SIGGRAPH(シーグラフ)は、毎夏北米で開催される世界最大規模のコンピュータ・グラフィックスに関する国際学会である。アカデミックはもちろん、メディア&エンターテインメントをはじめとする各産業界にとっても有益な情報発信や収集、ネットワーキングの場となっている。その関連学会として2008年からスタートした「SIGGRAPH Asia」は、これまでにシンガポール、日本(横浜)、韓国(ソウル)、香港、中国(シンセン)といったアジアの各都市を巡ってきた。8回目となる今年は、神戸コンベンションセンターで11/2(月)から開催予定だ。2009年の横浜以来、2度目の日本での開催となるため、国内の教育機関やCGプロダクションが様々な準備を進めている。本記事では、「Computer Animation Festival」プログラムのChairを務める塩田周三氏と、「Courses」プログラムのCo-Chairを務める安生健一氏による対談を通して、各プログラムの審査模様について、さらにSIGGRAPH Asia 2015の見どころをお伝えする。
SIGGRAPH Asiaでは、手描きの映像作品の応募が多い
ーーお二人はSIGGRAPH本体でのJuror(審査員)のご経験もあるそうですね。
塩田周三氏(以下、塩田):SIGGRAPH 2004と2005、SIGGRAPH Asia 2012と2014で、「Computer Animation Festival」(以下、CAF)の審査員を務めてました。CAFと、その審査自体には慣れていますが、Chair(審査委員長)を務めるのは今回が初めてです。審査のやり方や結果には、Chairのリーダーシップやプロデュース力が大きく影響します。SIGGRAPH Asia の審査は、SIGGRAPH本体と比較すると和気あいあいとしていますが、それでも責任重大です(笑)。
安生健一氏(以下、安生):私の場合は、SIGGRAPH Asia 2009で「Sketches and Posters」のChairを務めました。SIGGRAPH 2014と2015では、CAFの審査員もやっています。他の審査員と仲良くなれたり、今の3DCG産業や技術研究の最新動向を確認できたり、楽しくて面白い経験ができる一方で、大変なことも多々ありますね。昨年のCAF審査会では、あまりにも多くの作品を見続けた結果、映像が頭のなかで渦巻いて、深夜にうなされたんですよ。こんなことってあるのかと、びっくりしました。
塩田:ある年のCAF審査会(Jury)の会場に行ってみたら、目薬と頭痛薬が置いてありました。初めて見た時には「目薬はともかく、何で頭痛薬が必要なんだ?」と思いました。でも審査の終盤になると、情報のオーバーロードで本当に頭が痛くなるんですよ。何日も缶詰になって、500本近い映像を見て、受賞作品を決定する......なかなかのハードワークです。特に「Animation Theater」に入れるのか、その上の「Electronic Theater」に入れるのか(※1)どうかで、喧々がくがくの議論になることが多いですね。
※1:CAFのプログラムは、比較的小規模の会場で上映される「Animation Theater」と、劇場上映用機材を用いた大規模な会場で上映される「Electronic Theater」に大別される
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SIGGRAPH Asia 2015「Computer Animation Festival」プログラム 委員長・塩田周三氏(ポリゴン・ピクチュアズ 代表取締役社長)
安生:最近は、「Pre Jury」(事前審査)の工程を設けていて、応募規約に則っているかどうかなどを担当者が2人1組になってチェックしています。そうやって、応募総数約500本(※本国かAsiaかを問わず、毎年同程度の作品が集まるとのこと)から絞り込まれた200本前後の作品が、本審査で上映されます。それでも、朝から晩まで見続けて2日半くらいかかりますね。その間、Chairと審査員たちは朝から晩まで、ずっと行動を共にします。実は、夕食をとる店選びなどもChairの役割なんですよ。その年のChairを誰が務めるかによって、審査方法や雰囲気はずいぶん変わりますね。
ーーCAFの審査員の方々は世界各地に散らばっていると思いますが、一堂に会して審査するのですね。
塩田:そうです。SIGGRAPH Asia 2015の場合、Chairの私に加え審査員が6名います。アメリカ、オーストラリア、韓国、日本など、居住国はバラバラですが、できる限り神戸に集まって審査したいと思っています。SIGGRAPHはアカデミックな要素の多い集まりですが、昨今のCAFの応募作品は、ストーリーやプロダクション・パイプライン(制作工程&編成)のすごさを競う傾向が強いですね。映像表現に直結する技術の新規性よりは、表現のしかた、デザイン、効率的に多くの物量を処理するパイプラインなどを評価材料とする場合が多いので、メディア&エンターテインメント業界をはじめとする制作の現場に身を置く審査員が多いという傾向があります。
安生:Asiaだけでなく、北米で開催される本家SIGGRAPHの審査会にも同じ傾向が見られます。ただしビジュアライゼーションのベスト作品を選ぶ際には、メディア&エンターテインメント畑の審査員だと判断が難しい場合がありますね。医療や建築など、色々な分野の作品が送られてきますから。そのほかの傾向として、最近は学生作品のレベルが上がっています。審査員をやっているプロたちですら驚くような、すごい情報量をもった作品が送られてきます。
塩田:フランスのシュパンフォコム/Supinfocom(現MOPA)やゴブラン/Gobelins、ドイツのフィルムアカデミー・バーデン=ヴュルテンベルク/Filmakademie Baden-Wuerttembergなどの常連校は、学生ながらプロ顔負けのパイプラインを構築して、大人数で制作していますからね。しかも先生や先輩の作品を見てノウハウを蓄積しているから、映像を見ればどこの学校からの応募か想像がつく。シュパンフォコムにはシュパンフォコムの、ゴブランにはゴブランのスタイルやデザイン、色合いがあります。フィルムアカデミーの場合は、テクニカル・ディレクター(TD)コースの学生が牽引して、TDの技で攻めてくる。
安生:彼らは2年くらいかけて、大人数のチームによる作品制作を実践し、そのなかで鍛えられています。正しい教育のあり方かどうか意見は分かれると思いますが、プロダクションに就職するなら、パイプラインのなかで制作することを意識しておいた方が良いとは思いますね。
塩田:その意識は大事だと思います。一方でSIGGRAPH Asiaの場合は手描き(2Dアニメーション)による作品の応募が多く、これは独自の傾向だなと感じています。SIGGRAPHはCGの学会ですから、デジタルツールの使用は必須ですが、手描きと3DCGを上手く組み合わせた作品であれば普通に審査されています。日本の作品は手描きが主体で、しかも良いものが多い。それらを完全にシャットアウトしているわけではないので、デジタルのプラットフォームでつくっているものであれば、ぜひご応募いただきたいです。Electronic Theaterの約2時間のショウケースを組み立てる際には、なるべく多彩なバリエーションの映像があった方が良いとも思うので。全ての上映作品が重厚な映像だとつらいし、全部がコメディでもつらい。VFXとフル3DCGの間に手描きを入れたり、ビデオゲームのカットシーンやリアルタイムCG、コマーシャル、ビジュアライゼーションなどを挟み込んだりした方が面白いですからね。
[[SplitPage]]外国からと日本から、両方の参加者が楽しめるように盛り上げていきたい
ーー日本で開催されるSIGGRAPHですから、例年以上の日本からの応募を期待したいですね。ほかに、応募時の注意点はありますか?
安生:CAFの場合、審査にかけられる時間は1作品あたり最長でも4分ほどです。そのくらいのペースで判断していかないと審査が終わりません。ものづくりの本質ではないと思いますが、冒頭での"つかみ"は大切です。
塩田:審査する側の事情を想像していただけるとありがたいですね。たまに冒頭のタイトルやスタッフロールにけっこうな尺を使っている作品を見かけるのですが、やめた方が良い(苦笑)。トータルの尺も、あまりに長いとショウケースに組み込みづらい。実際のところ、3〜5分くらいの作品の方が選ばれる確率は高いです。その他の注意点としては、セリフがちゃんと英語に翻訳されているか、などがありますね。ただし、セリフがなくても、アニメーションだけでその意味が誰にでも伝わる内容の方が訴求力は強いですね。
ーー横浜で開催された「SIGGRAPH Asia 2009」では、一部のセッションが日本語で行われました。今回も、そうした試みはあるのでしょうか?
安生:Coursesではやりたいと思っています。本家と同様、SIGGRAPH Asiaも本来は英語のセッションしかありません。そうすると参加自体のハードルが高くなってしまう場合もあるので、英語に対して抵抗があるCG・映像関係者の方々にも参加しやすくなる工夫もしていくつもりです。
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「Courses」プログラム 共同委員長(Co-Chair)・安生健一氏(オー・エル・エム・デジタル 取締役/研究開発部門 R&D スーパーバイザー)
塩田:日本で開催する際には、やはり英語がネックになります。アカデミック分野の方々は何とか対応されようとしていますが、各業界の現場の方々になればなるほどつらくなっていきますね。自分としても、何らかのかたちでサポートしたいと思っています。一方で、海外からの参加者たちは、日本ならではの発表を非常に楽しみにしています。例えば近年の日本のCGアニメーションは目覚ましい進歩をとげていて、しかも日本独自の道を歩んでいる。そうした「CGアニメ(アニメCG ※2)」に特化したセッションも企画したいと思っています。
※2:近年、日本のアニメーション業界では、手描きの2Dアニメーション制作のなかで培われた日本独自の表現を3DCGで再現し、さらにそこから新たな表現を見出そうとする試みが盛んである。一般では「セルルック」などと表されることが多いが、CGWORLDでは「アニメCG」と総称している
安生:日本のアニメやゲームに親しんでいる人は多いですからね。特にアジアから参加される方々は、日本の作品を観ている場合が多い。アメリカの作品を観るのと同じくらい、日本の作品も観ています。先日もニュージーランドに出張に行ったら、あちらの方々が『妖怪ウォッチ』をちゃんと知っていて驚きました。
塩田:昼間に20分くらいのショートセッションを英語でやっていただき、その拡大版を、夜に場所を変えて日本語でやっていただくとか......。外国からの参加者も、日本からの参加者も、両方が楽しめるように全般で盛り上げていきたいと思っています。さらに個人的には、SIGGRAPHというブランドが神戸で開催されることで、地方都市のCG・映像関連の産業が活性化されると良いなとも思っています。神戸に来たい外国の人たちは大勢いて、みんなすごく楽しみにしているのです。
ーー神戸の何を楽しみにしているのでしょうか?
塩田:神戸ビーフ(※3)が食べられると思っているんですよ(笑)。そんなにいないから、3,000頭しかいないからと言っているのですが。それは冗談としても、日本のエキゾチックな文化を体験できることを、期待しているようです。
※3:神戸牛とも呼ばれる。年間に約3,000頭しか出荷されない希少な牛肉だが、欧米を中心に知名度が高く「Kobe Beef」として知られている
安生:日本でSIGGRAPHが体験できる貴重な機会なので、ぜひ多くの方々に参加してほしいと願っています。前回の横浜とちがって、関東圏からの参加者は泊まりがけになるでしょうが、集中して色々な刺激を受けられる分、むしろ好都合なのではないでしょうか。できれば応募(※4)を、それが無理なら、参加してみるだけでも十分です。それぞれの一歩を踏み出してほしいと期待しています。
※4:CAFの応募期日は2015年6月2日(火)。Cursesは5月10日(日)で締め切られたが、「Art Gallery」や「Emerging Technologies」など大半のプログラムはひき続き応募受付中なので、ぜひ募集要項を確認してもらいたい(2015年5月21日(木)現在)
INTERVIEW_尾形美幸(EduCat) / INTERVIEW_Miyuki Ogata(EduCat)
EDIT_沼倉有人(CGWORLD) / EDIT_Arihito Numakura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / PHOTO_Mitsuru Hirota
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SIGGRAPH Asia 2015
開催期間:2015年11月2日(月)~11月5日(木)
会場:神戸国際会議場・神戸国際展示場
主催:ACM SIGGRAPH
SIGGRAPH Asia 2015 日本語公式サイト