日本の大学を卒業後、サンフランシスコにあるAcademy of Art University( 以降、Academy of Art)に留学し、2013年に卒業した傘木博文さんと若杉 遼さん。現在は北米のスタジオに勤務するお二人に、学生生活や当時のデモリールにまつわるエピソードを伺った。

Atomic Fiction所属 傘木博文さんのデモリール

Hirofumi Kasagi Demoreel 2015 from Hirofumi Kasagi on Vimeo.

誰かのひと言があるだけで 採用の確率が変わる

傘木博文さんは現在、サンフランシスコ近郊にあるVFXスタジオのAtomic Fictionで勤務している。直近に携わった『Game of ThronesSeason 5』(TVシリーズ)では、業界経験2年目ながら、Lead Crowd Effects Artistに大抜擢された。特に興味があるのはCrowd(群衆シミュレーション)だが、エフェクト全般はもちろん、レンダリングやシェーディングなどを担当する場合もあるという。

極論ではありますがと前置きしつつ「学生のデモリールは10秒でも良い!」と傘木さんは語る。「名前3秒、本編7秒で、自分のベストショットを本編の冒頭に配し、採用担当者の心をつかんでください」。傘木さんの場合、A のデモリールが決め手になりAtomic Fictionへの採用が決定した。「Maya、V-Ray、NUKEを使用しており、当社のパイプラインに完全に適合していたこと、各ソフト間のデータ受け渡しの知識があったことが評価されたそうです」。また、Academy of Artでは、授業に加え、学生たちがショートフィルムを制作したり、教授が紹介する学外のプロジェクトに参加することを積極的に推奨していたそうだ

傘木さんは日本でも3DCG制作に携わっていたが、当時と今とでは仕事の内容が大きく異なるそうだ。「留学資金を貯めるため、日本の大学(会津大学)に通いつつ、株式会社Eyes,JAPANでアルバイトをしていました。当時は制作全般を担うゼネラリストでしたが、"北米で就職したいなら、専門を絞った方が良い"と現地で働く鍋 潤太郎さん(※)からアドバイスされたのです」。

大学ではコンピュータ理工学を専攻しており、自分には数学とプログラミングの知識があったので、それを活かせるエフェクトの道を選んだと傘木さんはふり返る。「世界中から優秀なアーティストが集まってくるなかで、美術大学を出ていない自分がマットペイントやモデリングで勝負しても勝てないと思ったのです(苦笑)」。

※VFX専門の映像ジャーナリスト。月刊誌のCGWORLDにて、「海外で働く日本人アーティスト」を連載中。

「B の『Beasts of the Southern Wild』(2012)にエフェクトとして参加できたことは、印象深い思い出になっています。低予算ムービーだったのに、アカデミー賞にノミネートされたと知ったときは本当に驚きました」。C も教授の紹介で参加した学外プロジェクト、D は個人プロジェクトの作品だという

海外で働く多くの日本人アーティストがAcademy of Artの出身者だと知り、同校への留学を決めた傘木さん。今の職場の創業者との縁は、この時代にできたという。もちろん実力があることは大前提だが、それに加え、北米の採用では性格とコネクションを重視すると傘木さんは語る。

「例えば"彼とは学校で一緒だったよ。いつも遅刻しないで来て、真面目にやっていたね。彼とだったら一緒に仕事しても良いよ"という誰かのひと言(推薦)があるだけで、採用の確率はまったく変わってきます」。アメリカでの学生時代に得た最大の収穫は、才能溢れる人々とのネットワークと、情報収拾の方法だったという。「海外を目指すなら、まずは海外で働く日本人に、Facebookなどを通じてコンタクトして情報を集めてください。自分の世界を広げることが、目標達成のための第一歩です」。

Sony Pictures Imageworks所属 若杉遼さんのデモリール

RyoWakasugi demoreel Fall2013 from Ryo Wakasugi on Vimeo.

怖がらずに人に見せフィードバックをもらう

若杉 遼さんは、Academy of Artを卒業後、Pixar Animation Studios(以降、Pixar)でのインターンシップを経て、現在はSony Pictures Imageworksのバンクーバースタジオで、CharacterAnimatorとして勤務している。

「今は来年公開予定の3DCGアニメーション映画の制作に携わっています。まだ入社して6ヶ月ほどですが、とても楽しい内容で、どのショットもやりがいがあります」と若杉さんは語る。
前述の傘木さんと同様、若杉さんも日本の大学(東京工科大学)を卒業後、Academy of Artに留学した。「映画好きの父の影響で、子供の頃から多くの映画を見て育ち、CGに無限の可能性を感じるようになったのです。日本の大学にいたときから、海外アーティストのデモリールを検索し、見よう見まねでキャラクターアニメーションに挑戦していました」。Academy of Artには、Pixarの現役アニメーターが教鞭をとる通称"Pixarクラス"がある(※)。「Pixarクラスに入りたいがために、Academy of Artへの留学を決めました」。 ※Pixar Animation Studiosは、Academy of Artがあるサンフランシスコ市内から車で10分ほどのEmeryville市にある。

若杉さんのデモリールも、約1分という短い尺に収められている。A はPixarのインターンシップ選考時に高く評価された作品だ。「見る側の立場に立ち、エンターテインメントの要素を加えたことが評価されました。こういうアイデアを出すことは、アニメーターに不可欠なスキルのひとつだと思います」

このときに学んだ"演技"のノウハウが、その後の仕事で大いに役立っていると若杉さんはふり返る。ここでいう演技とは、キャラクターの感情の変化をアニメーションで視聴者に伝えることだ。

「演技の勉強はすごく難しいのですが、Pixarクラスに入ったことで、プロがどこに注目しているのか、プロの目線を教えてもらえました」。このクラスで学んだことをデモリールに凝縮し、Pixarのインターンシップに応募した若杉さんは、世界中から応募が殺到するなかで見事選考に勝ち残った。

若杉さんは後日、どうして自分が選ばれたのか、Pixarのマネージャーに質問したそうだ。「"アニメーションの技術は就職後でも教えられるけど、演技のセンスやアイデアは教えられない。君のデモリールにはすごく面白いアイデアがあったから選ばれたんだ"と言っていただきました」。

B は重い石を子供が持ち上げ、椰子の実を目がけて投げるショットだ。短いなかで、しっかりとストーリーが考えられており、映画の1場面のような印象に仕上がっている。C のキャラクターのウォークサイクルでも、若杉さんの"考える"姿勢が見てとれる。「同じウォークサイクルでも、キャラクターの性格やシチュエーションによって、全然ちがう動きになり、キャラクターに命が宿ります」。D はPixarのインターンシップ時の課題のひとつだ。「アニメーターにとって最重要のスキルは、人からフィードバックをもらったときに、柔軟に対応できる能力だと思います。そのことをPixarでの経験を通して学びました」

このように、折に触れてフィードバックを求めることが大切だと若杉さんは続ける。「怖がらずに人に見せ、フィードバックをもらい、新しい気づきを得て修正する......、そのくり返しが自分を成長させてくれます」。

TEXT_尾形美幸(CGWORLD)