやってないだろ!」と具体案を出してくるんですよ。カメラによって俳優の演技は左右されますから、カメラワークは演技の上手さと同じくらい重要です。ですからカメラと俳優が一体になると、つまらないモノトーンの人生という情感が表せるのです。

※6 ほかにも紗幕を用いて"うわの空"の心理状態を視覚化したり、移動撮影と柱を組み合わせたワイプ表現や、逆モーション、タイムスライス風効果、ミニチュアの使用などがある。

ベルギーがほこるファンタジックな映像の魔術師!『神様メール』ジャコ・ヴァン・ドルマル監督

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ーー私は類人猿映画の研究者でもあるのですが、マルティエーヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)と恋に落ちるゴリラの出来映えには感心しました。これは全て、クリエートFX(※7)が手掛けたアニマトロニック・スーツで表現しましたか?

ドルマル監督:そうです。これはこの映画用に制作したものではなく、もともとクリエートFXが所有していたスーツを使用したもので、ポスト・プロダクションによる加工などはいっさい行なっていません。スーツアクターはかなりの重労働なので、中には体操選手の経験を持つキコ・ミラレス/Kiko Miralesに入ってもらいました。ゴリラの顔の中には、表情を変えるために20カ所ほどモーターが入っていて、2人のオペレーター(Rodolfo DellibardaとAlejandra Varela)が遠隔操作していました。

※7 クリエートFX/Kreat FXは、スペインのマドリードにある特殊メイク、アニマトロニクス、プロップ、特殊衣装などを専門とするプロダクション。

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ーー誰もいないブリュッセルの街をキリンだけが歩いているシーンがありますが、あの背景はデジタルで人や車を消去したのですか?

ドルマル監督:いえ、ブリュッセルは1日だけ自動車を禁止している日があるんですが、その日に急いで撮りました。キリンはブルーバック合成した本物で、3DCGではありません。

ーーああ、なるほど納得しました。どうもありがとうございます。

ドルマル監督:こちらこそ。日本に来るのは5回目なんですが、何度来てもミステリアスな国ですね(笑)。

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    5月27日(金)、TOHOシネマズ シャンテ ほか全国ロードショー
    監督:ジャコ・ヴァン・ドルマル
    脚本:ジャコ・ヴァン・ドルマル、トーマス・グンズィグ
    VFXスーパーバイザー:エミリアン・ラザロン
    リードVFXスタジオ:Digital Graphics SA
    リードSFXスタジオ:Kreat FX

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