昨年、日本アニメ(ーター)見本市にて公開された第12話『evangelion:Another Impact(Confidential)』。秘密裏に開発と実験が進められていた「Another No.=無号機」の姿をフルCGで描いた作品で、圧倒的なクオリティに魅了された人も多いはずだ。今回はAnother Evaのモデリングとセットアップ中心に紹介しよう。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 213(2016年5月号)からの転載となります

TEXT_大河原浩一(ビットプランクス
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

日本アニメ(ーター)見本市
第12話『evangelion:Another Impact(Confidential)』
©カラー | ©nihon animator mihonichi LLP.

造形から質感までひときわ光彩を放つAnother Evaの作成

ここでは日本アニメ(ーター)見本市で昨年2月に公開されたフル3Dアニメーション作品『evangelion:AnotherImpact(Confidential)』からAnother Evaの3Dモデルの制作を紹介する。本作は初めてフォトリアル3DCGで表現された『エヴァンゲリオン』関連作品で、公開当時は大変な注目を集めたコンテンツとして記憶している人も多いだろう。本作はSOLA DIGITAL ARTSが制作を担当し、荒牧伸志氏が監督を務めている。今回はCGディレクターである松本 勝氏、3DCGモデラーの清水智弘氏、リガーの小森俊輔氏にお話を伺った。

  • 右より、Another Evaモデリング・清水智弘氏(フリーランス)、Another EVAセットアップ・小森俊輔氏(フリーランス)、写真なし、CGディレクター&コンポジット・松本 勝氏(SOLA DIGITAL ARTS)

松本氏が荒牧監督から本作の制作について相談されたのは2014年5月ごろ。松本氏は当初、『エヴァンゲリオン』をテーマとしたフル3Dアニメーションを手がけることに不安を感じていたという。「当社で制作するということは、これまでのSOLA DIGITAL ARTSの作品のようにリアル系の3DCGのテイストになるということなので、これまでの『エヴァ』のファンに受け入れてもらえるか心配でした。しかし、荒牧監督は批判を恐れない人なので、最終的にはわれわれも挑戦しようと制作を決意しました」と松本氏。

制作にあたっては、これまでのエヴァ作品のようなアニメルックに寄せた表現ではなく、真逆の方向性を目指して制作がスタートしたという。その中で松本氏はカーペイント風の質感表現をモデラーの清水氏に依頼する。「巨大なものなので、カーペイントの粒子感が表現できるかわからなかったのですが、そこをチャレンジしてみたかった」と松本氏。CGディレクターとしては何かとチャレンジングな案件であったようだが、公開後の評判も良く、エポックメイキングな作品となったのはご承知の通りだ。「評価が出るまで不安でしたが、結果としてはやって良かったと思っています」と松本氏は本作をふり返る。

MODELING 有機的な造形とカーペイント風の質感

竹内敦志氏のデザイン画を基に、Another EVAのモデリングを行なったのが清水智弘氏だ。「竹内氏のデザインを3Dモデル化できる人はなかなかいないと思います。一見するとメカなのですが、ディテールが有機的で難しい。清水氏がもともとキャラクターモデラーだったからこそ、モデリングできたデザインだと思います」と松本氏。モデリング作業は2枚のデザイン画からはじまった。清水氏は初動から敏速なフィードバック対応の必要性を感じていたため、ZBrushを使用して10日ほどでマケットを作成。荒牧監督に方向性の確認を行なっている。「有機的なデザインを探るにはZBrushでモデリングしていくのが、一番効率が良いと思います。特に今回は真正面からのデザイン画がなかったため途中段階で数パターン作成し、荒牧監督に選んでもらったり、アドバイスをもらったりを何度かくり返しました。ZBrushだと早い段階でファイナルに近い形状を確認でき、この時点で確固たる指針ができるので、後工程の迷いも少なくなります」と清水氏は話す。

Another EVAは他のエヴァンゲリオンと同様に人間的な素体に拘束具風の装甲が施されたデザインであり、デザイン画ではわからないディテールも多い。デザイン画にない部分は清水氏が自らデザインしてモデリングしているという。「腕や腿の内側が見えなかったり、顔以外のパーツ類は詳細がなかったのですが、竹内氏のコンセプトをなるべく崩さないように心がけ、他の部分のデザインを踏襲しながらモデリングしました」と清水氏。口の内部構造や装甲内部のディテールがわかるようなショットもあるため、筋肉表現をはじめ多くのディテールを加えるようにしたという。

竹内敦志氏によるデザイン画
竹内敦志氏によるデザイン画。当初は上の2枚のデザイン画からモデリングを開始したという。巨大な肩パーツなど、エヴァンゲリオンらしい特徴を残しつつも装甲の隙間を増やすなど、3DCGとして動かしやすいデザインになっている。また目の部分も塞がれており、Another EVAとしての特徴も強調されたデザインだ。最終的には全身デザインのほか、頭部のディテールや、頭部の内部構造がわかるような構造図も制作され、モデリングの参考にされている

ZBrushによるモデリング
清水氏がZBrushでモデリングしたAnother EVAのマケット。左が初期に制作されたモデルで、右が制作後期のモデルだ。ZBrushで制作されたモデルはMayaに読み込んでプロダクションモデルになるため、リトポロジーしやすいようにマケットの段階で面の構成や、どこに穴をあけるかと いったディテールを決めてモデリングされている。清水氏は、穴を開ける際にブーリアンは便利だが、綺麗なトポロジーに揃える作業に時間がか かるため使用しておらず、穴は穴としてモデリングしているという。各パーツをリトポロジーすれば、すぐにハイメッシュのモデルがつくれる状 態に仕上げられている。「最低限のポリゴン数でリトポロジーした後に、Mayaでスムージングを1回かけてエッジを立たせるだけでプロダクションモデルとしてポリゴン化できるようにしています。曲線の多いメカのモデリングではZBrushでの作業が効率的ですね」(清水氏)


制作初期


制作後期

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Another Evaの3Dモデル

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Another Evaの3Dモデル
完成したAnother Evaの3Dモデル。特徴的なディテールをピックアップしてみたので、ディテールのつくり込みに注目してもらいたい。モデルの制作期間は約2ヶ月半だという。クローズアップで下からカメラがなめていくようなショットもあるため、ディテールもアップに耐えるクオリティで制作されている。「これまで自分が作成したアセットで、ここまでクローズアップで全体を映されてしまうようなことはなかったので、AnotherEVAほど手の抜けないアセット制作はなかったです。3DCGにしてしまうとデザインが小さくまとまってしまいがちなので、そうならないように特に気をつけました。綿密なディテールとシルエットのダイナミックさを意識し、竹内氏の画を活かせるよう制作していきました」(清水氏)


前面


背面


太腿

マーキングデザイン
Another EVAに施されたマーキングのデザイン案。このマーキングのデザインは巨大感とアニメとしてのインパクトを出すために、荒牧監督が自らレンダリングされたAnother Evaの画像にオーバーペイントしたものだ。オレンジとブルーの発光箇所のほかに、ボディの表面にあるハッチやデカール文字などが細かく描かれており、巨大感を強調すると同時にメカとしての存在感が実に見事に表現されている。荒牧監督ならではのデザインだ


テクスチャとマテリアルの設定
Another EVAの質感は前述したとおり、カーペイント風の質感をベースに設定されている。この質感に関しても清水氏が手がけている。質感に関してのデザイン的な指示はほとんどなかったため、清水氏が自分なりに資料を探して参考にしたという。「竹内氏が作成した2Dのペイント資料もあったのですが、リアル感に関してはこちらに委ねられていたので、その検証を含めてモデリング作業の初期の段階でどのようなシェーディングにするか探り始めていました」と清水氏。カーペイント風のシェーディングを得るために特に重要だったのが、いかに表面を綺麗にモデリングするかだったという。スペキュラが入ったときにたわんでしまったり、マーキングが入ったときにまっすぐなラインが引けなかったりと、ベースのポリゴンの状態で見映えがかなり変わってしまうため、非常に気を遣ったとのことだ。巨大感を出すために大きい面に小さい穴が空いているなど、面のたわみの原因となるデザイン要素も多いため、綺麗なシェーディングを施すためのモデリングテクニックが特に必要とされたアセットだったと清水氏は話す。ちなみに、UV展開の作業にはMaya 2015から搭載されたUV展開ツールの3D Unfoldを活用。非常に効率良く作業をすることができたという


  • ディフューズ


  • ノーマル


スペキュラ


マテリアル設定画面

完成3Dモデル
質感を設定して完成させたAnother EVA。シルエットのベースはカラーから提供された初号機のモデルをひな形に作成されているが、「別」の世界で開発されたEVAという設定のため、デザインコンセプトを踏襲しつつもこれまでとはまったくちがうEVAが表現されている。モデル、ルックまで完成したところで、セットアップに作業が移るが、リガーとのやりとりをしながらモデルを調整していくというスケジュールが取れなかったため、ある程度事前に清水氏の方で可動域の検証などが行われている。そのためよくあるTポーズではなく、EVAのデフォルトポーズでのフィニッシュとなった

前面

背面

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SETUP 柔軟で自由なセットアップ

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SETUP 有柔軟で自由なセットアップ

セットアップを担当したのは小森俊輔氏だ。小森氏がプロジェクトに参加した段階ではすでにモデルがほぼ出来上がった状態だったという。本作のAnother EVAのアニメーションはモーションキャプチャを使用するため、セットアップの作業はまずモーションキャプチャに対応したリグの作成から始まっているが、モーションキャプチャ用のセットアップを含め、セットアップに要した期間は約1ヶ月半。形状としては基本的な人型なのでベーシックな骨組みでセットアップされている。装甲のほか、肘のシリンダ構造などがあるため作業前は少々不安だったというが、清水氏が事前に動きの検証を行なっていたため、作業は比較的順調に進められた。また、完成したモデルも非常に軽くできていたので、リグの作業も快適に動かしながら作業することができたと小森氏は話す。

実際にリグを作成していくと、大変だったのは危惧していた肘のシリンダなどではなく、パーツが連なって構成されている背骨のセットアップで、最後まで試行錯誤が続いたという。「Another EVAは獣のように全身をバネのように動かすので、どうしても背骨のところが問題になることが多い。一箇所で曲げてしまうと急に曲がったような形になってしまうので、全体を少しずつ曲げて動きを表現できるように、全体的に柔らかくセットアップしています」と小森氏。

Another EVAのセットアップでは、このような柔らかい関節部分のバインドとメカ的なハードサーフェス部分を上手くバランスをとりながらセットアップしていくことがポイントになったという。「セットアップの作業では、モデルの構造の不具合などでやりとりが頻繁に起こることも多いのですが、今回はモデルが本当に良くできていて、ちょっと骨を入れてウェイト調整すればきちんと動いたので、ほとんど清水氏とやりとりなしで進めることができました」と語る小森氏。自身にとっても、改めてモデラーの重要性が感じられた貴重な案件だったとのことだ。

ジョイントとコントローラ
全身のジョイントとコントローラを表示した状態。セットアップは、このような全身にジョイントを作成して骨を入れていく作業から始まる。見てわかるように、全身のベースとなるジョイントは一般的な人型の構造でセットアップされている。ボディを構成するパーツにはオフセットをなるべく作成し、コントローラでアニメーターが自 由に動かすことができるように配慮されている

ケージの作成
バインドやセットアップに使用したケージやサーフェスを表示した画像。全身の骨の位置決めが終わったら、モデルの形状に対応したケージが作成される。ケージはウェイトを設定する際に、実際のモデルデータのメッシュに直接ウェイトを設定することはできないため、間接的にウェイトを設定していくためのメッシュだ。ケージに使用するメッシュは、形状に合わせてリトポロジーされたローメッシュで作成していく。可動部分の形状に合わせてケージの形状を作成するため、変形箇所に合わせた適切なリトポロジー作業が必要になってくるが、このケージを作成する際にも、Mayaに搭載されたModeling Tool Kitが非常に役に立ったという

複雑なパーツが付いた腕
シリンダが仕込まれた肘のセットアップ例。今回のセットアップの中では、特に難しいわけではなかったが、手間のかかったセットアップだ。肘のシリンダは肘が曲がったときに三角筋の部分が伸びて、上腕二頭筋が縮んでいくという筋肉的な表現がセットアップされている。「手間がかかったギミックでしたが、作業としては順調に進められました。自分が思うようにセットアップしてOKをもらえた部分なので、作業も楽しかったです」(小森氏)

段階的に曲がる背中
背骨の部分のセットアップ例。背骨のセットアップは最後まで苦労した部分だという。「様々なカットに出てくる部分なので、カットによって動きが上手くいったり、いかなかったりして調整が大変だった部分でした。自分が作業している状態では上手くいっても、実際の本番カットの中で絶妙な絵になるポーズで使用すると上手く動かなかったこともありました」と小森氏。一箇所だけで曲げるのではなく、高い位置と低い位置といった複数箇所で曲げることができるようにセットアップされているため、微妙なひねりを加えたポーズを格好良く決めることができるようになっている


ノーマル状態


高い位置でのひねり


低い位置でのひねり

動きに追従する肩アーマー
通常のセットアップで難しいのが肩周りのセットアップだが、今回は肩にアーマーパーツが被さる構造になっているため、腕を上げたときの破綻などが目立たず、比較的問題なくセットアップできたという。肩のアーマーは腕の状態に応じて追従して動くようになっているが、肩アーマーには円形のパーツやライン形状が多く、動いた時に変形してしまうと目立つため、ウェイト調整は難しい部分だった


ノーマル状態


腕を上げた状態


完全追従した様子

胸パーツの微妙な動き
胸パーツのセットアップ例。胸のパーツは腕を上げたときも腕の動きに追従して動くようになっている。当初のセットアップでは胸のパーツが柔らかに変形するようになっていたが、リテイクとなったため、胸の部分にダミーのサーフェスを作成し、腕を動かしたときにジョイントがこのサーフェス上を動くように設定し、腕を動かしても胸のプレートが腕になどにぶつからないようにセットアップされている。小森氏はロボット系のセットアップを得意としており、このように動きに応じて各パーツが連動して動くようなギミックを考えるのはとてもテンションの上がる作業だったという


ノーマル状態


胸が閉じた状態


胸が開いた状態

靴型の足の動き
足のセットアップ例。足は複数のパーツから構成されるシューズ形状になっており、シリンダの伸縮動作のようなギミックも施されている。「本編であんなに大写しなるとは思わなかったので、結構ざっくりとしたセットアップになっているのですが、幸い格納庫で立っているショットだったので助かりました。クルマを踏みつぶすようなアップショットもあるのですが、パーツの構造に比較的隙間があるので、足を踏み込んだ状態でもパーツの干渉をあまり修正せずにすんでいます」と小森氏。Another EVAのモデルのように筋肉にハードサーフェスのパーツが追従するような構造の場合、わからない程度にパーツを変形させて、全体のしなやかな動きをセットアップしていくのが、上手く見せるコツなのだという



  • 日本アニメ(ーター)見本市

    日本アニメ(ーター)見本市
    第12話『evangelion:Another Impact (Confidential)』
    原作:庵野秀明/監督・脚本・絵コンテ:荒牧伸志/Another
    Evaデザイン:竹内敦志/ 製作プロダクション:SOLA
    DIGITAL ARTS
    animatorexpo.com/evangelionanotherimpact

  • 月刊CGWORLD + digital video vol.213(2016年5月号)
    第1特集「メカCG究極テクニック2016」
    第2特集「デジタル造形アラカルト」ほか

    定価:1,512円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:144
    発売日:2016年4月9日
    ASIN:B01BVS06KI