バンダイナムコスタジオ(以降、BNS)のゲーム開発において、アニメーション制作を支えてきたスタッフたちの「流儀」をお伝する本連載。最終回では、リギング、データ管理、ワークフロー構築といったアニメーション技術の研究、開発に従事する中矢陽一氏と森宗義貴氏に話を伺う。

※本記事は、月刊「CGWORLD + digital video」vol. 218(2016年10月号)掲載の、短期連載 第3回『バンダイナムコスタジオ アニメーションの流儀』を再編集したものです。

※本記事内のMorpheme with Euphoria by NaturalMotion LTD.(以降、Morpheme)によるステートマシン環境の画面は、開発中のものです © 2016 NaturalMotion. All rights reserved.

映像作品とインゲームでは"時間の使い方"が全然ちがう

大学の理学部数学科を卒業後、ゲーム会社に就職し、アニメーターになったという異色の経歴をもつ中矢氏。2008年にBNSへ入社した後は『タイムクライシス5』などでリードアニメーターを担当。現在はアニメーション技術の研究、開発に従事している。一方、森宗氏がBNSに入社したのは2004年。以後『ソウルキャリバー』『鉄拳』シリーズなどでアニメーターを務め、現在はリギングやデータ管理などの技術面を担うことが多いという。両氏とも、一貫してインゲームアニメーション制作に従事してきた点は共通している。

ひとくちにアニメーションと言っても、映像作品とインゲームでは"時間の使い方"が全然ちがうと両氏は語る。「映像作品の場合、ストーリーテリングにもアニメーションにも一定の時間を割き、リッチな演出と演技で観客の感情を揺さぶります」(中矢氏)。プレイヤーの『感情を揺さぶる』という目的はインゲームにも共通しているが、そこに使える時間は圧倒的に短いという。「例えばパンチをくり出す場合、インゲームであっても予備動作がなければ痛そうに見えません。しかし使えるのは10フレーム程度なので、われわれはその10フレームに魂を込めるのです」(森宗氏)。この時間感覚は映像作品のアニメーターからするとせわしなく感じるようで、意思疎通が上手くいかない場合もあるという。

BNSでは新卒採用の段階からアニメーターと他の職種を分けて採用しており、両氏が応募者のデモリールを見ることもある。それらをチェックしていると、派手なデモシーンの制作がこの仕事のゴールだと誤解している人が少なくないように感じるという。「インゲームアニメーションは、プレイヤーの自発的な入力が引き金となって開始されます。この入力に対し、気持ちの良いリアクションを返し、魅力的な体験を提供することがわれわれの役割です」(中矢氏)。以降では、この役割を担う上で有効な手段と両氏が語るステートマシン環境を、従来のワークフローと比較しながら紹介しよう。

ステートマシン環境は、従来のワークフローと何がちがうのか

ゲームエンジンやミドルウェアの普及に伴い、国内での導入事例も増えているステートマシン環境。本記事ではアニメーターの役割に焦点を絞り、従来のワークフローとのちがいをみていこう。

ステートマシン環境でのワークフロー

<STEP01>要件の決定

何らかの入力に対し、出力内容を決定するしくみのことをステートマシンと呼ぶ。アニメーションにおけるステートマシンの場合には、例えば『プレイヤーがAボタンを押す』と『キャラクターが回し蹴りをする』というように、入力と出力の内容を決めていく。ステートマシンの内容を決定するにあたり、必要になるのがキャラクター性能だ。マップ上のキャラクターが、秒間何メートルで移動できるのか、段差は上れるのか、どんな武器を使えるのかといった要件を、企画とアニメーターが相談しながら決めていく。


▲ガンシューティングゲームの仕様書(一部)。マップ上でのキャラクターの移動範囲がマルと線で書かれている。企画の意図を汲み取り、必要とされるアニメーションの内容や分量を見積もることが、この段階でのアニメーターの役割だ

<STEP02>仕様の決定

<STEP01>でレベルデザイン(ゲームの空間デザインや難易度調整など)に影響するキャラクター性能の設計が完了すると、以降は基本的に企画の確認は不要となり、プログラマーとアニメーターの相談で仕様を決定する。アニメーションの遷移を表すステート図を書きながら、どのような設計にすればバグが発生しないか、入念な検討が行われる。例えば『Bボタンを押す』と『ジャンプする』というステート図を組んだとしても、床の上に腹ばいになっているときには無効にしなければ不自然な挙動となる。こういったバグを予見し、条件分岐を決めていく。


▲ガンシューティングゲームのアニメーションステート図(一部)。ステートマシン環境では、アニメーター自身がゲーム内のキャラクターの挙動に関われる。一方で、一連のしくみに対する理解が浅いとバグを発生させることになる

<STEP03>アニメーション制作

<STEP02>で制作したステート図内の各ステートに紐付けるアニメーションを制作する。ただし、この段階のアニメーションは仮のものでよいため、既存のデータを使い回す場合もある。キャラクターの移動量や回転角度といった必須要件さえ満たしていれば、後述する<STEP05>のテストプレイの段階までは問題ない。

なお、BNSではキャラクターのモデリングとボーンの設定までをモデラーが担当し、以降のリギングは中矢氏や森宗氏のようなテクニカルを得意とするアニメーターが担う場合が多いという。


▲アニメーションを設定中のMotionBuilderの画面。このキャラクターデータは『標準君』の愛称で親しまれており、BNSの数多くのキャラクターアニメーション制作に使われている

<STEP04>ステートの構築

<STEP03>で制作したアニメーションデータを使い、実際にステートを組んでいく。この段階では、<STEP02>で決定した最低限のステート図の再現を目指す。それでもステートの合計は数百個になるいう。「高低差のあるオープンワールドを縦横無尽に駆け巡り、ほかのキャラクターや背景とインタラクションするキャラクターを表現するには膨大なステートが必要です」(中矢氏)。昨今はそういうゲームがプレイヤーに支持されているからこそ、アニメーター自らが挙動を制御できるステートマシン環境は有効だという。


▲ステートを設定中のMorphemeの画面。基本的にスクリプトを書く必要はなく、ノードをつなぐことで処理を実行できる。ただし、数学や物理、Pythonなどへの理解があるほど、問題に対して柔軟に対応できるという


▲ブレンドツリーを操作中のMorphemeの画面。複数のアニメーションをブレンドし、効率的に動きのバリエーションを増やしている。【A】の『歩きながら照準を合わせる』動きに、『上を向く』動きをブレンドしたものが【B】、『下を向く』動きをブレンドしたものが【C】だ。ステートの構造を変えなければ、そこに紐付くアニメーションの内容はアニメーターの裁量で自由にブラッシュアップできる。例えば、ブレンドツリーにノードを追加し、待機モーション中の仕草を増やすといったつくり込みも可能だ

<STEP05>テストプレイ

<STEP04>で構築したステートを実機に読み込み、開発チーム全員でテストプレイを行う。<STEP01>で企画と合意した要件、例えばキャラクターの移動量は適切かといったことを改めて確認する。そもそもゲームとして面白いか、バグが発生していないかについても合わせて吟味する。問題があれば、要件を見直したり、ステートの組み方を変更したりといった対応が必要になる。要件とステート構造の両面でOKが出れば、企画とプログラマーは別の作業に移行し、アニメーターが以降の量産やポリッシュを担うことになる。


▲<STEP01>∼<STEP05>を経て、要件とステート構造が確定すれば、以降のキャラクターの挙動にはアニメーターの創意工夫を詰め込める。この点で、ステートマシンは『夢の環境』と言っても過言ではないと中矢氏は語る

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従来のワークフロー

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従来のワークフロー

<STEP01>アニメーションのアイデア出し

森宗氏も関わってきたBNSの格闘ゲームを例に、従来のアニメーション制作のワークフローを紹介する。ステートマシン環境の場合と同様、まずは企画とアニメーターが相談し、アニメーションのアイデア出しを行う。

格闘ゲームの場合『2体のキャラクターが様々な技をくり出し、互いの体力を削り合う』という基本的な仕様は決まっているため、その仕様に乗せる技の内容、技の数、技の出し方などが議論の中心となる。「格闘ゲームでは、技のアニメーションがレベルデザインに直結します。そのため企画とアニメーター間のアイデア出しは、かなり白熱したものになるのが常です」(森宗氏)。

なお、このような格闘ゲームとは対象的に、昨今のゲームでは、アニメーションとレベルデザインが分離しているゲームも増えている。例えば、マップ上の障害物やアイテムの配置で難易度を調整するゲームの場合、アニメーターはレベルデザインに関与しない。ユーザーの感情を揺さぶり、気持ち良さを提供することがアニメーターの主な役割となる。こういったゲームの方が、ステートマシン環境の導入に適していると中矢氏は語る。


▲【A】∼【C】『ソウルキャリバー』シリーズのキャラクターのデザイン画
©BANDAI NAMCO Entertainment Inc.

▲【D】同シリーズの技のアイデアスケッチ/【E】技やポーズのアイデア出しをする森宗氏。キャラクターの性格や武器も考慮に入れつつ、様々な方法でアイデアを形にしていく
©BANDAI NAMCO Entertainment Inc.

<STEP02>モデル要件の決定

多くの場合、<STEP01>の時点でキャラクターデザインの大枠は決まっている。しかし技のアイデアを踏まえ、デザインや3Dモデルの要件が変更されることもある。「例えばアイデア出しの段階で、『武器を回転させたい』という提案が出たとします。ところが、武器が回転に対応したデザインになっていない場合には、修正が必要となります」(森宗氏)。一方で、キャラクターの衣装にヒラヒラとした揺れものが付いている場合には、それが映える大ぶりな動きを追加することもあるそうだ。



▲『ソウルキャリバー』シリーズのキャラクター。武器の立体的な形状、衣装の見映えも視野に入れ、モデル要件と技の両方を見直していく
©BANDAI NAMCO Entertainment Inc.

<STEP03>アニメーション制作

<STEP01>で出されたアイデアを基に、アニメーションを制作する。格闘ゲームのアニメーションは遷移図にすると単純だが、そこに乗せる技の数は膨大で、その内容がゲームの難易度に大きく影響する。例えば予備動作の大きい蹴りは痛そうに見える反面、攻撃の予測や回避が容易になる。一方で、予備動作の小さい蹴りはリアリティに欠ける反面、回避が難しい。技の内容に加え、発動するタイミングもレベルデザインと密接に関連するため、アニメーターだけで動きの良し悪しを判断できないという難しさがある。


▲『標準君』でアニメーションを制作中の画面。ここでつくったアニメーションデータが、各キャラクターの3Dモデルのリグへとリターゲットされる

<STEP04>テストプレイ

アニメーションデータの実機への組み込みは、基本的に企画が担当する。アニメーターの中には組み込みのやり方を修得している人もいるが、アニメーション制作との兼業は負担が大きく、両方を担うのは現実的ではないという。

技が発動するタイミングは、この段階で企画が設定する。組み込んでみた結果、『リーチが短く相手に当たらない』『動きが地味で見映えがしない』などの不具合が判明し、<STEP01>のアイデア出しからやり直す場合もある。

くり返しになるが、格闘ゲームの場合にはレベルデザインとアニメーションが密接に関連しているため、ワークフローの最後まで企画とアニメーターの協業が続く。このようなタイトルでは、ステートマシン環境ではなく、従来のワークフローの適用が望ましいという。


▲『ソウルキャリバー』シリーズの対戦画面
©BANDAI NAMCO Entertainment Inc.

CONCLUSION

BNSでのステートマシン環境導入はまだ日が浅く、対応できるアニメーターの数は限られている。しかし、今後の仕事を支える大切な道具になり得るからこそ、使い手が増えてほしいと両氏は語る。「昨今のインゲームアニメーターは『良い動きをつくれる』だけでは不十分で、『動きによってプレイヤーを楽しませる』ことが期待されています」(中矢氏)。そのためには、ゲーム開発そのものに強い興味をもち、企画やプログラマーとの相互理解に努める姿勢が必要だという。「例えばゲームをプレイするとき、ボタンを連打して連続入力をしてみると、タイトルによって挙動がマチマチなことに気づけます。そこに興味をもち、なぜそうなっているのかを考える習慣を身に付けることが、理解を深める第一歩だと思います」(森宗氏)。

TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
PHOTO_弘田充