記事の目次

    完結編『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』が、いよいよ12月20日(金)から日米同時公開の運びとなる。この作品を始めとする数多くの作品を手がけるインダストリアル・ライト&マジック(以下、ILM)において、R&Dエンジニアとして活躍中の鈴木剛夫氏。今回は、開発側の様々なチャレンジや、CGやVFXに興味を抱いた学生時代の話などを、掘り下げて伺ってみた。

    TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
    著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

    Artist's Profile

    鈴木剛夫 / Masuo Suzuki(Industrial Light & Magic / R&D Engineer)
    東京都出身。1999年に東京工芸大学 工学部 大学院を卒業後、SEGAへ入社。その後、OptGraphを経て、渡米しESCに入社。その後、ソニー・ピクチャーズ・イメージワークス、デジタル・ドメインなどを経て、2012年にILMに移籍し、現職
    www.imdb.com/name/nm1706553
    twitter.com/masuosuzuki

    『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』
    12月20日(金)全国公開
    starwars.disney.co.jp/movie/skywalker.html
    © 2019 ILM and Lucasfilm Ltd. All Rights Reserved.

    <1>学生時代からRenderManを使いレンダリング分野の技術を学ぶ

    ――学生時代の話をお聞かせください。

    子供の頃は絵を描くのが好きで、中学、高校時代もよく描いていました。本当は芸術系の大学に進学したかったのですが、家庭の事情もあって工学部に進学しました。大学では印刷工学を学んでいたのですが、4年生で配属になった研究室で、同僚がMacのInfini-Dという3Dアプリケーションを使っているのを見て、3DCGに興味をもち始めました。たしか1996年頃だったと思います。

    そこから独学でCGを学び始めて、絵を描くのが好きだったということもあり、その頃は大学で学んでいた分野とは関係なく、「アーティストになりたい」と漠然と思っていました。当時はコンピューターに関する知識はゼロに近い状態だったのですが、学んでいくうちに技術にも興味をもち始め、特にレンダリング分野の技術に強い興味をもちました。大学でもCGを学びたかったのですが、当時の工学部にはCGを研究できる研究室がなかったので、先生と相談して大学院へ進学し、さらに芸術学部へ出向させてもらい、そちらでコンピューターを使ったメディアアートに関係した研究室に通わせてもらいました。とても例外的なことで、受け入れて下さった当時の先生方には、今でもとても感謝しています。

    その当時、「ハイエンドCGのレンダリング」と言えばRenderManだったので、学校でライセンスをひとつ購入してもらい、プログラミングを勉強してシェーダを書いたりしていました。その頃はネットにも情報はほとんどなく、限られた英語のページを必死に読みながら学びました。

    芸術学部に通ってはいましたが、籍は工学部だったので修士論文を書かねばならず、色々とテーマを探した結果、外部の会社OptGraphと共同で、ラジオシティ法に関する研究を修めて卒業しました。当時の自分は、知識も技術も乏しかったので、あまり役に立っていたとは言えなかったと思います。

    ――日本でお仕事をされていた頃の話をお聞かせください。

    当時、日本でRenderManのような技術に興味があった人は少なくて、イベントや代理店の説明会などで皆知り合いになるような状態でした。その関係もあって、複数の会社から声を掛けていただいたのですが、卒業後はSEGAに入社しました。

    SEGAはゲーム会社ですが、当時はプリレンダムービーを専門につくる部署があって、そこで『サクラ大戦 3』のムービー制作に携わっていました。デザイナー職で入社しましたが、実際にやっていたのは、今で言うTDです。シェーダを書いたり、社内ツールを改良したりしていました。ただ、業務内容がいまひとつ自分の志向に合わず、1年ほどで退職しました。

    SEGAの後、前述のOptGraphに入社して、レンダラの開発をやっていました。この会社は今はもう存在していないのですが、プログラミングの知識は、この頃に一番学ぶことができました。2年ほど勤務した頃に、当時サンフランシスコ近郊アラメダにあったESCに在籍されていた、ただおさん(三橋忠央氏)から「シェーダライターポジションに興味ある?」というメールをいただいて、そのままESCに入社しました。ここでは、映画『マトリックス リローデッド』、『マトリックス レボリューションズ』などに参加しました。

    ――海外での就職活動はいかがでしたか?

    自分は、ただおさんの紹介でESCへ入社したので、海外での就職活動はほとんど経験していません。ESCとは電話インタビューを一度やっただけでした。当時のアメリカは、就労ビザも今より楽に取得できたので、特に大きな問題もありませんでした。

    その後、ESCが閉鎖されたときは突然でした。ある週明けの月曜日の朝、全社員がシアタールームに集められ、閉鎖のアナウンスがありました。そのアナウンスから実際に会社が閉じられるまで、2ヵ月程しかなかったように記憶しています。

    そこで、すぐにデモリールやレジュメを用意しました。しかしESCが閉じるにあたって、従業員を他社へ斡旋してくれていたので、就職先も割とすぐに決まり、ロサンゼルスのソニー・ピクチャーズ・イメージワークスに移籍することができました。

    その後のデジタル・ドメイン、ILMへの転職も、基本的には声をかけていただいて移籍したので、大変ありがたいことに、これまで海外での就職活動で苦労は経験せずにすんでいます。

    あえて"苦労"と言えば、渡米したのが木曜日、週明けの月曜日から勤務開始というスケジュールだったので、「初めての海外生活を、勤務しながら整えていく」ことに苦労したと言えるかもしれません。ただ、当時はワクワク感の方が圧倒的に勝っていたので、辛くはありませんでした。この頃、ただおさんには大変お世話になりました。


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    <2>ILMではテクスチャ関係の社内ツール・システムなどを開発

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    <2>ILMではテクスチャ関係の社内ツール・システムなどを開発

    ――ILMで勤務されてみて、いかがですか?

    ILMはサンフランシスコに本社があります。長年の歴史があり、規模も比較的大きな組織です。業界歴が長く経験の豊富な人が多いので、問題解決能力に優れた人が多いと思います。

    プロダクションの体制も比較的安定していて、短期間で大量のショットを仕上げることに大変優れたスタジオです。大規模で強固な製作体制であるが故に、新しいことを試したり、何かを変更したりすることが敏速にできないという側面もあるように感じます。これは大手VFXスタジオである以上、どちらも表裏一体であると思うので、「善し悪し」とはまたちがう話ですね。


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    ――R&Dを通じて、映画作品のプロダクションにはどのように携わっておられますか?

    自分はR&Dを担当しているという関係から、VFXアーティストとは異なり、「特定の映画作品にアサインされる」という仕事のスタイルではありません。しかし、関わったツールやシステムは全てのプロジェクトで使用されることになります。

    ときにはエンジニアとして作品のエンド・クレジットに載ることもありますが、どの映画作品も、特にVFXの場合はテクノロジー関係のクレジットの人数枠がとても少ないので、R&Dチームは毎回数人しか載りません。

    ILMのR&Dの場合、クレジット枠は基本的に「順番まち」です。特定の作品のためにツールを開発したような場合は優先的に載ることもあります。ILMが担当した全作品をチェックしている訳ではないのですが、自分が知る限りでは、最近の映画で自分の名前がクレジットされたのは『キャプテン・マーベル』だと思います。

    ――R&D担当として、面白いところは何でしょうか。

    現在、ILMでテクスチャに関係する社内ツール、システム関係を担当しています。メインはMariと自社ツールZenoですが、テクスチャペイントのワークフローを構築する上で、カスタムシェーダ、プラグイン、スクリプトを社内でたくさん開発しています。自社パイプラインに乗せるために必要な部分も開発しています。テクスチャはモデリング、カラーマネージメント、シェーディング、レンダリングなどとも密接に関係するので、それぞれの部署との連携も担当範囲です。

    以前の会社では、TDとしてアーティスト業務もやっていたので、その頃の経験はR&Dエンジニアになってからも、とてもいきています。自分が担当しているテクスチャワークフローの特徴としては、テクスチャペイントとルックデブの境目が、あまりハッキリと区切られていないところでしょうか。テクスチャペイントはマテリアルを追加&調整することで実現でき、最終的なレンダリング結果がある程度リアルタイムに再現できるようなフレームワークをつくりました。

    これらを実現してプロダクションで回していくためには、レンダリング工程から遡ってマテリアルモデル、シェーディングモデル、シェーディングパラメータを包括的にデザインする必要があります。

    このシステムは、スター・ウォーズ続3部作(レイを主人公とする、シークエル・トリロジー)の製作が決まった辺りから、大量のアセットを効率的かつ、再利用が可能になるようにデザインされたフレームワークで、ILMのテクスチャ及びルックデブのコア・システムになっています。

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    習得していないです(笑)。自分は、アメリカの学校には通わず日本から直接こちらの会社へ就職したので、特に渡米したばかりのころは、本当に英語がわかりませんでした。仕事の上での読み書きは時間を掛ければどうにかなったのですが、ミーティングや日常会話は壊滅的にダメでした。聞き取れないし、発言できない。前述のように、渡米当初の頃は、ただおさんに英語の面でも助けてもらっていました。

    会話、特に聞き取りは、慣れと経験が必要だと思います。英語の音に触れた時間が長いほど、聞き取りができるようになると思います。それから、「日本の概念や言い回しが、そのまま英語には置き換えられない」ということを意識すると良いと思います。日常のある場面でどういう言い方や反応をするかは、その国の言語、文化、習慣によって大きくちがいますから、これも現地のネイティブを観察して経験を積む必要があると思います。

    日本に居ながら英語の準備をするのであれば、上記のような経験を積める環境を探すと良いのではないでしょうか。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    「海外で仕事をする」という経験は、旅行や留学では得難いものです。間違いなく、自分の人生においての新たな発見に繋がると思います。また、それまで生きてきた環境を再度咀嚼し、客観的な視点をもつキッカケを与えてくれると思います。環境のちがいに適応するのは、様々な意味で若いうちの方がやりやすい(しがらみも少ないですし)と思うので、将来海外に出るのなら、できるだけ早い方が良いと思います。

    とは言え、CG/VFX業界への海外就職については、(誰もが同じことを言うと思いますが)人によって向き不向きがあると思います。現在、海外で大量に外国人を雇用しているCG/VFXスタジオは、大きな組織である会社がほとんどです。ILMを含め、支社をいくつももっているような大規模な会社は、その大量の人材と作業量を効率的に運用するために、制作環境がかなりシステム化されています。

    その中に入って、与えられた仕事をこなしていくことも暫くの間は良い経験、勉強になりますが、そこから先の「伸びしろ」はあまり多くなく、そこから抜け出そうと思うと、平均以上のコミュニケーション・スキルや政治力が問われることになります。また、制作が分業化されていて、それぞれの役割がかなり深化しているので、様々なことを広くやってみたい方は、少々窮屈な思いをするかもしれません。

    海外で働き始めて10年未満で、帰国するか留まるか、少なくない数の人たちが、悩むことになるのではないかと思います。以上のような点はあるにしても、少しでも興味があればぜひ海外に出てみて下さい。キャリアの上では大きくステップアップできると思います。将来、この記事を読んでいただいた方と、どこかで一緒に仕事ができたら嬉しいです。


    『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』の告知パネルの前で

    【ビザ取得のキーワード】

    1.東京工芸大学 大学院を卒業
    2.国内スタジオで経験を積む
    3.渡米し、ESCにてH-1Bビザを取得
    4.デジタル・ドメイン在籍中に永住権を取得

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    『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』
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