2015年11月2日(月)から5日(木)まで、「SIGGRAPH Asia 2015」が神戸コンベンションセンターで開催された。CGWORLD.jpでは、シリーズ企画として独自視点から着目した講演や展示を紹介していく。まずは、特別招待講演「8K スーパーハイビジョン リアルタイム3DCGによる超臨場感空間『北斎ジャポニズムの世界観』」からレポートする。

※最初に公開した内容に誤りがあったため、2015年11月6日午前11時過ぎに訂正させていただきました。ご迷惑をおかけした読者の皆さまならびにご関係者の皆さまには深くお詫び申し上げます。

<1>8K放送に向けて本格的に動き始めたNHK

6年ぶりの日本開催となった今回、主催者の速報によると事前申込みでは世界50ヶ国&地域から7000名以上の来場を見込んでいるという。私見だが、2009年の横浜開催時よりも多種多様なデジタル・コンテンツ制作者をはじめ、研究者や教育関係者が参加していたように感じている。そうしたなか、2日目と3日目に4回にわたり行われたのがNHKによる特別講演「The Ultra Reality Experience: HOKUSAI's Ukiyo-e Painting in Real-time 3DCG with 8K Super Hi-Vision HDR Displays/8K スーパーハイビジョン リアルタイム3DCGによる超臨場感空間『北斎ジャポニズムの世界観』」(以下、北斎ジャポニズム)だ。

この講演は、長野県小布施町にある「北斎館」が所蔵する、葛飾北斎が制作した2基の祭屋台に描かれた図画を8Kで収録したものを基に、8KサイズのリアルタイムCGとして再現するという試みを解説したものである。今回は、本プロジェクトの成果発表というかたちで、シャープ製の8K/HDR液晶ディスプレイによるデモが行われた。本プロジェクトを指揮したという、NHKアートの國重静司氏がモデレータを務め、企画に協力した北斎館の市村次夫館長と、NHK解説委員として知られる中谷日出氏がコメンテーターとして登壇するかたちで一連の講演が進められた。現時点では世界的にも事例の少ない8KのリアルタイムCGということで、会場は早々に満席となり立ち見の姿も見受けられていた。

(左)市村次夫氏 「北斎館」館長/(右)中谷日出氏 NHK解説委員(芸術・文化・IT担当)

NHKでは、8K(スーパーハイビジョン)放送の実現を目指しており、来年(2016年)から8K試験放送を開始することを発表している。その布石として、今年の「技研公開2015」では、「8Kスーパーハイビジョンシアター」が主たる展示となっていた。今回の『北斎ジャポニズム』もそうした取り組みの一環だと言えよう。

※最初の記事公開時に制作会社名の誤りがあったため、2015年11月6日午前11時に訂正させていただきました。ご迷惑をおかけした読者の皆様ならびに関係各位には深くお詫び申し上げます。

講演の冒頭で紹介された、各映像フォーマットの解像度の比較図。8K(W7,680×H4,320)はフルHD(W1,920×H1,080)に対して約16倍(縦と横で各4倍)もの高解像度をもつ

<2>葛飾北斎が描いた祭屋台の装飾画を8Kで収録

葛飾北斎が晩年に小布施町に4年間滞在したことから、当地で描かれた北斎の作品を所蔵・管理する目的で設立されたのが「北斎館」だという。『北斎ジャポニズム』プロジェクトではまず、同館が所存する北斎唯一の立体造形物と言われる『東町祭屋台』『上町祭屋台』という2基の8K収録が行われた。

北斎館の第四展示室に展示されている「東町祭屋台」。(左)祭屋台の天井画絵として龍図と鳳凰図が描かれている(屋台自体の天井図はレプリカ)/(右)北斎が実際に描いた天井図は来場者が鑑賞しやすいよう目線の高さに展示されている

まずは、収録されたフッテージの上映とそれにまつわるエピソードが順に披露された。ここでは龍図にしぼって紹介したい。残念ながら実物の祭屋台を観たことがないのだが、そうした身でも8Kディスプレイに映し出された北斎の図画の鮮明さには目を見張るものがあった。8K映像を見た感想として市村氏も「(8Kの映像の方が)実物よりもクリアで、まるで別の世界が広がったように感じます」と語っていた。北斎は83歳(天保13年/1842年)の頃から4年ほど小布施町に滞在したと言われているが(享年は90歳)、それを踏まえると北斎画の鮮烈さに改めて驚かされる(代表作の『富嶽三十六景』開版から10年以上後のことだ)。

8Kは高解像度であると同時に色の情報量も多く内包されるため、より高精度なカラーグレーディングが行えることから白の再現性も向上している。実際に、本プロジェクトでは、8Kで収録・観察したことで北斎の画法の謎にさらに迫ることができたという。例えば、祭屋台の天井図は桐の板に描かれたものなのだそうだが、龍図に吹きかけてある金粉は背景の赤にしかかかっていないことが視認できたほか、肉眼ではフラットに白地に見えていた箇所にも模様が描かれているといったことがわかったという。
「NHKの美術番組でもここまで拡大表示することはありませんでした。8Kの時代になると、美術番組の演出や構成も変わってくるかもしれません」(中谷氏)。

(左)8Kで収録した龍図/(右)クローズアップしてみると、北斎タッチの新たな特徴が発見できた

(左)龍図の頭部クローズアップ/(右)さらに目に近づくと、虹彩の上部にグラデーション(國重氏いわくシェーディング表現)があることがわかる

▶次ページ:<3>北斎画を8KのリアルタイムCGで再現

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<3>北斎画を8KのリアルタイムCGで再現

続けて、本講演のメインパートと言える8KリアルタイムCGが紹介された。龍や鳳凰の3DCGモデル制作やルックデヴ(実物の再現)といった具体的な制作手法については残念ながら解説されなかったが(ぜひ改めてメイキングが披露されることを願う)、リアルタイムCGのコーディングにはUnityを利用したそとのこと。

完成したコンテンツは、龍と鳳凰を模した立体造形にセンサを仕込み、特定の部位をタッチするとセンサの状態を監視しているマイコンボードを介して予め仕込んだコマンドがPCに伝わり、拡大・縮小、アニメーションが行われるという仕様になっていた。

CGで再現された鳳凰

完成した8KリアルタイムCGの感想として、中谷氏は「8Kは画素が見えないので非常に滑らか。こうした表現を見たのは初めてのことで、リアルタイムで動くというのは新しいアートの胎動を感じました。これからの画家に大きな影響を与えると思う」と語っていた。

続けて、國重氏はフルHDと8Kにおける相対視距離(ディスプレイサイズとその係数で表す鑑賞距離)のちがいについて触れ、前者の視野角33°から算出される相対視距離が3mであることに対して、8Kは0.75mとなると解説。『北斎ジャポニズム』を通して、8Kでは段ちがいの没入感が得られることを改めて実感したという。

(左)リアルタイムCGのデモを行う國重氏。龍と鳳凰を模した造形に仕込まれたセンサによって、拡大・縮小、指定された部位のアニメーションの実行をリアルタイムで制御できる/(右)鳳凰を拡大させた例

そのほか、「SIGGRAPHへいらっしゃる方々は、実際にCGを制作されている方が多いと思うので『8Kなんかとんでもない!』と思われていらっしゃる方も多いかもしれません。ですが、今回のデモをご覧になっていただき8Kがもたらす新たな映像表現の可能性を実感してもらえたらと思います」という中谷氏のコメントも印象的であった。

龍をアニメーションさせた例

最後に、8KリアルタイムCGのシステム構成と中核スタッフの紹介が行われた。今回のデモにはシャープが開発中だという8K/HDR液晶ディスプレイ2台が用いられたが、8Kフッテージは30Pで、リアルタイムCGは60Pで再生された。各ディスプレイはNVIDIA Quadro M6000を搭載したBOXX Technologiesの「APEXX 4 7201」モデルとHDMIケーブル4本で接続、リアルタイムCG制御用の静電容量センサが埋め込まれた立体造形とはマイコンボードを介してUSBで接続したという。

リアルタイムCGのモデルやアニメーション制作はNHKアートのデジタルアーティスト数名が担当する一方で、Unity用のプログラム開発は東京電機大学 ビジュアルコンピューティング研究室(高橋時市郎 教授)の協力を得たそうだ。

今回のリアルタイムCGデモ用のシステム構成(エルザ ジャパンNVIDIAが機材協力)。8Kフッテージ再生用のシステムも同じ構成とのこと

2時間の講演としては、プロジェクトの表面的な紹介にとどまった印象はぬぐえず、SIGGRAPHの講演としては物足りなく感じた参加者もいたようだ。これは邪推に過ぎないが、6年ぶりに日本で開催されるSIGGRAPHに間に合わせられる範囲で実施できることにしぼらざるを得なかったのかもしれない("特別招待"という扱いになった所以ではないのだろうか)。
デジタルアーティストの性分である「新たな表現の追求」を効果的に呼び起こすためにも、NHKには8Kコンテンツ制作の啓蒙のためにもさらなる研究と、そこから得られた知見の紹介を通した8Kプロモーションに期待したい。

講演終了後は、8Kの表現力を間近で体験しようとする人たちでにぎわっていた

TEXT & PHOTO_沼倉有人(CGWORLD)