こんにちは。プロ向けデッサンスクールトライトーン・アートラボの成冨ミヲリです。数回にわたり、人物を描きたい人に向けたコラムを連載いたします。ここで「ん?」と思った方、鋭いですね。そうです。人物の描き方を説明するわけではないのです。「人物を描くのが上手くなりたいんだけど、どうしたらいいの?」と思っている方々と一緒に、絵について考えていこうというコラムとなります。

TEXT_成冨ミヲリ / Miori Naritomi(トライトーン・アートラボ
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)

誰だって人が描きたい!

まず、私が普段絵を教えている中で、皆さんが一番描きたいものが「人物」です。そして一番描けないと悩むのが「人物」です。しかしここで困ったことが起こります。絵を学びたい人に「どんな人物画が描きたいの?」と聞くと、たいていの人が「普通のイラストです」と答えます。リアルなイラストも、マンガ系線画も、厚塗りのデジタル絵も、ちびキャラも、カットイラストも、ぜーんぶイラストなのですが、皆さん自分が描いているものや興味があるものを「普通」と言うので、こちらは困ってしまうわけです。

▲ショートボブの女性をちがうタッチで描いてみました。どれも人物画ではありますが......


これらを私たちは全て「人物画」としてしまいます。これらは全て描き方がちがいますし、注意点が共通しているものもあれば、ちがうものもあります。ですから、文字数が限られたこのような場所で一つ一つの人物の描き方を説明することはできません。

ということで、ここでは便宜上、二つのカテゴリに分けて人物を扱いたいと思います。

「実際の人物と比率が近い人物」→人物
「人型のキャラクター」→人型キャラ

乱暴ですが、この二つに分けて考えましょう。皆さんが描きたい絵はどちらでしょうか。両方に興味がある人もいることでしょう。この二つに共通するもの、ちがうものを適宜分けながら説明したいと思います。

人体を描くのが難しいのはなぜ?

まずはこの疑問から解決しましょう。なぜ人体を描くのは難しいのでしょうか? ではここで下の作例を見てみましょう。この中で、デッサンが狂っているものを見つけてください。


見つかりましたか?

そう、この人体、何か変ですね。手が長いのです。すぐに変だと気が付いたと思います。そして他の絵も実は全て手や足が長く描かれています。気が付きましたか? (全部気が付いた人は動物好きですね!)私たちは、他のものに比べて人体に関してはかなり厳しくジャッジをくだします。見慣れているので狂いがすぐわかるのです。絵を描いている人はもちろんのこと、描いていない人にも狂いがバレます。だから自分の絵もすぐ下手に見えますし、ああ描けない! と思ってしまいます。

人体は確かに可動部分が多く複雑ですが、動物も機械も同じように複雑です。人体だけが特別難しいわけではないのです。描くことが難しいのではなく、人体を見る目が肥えていて、他のモチーフより間違いに気が付きやすいことが、人体を描く難しさのひとつになっています。

記号化の罠

人型キャラを描くのが好きな人は、顔を描くのは上手い人が多いですね。顔は描けるのに身体が描けないという悩みがある人は、パターン化しすぎてしまっているということが多々あります。私も子供の頃はマンガを描くのが好きでした。けれどキャラクターを描き分けたり、手を表現したり、人体のバランスをとったりするのは下手で、苦労しました。斜め前からと、横からという、得意な方向から見た顔はなんとか描けたわけですが、これは記号化された絵を真似して何度も描いていたからと言えます。

▲「本物を見て情報を整頓する」ことが一番大変なのに【左】、その結果だけをもらっていても【右】なかなか上手くなりません


このように、まずは実物を見て、それを頭で整頓して簡素化したものを描くのが本来の絵です。リアルな絵は全て見た通りに描いていると思われがちですが、必要な情報をちゃんと選んで絵にしています。人型キャラの場合はもっともっと情報を減らして描きます。こうして誰かが苦労してデフォルメしたものを、そのままもらって描くことは簡単です。もう記号化してあるからですね。

この記号の模写を繰り返して人型キャラが描けるようになった人は、自分で複雑なものをデフォルメして描くという回路が自分の中にないため、資料にない角度や、描き慣れていない年齢、人種、性別の人物や人型キャラが上手く描けません。

人型キャラは記号化されたものがたくさん世に出ているので、まずは模写をしてその記号を描けるようにすることは決して悪いことではありません。絵柄の研究や流行の絵を知ることもできますし、何よりも楽しいと思いますので、ぜひやっていただきたいです。その次の段階で「あれ? 描けない?」と思ったら、自分の脳で記号化する方法を勉強すれば、描けるものが増えていきます。

ライフモデルを描くべきか

では実際の人間を描いてみよう! と思ったとき、困るのがモデル探しです。しかし、ちょっと待ってください。すぐそこに本物の人体がありますよね。そう、まずは鏡を買って自分を見ることからスタートです。また自分を触って確認すること、描きたいポーズと同じポーズを取ってみることも大事です。この方法の難点は、自分とはちがう性別の人体を描けないことですが、まずは自分の身体を覚えてしまい、それとちがう部分を確認していくと理解が早くなります。

さて、ここで疑問が出てくると思います。自分の身体を見て描くのはわかりました。でも自分が描きたいのは人型キャラで、描きたい絵と、自分の姿はまったくちがいます......それでも描くべきなのか? という疑問です。「実際のライフモデル(人間)を描こう」と言われても、リアルな人物画を描きたい人はすぐに受け入れられると思いますが、人型キャラを描きたい人は納得がいかないかもしれません。これは人体に限らないのですが、こういう風に考えていただければと思います。

「まず、本物を見て把握する」→「その後、自由にアウトプットする」

では「把握する」とはどういうことでしょうか。この段階でも絵は描きますが、上手く描くことは目的としません。ただ対象を知ることを目的とします。絵はそのメモとして使います。

▲人物画ではありませんが、観察のメモとしての絵です。博物館や植物園、公園、電車の中で、いつでもメモできると良いですね。タブレットを利用するのも良いでしょう


そして「自由にアウトプットする」ときに好きな絵柄にしてください。知らないから描けないのは「無知」、知っていて描かないのは「簡素化」です。型を知る者だけが型破りになれるのです。

練習の段階や、対象について知りたいという段階で上手く描こうとすると辛いと思いますので、絵はメモとして位置付けるので構いません。また、知ることで楽になることも多くあります。自分の絵と本物の人体のちがいを知っておくと、普段の絵ももっと楽に描けるようになりますよ。

今回は前段階の解説だけで終わってしまいました。すぐにでも人物画の練習方法を知りたかった方は申し訳ありません。次回から具体的なトレーニング方法や考え方を説明していきたいと思います。トレーニングに使用するものは、鏡、頭蓋骨の前と横の写真、全身の骨格図となります。手元に用意していただければ、すぐに役立つものばかりです。プリントアウトしてデスクの前に貼っておいても良いくらいです。この機会に揃えておいてくださいね。

ではまた次回にお会いしましょう!



第1回は以上です。
・No.1 人を描くのは難しい?
・No.2 キャラ描き分けに効く!頭蓋骨スケッチ
・No.3 人物が描けない理由は、想像力の欠如だった!?

プロフィール

成冨ミヲリ
トライトーン・アートラボ代表

アートディレクター・プランナー。ゲーム会社、コンテンツ制作会社を経て、有限会社トライトーンを設立。富士急ハイランドや商業施設の企画デザイン、集英社のCMやドキュメンタリーTV番組におけるCG制作、アニメDVDの監督など幅広く活動。そのほか、デッサン技法書の執筆、音楽・小説などの制作もしている。著書に『絵はすぐに上手くならない:デッサン・トレーニングの思考法』(2015/彩流社)がある。