輪郭線のルーツは日本ではない?
野口:CG アニメーションのルックについてご意見をお聞きしたいと思います。一般論として、日本人は輪郭線がクリアな平面的(2D)な絵柄が好きだと言われています。それゆえに、日本独自の CG アニメーションを考える上でも、そうした作画ライクなルックを目指す傾向にあるように感じるのですが。
大口:このテーマについては声を大にして言いたいことがあります。いわゆるセルシェーディングを世界で最初に実践したのは何を隠そう僕なんですよ!
野口:え、本当ですか!?
大口:そうですよ、『SF新世紀 レンズマン』(1984) のパイロット版を制作する際に、試しに作ったのです。当時のシステムでは、テクスチャマッピングやフラットシェーディングなどはできませんでした。そこでオブジェクトのアンビエント設定を100%にし、シェーディング・モデルにワイヤーフレームを Z バッファ合成して輪郭線を表現するといった、裏技のような処理を組み合わせてセル画風のルックを作り出しました。
野口:いやー、全然知りませんでしたよ。
大口:無理もないですよ。テストの段階でNGになってしまったので公式な記録は残されていませんから(笑)。マッドハウスの丸山さん(正雄氏、当時のマッドハウス代表取締役社長)に見せたところ、「セルと同じなら手で描けるよ(CG のありがたみがない)」と言われてしまいました。現在では、CG と作画を馴染ませることに四苦八苦しているわけですから皮肉なものですよね(苦笑)。ちなみに商業作品で最初にセルシェーディングを導入したのは 『ライオンキング』(1994) だと言われています。ヌーの大群を描いたカットですね。
野口:ところが、その後ディズニーもトゥーンシェーディングは止めてしまいました。欧米ではフル CG が主流になっていくにつれて、輪郭線を用いた表現は少なくなり、そうした表現は日本勢ばかりが追求していると言っても過言ではありませんね。
大口:日本人が輪郭線が明確でフラットな絵柄を好む根底には、間違いなく漫画はモノクロが主流ということがあると考えています。アメコミやバンドデシネはカラーが大前提でモノクロであることはまずありませんから。ただ、こうした絵柄のルーツを調べていく過程で、段々と「はたして日本が発祥なのか?」という新たな疑問も湧いてきました。
野口:と言いますと?
大口:2008年に 釜山国際映画祭 で立体映画史に関する講演させていただく機会がありました。その時に、話の導入部に、現代美術家の 村上 隆 さん の意見にヒントを得て、日本の浮世絵や『ポケットモンスター』などを例として、「日本人はフラットな絵柄を好むのか?」という話をしました。ですが、韓国の人たちにはピンとこなかったようでした。
野口:それは、韓国の人たちが浮世絵や日本のアニメ作品を知らなかったということですか?
大口:そうではなく、"その概念 " 自体が理解してもらえなかったのです。例えば、アメリカ人に同様の話をすると「あ〜、なるほど」とすんなり理解してもらえるのですが、東アジアの人たちからすると美術のルーツは 中国→韓国→日本 という具合に、大陸から日本に伝播していったと考えられているため、浮世絵は日本独自の絵画表現といっても通じない。日本人は自分たちの真似をしているだけだとしか思わないのです。
野口:それは盲点でした。
大口:僕もその時に初めて気づかされました。その後、浮世絵の一種である、線遠近法を採り入れた 浮絵(うきえ) のことを調べていたら、実際に中国にルーツと言える版画があることも知りました。これでは真似たと言われても文句が言えません(苦笑)。
大口:浮世絵に付随する話としては、ジャポニスム に対する誤解も挙げられます。僕たちは、浮世絵に代表されるフラットな絵柄は日本独自の表現様式であり、フランスをはじめヨーロッパで高く評価されている、といった話を半ば刷り込み的に受け容れてしまっていますよね。だけど、実はジャポニスムって、19世紀中頃から半世紀ほどのほんの一時期のムーブメントに過ぎません。20世紀に入って、中国美術がヨーロピアンにも知られるようになると、一気に冷めていきました。同様のことが、"ANIME"(日本国内でのみ ジャパニメーション と呼ばれているもの)に対しても言えます。日本の漫画やアニメは欧米で多くの支持を集めていると言われている。確かに、高く評価してくれる人たちもいるでしょうし、確かなマーケットが存在するのですが、その実数は決してマスではありません。
野口:それは危ない! 海外でも売れていると思っていたけど、実は段々とブームが下火になってきているかもしれない。そして現状としては、日本国内では確かに輪郭線&フラットな絵柄は受け容れられる要素だと思うのですが、そこにあまり拘泥しすぎると、CG本来の持ち味を見失って足下を掬われてしまう恐れは大いにあると。耳年増になる必要はないけれども、プロデューサーの身としては、国内外の市場動向なども的確に把握していきたいと思います。