フリーランスのクリエイティブ・ユニットとして活動するTELYUKA(テルユカ)が創り出したCGキャラクター『Saya』(サヤ)。日本人の女子高生という、ありそうでなかったモチーフであるのと同時に、その卓越したフォトリアリスティックなたたずまいは不気味の谷を軽やかに超えている。昨年10月の衝撃的なデビューから熱い注目をあつめ続ける"彼女"がいよいよ動き始めた。昨年12月10日(土)に発売したCGWORLD 221号(2017年1月号)では、『Saya』プロジェクトの最新動向を紹介しているが、本稿では中核メンバーたちに誌面に載せきれなかった思いの丈を語り合ってもらった。
※本記事は、2016年12月6日(火)に実施したインタビュー内容に基づきます。
INTERVIEW_黒岩光絵(二代目三四郎商店) / Hikarie Kuroiwa(NIDAIME SANSHIROU SYOUTEN)
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
PHOT_弘田 充 / Mitsuru Hirota
『『Saya』』プロジェクト中核メンバー
左から、亀村文彦氏(ロゴスコープ)、石川晃之&友香氏(TELYUKA)、三鬼健也氏、木下 紘氏、高橋沙和実氏(以上、ツークン研究所)
バーチャルヒューマンプロジェクト『『Saya』』
<1>2016年をふりかえって
ーーまずは、この1年(2016年)の『Saya』プロジェクトをふりかえっていかがでしたか?
TELYUKA・石川友香氏(以下、友香):あまりにも早く過ぎ去った1年でした......。昨秋に発表した『Saya ver.2015』は、コンセプトイメージという位置づけで、通常のお仕事をしながら余暇を使って自主制作したものです。ですが、今年からツークン研究所さんにもご協力いただきながら、いよいよアニメーションを制作していくにあたって、わたしたちとしてもより本格的に取り組む必要があると考えました。そこで4月からは全ての仕事をお断りしして、『Saya』の制作に専念してきたんです。貯金を食いつぶしながら(苦笑)。
TELYUKA・石川晃之氏(以下、晃之):最初はどうなるかと思いましたが、自分としてはわりと順調にここまで来られたと思っています。もちろん完成度としては、まだまだですけれど。依然として種まき状態で、ようやく芽が少しでてきたかな? といったところです。そうしたなか、制作に費やした時間に伴う一定の成果は挙がっていると思うのですが、継続して多くの反響をいただけていることは本当にありがたいですね。
(左図)『Saya』バージョン2015/(右図)同バージョン2016。今なお、造形や質感、セットアップ等のブラッシュアップが重ねられているとのこと
友香:昨年のバージョン2015は、あくまでもコンセプトでした。今年(バージョン2016)は動かすためのプリビズやセットアップ、パフォーマンスキャプチャといった工程に取り組んできたわけですが、特にセットアップについては、モーションキャプチャに適したリグへと全面的に作り直すことになりました。
ロゴスコープ・亀村文彦氏(以下、亀村):今年もひき続き問い合わせを多くいただきました。そのため打ち合わせも多かったですね。そして、ツークン研究所さんとの共同制作が決まり、『la robe bleue』(CEATECでその一部が公開された8K映像作品)の制作がスタートしてからは、TELYUKAさんとロケハンに行ったり、映像の構成や技術的な仕様(ワークフローなど)について3人で話し合う時間も多くありました。
第1特集「『Saya』ver.2016」(本誌221号)より
ーーフォトリアルなキャラクターを動かすというのは、そもそも非常に高いハードルがあったと思います。
友香:ツークン研究所さんと知り合う以前は、アニメーションも全部手付けで自分たちでやる、やらざるを得ないと考えていました。
晃之:元々はフォトリアルなCGキャラクターの習作ということもあり、アニメーションも自分たちで手付けしようと。「10年かかってもいいんじゃない?」という心意気でいました。
友香:だから「10年もかけていられないよ!」などと、ふたりで延々とケンカした時期も(笑)。実は、PERCEPTION NEURONの購入を検討したこともあったのですが、そうした意味でもツークン研究所さんから協力の申し出をいただけたのは本当にありがたかったです。
ツークン研究所・三鬼健也氏(以下、三鬼):わたしたちとしては、とにかく『Saya』を動かしたいという気持ちが大きかったですね。というのは、ツークン研究所でもデジタルヒューマンのR&Dに取り組んでいたからです。『Saya』は大きな注目をあつめており、相応に使命感やプレッシャーも感じてはいるのですが、これまでに培ってきたノウハウを発揮できればと思いました。また、商業ベースではなく共同研究というスタンスで取り組めているのは、ツークン研究所というR&Dに積極的な組織だから可能だとも思っています。
ツークン研究所・木下 紘氏(以下、木下):実際にパフォーマンスキャプチャを実施したのは今年(2016年)の7月でした。それまでは『Saya』を最高のパフォーマンスで動かせるようにと、メンバー各自が技能をみがいてきました。
友香:昨年末にツークン研究所さんのスタジオを見学させていただいたのですが、新しい技術に"前のめりで取り組む"姿勢や誠実さに惹かれました。最終的には、こちらからお願いするかたちでパートナーになっていただいたんですよ。
2016年10月11日(火)に公開された『Saya』の表情テスト。これだけでも期待を抱かざるをえないクオリティだ
ーーそもそもツークン研究所とは、どのような組織なのでしょう? 一般的なキャプチャサービスを提供しているスタジオとのちがいを教えてください。
ツークン研究所・高橋沙和実氏:ツークン研究所は、2010年6月に開設された東映デジタルセンター内のいち組織になります。発足された背景のひとつに、『アバター』(2009)のパフォーマンスキャプチャを用いた斬新な映像表現とその記録的な大ヒットがあったそうです。日本の映像表現にもそうした新たなテクノロジーを採り入れていく必要があるという考えの下、『アバター』や『トロン:レガシー』(2010)などで使われていたテクノロジーを段階的に導入していくことでモーションキャプチャ関連の設備が増強されていきました。そうした活動を続けていくなかで、近年は「デジタルスタジオ」と「デジタルキャラクター」を2大テーマとして研究開発と制作を行なっています。
三鬼:大きなくくりとしては、「映像の未来技術をつくっていく部署」なんだと思っています。わたしの場合、キャプチャを任されているわけですが、Unreal EngineやVRなどにも取り組んでいます。各スペシャリストたちが自分の技能を突き詰めて、それを最大限伸ばすことができる職場です。そうしたことからMOCAPの延長線として、昨春に木下を中心としたフェイシャルキャプチャのチームが誕生しました。
木下:当初は研究ベースでの活動だけでしたが、おかげさまで商業案件をいただけるまでには成長することができています。
亀村:現場の対応力が素晴らしいんですよね。今回の収録ではわたしの方でヴァーチャルカメラを手配したのですが、諸事情から事前の連絡なしで当日持ち込むことになったんです。一般的にそうした突発的な事態は嫌われるものですが(苦笑)、みなさん興味津々で即座に収録システムに組み込まれてしまいました。若いスタッフさんが多くフットワークが軽いということもあると思うのですが、三鬼さんをはじめ中心となる方が豊富な現場経験を併せ持っているからこそ、こうした柔軟な対応が行えるのだなと。
2016年6月に実施されたパフォーマンスキャプチャ収録の様子
<2>ネガティブな意見は、期待の高さの裏返し
ーー「CEATEC JAPAN 2016」にて、ついに動くSayaが初公開されました(※1)。その反響はいかがでしたか?
※1:2016年10月3日(月)から7日(金)まで幕張メッセで開催された「CEATEC JAPAN 2016」。そのシャープブースにて、8K規格のCGアニメーション『la robe bleue』(青い服の少女)の一部パートが上映された。
www.sharp.co.jp/corporate/event/ceatec2016/
友香:今回にかぎりませんが、ポジティブな意見とネガティブな意見のどちらもありましたね。Twitterなどインターネットからいただくコメントはいつも気にしていますよ。プレッシャーに感じたり、落ち込むこともありますけど、エンターテインメントにおいてはそうした容赦のない声は付きものですよね。もちろん建設的なご意見もいただくので、自分たちの創作を客観的に補正するという意味でも大切にしてます。
晃之:わたし自身はSNSをやってないので、ネットの声を知る術がないというか(笑)。とは言え、友香を介してだいたいのところは把握しています。人の考え方や好みは千差万別なので、全ての意見をダイレクトに受け容れるべきではないと考えています。ただ、何かひっかかるものを感じたときは、自分たちなりの解釈を加えながら消化してますね。
友香:お互いにアーティストとしてのこだわりや信条もあるので、制作中はよくふたりでケンカもするんですよ(笑)。実は、そんなときにネットの声がわたしの味方になってくれるという利点もあるんですよね。「ほら、こういう意見もあるじゃん!」的な。
一同:(笑)。
晃之:そうなると、わたしとしても対応せざるを得ません。客観的な根拠ですから(笑)。また、今こうした活動に取り組めているのは、様々な意見を取り入れてきたからだという自覚もあります。無下に反論するのでは不毛ですし、色んなご意見を聞かせていただければと思います。
友香:とにかく、『Saya』への期待は大きなものだと改めて感じます。わたしたちのために時間をとって意見を寄せてくださっているわけなので、批判的なものは期待の裏返しなんだと前向きに受け止めるようになりました。
亀村:ネットの反響はどうしてもバイアスがかかりがちになるので、受け手側で補正しながら役立てていくのが良いですよね。貴重な意見になると思います。
ーーみなさんのポジティブさは、ハンパないですね。
亀村:昨年10月に、3枚の静止画を初公開したときから、エンタメとしてだけではなく介護ロボットなど、"未来のライフスタイル"的な意見も上がっていたんですよ。一般の方にもそうした想像をふくらませるほどのコンテンツ力を『Saya』が秘めているのだと実感しました。そんな『Saya』が動画になり、さらにAIを積んでよりインタラクティブでヴァーチャルリアリティ的なものとして日常生活にも浸透していくのかもしれない。そんな未来を垣間見た気がします。
友香:コンテンツが多くのものを引き付ける原動力になっているのだと思いました。最初は小さな取り組みだったものが、様々な意見を交えながらわたしたちの背中を押すことで成長していくというのがとても面白いですね。『Saya』の可能性は無限大だと思います。
Sayaを演じた吉良愛実氏は、ツークン研究所に在籍するCGデザイナーである。「彼女がアクターを演じるのは初めてのことでしたが、日頃はキャプチャ業務やアニメーション制作を手がけているので勘どころが良く、効率的に収録することができました」(三鬼氏)
ーーところで、今年の4月から『Saya』の制作に専念されているとのことですが、TELYUKAさんの一日には「何時に起きる、寝る」といった決まりがあるのですか?
友香:オフはほとんどありません(笑)。ずーっと作業しているので、土日の感覚もないですね。
晃之:休みたくて休むのではなくて、疲れて倒れちゃう的な(笑)。
友香:それ以前も仕事をしながら、土日や余暇を自主制作に割り当てていたのでスタイルとしては変わらないんですよ。ふたりともつくることが好きなので、CGがライフスタイルの中心になってしまっているんです。
晃之:ただ、仕事の合間をぬっての自主制作だと、どうしても不完全燃焼になってしまっていたんですよね。その意味では、現在の『Saya』に専念するというスタイルは、本当に自分の好きなものに注力するという、自分たちに投資をしている感覚ですね。
友香:実は、わたしから見て主人の健康状態や精神状態を考えると、会社に勤めるよりもフリーランスとして自宅で好きな創作に集中することで収入を得られるスタイルを確立した方が良いのだと思ったんです。
ーーそうした働き方もありますよね。
友香:そもそも"つくりたい"と思って3DCGを始めたはずなのに、キャリアを重ねていくと画一的に(個人の資質や志向は考慮されずに)管理職として実作業に携われなくなってしまうという慣習的なものに対して疑問があります。一番技術が潤ってて、適切な判断もできる時期につくれないというのは実作業に携わり続けたいと思っているアーティストには酷だと......。そうした想いもあってのTELYUKAなんです。こうした仕事スタイルを成り立たせられないのかなと。
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<3>『Saya』プロジェクトの展望
ーーバーチャルヒューマンプロジェクト『Saya』は来年以降も継続されると思うのですが、それぞれのお立場から展望をお聞かせください。
木下:『Saya』という、TELYUKAさんが魂を込めて創り出したキャラクターを動かすことができたのはひとつの奇跡だと思っています。このプロジェクトに携わる責任の重さよりも、一緒に歩んでいける喜びや未来への希望の方が大きいですね。これからもぜひ一緒に歩ませていただきたいですし、"観る側"としては『Saya』のさらなる成長を楽しみにしてるひとりでもあります。通常の案件に取り組んでいくなかで得た知見を最大限『Saya』にも還元していけるようにひき続き努力していきます。
三鬼:『Saya』に取り組んで、フェイシャルキャプチャはモーションキャプチャを越えたと思いました。リアルに見せる上で足を引っ張るのはフェイシャルではなくボディの方になってしまったと。フェイシャルはキャプチャ技法だけでなく、表現としても皺や凹凸を出す、頬を赤らめるといった伸びしろが大きいのですが、ボディについては既存手法だけでは頭打ちに近づいていると感じています。
ーーなるほど、そうした課題があるんですね。
三鬼:それはキャプチャ技術というよりもセットアップのコストに依存する面が大きいのですが、『Saya』ぐらいハイディテールのキャラクターであれば、顔の造形を3Dスキャニングするように、モーションキャプチャ収録時に筋肉の伸縮性をキャプチャした情報を反映するなどしなければ顔のディティールに負けてしまうのではないかと、新たな課題が浮き彫りになりました。技術的にはまだこれからですが、ハイエンドを突き詰めていく上では体表面の変化や指先をキャプチャするための研究にも取り組む必要があることを今回思い知りましたね。
高橋:わたし自身はプロデューサーとして、予算やスケジュールの管理、技術者やデザイナーにとってより良い環境をつくるのが役割なわけですが、『Saya』と出会ったことで「技術的な課題にどう向き合っていくのか?」「どうすれば良い成果が得られるのか?」といった、ものづくりの原点と純真に向き合う機会にめぐまれました。それとは別に、個人的に思っているのが"みんな『Saya』が本当に好きなんだなあ"ということですね(笑)。CG・VFX制作者だけでなく、一般の方々も気になる存在になっていることにワクワクしています。
亀村:これまではシーンリニアなど、デジタルシネマ映像制作に関するワークフローの構築やコンサルティングが自分のメインフィールドであり、ヴァーチャルヒューマン関連にはほとんど縁がありませんでした。それが『Saya』を通じて、AIなど、新たな分野のリサーチや研究開発にふれあうことができています。TELYUKAさんが苦心されている姿をみて、コンテンツをつくることの大変さ、それをヒットさせることの難しさも実感していますが、こつこつと活動を続けていくことがイノベーションを導くのだと思っています。
友香:亀村さんと初めてお会いしたときに"コンテンツには確かな求心力があるから育てていくべき!" というアドバイスをいただいたことをよく覚えています。そのアドバイスをうけて、習作として取り組み始めた『Saya』がどんどん育っていき、その求心力によって多くのモノとヒトが集まってくる。そして自分たちの人生を変えかねない存在になっていることは本当に驚きですね。今後も制作を続けて、自分たちが納得できる最終形態にまで到達できればと思います。
ーーさしつかえのない範囲で2017年の計画を教えてください。
友香:アセットとしては2017年の春には完成させる予定です。そこからはビジネスにつなげていくための活動を行なっていきたいですね。生活の糧を得なければならないので(笑)。
晃之:現時点では、「良い感じになってきてる」ということだけはお伝えできますかね(笑)。CEATECの後もモデルとしてだけではなく、フェイシャルやボディのセットアップなど日々改良を加えているので、実は今回の『Saya』特集で説明させていただいたものとは異なる手法で取り組んでいる部分も多々あります。特にClothとHairシミュレーションまわりは品質の向上だけでなく、効率化にも取り組んでいるので。
ーー以前のお話では、2体目、3体目のキャラクターにも取り組んでいかれるとのことでしたが?
友香:はい。『Saya』がアセットとしては固まってきたので、次のキャラクターも計画中です。
晃之:ひとつのキャラクターのブラッシュアップに集中することも大切ですが、その合間に別キャラを試作した際に気づいたことを『Saya』にフィードバックすることで良い結果が得られる場合もあるんですよ。例えば先日は、リハビリを兼ねておっさんキャラをZBrushでスカルプトしてみたのですが、そこから得たノウハウを『Saya』に活かせました(笑)。節目となる期日的なものはありますが、オリジナルのプロジェクトなのでわりと縛られているものがありません。ですので、『Saya』以外にも手をつけていきたいと思っています。
友香:『Saya』にはすごく時間を費やしましたが、その経験が活かせるので「2体目、3体目はもっと早くつくれそうだよね?」と、ふたりで話したばかりでした。
晃之:『Saya』をさらに発展させていく必要があるのですが、デジタルヒューマンの将来性を追求する上では『Saya』だけで終わらせるわけにはいきません。「(『Saya』の)次をどう打っていくか?」ということを考える必要があると思います。それを創り出すのが、わたしたちなのか別の方になるのかはわかりませんが、5年後には『Saya』クオリティのCGキャラクターがどんどん出てくるだろうと、個人的には思っています。
友香:業界として盛り上がっていくには、わたしたち以外の方々の取り組みもかかせません。自分たちの活動を発表することで、刺激や参考になれていたのなら嬉しいですね。
晃之:わたしたちがフォトリアルなCGキャラクターに取り組み始めた動機は、先に上手いアーティストさんがいて、それを見て追いつき追い越したいというものでした。切磋琢磨しあえるよきライバルが現れると、それが近しい存在であればあるほどデジタルヒューマンは飛躍的に進化するはずです。
三鬼:そのときは、日本中のデジタルヒューマンをぜひツークン研究所で動かしたいですね(笑)。日本中のデジタルアーティストさんに、どんどん新しいキャラクターを発表してもらえればと! できるだけオープンなかたちで研究開発に取り組んでいるので、気軽にご相談いただければと思います。
収録後の記念撮影より。一様にユニークな表情をしているのはご愛敬
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