>   >  新・海外で働く日本人アーティスト:第6回:藤井 雄(Eight VFX / CG Generalist, FX Artist)
第6回:藤井 雄(Eight VFX / CG Generalist, FX Artist)

第6回:藤井 雄(Eight VFX / CG Generalist, FX Artist)

今回は、ロサンゼルス(LA)でTVやCM分野のVFXを手がけているEithg VFXで活躍中の藤井 雄氏をご紹介。LAには「エフェクト・ブティック」と呼ばれる小規模のVFXスタジオが点在するが、大手クライアントを抱え、優れた作品を生み出すスタジオも多い。

TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe

ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に「海外で働く日本人クリエイター」(ボーンデジタル刊)、「ハリウッドVFX業界就職の手引き」等がある。

公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」



Artist's Profile

藤井 雄/Yu Fujii(Eight VFX)
神奈川県出身。2001年に中央大学 理工学部卒業後、CGデザイナーとしてキャリアをスタート。その後、株式会社ユーフォニックに入社し、コマーシャルのCGなどを制作するかたわら、プライベートで制作したショートフィルムがRESFEST、onedotzero、SIGGRAPH Asiaなど海外のフィルムフェスティバルで多数上映される。2012年にロサンゼルスのEight VFXに移籍、現職。

yufujii.net



<1>海外を目指したきっかけ

ーー日本での学生時代はどのように過ごされたのですか?

藤井 雄氏(以下、藤井):大学は理工学部の機械学科に進学しました。単位を落とさない程度に勉強はしていましたが、今思えば数学、物理、プログラミングはもっと必死に勉強しておくべきだったなと思います。英語も含め、そのツケを今払っていますね(苦笑)。大学2年生くらいの時にPowerMac G3を買って、Shadeというソフトを始めました。その頃は、ミュージックビデオ(MV)が映像の最先端という印象で、「MVなど映像の仕事をしたいな」と思うようになりました。その中でも、CGは新しい技術とアート的な要素が混じっているので、好きになったのですが、そんなときにクリス・カニンガムの作品を観て、この道に進むことに決めたんです。その後、大学4年生の時に、数ヶ月間CGの専門学校に通ったのですが、そこでは当時リニューアルされたばかりだったSoftimage|XSIで学びました。

ーープロとしてのキャリアのスタートについて教えてください。

藤井:前述の専門学校で講師をされていた方のプロダクションで働き始めたのです。3ds Maxを覚えてゲームやCM、Web動画などをつくっていました。仕事は大変で色々と辛い思いをしたこともあり、1年ほど経った頃に転職を考えはじめました。今思っても、あれが現在の糧になってるとも思わないので、常に自分で良い環境を模索するのはとても大切なことだと思います。そんなこともありユーフォニックという会社に転職し、CM、MV、遊技機など多岐にわたるプロジェクトに関わりました。業務内容は、モデリングからアニメーション、コンポジット、予算交渉、スケジューリングなど、ひと通りのことを経験しました。スケジュールはタイトなモノも多く、手早く最短距離で最終形までもっていくスキルはとても磨かれたと思います。CG業務に関わる全体を学べたことと、作業スピードは今でもとても役立っていますね。その反面、新しいことを勉強したり、時間をかけてクオリティを追求するということは、スケジュールの都合でなかなか難しかったです。

ーーそうした多忙な日々のなかでオリジナル作品にも取り組みはじめたそうですね。

藤井:新しいことを勉強したり、時間をかけてクオリティを追求するということは、スケジュールの都合でなかなか難しかったんですよね。その辺で少しフラストレーションが溜まり、仕事後、プライベートの時間で自分の作品をつくり始めたのです。2006年に2分位のショートフィルム『Machine』を制作し、海外のフィルムフェスティバルに応募してみたところ、そのうちのいくつかでノミネートされました。それが、海外を意識しはじめたきっかけにもなりましたね。ちなみに個人制作はその後も時間をみつけては少しずつ行なっています。2011年には『Kyu』という作品を発表しました。

Machine from Yu Fujii on Vimeo.

ーー海外スタジオへの就職をはじめた直接のきっかけは何だったのでしょう?

藤井:2008年9月に発生したリーマンショックなどの影響を受けて、日本の経済が一段と悪くなったときに、「今後CGで生き残っていけるのか?」という危機感を抱くようになりました。世界中のCG技術がフラットになっていく中で、自分が世界でどの位の位置にいるのかを考えるようにもなりました。CGという仕事をこれからも続けていきたい、そこで将来のために海外へ出てレベルの高い環境で自分を磨こうという結論に至りました。あとは日記をつける習慣があるのですが、そこでやりたいこと、目標なども記していたのですが、あるとき読み返してみると「海外に行く」という言葉が、数年継続して出てきていたんです。これをそのままにしてはいけないと思い、当時、結婚もして仕事もそこそこ順調でしたが、妻とふたりでLAに行くことに決めました。家族の反対で海外に出るのを躊躇する人も多いと思いますが、幸いリスクをとることを歓迎してくれたので妻には感謝しています。

Kyu from Yu Fujii on Vimeo.

ーー海外での就活はいかがでしたか?

藤井:先に妻の就職が決まりビザも取れたので、それについていくかたちで渡米しました。30歳過ぎてからの海外で、無職もそんなに悪いものではありませんでしたが(笑)、さすがに危機感あふれる時期でした。英語に関してはほとんどできなかったので、半年ほど語学学校に通いました。その間、家でCGの勉強をしながらデモリールをつくり、何社かにアプライしました。そのうちの3社から面接のオファーをいただきまして、初めての面接はLAの方のScanline VFXでしたが、ほとんど何を言ってるのかわからず、行きはバスで来た道を2時間近くうなだれながら、トボトボと歩いて帰ったことを覚えています。その後は面接の際にデモリールを見せながら喋ることを覚えていったので、徐々にマシにはなりました。しかし、ビザの話になると相手の雰囲気が変わり、結局それが理由で他の2社にも断られました。情報としては知っていましたが、アメリカのビザ取得の困難さに直面しましたね。そんな苦境のなか、次に面接を受けたのが現在働いているEight VFXでした。

新・海外で働く日本人アーティスト 第5回:藤井 雄

Eight VFX社内のランチスペースで、みんなでランチをしながら談笑

▶次ページ:
<2>Eight VFXのワークスタイル

その他の連載