こんにちは。プロ向けデッサンスクールトライトーン・アートラボの成冨ミヲリです。前回は頭蓋骨を描くことでキャラクターの描き分けをしたり、自分の画風の幅を広げたりするトレーニング方法について書きました。最終回の今回は、人物画を絵として成り立たせるために必要とされる世界観、ひいてはポージングや背景などを取り上げたいと思います。

全身のながれを自然に描くことは慣れないうちはとても難しいものです。ぎこちないポーズになってしまう、アクションが描けない、いつも同じポーズになるという方は、ポーズに対する考え方を理解して、より楽に描けるようになってほしいと思います。アトリエで講義をするときには私自身が動いて説明するのですが、こうして文面で伝えるのは困難な部分もあります。できるだけわかりやすく書くよう努力しますので、どうぞ最後までお付き合いください。

・No.1 人を描くのは難しい?
・No.2 キャラ描き分けに効く!頭蓋骨スケッチ

TEXT_成冨ミヲリ / Miori Naritomi(トライトーン・アートラボ
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)

ポーズと背景が描けない理由は似ている

絵が上手く描けないという場合、人物画に関しては「人物を描きたいがポーズが上手く描けない」「人物は描けるが背景が描けない」という悩みがよく出てきます。実はこの2つは原因がたいへん似通っており、大きく分けて以下の2つに集約されます。

・技術の問題
・想像力の欠如

大抵の方が、技術が原因だと思っています。しかし絵を拝見していると、両方、または2つめの「想像力の欠如」が大きな原因となっていることが多いのです。もちろん、素晴らしい想像力があり技術が追いつかないだけの方もいます。ですから自分のことをジャッジする前に、以下を素直にお読みいただけると嬉しく思います。

絵のトレーニングにおいて深刻な問題のひとつとして、自分が知らないことや見えないことは「気がつかない」という点があります。想像力が足りていないよ、というのは自分では気がつきにくい。自分は描きたいものがあるのに、その技術がないだけだと思って模写やパースの本を読み始めてしまいます。

人物画において主役は確かに人物です。ですから脇役は確かに「背景」ではありますが、まず「背景が描けない」という方はその時点で想像力が足りていないのです。そしてそういう方はポーズも自由に描けないことがほとんどです。この両方が描ける方は背景を「背景」と考えません。ポーズのことも「ポーズが描けない」と考えていません。

自分がつくりたい世界があり、その舞台にキャラクターを立たせて何かをやらせたい、またはその世界での物語の1コマを描きたいと思っている方は「背景が描けない」「ポーズが描けない」という悩みではなく、もっと具体的なことを聞いてきます。こういう建物を描きたいが、パースがわからない。こういうものを持たせたいが、ぎこちなくなる。という質問になります。これが、本当の意味で描きたいものがあるのに技術がないということです。

絵の中の登場人物にも意思があります。性格もあります。生活もしています。ただこちらに向いて微笑むだけのキャラクターには魅力がありません。よく考えてみてください。あなたが好きなゲームや映画、マンガ、油絵などの作品に出てくるキャラクターや人物の魅力は顔だけでしょうか。登場人物は、魅力的なストーリーの中で固有の性格をもち、笑ったり泣いたり、食べたり戦ったり楽器を奏でたり、様々な行動を起こします。その1コマを絵にするというのが鑑賞に堪えられる絵です。見ている人に「この人物と話してみたい、その世界に行ってみたい」と思わせることができれば嬉しいですね。

ポーズがとれず背景が白い人物画でも、顔は魅力的なことが多々あります。この人物を素敵な場所でもっと動かしてあげないともったいない。そういう考え方でトレーニングすることをお勧めします。

ここからは、できれば鉛筆と紙を用意してやってみてください。(もちろんタブレットとスタイラスペンでも構いませんよ!)

舞台を設定しよう

では最初に人物をどこに立たせるかを考えてみましょう。描いてみたい人物、いつも描いている人型キャラがある方はそのキャラが、どこにいると絵になるでしょうか。季節は?時間は?屋内か屋外か?この地球上ですか?それとも架空の世界?そうなると、どんな服を着ているのが良いでしょうか?ふわっとした空間に置きたい場合も、光源や色について考えてみてください。


例えばモディリアーニは人物画を多く描いていますが、背景はほぼ色だけです。屋内が多く、壁のラインやドアが描かれていることもあります。時間や光は色でふんわりと表現されています。クリムトや天野義孝のようなタイプもいますね。厚塗りと言われるデジタル絵や油絵、アクリル画の場合は、まずその色の世界をキャンバスに一気に置いてしまっても良いでしょう。

リアルではない紋様的な背景もあります。デザインとアートの中間の絵を描くタイプの画家に多いですね。ミュシャやロートレックは今でも人気ですし、中村佑介、オーブリー・ビアズリー、カイ・ニールセンもスタイリッシュですね。このようにリアルな背景でなくても、何かのモチーフを使うのならこの時点でスケッチしながら考えてみます。

▲【左上】アメデオ・クレメンテ・モディリアーニ(1884〜1920)/【左下】グスタフ・クリムト(1862〜1918)/【中上】オーブリー・ヴィンセント・ビアズリー(1872〜1898)/【中下】カイ・ニールセン(1886〜1957)/【右】アルフォンス・マリア・ミュシャ(1860〜1939)。世界観が伝われば色だけでも良いですし、必ずしもリアルである必要はありません。モディリアーニはほぼ色だけなのに、壁際にいることがわかります。ビアズリーにいたっては、背景は白で何もありませんが、人物関係や前景の小道具で世界をつくっていることに注目してください。普段から気に入った絵はファイリングしておくことを推奨します


スケッチしながら考えていると、描けないものが出てきます。ここでそれを補完するために初めて「写真模写」や「パースを学ぶ」、「上手い人のスケッチを模写する」などの技術トレーニングが効果を発揮します。とりあえず模写からスタートするのではなく、つくりたいものが先です。それに合わせて資料を集め勉強する方が、はるかに効率が良いでしょう。

構図とポーズで意図を伝える

皆さんの描きたいものが人物画である以上、主役は人物です。では人物を描く上で何を伝えたいのか考えてみます。表情を伝えたいのか、行動なのか、複数人物の人間関係なのか、それともそのキャラクターの心象風景を伝えたいのか。

構図はデッサンのような訓練では正解がありますが、作品においては明確な正解がありません。意図が伝わるように配置をすれば正解です。自分が表現したいことを伝えるにはどうすれば良いのかスケッチしながら考えます。どうやったらキャラクターの魅力が伝わるでしょうか。キャラクターの視線はどこに向かうと良いでしょうか。主役と脇役(ほかの人物や風景など)の関係性はどう描けば伝わるでしょうか。

さて、忘れずにポーズについても考えてみたいと思います。ここまで世界を考えていれば、絵の中の人物はちゃんと演技してくれますよね。飛んだり跳ねたりするような大きなアクションを取らせたくなったり、何気ない仕草や自然な日常動作を描きたくなったりしたのではないでしょうか。

どうしても硬い小さな動作しか描けない方も、こういう風に意図から逆算してポーズを決めていくと、どうしても自分の力量以上に描きたい世界が広がってくると思います。そこでアクションが描けない!となった方は、想像力はもう足りていますから、技術を上げるだけです。

では、ポージングの考え方とトレーニング方法について書きたいと思います。

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ポーズ練習には自分の絵柄は使わない

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ポーズ練習には自分の絵柄は使わない

ポーズの考え方ですが、日常の動作はできるだけ省エネで、格好良いポーズをとらせたいときには可動域をめいっぱい使うというのがコツです。そして、腕だけ、首だけ動くということはなく、振り向くだけの動作でも脚の筋肉が動くこともよくあります。

これを絵で練習する場合ですが、いつも描いている絵柄で描くと、頭部を描いて...首を描いて...腕を描いて...といつも通りに進行してしまい、せいぜい腕がちょっとポーズを取っているだけの硬い絵になりがちなため、思いきってデフォルメして練習したいと思います。

さすがに棒人間にするとわかりにくいので、以下の作例のような人物にしてみて、写真を基にしたり、自分でポーズをとったりして、様々なポーズを描いてみましょう。写真を基にするときにも、平面から平面に描き写すだけでなく、自分で動いてみることが理解の助けになります。

▲子供の写真がお勧め。手足が長くないので描きやすい。筋肉や骨は完全に覚える必要はありません。参考になるのは、アニメーターのスケッチ集や手塚治虫などの5頭身くらいの時代の絵。個人的には北斎漫画も見てほしいところです


このくらいなら気軽にできますね。可能なら素早く描くと、全身の動きのながれがスムーズになります。手先から足先まで、そのキャラクターが「こう動きたい」という意思がみなぎっているように、さらさらと描けるように練習しましょう。

例えば、手を挙げる動作のときにも、軽く手を伸ばすのと、気持ちが先行して「あれを取りたい!」と手を挙げるときでは筋肉の動き方がまるでちがいます。友達に手を振るつもりで軽く手を挙げてみてください。手から先に挙がり、腕が付いてくる挙げ方だと、恐る恐る手を挙げる感じが出ます。手とひじが同時に挙がると、よく知っている友達に手を振る感じになります。では頭上に飛んできたボールを取ろうとすると......手と同時、場合によっては手より先に足も背中も肩も動きませんか?

自分で何度も演技してみましょう。鏡があれば鏡の前でやってみるとよりわかりやすいですが、鏡がなくても自分の身体の筋肉がどう動くか、どう反応するかを自分自身の身体で味わいながら動かしてみます。

それを、絵にするのです。

スポーツなどのダイナミックな動きは写真を資料として使うと思いますが、このとき、上で述べたように全身がつながっていなければおかしな動きになります。頭の先から足先までつなげて描くようにします。パーツごとにそれぞれちがう写真を使ったために不自然になってしまうというケースがよく見られますので、別の写真を合成して描くことは避けてください。

ライフモデルを描いてみよう

写真などで練習するだけでなく、ぜひライフモデル(リアルな人物モデル)を描くことにも挑戦してみてください。クロッキー会を利用しても良いですし、電車や公園でスケッチをしてみるのも良いでしょう。

クロッキー会は、ライフモデルが少しの間動かないでポーズをとってくれるというメリットがあります。たいてい5分~20分ほどモデルさんがポーズをとってくれます。絵を描くには短い時間ですが、実際に人間がそれほど長い時間じっとしてくれることはありません。

実際の人物やモデルさんを描く際は、電車の中などでない限り、大きめの紙に描くことをお勧めします。最低でも普段描いている絵より大きい紙にしてください。また画材を変えてみたり、描き手順を変えたりといった工夫もしてみます。目的も変えながら描きます。今回は人体のプロポーションをしっかりとろう、次は格好良い線で手数を減らして一発で描こう、その次はスピードを上げて......という風に、目的をもって描いていきます。

初回に述べたように、どうしても人物画は記号化したものを手癖で描いてしまいがちです。普段より少し大きい紙、ちがう画材、様々な描き方を試すというのはストレスがあるのですが、自分のできる範囲のことをただ繰り返していても上手くなりません。少しだけ負荷をかけながら人物を描きとっていくという作業は、人物画においては特に上達が早くなると思います。練習と割りきって、いつもとちがう気分で描いてみてください。

練習と作品は別のもの

今回と前回の練習方法はぜひやってみていただきたいのですが、これはあくまで練習です。そこでわかったことをダイレクトに作品に活かそうとすると作品に無理が生じたり、作品をつくろうとする情熱に水を差したりします。練習は練習と割りきり、それが筋トレのように身体をつくり、気がつかないうちに作品に活きてくるというのが一番良い形です。

▲【左】前回掲載した頭蓋骨の資料から油粘土でつくった模刻(講師作品)。立体のものを見てつくったわけではないので多少のデフォルメはありますが、平面から立体を起こしてみるのも面白いです/【右】クロッキー会。講師がおらずお互いの作品を批評するタイプと、講師が教えるタイプがあります


普段やってみないことも練習ではやってみて損はないと思いますので、人型キャラが描きたい方もライフモデルを描いてみると良いと思いますし、リアルな人物画を描きたい方もデフォルメに挑戦してみてほしいと思います。また粘土を使って立体で理解をすることや、クロッキー会でほかの方の絵を見ることも糧となるでしょう。

練習もできるだけ楽しくやるように、工夫しながらやってみてくださいね。

本コラムは以上です。お付き合いいただき、ありがとうございました。
・No.1 人を描くのは難しい?
・No.2 キャラ描き分けに効く!頭蓋骨スケッチ
・No.3 人物が描けない理由は、想像力の欠如だった!?



プロフィール

成冨ミヲリ
トライトーン・アートラボ代表

アートディレクター・プランナー。ゲーム会社、コンテンツ制作会社を経て、有限会社トライトーンを設立。富士急ハイランドや商業施設の企画デザイン、集英社のCMやドキュメンタリーTV番組におけるCG制作、アニメDVDの監督など幅広く活動。そのほか、デッサン技法書の執筆、音楽・小説などの制作もしている。著書に『絵はすぐに上手くならない:デッサン・トレーニングの思考法』(2015/彩流社)がある。