『ALWAYS 三丁目の夕日』、『永遠の0』、『STAND BY ME ドラえもん』、そして2014年11月29日(土)から大ヒット上映中の『寄生獣』と、次々と話題作を生み出す株式会社 白組の山崎 貴氏。

近未来ファンタジーからノスタルジックな人間ドラマまで、VFXを駆使したエンターテインメントで日本中を感動させる山崎氏は、どのようなことを考え、何を表現しようとしているのだろうか。

今回、白組・調布スタジオにて山崎氏にお会いし話を伺うことができたので、その内容をお伝えしよう。

自分の気持ちに正直になって全力を注ぐ

山崎氏が映画の世界に興味をもったのは、怪獣映画が大好きだった幼稚園の頃。
登場する怪獣は本当にいるわけではなく、大人が仕事としてつくっているということを知ったのがはじまりだった。

そんな山崎氏が映像の道に進む決定打となったのは、SF映画の二大巨頭『未知との遭遇』と『スターウォーズ』が時を同じくして(1977年に)劇場公開されたこと。
衝撃を受けた山崎氏は高校に進学するやいなや、勇み足で映画研究部に入部した。

しかし......。

「地元の長野県では、身近に映像をつくっている人なんてひとりもいなかったんです。部活動にしても映画研究とは名ばかりで覇気がなく、ひとりで空回りしてばかりでしたね」。

"映像で闘いたい"という気持ちを限界まで募らせて上京した山崎氏は阿佐ヶ谷美術専門学校に入学するも、あふれる情熱とは裏腹に「映像で一生食っていくのは難しいだろう、デザイナーやイラストレーターの道も模索しつつあわよくば映像で......」と、心のどこかで歯止めがかかっていたという。

しかし学校がはじまってみれば、そんな気持ちは一気に吹き飛んでしまった。
これまで、絵を描いたり映像をつくったりすることは"遊び"としか見られていなかったが、ここでは"勉強"であり、良いものを作れば正当に評価されるのだ。
目標を同じくする仲間が集まるこの場所で飛び抜けていくことは楽しくて仕方がなかった。

さらに、「ひとつ上の先輩に寺田克也さん、竹谷隆之さん、桂 正和さんといった凄腕たちがすぐ目の前にいるという"トキワ荘状態"だったんです。高校時代の鬱屈とした環境から一転、俺が求めていたのはこれだ! とものすごく刺激的でした」。

だが同時に、井の中の蛙でしかなかったことも思い知らされた。
「こんなに凄いイラストレーションの腕をもった先輩が、当たり前のように同じ学校にいるくらいこの世界は広いんだ。あわよくばという中途半端な気持ちでは到底かなわない、と気付かされたんです」(山崎氏)。

「何が一番好きなのか? 」と自分の心に問いただしてみると「ずっと映像をやりたかったじゃないか」というまっすぐな答えが返ってきた。
こうなったら本当に好きなことに全力を注ぐしかない。自分の可能性に保険をかけず、映像一本で生きていく決意が固まった瞬間だった。

▼映画『寄生獣』撮影時の山崎監督

アイデアで自分を売り込む

専門学校を卒業してすぐに白組に入社した山崎氏だが、その経緯が実にユニークだ。

「白組で手がけている博展映像の制作スタッフのアルバイト募集という案内が学校に届いたのです。僕はミニチュアが作れたのですぐさま応募して制作に参加するようになったんですが、そうこうするうちに社長(島村達雄氏)と知り合いになり、お金がなくなるたびに白組に出かけて営業かけてミニチュアを作らせてもらっていました」。

そして卒業を目前に控えたある日、ふいに社長に呼び出された。

「映像の仕事がしたいんだったら白組においで、と言ってもらえてそれで就職が決まったんですよ。でも後日、新卒募集の入社試験が倍率70倍だということを知って、入社式で社長に会うまで"社長の気まぐれだったんじゃないか"とハラハラしていました(笑)」と当時をふり返る。

そして、晴れて白組に入社した山崎氏は、できたばかりの調布スタジオを任されることになった。
「オープン当初は、外部のCGスタッフ数名とミニチュア制作要員の僕だけでした。僕はミニチュア制作だけではなく演出もしてみたかったので、打ち合わせに付いて行っては絵コンテを描いて具体的な演出プランを提案して......。いつのまにか"影の監督"になっていました(笑)」。

また、伊丹十三監督の『マルサの女2』以降、ほとんどの作品のVFXに携わったという山崎氏は、伊丹監督にシーン設計を演出込みで直接提案していたと言う。
アイデアをカタチにしようとする熱意が大きなうねりとなり、周囲を巻き込んでいく。

  • 特殊メイク用にスタッフの顔を型取り。若かりし頃の山崎氏、その奥は渋谷紀世子氏(『寄生獣』ではVFXディレクターを務めている)

  • 【1992年】 スーパーファミコン『スターフォックス』CM用マペットを操演する山崎氏

壮大なアイデアも、実現させなければ価値はない

ある日、山崎氏のもとに監督デビューへの足がかりとなるチャンスが訪れる。

「白組でもオリジナル作品を発表しようという話になったので、とある映画の企画を提案したんですが、白組だけでは手に負えないほど壮大な物語のファンタジーになってしまって(笑)」(山崎氏)。

株式会社ROBOT(以後、ROBOT)に映像企画として提案し、ようやく実現に向けて動きはじめたのだが思わぬ問題に直面。

「プロデューサーが予算を計上した結果、"20億円必要だ!"となり膠着してしまったんです。このままでは監督デビューは夢のままで終わってしまう......。何とかしなければと監督の新人デビューの相場を調べてみると、せいぜい1億円が上限だということがわかったんです」。

そこで山崎氏は、壮大過ぎるシナリオとは別のコンパクトな企画を考案。白組CG班を駆使しつつ、キャスティングやセットを含めて1億5千万円内に収まる仕事ならば可能なのではないか、と戦略的に練り直したものを『ジュブナイル』というタイトルで改めて提案した。

結果、先行き不透明だった企画は再び輝きをとり戻し、再び動き始めることとなった。
さらにちょうどその頃、ROBOTがつくった『踊る大捜査線』がケタちがいの大ヒット。これが追い風となって山崎氏の勢いにさらなる力が加わった。

「ROBOTは次にどんな作品を発表するんだろう、と映画業界の注目を一斉に集めていたときだったんです。"活きのいい新人監督"として『ジュブナイル』のシナリオをみせたら、全部で4億5千万円が集まり、キャストに香取君が決まり、夏休みの東宝で公開されることになり......と、もうわけがわからなくなるほど膨らんでしまって(笑)」。

当初の構想にこだわらず、目標達成にかけた山崎氏の柔軟さが幸運を呼び込んだのだろうか。
『ジュブナイル』のヒットにより、山崎氏は映画監督としての道を歩み始めることとなったのだ。

  • 天下一品ラーメンCMの映像制作中。Macintosh Quadra 800、5インチMOドライブなどを使用していた時代

  • ハウスバーモントカレーCMに登場する鍋モンスター。コマ撮りアニメが行われた

"おみやげ付き"のエンターテインメントとは

監督・VFX、さらに脚本の執筆もこなす山崎氏だが、映画を生み出す原動力はどういったものだろう。

「小学生のとき、学校や児童館に置いてあるジュブナイル小説を全部制覇してしまうほど読書が好きだったんですが、その頃に吸収したものが根幹となって今の自分を動かしている気がします。そういった"かつての自分が思い描いていたもの"が、今になってすう~っと目の前に泳いでくる瞬間があるんですが、それをつかまえる感じで映画をつくっています」。

最新作『寄生獣』も同様に、読者として読んでいた当時から、映画化の際はVFXクルーとして参加したい、と思っていたそうだ。
そして、それらの原動力に加えて映画人としての"ある使命感"に駆られて脚本を書くと山崎氏は話す。

「監督としての資質に加え、VFXを扱えるという強みを自分の旗印に日本映画を開拓し、より多くの観客に劇場に出向いてもらえるエンターテインメント作品をつくっていくのが、自分の使命だと思っています。でも、ただのエンターテインメントでは申し訳ないので、映画を観た後におみやげとして"何か"をもって帰ってもらえる作品でありたいですね」(山崎氏)。

それはもしかすると、観た人の心に少なからず傷跡を残すことになるかも知れない。
人によって、プラスだったりあるいはマイナスだったりするのかも知れない。

エンターテインメントとして楽しんでもらいつつも、大き過ぎず小さ過ぎないちょっとした"何か"を人々の記憶に残していきたい、と山崎氏は語る。

「VFXを使わない映画をつくってみたいと思うときもありますよ。でも、VFXを扱える人間として、普通ではすぐさま削除するような描写を平気で書けるという強みがありますからね。脚本を書くときも、自分で落とし前をつける覚悟さえあれば、どんなシチュエーションでも躊躇なく書けるし、"自分でなんとかします"と胸を張って説得できるんですよね(笑)」。

現在、新しい脚本を執筆中とのこと。未来の自分に「難しいシーンを書いてごめんね」と謝ってばかりだと、山崎氏は目を輝かせて笑った。

山崎氏が監督・共同脚本・VFXを手がけた『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズにて使用された24分の1のミニチュア

映像で闘え!

ハードもソフトも充実して個人レベルで制作が完結できるツールが比較的簡単に手に入るようになり、作品を発表する場所や機会も無数にある時代だ。
多様な手段で表現に挑むことが可能になった現在の環境について、山崎氏は次のように語った。

「学生時代にこんなに素晴らしい環境があるのに何もしないなんて、僕には信じられないんです。自由自在に何だってできるんだから、もっと外の世界に挑んでいけ! とつくづく思います」。

会話の所々に冗談をはさみ、終始にこやかな笑顔で取材に応じてくれた山崎氏の表情が一転し、厳しさの色がさしたので思わずドキリとしてしまった。
しかしそれは決して否定的な厳しさではない。

「上を目指してどんどん面白いことをやっていきたいと思っているのなら、自分が属しているコミュニティで常に一位を獲るくらいの迫力で挑んでほしい」。

仲間に真剣勝負を挑むときのような熱意に溢れた目で山崎氏は語る。
"映像で闘いたい"と願ってやまなかった少年時代の山崎氏が目の前にいるのだと気づいた。

「最近あらためて落語に触れる機会があったんですが、ああだこうだと時間をかけてこってりとした感じで映画をつくり上げるのとはちがって、落語は演者が身体ひとつでリアルタイムに、それもかなり削ぎ落とされた表現だけで、僕らが描き出そうとしている世界に近いところまで連れていってくれるんですよね。話芸の持つ凄さに魅力を感じて、これから少しづつ勉強していきたいと思っています」

TEXT_UNIKO
※CGWORLD Entry vol.010より