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    今回は、カナダのCinesite モントリオールにて、シニア・エフェクトTD(Technical Director)として活躍中の杉村昌哉氏をご紹介。大学在学中に偶然3DCGを学びはじめたそうだが、プロになってからは着実にキャリアを重ねてきた。そんな杉村氏の海外への就活は実に5年以上にわたる長丁場になったという。

    TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe

    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
    著書に「海外で働く日本人クリエイター」(ボーンデジタル刊)、「ハリウッドVFX業界就職の手引き」等がある。

    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」



    Artist's Profile

    杉村昌哉/Masaya Sugimura(Cinesite)
    千葉県出身。2001年に成蹊大学 工学部卒業後、CGデザイナーとしてキャリアをスタート。その後、株式会社オムニバス・ジャパン、マーザ・アニメーションプラネット株式会社を経て、2014年にカナダ・モントリオールのFramestoreへ移籍。2016年7月に同じくモントリオールのCinesiteへ移籍し、Senior FX TDとして活躍中。

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    <1>ハリウッドで活躍するOBたちとの出会いが転機に

    ーーまずは日本での学生時代について教えてください。

    杉村昌哉氏(以下、杉村):高校までは特に3DCGに興味があったわけではなく、数学や物理が得意だったので大学の工学部に入学しました。今思えば、授業では熱力学や有限要素法などがあり、エフェクトの仕事と大きく関係があるのですが、当時もプロになってからも10年くらいはそのことにまったく気づきませんでしたね(笑)。大学3年生になり、就職活動をはじめる段になって、映像の仕事が楽しそうだなと漠然と思ったのですが、特に具体的なスキルやアイデアがある人間でもなかったのでどうしよう......と悩んでいたことをよく覚えています。

    ーーそんな杉村さんは、どのように映像業界へはいられたのですか?

    杉村:当時、御茶の水でガソリンスタンドスタッフのアルバイトをしていたのですが、駅前の本屋でたまたまCGの学校を紹介する記事が載った雑誌を手にとったことが運命の別れ道でした。冒頭にデジタルハリウッドが紹介されていて、場所をみたら御茶ノ水と書いてあったので、近いから見学に行ってみようと。パソコンをさわったこともなかったのですが、色々なコースを紹介してもらい、最初はDTPのコースに行こうと考えていました。ですが、申し込み寸前に3DCGコースの体験レッスンを受けられることを知り、3D実際に受けてみたところ「あ、これこそがやりたいことだ!」と。こうして3ds Maxを学ぶコースに通いはじめました。大学在学中でしたし、半年の夜間週2回のコースが安く丁度いいやと考えていたのですが、今思えば大分浅はかな考えでしたね(笑)。

    ーー大学卒業後は、どのようにCGの仕事をはじめたのですか?

    杉村:卒業後、まずは10人ほどの小さなCGスタジオに就職しました。ウルトラマンやガンダムの展示映像などのCGを手がけ、ゼネラリストとして働いていました。そこに在籍していたのは1年弱と短い期間だったのですが、同僚の方々に恵まれ沢山のことを学べました。退職後もロードバイクという共通の趣味があったので、ヒルクライムレースに一緒に参加したりと公私共にお世話になっています。そこを退職後、しばらくの間はフリーランスとして働いていたのですが、友人との仕事がきっかけでオムニバス・ジャパン(以下、OJ)に転職しました。OJに入社したことが、海外を目指す転機になりましたね。

    ーー転機とのことですが、具体的に教えてください。

    杉村:この連載シリーズにも登場されたことがある山本原太郎さん、五十嵐敦史さんという元OJの方々から海外への就職活動やハリウッドでのワークスタイルについてダイレクトに聞くことができたことが大きいですね。それに加えて、OJ入社2年目のときにSIGGRAPH視察のメンバーに選ばれたことが大きな転機になりました。それまでハリウッドの仕事は雲の上の夢物語だと思っていたものが、急に現実の延長線上にあるのだと、それ以降は毎年自費でSIGGRAPHに参加するようになりました。その頃に鍋 潤太郎さんともSIGGRAPHでお会いでき、今こうして取材を受けていることが感慨深いです。鍋さんの著書『ハリウッドVFX業界就職の手引き』(※1)にも大変お世話になりました。

    ※1:同書には、上述した山本原太郎氏と五十嵐敦史氏のインタビューも収録されている。

    ーー海外スタジオへの就職を現実的に考えるようになったとのことですが、ほかにも動機となったことはありますか?

    杉村: 仕事スタイルですね。OJではCMを中心にゼネラリストとして働きつつ、『海猿』シリーズの第2、3作目、『少林少女』などの映画案件ではCGディレクターを務めさせていただきました。マッチムーブからコンポまで全て担当するスタイルだったので、最初の数年は各分野のスキルも伸び、非常に楽しかったのですが、私が目指すスペシャリスト・スタイルから遠ざかっているのではと危機感を覚えるようになり、水エフェクトが満載だった、あるCM案件を担当させてもらったことをきっかけに、それ以降はエフェクトを中心に担当させてもらうようにしていたんです。こうして「本格的にエフェクトアーティストとしてやっていきたい」と、考えはじめていたところ、友人の紹介でスペシャリストのスタイルを取っているマーザ・アニメーションプラネットへ移籍しました。マーザでは『ソニック・ザ・ヘッジフォッグ』などのSEGAタイトルのゲームシネマティック数本と映画『キャプテンハーロック / SPACE PIRATE CAPTAIN HARLOCK』(2013)に関わらせていただきました。

    ーー海外への就活はどのように行われたのですか?

    杉村:2007年頃から長らく海外への就職活動を続けていたのですが、最初の数年は毎年SIGGRAPHに行き、ジョブ・フェア/Job Fairで各社のブースを回っていました。そこで一番記憶に残っているのは、最初に面接をしてくれたスタジオのCGスーパーバイザーの方がとても親切で、自分の下手くそな英語でも熱心に聞いてくれ、アタフタしていた自分に「私の日本語より、君の英語の方が上手だよ」と励ましてくれたことですね。ですが、英語力の不足に加え、当時の私がメインツールにしていた3ds Maxでは、志望するVFXスタジオはどこも求人を出していませんでした。こうして英語スキルの向上が必須なこと、そして志望していたスタジオのいずれもがエフェクト制作のメインツールに採用していたHoudiniを習得しなければ採用は厳しいということを痛感したのです。

    ーーワークスタイルをふくめて就活への取り組み方を改良されたわけですね。

    杉村:そうですね。マーザへ入社してから徐々にHoudiniへと移行していきました。その後、『キャプテンハーロック』の制作が終わり、ひと段落したところで再び海外への就活をはじめました。デモリールを数社に送ったところ、Framestoreから連絡をいただきました。面談はビデオチャットを使用し、リクルーターがロンドン、エフェクトのヘッドがモントリオール、そして私が東京と、それぞれが別々の場所にいる状態で行われました。時差の関係で日本時間の夜中1時くらいだったと思います。デモリールを見ながら、ヘッドの方からは「苦労したショットはどこか?」「どんなツール・方法を使ったのか?」「力を入れていたことは?」など、スキルを中心とした具体的な質問をされたことを覚えています。雑談やリクルーターの方による求人中のプロジェクトについての説明なども含めて、時間にして50分間くらいだったでしょうか。正直、面談を終えた後は緊張していた反動からしばらく呆然としていましたね。それから1週間ほどして採用のオファーをいただきました。勤務地の話になった段階で、ロンドンの方がVFXの会社が多いからロンドンオフィスで働きたいと希望を伝えたのですが、妻がマットペインターとして活動していることを話すと「モントリオールならマットペインターも募集しているからどう?」と切り返されました。思わぬ提案に驚いたのですが、妻も面談を受けたところ採用となり、ふたりで一緒のオフィスで働くことになりました。

    新・海外で働く日本人アーティスト 第7回:杉村昌哉

    現在所属しているCinesite(後述)にて業務中の杉村氏。Houdiniを駆使して複雑なエフェクトをつくり上げる

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    <2>Cinesiteのワークスタイル

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    <2>Cinesiteのワークスタイル

    ーー現在お勤めのCinesiteについて教えてください。

    杉村:現在はCinesiteのエフェクト・チームに所属しています。Cinesiteの本社はロンドンにあり(※2)、モントリオールは2014年にオープンした最も新しいスタジオです。昨年2月、モントリオールにオリジナルのフルCGアニメーション映画をつくるための部署が設けられたのですが、従来のVFX部門とフィーチャー・アニメーションという2つの部門全体で200名ほどのアーティストが働いています。私が籍を置くVFX部門が最近手がけた映画には『レヴェナント: 蘇えりし者』、『インデペンデンス・デイ:リサージェンス』、『アサシン クリード』(いずれも2016年公開)などがあります。

    ※2:Cinesite、MPC(Moving Picture Company)、Framestore、そしてDouble Negativeの4社は、ロンドン4大VFXスタジオとしても知られる。

    Cinesite VFX Demo Reel 2017

    ーーエフェクト制作の醍醐味はどんなところですか?

    杉村:エフェクトと、ひとくちに言っても破壊や爆発など物理法則に基づくものから、様式的な表現まで幅があって楽しいですね。シュミレーションとデザイン・アニメーションの要素を組み合わせながら、ときにはスクリプトも書いたりと、アートとテクニカル両方のスキルを使うので、とてもやり甲斐があります。

    杉村氏がVimeoで公開しているデモリールのひとつ。
    Houdini R&D Reel2013 from sugiggy on Vimeo.


    ーーところで、英会話のスキルはどのように習得されたのですか?

    杉村:英語の学習は色々と試してみたのですが、合宿制の英語学校に通ったことが一番効果ありました。私が通ったところの場合、日本語はいっさい禁止で英語をネイティブで話す講師が常駐し、授業だけでなく食事や休憩時間も共にすることで日常の英語を実体験できるという珍しい学校でした。有給を取り、年に1、2回通っていました。

    ーー最後に将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    杉村:海外へ就職するパターンは大きく2つあると思います。ひとつは志望する国のアートやCG系の専門学校または大学に通い、卒業後に現地で職を見つけ。ふたつ目は、私のように日本で働きながら、就職活動をするタイプです。お金と時間に余裕がある方であれば、前者の方が確実でしょう。英語力もCGスキルも同時に伸ばせるからです。日本の現場での職務経験があればさらに有利なはず。もし人生をやり直せるとしたら、日本で3〜4年働いた後、カナダの美術大学に通うと思います。後者の場合は、英語の勉強に集中することが一番の近道だと思います。CG・VFXのスキルは働いていれば自然とついていきますが、英語力は日本に住みながら伸ばすには意識的・徹底的に行わないと伸ばすことは難しいと、身をもって体験しているので(苦笑)。また、現在ゼネラリストで、将来は海外の大手スタジオの映画VFX部門で働きたいと考えている方の場合は、スペシャリストと言えるだけの特化したスキルも必要です。エフェクト・アーティストは特にツールに左右される職種なので、目標とするスタジオがどのソフトウエアを使っているのか知ることが先決です。各社のリクルートのページを見れば載っているはずです。あと、若い方は各国のワーキングホリデー制度を利用するのがとても有効でしょう。「習うより慣れろ」というのは好きな言葉ではないのですが、英語にかぎらず外国語はロジックを理解したところで話せるようになるものではなく、スポーツと一緒で反復あるのみ。くじけずがんばってください!

    新・海外で働く日本人アーティスト 第7回:杉村昌哉

    2017年に公開予定で、杉村氏も参加した映画『King Arthur: Legend of the Sword』(原題)VFXクルーの集合写真

    【ビザ取得のキーワード】

    1.成蹊大学 工学部を卒業
    2.オムニバス・ジャパン、マーザ・アニメーションプラネットなど日本の著名スタジオで実績をかさねる
    3.カナダ・モントリオールのFramestoreにFX TDとして就職、就労ビザを取得
    4.モントリオールのCinesiteへ移籍



    info.

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      発行・発売:ボーンデジタル

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