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ディズニーのレジェンドアニメーター、ロン・ハズバンド氏が教えるストーリーを伝えるスケッチ

ディズニーのレジェンドアニメーター、ロン・ハズバンド氏が教えるストーリーを伝えるスケッチ

Walt Disney Animation Studios(以下、ディズニー)のアニメーターとして『ライオンキング』『アラジン』をはじめとする数々の名作に携わってきたロン・ハズバンド氏。現在はイラストレーターとして活躍するほか、世界各地でドローイングワークショップを開催するなど、指導者としても精力的に活動している。今回、長らく望まれていた日本でのワークショップが、6月18日(土)、満を持して開催された。東京・御茶ノ水にあるワテラスコモンホールで行われた当日の様子をレポートする。

<1>伝える絵を描くために、"絵の文法"を意識

ワークショップはハズバンド氏による自己紹介からスタート。アニメーション界のレジェンドを目の前にした参加者の喜びとこの日のワークショップへの期待感から、会場全体がポジティブで嬉々とした雰囲気に満ちていた。

▲ロン・ハズバンド氏。ゆったりとした語り口が温和な人柄を感じさせた。当日は逐次通訳によって進められた

ハズバンド氏といえば、なんといってもスケッチ。鋭い観察眼と確かなテクニックから生まれる彼のスケッチは、対象を生き生きと、エネルギッシュに描き出す。自身のスケッチのノウハウを詰め込んだ『ロン・ハズバンドが教えるクイックスケッチ』は、アニメーションやイラストレーションに生命を吹き込むためのトレーニングブックとして広く読まれている。ワークショップ当日もかたわらに愛用のスケッチブックをたずさえ、会場の様子をスケッチするハズバンド氏の姿が見られた。

彼が本格的にスケッチに取り組むようになったのは、高校時代のこと。ハズバンド氏の才能を見抜いた恩師からの「いつもスケッチブックを持ち歩き、毎日絵を描くように」というアドバイスがきっかけだった。その教えを守りながら大学ではアートを専攻し、テクニカルイラストレーターなどの職を経て、1975年、ディズニーでのキャリアをスタートさせた。

その後、30年以上にわたって数々の作品の主要アニメーターとして名を連ねてきたが、キャリア初期には周囲から「君はせいぜい背景止まりであろう」という厳しい言葉を浴びたこともあった。「そうしたネガティブな意見にとらわれてしまったら、成長は止まってしまう。そこで、私はさらにスケッチを繰り返した。その積み重ねが私の"鍵"となり、それによって数々の成功の扉を開けることができた」と、ハズバンド氏は過去を振り返る。

日常的にスケッチを続けた結果、ハズバンド氏はある理論を見出した。それは、絵に「5W1H」の答えを盛り込むこと。「who(誰が)、what(何を)、when(いつ)、where(どこで)、why(なぜ)、how(どのように)」を意識することで見る人に伝わりやすい絵となり、躍動感やパッションも生まれる。「対象をただ描くだけでは、伝わる絵にならない。私は何を描く時も、こうした"絵の文法"を意識している」と語る。

▲「5W1H」が明らかになるまで、あきらめずにスケッチを。必ずしもすべてをクリアにする必要はないが、「who」「what」「how」の3つはおさえておきたい

<2>スケッチの対象をじっくりと観察し、見つけ出してほしいものがある

続いて実演を交えながら、もののかたちのとらえ方を解説。ハズバンド氏は「円、三角形、長方形、正方形。身のまわりのものは、この4つの基本形状(ベーシックシェイプス)の組み合わせで成立する」と語る。それらの基本形状に陰影や奥行きをつけると、質感や重量感といったニュアンスが生まれる。スケッチの際は、まずは対象の中に隠れている基本形状を探し出し、それを元にしてディテールをつけていくことで、対象全体のバランスも取りやすくなるのだ。

▲基本形状はこの4つのみ。単純化することで、対象をスピーディーに理解する目も養われる

▲作画例は人間の足。足全体は長方形、足首は円、足の甲は三角でとらえられることが分かる

ワークショップの中盤のテーマは、人間や動物の描き方について。ここでも重要になるのは、基本形状だ。骨格や筋肉を意識しながら肉付けしていけば、スムーズに描くことができる。アクションをつける時は、動きに伴って重心がどのように変化するかを考慮する。そうすれば難なく仕上げることができる。

▲作画例は犬。スムーズに動きをつけるには、見たままを描くのではなく、「皮膚の下の骨は、どのように動いているのか?」といったように、見えないものにもイマジネーションをふくらませることもコツ

さらにハズバンド氏は、ポジティブシェイプとネガティブシェイプについても言及。ポジティブシェイプは「物体の形状」、ネガティブシェイプは「物体の周囲の形状」のこと。対象を見る時はそれらをつぶさに観察し、双方のバランスを取ることで、対象の「らしさ」の表現につながっていく。

途中、参加者から「スケッチで動的瞬間をとらえることが難しい」という声が上がった。ハズバンド氏は「それは私もまだまだ」と応じながら、次のようにアドバイスした。「まずは観察することが大切。基本形状やポジティブシェイプとネガティブシェイプ、骨格や筋肉はどう動いているのか、動きに伴って重心はどう変わるのか。私はスケッチ前に15分ほど対象を観察し、自分の中にたくさんの情報を取り込むことを意識している」。観察と分析があってこそ、瞬間をとらえることができるのだ。

<3>アクションラインさえおさえれば、さらに躍動感あふれる絵に

ワークショップ後半はいよいよドローイングの実践編。実際のモデルのポーズのスケッチに取り組む前にハズバンド氏から「モデルを観察する時は、アクションラインを意識して」とのアドバイスがあった。アクションラインとは、方向やサイズを定めたり、スケッチを支える骨組の役割を果たすライン。それを見つけて基本形状を重ね、徐々に肉付けしていく。

さらには男性と女性のモデルのポーズから、シルエットや筋肉など、性別による違いを観察。描く前にこうしたエッセンスをきちんと理解しておけば、スピーディーにスケッチすることもできる。

▲スケッチでは対象となるモチーフへの理解が欠かせない。人間の場合、骨格は同じでも、筋肉のつき方やボリュームは性別によって異なる。年齢による違いなどもチェックしてみよう

ドローイングの実技は、まずは男女のモデルそれぞれのスケッチからスタート。参加者は数分おきに変わるモデルのポーズを目と手でとらえることを繰り返しながら、これまでのハズバンド氏のアドバイスを実践するとともに、男女の身体の構造をつかんだ。

▲この日は徐々に難易度を上げながら、およそ30ポーズをスケッチ

その後、複数の人物のスケッチへとステップアップ。ここでハズバンド氏は、「アクションラインと基本形状をおさえる」「対象全体のポジティブシェイプとネガティブシェイプを見つける」「身体のパーツごとのポジティブシェイプとネガティブシェイプを意識する」など、あらためてスケッチのポイントを伝授した。

ハズバンド氏は懸命にスケッチブックに鉛筆を走らせる参加者の絵を丁寧にチェックしながら、時には自ら鉛筆を持って添削することも。ハズバンド氏の温かい指導に参加者のモチベーションもアップした。ドローイングのレッスンはおよそ3時間におよび、参加者もスキルアップへの確かな手ごたえを感じたに違いない。

▲これほどまでに間近でハズバンド氏の指導を受けることができるのも、このワークショップの醍醐味

ワークショップの最後、ハズバンド氏から参加者に「このワークショップは、参加者の皆さんがより良いストーリーテラーになるためのプロセス。次のステップに進むためのサポートができて嬉しい」とのハートフルなメッセージが贈られた。この日のハズバンド氏の教えを胸に、参加者はさらなる高みを目指していくのだろう。

TEXT_菅原 淳子(Playce)
PHOTO_弘田 充

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