これまで培ってきた2D/3DCGのノウハウを活用し、Toon Boom Storyboard Pro&Toon Boom Harmonyを主軸として、計画的にデジタル化を推し進める秘訣とは。

※本記事は、月刊「CGWORLD + digital video」vol.209(2016年1月号)からの転載記事になります。

既存のアニメーション作品と変わらないクオリティを維持する

アニメ『ポケットモンスター』『妖怪ウォッチ』などの映画とTVシリーズを生み出しているアニメーション制作会社オー・エル・エム(以下、OLM)が目下、作画のデジタル化を推し進める試みを行なっている。かつて制作の主流であった「セル画」も今はなくなり、仕上げ以降の工程はデジタル化されている現在でも、まだ紙に描いてスキャンして......という、アナログ要素は多く残っている。そこで、手で描く作業は残しつつデジタル化することによって新たな世界を生み出そう、という試みなのだ。

今回は、現在放送中のTVアニメ『ポケットモンスターXY&Z』内のミニコーナー「パフォーマー通信」における制作工程を例にご紹介していただいた。「われわれの中では、TVクオリティに達することが第一条件でした。作業をデジタル化するだけでなく、視聴者が良いと思うかどうかが重要なので、まずは短い尺でユニットを組み挑戦してみました。デジタル作画で制作した映像に関しては、クライアントから高評価をいただいています」とアニメーションプロデューサーの加藤浩幸氏。

制作現場には、CG制作でいうところのミドルクラスのPCと液晶のペンタブレットが並ぶ。「シンプルな作業なら問題ないですが、レイヤー数が重なって複雑になるとGPUのパワーが重要になってきます」(加藤氏)。アニメーション制作ツールに関しては、世界的にかなりのシェアを誇るToon Boom Storyboard Pro(以下、TBSP)/Toon Boom Harmony(以下、TBH)を採用している。100名を超えるアニメーション部門全体に比べ、デジタルプロジェクトチームの規模は十数名と小さいが、デジタル作画の将来性や今後の展開には期待ができる。

■TOPIC 1:デジタルワークフロー

様々な可能性を生み出す土台づくりの重要性
OLMではおおまかに、絵コンテやコンテ撮ではTBSPを、原・動画や仕上げではTBHを使用している。「いきなり全てを変えるのは難しいので、まずは現状のワークフローを部分的に置き換えて試しています」(加藤氏)と言い、逆に既存のフローに取り込むこともできるそうだ。絵コンテを描くTBSPは、シナリオのテキストをコピー&ペーストできるため使い勝手が良い。音声収録にも対応し、描いた絵コンテをタイムラインに配置してムービーを作成すれば、コンテ撮として動画を確認することも可能だ。そうして作成された絵コンテのファイルは、従来通りプリントアウトすることも、TBHのファイルとして出力することもできる。

「音を聞きながら作業することで、ここはもうちょっと間をとろうとかこういう表情を付けようと演出の幅が広がります。セリフを読むタイミングもわかりますし、話のながれや雰囲気もつかみやすいです」と演出のオジング氏は話す。特にダンスのようなシーンは、音楽とタイミングを正確に合わせることができ、相性は抜群だ。原・ 動画に関しては、作業工程は従来とさして変わるわけではないという。ただ、TBHはカメラワークも付けられるため「どこまでやって良いのか線引きが難しいです」と、原画担当の小川智樹氏は話す。タブレットへの移行については「慣れるには時間がかかりますね。特に筆圧関係の慣れが難しいようです」(小川氏)とのこと。

デジタルワークフローの構築は、アナログで作業していた工程をデジタルに置き換えることがポイントだが、 データ管理などCG制作では当たり前のことが(アナログによる)手描きのアニメーション制作者にとっては馴染みのないことも多い。しかしOLMにはOLMデジタルという関連のCG制作会社があり、同社が蓄積してきた経験が活かされている。「デジタル・コンテンツ制作のノウハウを当てはめて、ファイル名の規則などのルールをつくり、ファイルやディレクトリ管理のインハウスツールや、ファイルロストをなくすサポートツールも作成しています」と、R&Dリードの四倉達夫氏。大量のカットを作成するため、こういった土台となるルールづくりは非常に重要だ。

■フローの変化


■オリジナルマニュアル

多くのユーザーをもつToon Boom製品だが、日本語での情報はあまり多くない。そこで日本のアニメーション制作に特化したOLM独自のマニュアルを室岡辰一氏と小川氏が中心となって作成した。起ち上げ方、ツール、作画の練習方法やペイントの仕方などを作業者目線で画像も付けて詳しく解説している。

■インハウスツール

<A>AM Tool(アセットマネジメントツール)。新しいルールを覚えることや従うことが負担にならないように作成されたツール。ファイル名を自動で生成して保存し、ファイルを開くことを少ない手数でできるようにしている。また、エクスプローラを極力使わないことで、フォルダを間ちがって移動させてしまうといった事故を未然に防ぐ。

<B>DirMaker(ディレクトリメーカー)。ボタンひとつで話数やカットフォルダを自動生成するツール。1カットずつ作成することも、CSVを読み込んで一括作成することも可能だ。フォルダを作成すると同時 に、あらかじめ用意しておいたTBHのテンプレートの配置を行うことで、作業開始時の手数を減らせる。

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TOPIC 2:『ポケットモンスターXY&Z』× Toon Boom Storyboard Pro&Toon Boom Harmony

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■TOPIC 2:『ポケットモンスターXY&Z』
× Toon Boom Storyboard Pro&Toon Boom Harmony

実験的に制作された TV アニメーション映像
今回事例として紹介する『ポケットモンスターXY&Z』のミニコーナー「パフォーマー通信」のアニメーションをつくるにあたり「紙からデジタルに移行するにしても、放送されている作品をすぐに100%デジタル作画にすることは難しいので、既存の紙と鉛筆で描かれた映像とデジタル作画で描いた映像で違和感のないようにテストを行いました」と動画検査の室岡氏は話す。現時点ではまだ実験的な試みのため、スタッフの人数的にも、話数的にも、全てをデジタル作画に置き換えるわけにはいかない。そこで、ひとつの作品内で手描きとデジタル作画とで差が出ないように検証が進められた。TBHはベクターベースのため、線の太さやタッチなどは自在に変えられる。それらをカットごとに調整することで、手描きと同じ印象の映像に仕上げている。このベクターというメリットを活かせば、1枚の動画の線の太さを調整するとでシャープなラインを保ったままカメラワークを付けることができる。

「今まで寄りや引きがある場合は動画を描いたりO.L.(オーバーラップ)をかけたりしていましたが、TBHならカメラワークで対応できますし、新しい表現も可能になります」(加藤氏)。また、今後のために作成したTBHのオリジナル日本語マニュアルについては「新人やアナログから移行する人に電話帳みたいなマニュアルを渡して読んでもらうのは敷居が高いので、なるべく簡潔にまとめてみました」と加藤氏。一方で「便利 だけど間口が広いのも悩みです」(小川氏)とのことで、オールマイティなツールであるがゆえに、どこまで作業していいのかという線引きが悩みだという。それらも含め今後さらにルールを決め、より熟成されていくのだろう。

■絵コンテ

TBSPの作業画面。動画として見たり、画面左にシナリオを表示させながら考えたり、そのシナリオからセリフを絵コンテへコピーしたり、使い勝手は上々だ。



絵コンテ:冨安大貴(オー・エル・エム 演出)

■レイアウト








<A>レイアウト/<B>作業画面/<C>原画時のノード形式のネットワーク/<D>Xシート(タイムシート)。日本のアニメーション制作ではタイムシートが普及しているが、TBHではXシートという機能を使って対応している。

■ベクター線の拡大

Toon Boom製品の強みと言えるのがベクター線と拡大率の高さである。同一素材での拡大率のちがいを見てみよう。



■ベクター線の編集

ベクター線で作画しているため、一度引いた線もアンカーポイントを操作して後から修正することができ、曲線も滑らかに表現できる。

■T.U(トラック・アップ)

通常のセル素材は基の画100フレームに対して20〜30フレーム以上(約3〜5倍)T.Uすると線が太く粗くなるため、動画として描き起こし、新規動画素材にO.Lをかける必要がある。しかし、ベクター線の作画では「ラインの太さ」の設定で、フレームごとの線の太さを設定することができる。そのためFIX(100フレーム)作画の素材に100フレームから40フレームまで寄っても、線の太さを統一することが可能だ。






<A>動画素材/<B>Aと同サイズだがT.Uさせてカメラで拡大されている動画素材/<C>ドローイング(セル)の[レイヤープロパティ→ラインの太さ→形→ペジェ編集(詳細設定)]でコンポジット時の線の太さを設定できる/<D>Aのレンダリング画像/<E>Bのレンダリング画像

▶次ページ:原画→ペイントまでのながれ [[SplitPage]]

■原画→ペイントまでのながれ

とあるカットの原画を例に、原画から動画、ペイントまでのながれを紹介する。

<A>原画12/<B>原画13/<C>原画13と原画12を重ねた状態/<D>原画13のピンクの線の部分を、原画12の線と合成する/<E>ペイントした状態/<F>作業画面

■エフェクト

キャラクターだけでなく、エフェクト素材もTBHで描かれている

■動画作業

<A>作画(中割り)は[デスクに送る]機能を使い、作業領域(アナログだとライトボックス上)で作画する。タップ穴も表示されるので、今までの手描き作画と同様にタップ割りもすることができる/<B>デスク上では一時的に拡大縮小もできるため、素材をいじることなくT.U、T.B(トラック・バック)作画も可能だ/オニオンスキン機能で前後の素材を透かして作業する。透かせ方も設定で変更可能だ。<C>オニオンスキン(シェード)/<D>オニオンスキン(ノーマル)/TBHは主線と塗りのレイヤーが別になっているので、線のみ・色のみでの修正が容易にできる。<E>ラインアートレイヤー(線のみ)/<F>カラーアートレイヤー(色のみ)/<G>全レイヤー(主線+色)

▶次ページ:色トレス線を消す工程 [[SplitPage]]

■色トレス線を消す工程

一般的な仕上げ作業は色トレス線を塗りつぶすことで消しているが、TBHは主線と塗りのレイヤーを分けているので、色トレス線を表示しない設定にすることで消すことができる。なお、パスデータ自体は残っているため、復元することも可能だ。マダム・ピカチュウの陰色トレス線を消す工程を見てみよう。






■TOPIC 3:デジタルの可能性

アナログの限界を超えた先にあるもの
デジタル作画が進むとどうなるのだろうか?「ノウハウとプラグインが充実すると、ひとりの天才が作品を1本全部つくることが可能になるかもしれません。演出も作画もできる人がそろえば、コストパフォーマンスの高いTVシリーズを量産できるかもしれないですね」と加藤氏。なかなか夢のある話だ。作画のデジタル化に着手したのは好奇心もあるそうだが"世界的にシェアの高いToom Boom製品を使う"ことと、手で描くことは変えずに"今後4Kや8Kに関する技術進歩が進む中でどう対応していくか探る"という理由があるという。「鉛筆の線はいずれ解像度的な限界がやってくるでしょう。その日のために今からデジタル化を進める必要があります」(加藤氏)。

また、デジタル化によって表現の幅が広がり、アニメーターとしての寿命が延びる可能性もある。「歳を重ねると老眼や筋力低下になって線を引けなくなることもありますが、デジタル作画なら拡大縮小も補正もできます。現在の制作スタイルは東京一極集中のため、実家や地元へ帰るとアニメーションの仕事はほぼなく、アニメーターを引退せざるを得ません。しかしデジタルなら離れた地域でも仕事ができます。会社としては育てた人材が離れてもその地で仕事を続けられるのは嬉しいものです」(室岡氏)。今後デジタル化が推し進められれば、アニメーターの間口も広がっていくのかもしれない。「まだ始まったばかりですが、若手を中心にデジタル作画をやりたいという声も挙がってきています。来年以降は、新卒の積極的な採用もしていきたいですね」(加藤氏)。デジタル化への移行には積極的なようだ。

最後に「デジタルらしい映像とか演出技法で描いた作品を子どもたちに届けたいですね。デジタル作画の表現は既存の作品と同じところまで来ましたが、そこからさらに先に進みたい。3Dとの親和性などを含めて今後の発展に興味があります」と加藤氏は締めくくってくれた。50数年の歴史をもつ日本のアニメーションは今、セルからデジタルへの革新に匹敵する変化のときを迎えているのではないだろうか。

TEXT_草皆健太郎 / Kentaro Ksakai(Z-FLAG
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)




  • 【Information】
    『ポケットモンスターXY&Z』
    毎週木曜よる7時からテレビ東京系列にて放送中
    総監督:湯山邦彦 監督:矢嶋哲生
    アニメーション制作:OLM
    www.tv-tokyo.co.jp
    ©Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・JR Kikaku ©Pokémon
    対象話数は2016年1月28日OA予定

【Staff】
オジング氏(オー・エル・エム/演出)、室岡辰一氏(オー・エル・エム/動画検査)、加藤浩幸氏(オー・エル・エム/アニメーションプロデューサー)、小川智樹氏(オー・エル・エム/原画)、四倉達夫氏(オー・エル・エム・デジタル/R&Dリード)

【会社概要】
株式会社オー・エル・エム
olm.co.jp
デジタル作画スタッフ:6名(2015年11月現在)
デジタル作画導入時期:2015年4月
代表作にはアニメ『ポケットモンスター』シリーズ、 『妖怪ウォッチ』などがある。現在人材募集中!
olm.co.jp/recruit/

【機材情報】
■PC
DELL Precision T1700
CPU:Intel Xeon Processor E3-1241 v3
メモリ:16GB
GPU:NVIDIA Quadro K620
■タブレット
Wacom Cintiq 13HD
■ソフトウェア
Toon Boom Storyboard Pro 4.2
Toon Boom Harmony 11.2
【Information】
Toon Boom製品お問い合わせ先
ダイキン工業(株)電子システム事業部 営業部 MCグループ
電話:03-6716-0477
e-mail:info-dc.comtec@daikin.co.jp