CGWORLD Entry vol.13 巻頭インタビューADMIRATIONで紹介した、ポリゴン・ピクチュアズの片塰満則氏。『トロン:ライジング』から最新作の『亜人』まで、様々なキャラクターの造形監督を務めてきた片塰氏にとって、美術解剖学は作品世界の説得力や魅力を高める重要な知識だと語る。

  • 片塰満則/Mitsunori Kataama
    株式会社ポリゴン・ピクチュアズ
    ディレクター・オブ・フォトグラフィー
    株式会社ポリゴン・ピクチュアズ所属。『トロン:ライジング』、『シドニアの騎士』シリーズ、『山賊の娘ローニャ』、『亜人』などで造形監督を務める。画づくりの責任者であるディレクター・オブ・フォトグラフィー(光画監督)を新たな目標と定めている。

"実在するかもしれない"と観客が錯覚するような説得力

美術解剖学とは、文字通り美術家のための解剖学だ。医者のための解剖学が主に治療を目的に発展してきたのに対し、美術解剖学は表現を目的に発展してきた。かつては画家や彫刻家が独占していたこの知識は、昨今、CG制作者にとっても重要なものとなっている。片塰氏は、大学生の時に受講した"美術解剖学"の講義がきっかけとなり、その存在を知った。

「当時は数ある教養科目のひとつとして、何気なく受講していました。それから30年近くが経過した2011年、『トロン:ライジング』の造形監督を務めるなかで、当時の教科書を引っ張り出すことになったのです」。本作のキャラクターを見た片塰氏は、"このデザインを理解するには、解剖学の知識が必要だ"と感じたという。「極端に手足が長く、大胆な誇張が施されていたにも関わらず、実際の人間の骨格や筋肉の構造を意識したデザインになっていました。そのため、不思議なリアリティを感じたのです」。

"実在するかもしれない"と観客が錯覚するような説得力あるキャラクターを生み出すうえで、解剖学は確かな武器になるという。「当社のモデラーの多くが、解剖図の立体模型を所有しています。ダンスや舞踏などの観察も、人体の理想的な動きやシルエットを知る上で、すごく有効です」。

1:内部の骨格や筋肉を意識する

『シドニアの騎士』に登場するララァには、"本物の熊が服を着て人の世界にいる違和感を出したい"という演出意図があった。

「単純な球体の頭部に鼻や口を付けるだけでは、まったく説得力がありません。3DCGは立体なので、ちゃんと形をつくりこまないと単調な陰影しか付かず、ぬいぐるみに見えてしまうのです」そこで片塰氏は、現実世界の熊の骨格や筋肉を調べたという。「熊も人も、頭頂から頬にかけての輪郭は、側頭筋(そくとうきん)・頬骨(きょうこつ)・咬筋(こうきん)によってつくられています。内部にそれらがあるのだと意識しながら形をつくるようモデラーに依頼しました」。

Aは『シドニアの騎士』のララァ、Bはヒグマの頭蓋骨だ。緑色の領域に側頭筋、赤色の領域に咬筋が位置する。両者に挟まれた骨が頬骨だ。側頭筋は肉などを咬む動き、咬筋は木の実などをすり潰す動きをつかさどる。ヒグマは雑食性のため、両方の筋肉が発達している

2:本来の形を念頭にデザインする

「人間の歯の数は何本でしょう?」という質問にあなたは即答できるだろうか?キャラクターデザイナーやモデラーを目指すなら、切歯・犬歯・小臼歯・大臼歯という大まかな分類と合わせて、ぜひ把握しておいてほしい。

「『亜人』では歯の形をデフォルメしており、アーチ状のかたまりとして表現しています。ただし、犬歯特有の尖りを付けたり、臼歯を箱形にしたりしています。これらがあるだけで格段に説得力が増すのです」。

3:デザインの解釈に解剖学を活かす

Aは『トロン:ライジング』の主人公であるベックのデザイン画だ。「例えば、肩は三角筋、上腕の前側は上腕二頭筋、後側は上腕三頭筋をアレンジしたデザインになっています。それぞれの膨らみ方は、実際の人間の筋肉の付き方に合わせてあります。上腕の膨らみ具合が前側と後側でちがっていることにも、ちゃんと理屈があるのです」。

"これらは筋肉を表現したものだ"と解釈した片塰氏は、肘を曲げると上腕の前側が膨らみ、後側が平坦になるB~Fのようなスキニング設定をリギングチームに依頼した。「おかげで動きを付けた際の生々しさが増したと、アニメーターたちから好評でした。屈伸に応じて自動的に変形するよう設定した点も喜ばれましたね」。

4:正しい断面を明らかにする

人体の体幹を造形する際には、広背筋の正しい理解が欠かせないと片塰氏は語る。「人体を正面から見たとき、わきの下の輪郭線をつくるのが広背筋(こうはいきん)です(Aの緑色の線)。ただし、体幹の下方の輪郭線をつくるのは前鋸筋(ぜんきょきん)です(Aの赤色の線)。広背筋による輪郭線が体幹後方に位置しているのに対し、前鋸筋による輪郭線は体幹中央にあります(B)」。

この前後関係を把握していれば、体幹の断面が単純な楕円ではないことが理解できる。「楕円だと思ってモデリングすると、不自然にボリュームのある体幹になってしまいます。基本的にデザイン画は2次元なので、このように各所の奥行きを理解し、正しい断面を明らかにすることが造形監督の仕事のひとつです」。

5:成長にともなう変化を理解する

大学時代の教養科目として、発生学や比較生物学も学んだと片塰氏はふり返る。「教鞭を執っておられたのは三木成夫先生でした。すごく良い授業で、『山賊の娘ローニャ』でキツネの親子をモデリングする際、学んだことが役立ちました」。Aは片塰氏が造形を監督したキツネの親子で、Bは両者のプロポーションを比較したものだ。

「大きくなるにつれて胴が伸び、横長の長方形へと変化していくのです。つまり、親と子では、身体の縦横比がちがいます。だから成獣のモデルを縮小しただけでは、説得力のある形にはならないのです」。なお、同様のことは人間にも当てはまる。大人と子供とでは各所の比率がちがうため、デザインする際には注意してほしい。



TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
執筆協力_伊藤恵夫
PHOTO_弘田 充



  • 『亜人』
  • 『亜人』
    www.ajin.net/

    ポリゴン・ピクチュアズがアニメーション制作を担う、デジタルアニメーション作品。劇場アニメ3部作で、第1部『ー衝動ー』は2015年11月27日公開だ。
    ©桜井画門・講談社/亜人管理委員会