去る7月12日(金)公開となった映画『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』。名作『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』をフル3DCGで新たに描いた本作は、もはやひとつの映画の枠を超え、今夏の一大イベントと言っても過言ではないほどの盛り上がりを見せている。

本作はCGWORLD本誌253号でも特集したが、CGWORLD.jpでは追加取材を実施。オー・エル・エム・デジタルのスーパーバイザーたちに、CG初心者や将来3DCGを仕事にしたい若手に向けて、本作の見所や3DCGの4つの工程「モデリング」「アニメーション」「ライティング」「エフェクト」について解説してもらった。

なお、本記事の最後では、CGWORLD特別版「ポケモンクイズ」を実施中だ。正解者の中から抽選で5名にCGWORLD定期購読1年分『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』オリジナルクリアファイル(非売品)がプレゼントされるので、ぜひ劇場で作品を観て、クイズに回答してもらいたい。 ※回答期限8/29~9/17まで

TEXT_野澤 慧
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
EDIT_池田大樹 / Hiroki Ikeda(CGWORLD)


映画「ミュウツーの逆襲 EVOLUTION」
特別出演:市村正親・小林幸子・山寺宏一/サトシ・松本梨香/ピカチュウ・大谷育江/ムサシ・林原めぐみ/コジロウ・三木眞一郎/ニャース・犬山イヌコ/ナレーション・石塚運昇//主題歌:小林幸子&中川翔子「風といっしょに」(ソニー・ミュージックレコーズ)/原案:田尻 智/監督:湯山邦彦・榊原幹典/脚本:首藤剛志/エグゼクティブプロデューサー:岡本順哉・片上秀長/プロデューサー:下平聡士・關口彩香・長渕陽介/アニメーションプロデューサー:小林雅士/CGIスーパーバイザー:那須基仁/音響監督:三間雅文/音楽:宮崎慎二/アニメーション制作:OLM Digital/製作:ピカチュウプロジェクト/配給:東宝
© Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・JR Kikaku© Pokemon © 2019 ピカチュウプロジェクト

2Dで愛されてきたポケモンの世界をいかにして3Dに落とし込むか

今回解説いただいたのは、本作のCGIスーパーバイザーを務めた那須基仁氏と、レイアウトスーパーバイザーを務めた須藤秀希氏。CGチームを取りまとめている二人は、本作をどのように捉えているのだろうか。

  • 那須基仁氏
    (CGIスーパーバイザー)

  • 須藤秀希氏
    (レイアウトスーパーバイザー)

"3DCGが受け入れられるかが不安だった"――と二人は口を揃えて語る。ポケモンはいまや国内外問わず誰もが知っている巨大コンテンツ。オリジナル版『ミュウツーの逆襲』も興行収入70億円超えの超大ヒット作品だ。非常に人気の高い作品、コンテンツだけに、ファンそれぞれがイメージや思い出を強く持っている。

そのイメージを壊さないようにということが本作の根底にはあった。2Dで愛されてきたポケモンの世界をどのように3Dに落とし込むか。そんな非常にプレッシャーのかかる状況の中、生み出されたのが2.5Dという新たな世界観だ。普段2Dアニメを担当している作画チームの協力も得ながら、3Dの中に2Dの良さを詰め込んでいった。

「劇場に行ってみると本作を観に来た方がたくさんいて安心しました」と那須氏。須藤氏も「オリジナル版を知らない息子と行きました。彼が感動して泣いているのを見て、今の子どもたちにも受け入れてもらえるんだなと嬉しくなりましたね」と笑顔を見せる。多くのファンから受け入れてもらえたようだ。ぜひ劇場で作品をご確認いただきたいが、ここでは本作の3DCG各工程がどんなものなのか、どんな力が必要になるのか紹介していこう。

01:モデリング

モデリングは、2Dのデザインから3Dモデルを作成する工程です。ゲームなどで3D化されているポケモンとは違い、サトシやタケシなど人間のキャラクターは、初めての3D化でした。TVアニメシリーズは、無印篇から始まり現在放送されている『サン&ムーン』で6作目ですが、各シリーズによってキャラクターの描かれ方が違います。

それでも、"サトシ"は"サトシ"だと誰もがわかりますよね。そんなキャラクターの"らしさ"を感じさせられるように、今作でも試行錯誤を重ねました。例えばサトシは元気な男の子ですが、目の大きさや眉との距離、頬の位置、唇の艶などちょっとした微妙な違いで女の子のような可愛い印象にもなってしまいます。そこで、顔のパーツや配置を変えたバージョンをいくつも作り、少しずつ作画シリーズの印象に近づけていきました。

試行錯誤の末にたどりついたキャラクターデザイン

▲本作が初のフルCG化となるサトシたちはこれまでのシリーズの印象は残しつつも、360°どの角度から見ても破綻や違和感のないように、さらには子どもから大人まで万人に受け入れてもらえるように設計されている

また、作画で表現されているキャラクターを立体化する場合、"2Dの嘘"を数値的に正しい立体表現をする3DCGで再現するというのがとても難しいところです。たとえば、"タケシの細い目"はその最たるものでした。

作画では線を引いているだけで目を表現していますが、3DCGの世界では線を引いただけでは、シワやクレイアニメのような不自然な見た目になってしまいます。タケシもサトシと同様に作画の印象を担保しながら、立体物としても違和感のない表現はないものかとたくさんのバージョンを作りながら試行錯誤を繰り返していきました。

そうして辿り着いたのが"まつ毛"を使った表現です。剛毛のまつ毛をたくさん生やすことで、遠くからみれば一本線の細い目に見え、アップにしても違和感のない表現を生み出すことができました。

まつ毛で表現したタケシの目



▲タケシの2Dコンセプト画とタケシの3Dモデルの比較。剛毛の短いまつ毛を密に生やすことで、引いたカメラワークのときには作画アニメのようなラインに見える。まつ毛も実際の人間に生えている位置から生やして、目尻に近づくに連れて自然に消えていくようにすることでリアリティを追求している

■モデラーを目指す若手へのアドバイス

モデラーにとって大切な力は"デッサン力"だと思います。
モデリングではデザイン画に描かれた2Dのキャラクターを立体化していくわけですが、多くの場合、デザイン画に描かれているのはキャラクターの正面と斜めだけです。あるいは、そこに後ろからの絵が加わった三面図と呼ばれるものの場合もありますが、そうした限られた情報だけで、360°どこから見ても成立するモデルを作らねばなりません。

描かれていない部分を想像で補完できるようになるには、日々の生活で目にするものも立体的な構造を分析しながら見てみるといいと思いますよ。

映像制作の流れ

アニメーション以降の各工程の解説を行う前に、映像制作全体の大まかな流れについて押さえておこう。上記の動画は映画冒頭のピクニックのシーンだ。「レイアウト」→「アニメーション」→「ライティング・コンポジット(合成)」という大まかな流れを紹介している。「レイアウト」でキャラの配置やカメラを決め、「アニメーション」でキャラクター達に命を吹き込み演技をさせる。その後、「ライティング・コンポジット(合成)」では様々なアップデートを経た背景や環境に合わせて光や当てたり(ライティング)、各種の素材を違和感のでないように調整しながら一枚の画としてなじませていく(コンポジット)

02:ア二メーション

アニメーションは、「モデルに魂を吹き込む」工程です。モデルに動きを与えて、その場にキャラクターが生きているように思ってもらえたら成功ですね。そんなアニメーション作業に入る前に、リグというモデルを動かすための仕組みを入れていきます。モデルを人形だとするならば、そこに骨を入れていくイメージですね。

キャラクターの表情を作る仕組み

▲豊かな表情をつくるために、眉毛、唇、瞳といった顔の各パーツを動かすコントローラーがついている。それぞれにパラメータを設定して、喜び、悲しみ、驚きなど様々な表情をつくり上げていく。アニメーター自身の「演技力」が求められる

ポケモンたちのリグは現実の生き物の骨格を参考にしています。アニメーションにも現実の生き物の要素を取り入れながら、ポケモンごとの独特な動きを再現していきます。ポケモンらしい動きを追求するため、それぞれの特徴をまとめた表も作成しました。また今作では、コンピュータ演算で動きをつけていくシミュレーションを用いて、髪の毛や服、筋肉の動きなどを表現しています。

ポケモンの動きを作る仕組み(ドンファン)

▲ポケモンごとに「足を曲げたときに自然なシワができる」といったような揺れや筋肉、重量感、柔らかさ等の表現に関わる特徴が言語化されている。こうした情報を元にどのあたりのパーツを揺らしたり筋肉表現をいれるかアニメーターとリガーで相談しながら自然な動きを作っている

▲ドンファンのアニメーションテスト

■アニメーターを目指す若手へのアドバイス

アニメーションの仕事は、キャラクターに生き生きとした芝居をつけていくことですから、お芝居の勉強はしてほしいですね。作品をたくさんみることももちろん勉強になると思いますし、自分で演劇をやってみるのもとてもいいと思います。現場でもポージングで迷ったときには、実際にそのポーズをとっているアニメーターも多いですから。日常的に人間の仕草を観察してみて、その行動や無意識の仕草をとった目的や意味を想像してみるとお芝居の引き出しは増えていくと思います。

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ピカチュウを可愛く見せるキャラクターライトとは?




CGWORLD特別版「ポケモンクイズ」実施中!

『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』における3DCG表現についてスーパーバイザーからクイズを出してもらった。理想的な表現を実現するためにどのような試行錯誤をしたのか、劇場に足を運んでデザイナーの気持ちになって考えてみよう!

●回答方法●
以下URLより期限内に回答しよう。正解者の中から抽選で5名に CGWORLD定期購読1年分と『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION」オリジナルクリアファイル(非売品)をプレゼント!
https://forms.gle/zFLTKET7U1b9xa99A

  • Q1本作は作画で描かれたオリジナル作品のフルCGによる再現が目指されましたが、このサトシの3Dモデルについては、本編と異なる部分があります。それはどこでしょう?

    A1.帽子 A2.目と眉毛 A3.ほっぺ


  • Q2リザードンの「かえんほうしゃ」の表現について、フルCGならではの迫力を演出するためにある演出を考案しました。それはどういったものでしょう?

    A1.炎を口から吐く前に腹からのど元へと炎がこみ上げていく様子も描写した
    A2.炎の熱さを表現するために周囲の壁や床を溶かした
    A3.吐いた炎のスピード感・強さを倍加させるために、赤い炎だけではなく、紫や青といった色も加えた


  • Q3アーマードミュウツーに関して、フルCG化した今作で実現したある表現があります。それは次のうちどれでしょう?

    A1.アーマーの「黒色」の金属質な表現
    A2.変幻自在な飛行スピード
    A3.複数色を使ったダイナミックな「はかいこうせん」

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03:ライティング

「コンピュータ上の世界に太陽や照明を配置する」工程がライティングです。ただ、明るく照らすだけでなく、その場所の空気やキャラクターの感情表現を作り上げ、画としての完成度を高めていきます。

ライト一つで、その場所が湿っているのか乾いているのかといったところまで表現することができます。また、今回はポケモンの可愛さを補助するためにも使われました。特にピカチュウは作品を代表するポケモンなので、ライティングにも力が入っています。

どんなにきれいなモデルを作成しても、表情などによってはどうしてもシワ等ができてしまうことがあります。シワや凹凸ができてしまうとピカチュウとしては可愛くないということで、女優ライトのように光で飛ばしています。

ポケモンを可愛く見せるキャラクターライト

▲実写の撮影と同様に、キャラクター用のライトを置いて立体感を出すようにしている。キャラクターライトのあり/なしの比較。ライティングが印象に大きな影響を与えることがわかるだろう。毛のながれや密度を調べ、どうしたらかわいくなるような陰が出せるのか、徹底的に研究したそうだ

ライティングによって空気感を演出する

▲バトルフィールドのセットライト。自然なライティングを目指したという本作では、Maya上でライトが入れられた。闘技場には様々なパターンのライトがあり、チェックひとつでパターンのライトを切り替えることができる

▲ ピカチュウをベースとしたモデリング及びライティングテスト動画。ラフモデルを制作し、毛の向きや毛量の調整を行ったうえでライティングをテストしている。 これまで2D作画で親しまれてきたピカチュウをフルCGによってどのように可愛く表現するか、スタッフたちの試行錯誤が詰まっている

▲シーンにひとつづつ様々なライトを置いていき、ひとつの画を完成させていくまでのプロセスを紹介した動画。画から受ける印象が次々に変化するのがよくわかる。ライティングによって、何を魅せようとしているのか、リアルに見せる為にどのような点に気を付けているのかなど、考えてみるとよいだろう

▲「リムライト」と呼ばれる光を対象の背後から当て、輪郭を際立たせるためのライティングの効果を紹介した映像。 何かを強調したいとき、目線誘導をしたいときに利用するが過度に使用すると対象が背景から浮いて見えてしまったりするので注意が必要だ

■ライティングアーティストを目指す若手へのアドバイス

ライティングの腕をあげるためには、まずはカメラのレンズ越しの世界を意識するということが重要ですね。肉眼で見ている世界とレンズ越しで見ている世界には差があって、ちょっとしたレンズの絞り具合で光が変わったりします。

こうした表現の種類と効果を理解することで、より印象的なライティングができるようになりますよ。また、能面は光の当たる角度によってその表情が変わって見えるといいます。ライティングでドラマチックな画を作る表現の参考になると思います。

04:エフェクト

「爆発、水しぶきや光などの特殊効果や自然現象を作り出し、物語に臨場感を与える」のがエフェクトの役目です。エフェクトには大きく分けて、現実世界に起こる現象を再現するものと、非現実的な超常現象を表現するものとの2つがあります。

今作でもその両方が使われていますが、やはりポケモンの大きな魅力の一つであるわざの表現には力を入れています。ファンの方はわざのイメージが出来上がっていると思うのですが、今作では皆さんが抱く共通のイメージを守りながら新しい表現を生み出さねばなりませんでした。

皆さんの愛するアニメをリスペクトしながらも、それに+αした迫力のある表現を目指しました。序盤のバトルで放たれるピカチュウの「10まんボルト」はそんな姿勢がよくわかっていただけるかと思います。

リアリティあふれる嵐の再現


▲現実の事象を再現するエフェクトの場合、物理法則、自然現象に即した説得力のある表現が求められる。この海のシーンの制作にあたっては、実際に船が欠航するような波の高さがどれくらいか、波に揺れる船の動きはどのようなものか、積乱雲が発生するときの高さがどれくらいなのか、など様々なリサーチが行われた。こうした厳密なリサーチによって、怖いほどの迫力が生み出されているのだ

▲ 山場のひとつである嵐の中の海。リアルな波の作り方のプロセスを紹介した映像。このシーンのテーマとなった「冒険」「困難に立ち向かう」にふさわしい荒れ狂った海の表現が目指された。

作画的エフェクト

▲ピカチュウの代表的なわざの一つ「10まんボルト」。ポケモンの放つわざのエフェクト表現は特に苦労したポイントのようだ。長年の多くのファンの目に触れてきた表現をフル3DCGでつくり出すということで、TVアニメシリーズに忠実でありながら、リアルなものでもなくてはならない

▲意図的な力が加わった水の表現、バリアといった超自然的なポケモンのわざをエフェクトで表現したもの。フルCGならではリアルで迫力ある表現となっているのがわかるだろう。これらは現実世界には存在しない事象ではあるが、エフェクトアーティストは流体、粒子のふるまい、爆発などの現実世界の物理法則をまるで化学者のように組み合わせながら、独自のビジュアル表現を作り上げていくのだ

■エフェクトアーティストを目指す若手へのアドバイス

エフェクトの場合は、表現アイデアの引き出しをとにかく増やすことだと思います。古今東西の様々な映画・ゲーム作品でエフェクトは登場するのでどのように表現されているかを研究していけばセオリーがわかってきます。

セオリーを踏まえながら新しいエッセンスを加えた表現に挑戦してみるといいですよ。現場でも監督からは「あの映画のあのシーンみたいな感じ」といった指示を受けることは多いですからね。若いうちから多くの作品をに触れて表現の蓄積をしておくことは必要かもしれません。




CGWORLD特別版「ポケモンクイズ」実施中!

『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』における3DCG表現についてスーパーバイザーからクイズを出してもらった。理想的な表現を実現するためにどのような試行錯誤をしたのか、劇場に足を運んでデザイナーの気持ちになって考えてみよう!

●回答方法●
以下URLより期限内に回答しよう。正解者の中から抽選で5名にCGWORLD定期購読1年分と『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION」オリジナルクリアファイル(非売品)をプレゼント!
https://forms.gle/zFLTKET7U1b9xa99A

  • Q1本作は作画で描かれたオリジナル作品のフルCGによる再現が目指されましたが、こちらのサトシの3Dモデルについては、本編と異なる部分があります。それはどこでしょう?

    A1.帽子 A2.目と眉毛 A3.ほっぺ


  • Q2リザードンの「かえんほうしゃ」の表現について、フルCGならではの迫力を演出するためにある演出を考案しました。それはどういったものでしょう?

    A1.炎を口から吐く前に腹からのど元へと炎がこみ上げていく様子も描写した
    A2.炎の熱さを表現するために周囲の壁や床を溶かした
    A3.吐いた炎のスピード感・強さを倍加させるために、赤い炎だけではなく、紫や青といった色も加えた


  • Q3アーマードミュウツーに関して、フルCG化した今作で実現したある表現があります。それは次のうちどれでしょう?

    A1.アーマーの「黒色」の金属質な表現
    A2.変幻自在な飛行スピード
    A3.複数色を使ったダイナミックな「はかいこうせん」