2015年11月22日(日)、文京学院大学 本郷キャンパスにて催された「CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス」。建築CGパースをはじめとするビジュアライゼーションを幅広く手がけている積木製作は、「建築業界発、非ゲームにおけるVRのビジネス活用」と題したプレぜーテーションを披露した。

<1>建築事務所が展開するVRコンテンツとは

ここ数年で急速に身近な存在になりつつあるVR。ゲームや映像といったエンタメ系だけでなく、社会全般に浸透しつつある。ただしVRコンテンツは制作時に注意しなければ、不快感を与える内容になりやすい。本講演では、積木製作の関根健太氏と小田桐貴司氏が同社の基本姿勢と、建築業界向けVR技術ノウハウの一端を開示した。

CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス:積木製作

講演する、関根健太氏(セールスディビジョン / シニアディレクター)(左)と小田桐貴司氏(VRデベロップメントディビジョン / シニアデザイナー)(右)

同社は2003年に創業した一級建築士事務所だが、社内にCG制作チームを抱えており、新世代VRシステム「VROX(ブロックス)」を展開している。対応デバイスもOculusRift、GearVR、ハコスコといったVRヘッドマウントディスプレイ(HMD)から、Leap Motion、Kinectなどのセンサまで幅広い。VRエンターテインメント『恐竜劇画』や、大都市を一望できる『VRシティビューア』など、様々なコンテンツの受注開発も行なっている。

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もっとも関根氏はB2Bビジネスについては、市場拡大には時間がかかると述べる。その一方でB2Cにおいては、ゲーミングデバイスの発売次第で、ゲームPCの市場が小さい日本では、PlayStation VRが鍵を握るという。
ただし潜在需要は大きく、現在ゼロの市場が2020年にはVRとARを合わせて1,500億ドル(約18兆円)に達するという試算もあるほど。そのため全般的に「前のめり感」が高まっているのも事実だ。

CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス:積木製作

講演内で紹介された、Digi-CapitalによるVR/AR市場の成長予測。2016年は5億ドル未満だが、2020年にはVRとARを合わせて1,500億ドル(約18兆円)規模にまで成長すると試算している

こうした状況から、関根氏は良質なコンテンツをつくるためには、クライアントに対して明確な指針を示すべきだと強調した。キーワードは「VRでなければできない体験」で、それに合わせて最適な手法を選択する必要があるとのこと。特に現在13歳以下の子どもに対しては、VR HMD着用の自主規制が広まりつつある。一方で親子連れを対象としたVRコンテンツで、子どもが体験できなければ、商品価値を下げてしまう。

そこでOculus Rift向けの恐竜アトラクション『恐竜劇画』では、子ども向けにハコスコで体験できるパノラマ動画版も作成し、一般向けコンテンツと切り分けて展示された。VRコンテンツがまだまだ市民権を得ていない現状では、VRコンテンツの体験風景自体が異様に見えるリスクもある。そこで会場に恐竜型のバルーンや巨大ミニチュアなどを設置し、コンテンツの中身が外から理解できるように工夫したという。

▶次ページ:<2>東京モーターショーでCVTを解説するコンテンツを展示

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<2>東京モーターショーでCVTを解説するコンテンツを展示

VRコンテンツで避けては通れないのがVR酔いの解決だ。一般にVR酔いは三半規管への刺激と視覚情報のずれが原因になるとされ、画面上に基準点を表示するなど、様々なノウハウが日々、世界中の開発者によって研究され、共有されている。フレームレートを一定以上(Oculus Riftで75fps)に保つことも重要だ。しかし、ビジュアルクオリティの追求とフレームレートは相反するため、様々な工夫が必要になる。

ここで「第44回 東京モーターショー 2015」におけるジヤトコのブースで出展された、『CVTバーチャルドライビング』の開発事例が紹介された。
これはVRでCVT(無段変速機)の原理を理解しつつ、疑似走行体験が楽しめるというもの。CVTの仕組みをわかりやすく説明するには、VRコンテンツしかないと判断され、開発にいたった。小田桐貴司氏はUnity 5ベースで開発された本コンテンツで、どのような技術的工夫が行われたか、概要を紹介した。

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CVT(Continuously Variable Transmission)は従来のATによるシフトチェンジと異なり、スムーズな変速が可能だ。しかし、その原理や乗り心地を実感してもらうには、最終的に「体験」してもらうしかない。こうした理由からVRコンテンツでの展示が決定された

本作はCVTの原理から疑似走行体験まで、全4パートで構成されている。Unityではパート別にシーンを分けて、順次ロードすることが多いが、本作では1つのシーンにまとめられている。これはパートを連続再生することで発生してしまう、瞬間的な「間」を排除するためだ。また各パートの再生時に初期化が行われると、Oculus Riftの画面が一瞬カクつくため、最初に全パートの初期化を済ませておき、順番に表示・非表示を切り替えている。

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本コンテンツは4パートで構成されているが、各シーンをスムーズに切り替えられるようにUnity上では1つのシーンとしてコーディングされた

開発にあたっては、Unity Asset Storeから購入できる「Cinema Director」「SuperSplines」という2つのアセットが利用された。これはUnity 5ではタイムライン編集ツールが標準では搭載されていないことがあった。そしてSuperSplinesは、パスに沿って道路を作り、周りに木や草などのオブジェクトを配置できる点が魅力だという。Cinema Directorも非常に使いやすく、パススルー(=ライド)型のVRコンテンツを作る上で重宝していると説明された。

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Cinema Director(60ドル)とSuperSplines(30ドル)はパススルー型のコンテンツをUnity上で作成する上で、必須ともいえるアセットだ。これによりFlashのようなタイムライン編集が可能になる

後半で登場する海岸沿いのコースは、地形全体がメッシュで再現されている。ただしオープンワールドではなく、一方向に向かって高速に移動するだけなので、「木はビルボードで済ませるなど、見えるところだけリッチに作っている」とのこと。地形はUnity 5のTerrain Engineで大まかに作り、Hightmapを出力して、地形生成ツールのWorld Machineに読み込んで調整。ここから再びHightmapを出力して、Unity 5に読み込ませたという。

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(左)Terrain EngineとWorld Machineを中心に据えた地形のデータ作成ワークフロー/(右)World Machineでの設定は複雑になりがちだが、本作はドライブシミュレータという用途に合わせて、最低限の設定で済ませている

もっとも、Terrain Engineで生成されるデータは重いため、フレームレートを稼ぐために最終的にローポリのメッシュに変換されている。これにWorld Machineで作成したノーマルマップを出力してマテリアルに入れ、最終的なシェーディングとした。そのほか、道路がぐんぐんと先に伸びていくシーンでは、単純にマテリアルのアルファのテクスチャをスクロールさせるだけで済ませるといった工夫も。こうした「良い意味でのわりきり」が重要だったという。

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(左)Terrain Engineで生成された地形はデータ容量が大きすぎるため、最終的にローポリのメッシュに変換。そこへ、World Machineから書き出したノーマルマップを用いて最終的なシェーディングに仕上げている/(右)道路が前方へと真っ直ぐに進むシーンでは、マテリアルのアルファに適用するテクスチャはループ処理で済ませることでデータ負荷を軽減

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<3>写真やCGパースと遜色ないVRコンテンツをめざして

『CVTバーチャルドライビング』の開発に際しては、走行体験にもこだわったという。本作は助手席視点での映像になっている。体験者が実際には運転しないのに、運転席に座らせることで発生する違和感を抑えるためだ。代わりに運転するのはCGのドライバーで、体がFinal IKで作られており、ハンドルに合わせて腕が動く。体験者が横を向くと、ドライバーもこちらを向いてくれる機能も盛り込んだ。走行感覚も細かく調整し、ジヤトコの車輌テストのエンジニアからも太鼓判が出たほどだという。

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(左)カメラを頭上に上げた視点。本作がオープンカーによるシミュレータであること、体験者が助手席に座っていることがわかる/(右)体験者が前を向くと助手席からの映像になるが、右を向くとドライバーがいることがわかる

小田桐氏は「自動車は非常に身近な存在なので、ちょっとした違和感でもリアリティが損なわれてしまいます」と語る。そのためには適切に五感を「騙す」ことが必要だという。その一環として組み込まれたのが触覚=振動要素で、PCからのオーディオ信号をOSC経由でMAX MSPに伝達し、サイン波に変換した後にボディソニックで出力している。こうすることでエンジンの回転数に合わせた振動が実現された。

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(左)PCからのオーディオ信号をOSC経由でMAX MSPに伝達し、ボディソニックで出力することで振動を表現している/(右)聴覚情報のエンジン音と触覚情報の振動が合わさってリアリティを高めている

そのほかに紹介されたのが、樹木のアニメーションだ。Unity 5では植物生成ミドルウェアのSpeedTreeが内蔵されているが、スタティック・バッチング(同じマテリアルを共有するメッシュをまとめて表示し、処理を軽くする仕組み)が効かないという欠点がある。本作では、ハイスペックPCを用いたため問題なかったそうだが、処理を軽くするには植物の葉に頂点カラーを設定し、それをUnityの頂点シェーダで受け取って揺らすという手法が有効とのこと。

  • CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス:積木製作
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(左)風にそよぎながら自然にアニメーションする樹木/(右)植物の葉に頂点カラーを設定し、Unityの頂点シェーダで受け取って揺らすと、低負荷で自然な揺れが表現できる

ちなみに同じ方式のシェーダはAdvanced Foliage Shader v.4というアセットに含まれており、これを使うと簡単に実装できるとのこと。道路脇の草むらはUnity 5のスタンダードシェーダに含まれているTessellationを使用して、板ポリゴンに凹凸を表現するやり方を紹介。もっとも、これも本作が走行を仮想疑似体験させるコンテンツで、同一方向に一瞬で通り過ぎてしまうため。そこで、こうした効率化が可能だったとも補足していた。

CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス:積木製作

現行のv.4でUnity 5に対応したAdvanced Foliage Shader(20米ドル)。坂道の草や植物を正しくライティングしたり、フェーディングしていくビルボードなどを美しく表現できる

最後に関根氏は、「建築業界ではVRは写真やCGパースと比較される。そのため今後もフォトリアルなビジュアルによるVRコンテンツ制作にこだわりたい」と、今後の展望を語った。
言うまでもなく、快適なVR体験にはフレームレートの確保も必要だ。そのためには最終的に、エンジニアひとりひとりが知恵を絞って効率化を進めるしかない。そうして得られたノウハウを惜しげもなく公開する同社の姿勢に対して、聴講者からも惜しみのない拍手が送られていた。

TEXT & PHOTO(講演スライド)_小野憲史 / Kenji Ono
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota