2015年11月22日(日)、文京学院大学 本郷キャンパスにて催された「CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス」。本稿では、世間一般からも大きな注目をあつめた超フォトリアルな女子高生CGキャラ『Saya』を生み出したTELYUKAの2人によるセッション「フォトリアルキャラクターメイキング」をレポートする。
<1>Sayaのモチーフは実在しない
この講演では、CG業界のみならず多くのニュースサイトやwebで取り上げられたフォトリアルな女子高生CGキャラクター『Saya』を生み出したTELYUKA(テルユカ)こと、石川晃之(てるゆき)氏ならびに石川友香氏の2人によるフォトリアルキャラクターメイキングと最新状況、そしてこれからの展望について語られた。
新しく現在作成中の一人目の3DCG character「Saya」です、今年のクリカンではこちらのキャラクターを中心により実践的なワークフローを紹介させていただく予定です。http://t.co/0Q2zsW6Z73 pic.twitter.com/xgdYax7pp6
— Yuka(telyuka) (@mojeyuka) October 13, 2015
今年10月13日(火)に、友香さん自身のツイートによって公表された『Saya』。日本の女子高生をモチーフとしたフォトリアルなCGキャラクターという斬新さと、その見事な出来栄えから大きな反響を引き起こした
講演の様子。世間一般からも高い注目をあつめるTELYUKAのメイキング講演ということで、会場となった最大で800名以上(全834席)を収容できる仁愛ホールがほぼ満席となった
Sayaを制作するにあたり、まずコンセプトとターゲットの絞り込みが行われたという。このようなフォトリアルなキャラクターを制作をする場合、多くは実在する俳優等をモチーフにする場合が多いと思うが、そうした人物は存在しないとのこと。今作では芸能人のような整った顔立ちではなく、あえてどこにでもいそうな素朴さと、高校生というティーンエイジャー特有の透明感、そして大和撫子(やまとなでしこ)とでも表される日本の女子ならではの柔らかみのある優しさ、可愛らしさなどを念頭におきながら作業が進められた。
DCCツールとして、主に使用されたのはMayaで、スカルプトにはZBrushを、服の造形にはMarvelousDesignerが使用された。レンダラはV-Rayを採用、テクスチャ制作はPhotoshopをベースにMARIでノーマルマップ用の素材の制御が行われた。さらにNUKEでコンポジット作業を行うことで、カラーマネジメントと物理ベースのワークフロー構築を徹底したとのこと。
冒頭に紹介された、『Saya』のワークフローを図示したもの。講演も各工程におけるポイントを順に解説するかたちで進められた
<2>生身の人体、現実の衣服に準じたモデリングの徹底
モデリングを開始するにあたり、まず参考資料として人体の解剖学に関するものを用意し、表面的に見える要素のみならず骨格からそれを覆う筋肉、そして皮膚や脂肪等の肉感に至るまで徹底的な人体に関する理解の上で制作された。
それは、人間という大きな括りのみならずアジアと西洋、アフリカ等人種の違いまで意識し、日本人の若い女性ならではの湿度を含んだきめ細かい肌の質感まで再現することが目標に掲げられた。
衣装のモデリングも同様、まず実際の衣装のパターンに関する資料を元にそこからパスを作成、それをMarvelousDesigner上でシミュレーションをかけながら形状を微調整しながらより自然で美しいボディラインになるよう探っていったという。
MarvelousDesignerによる衣装表現は非常に優れている。しかし、Clothシミュレーションを施す上で、ポリゴン数が多くなりすぎてしまいがちであり実データとしてそのまま使うには重すぎるという悩みも聞かれる。
そこで『Saya』では、Maya上で完成した服のモデルと、パターンの状態の平面状のモデルの両方をインポート。両モデルのトポロジー情報が共通であることからブレンドシェイプでアニメーションができることを確認した上で、パターンの平面モデルに沿って理想的なトポロジーデータを作成、それをハイポリゴンの元データにwrapさせることで効率的にリトポロジーとUV作成するというワークフローを用いたという。
MarvelousDesignerで生成した衣服モデルに対するリトポロジー作業の例
(左)パターンの平面モデルをガイドに、リトポロジーを施したモデル/(右)MarvelousDesignerから読み込んだ元モデル。ハイクオリティだが、それゆえに大容量(高負荷)である
<3>MARIによる3Dテクスチャリング
続いては、テクスチャリングについて。主にMARIで作業を進めたそうだが、まずは『Saya』のひとつ前に制作した『Courir』(クリール)を例に、ボディスーツに対する金属質のテクスチャメイキングが紹介された。
『Courir』(クリール)。本作も海外のCG系Webメディアから高く評価された
作成したいオブジェクトがどのような素材で出来ているのかのみならず、それがどういう環境でどのような使われ方をするのか等、オブジェクトの持つストーリーまで考えて汚しや劣化させることがリアリティを感じさせる秘訣とのこと。
続けて、Sayaのソックスの質感を例に取り、オーガニックな質感においてベースとなる編み込まれた糸だけでなく、その表面の毛玉感や毛羽立ったFurの質感等、そのマテリアルが構成される要素を分解してそれぞれの要素をひとつずつ表現していく様子を語った。
編み込まれた糸の表現は縦糸に赤、横糸に緑、下地に青で着色したタイリングテクスチャを作成して、MARI 3.0の新機能であるノードワークフロー(Exposed node graph and Gizmos)を用いて、それぞれの色味を抽出して高低差の量を探っていくことでリアルタイムにマテリアルの立体感を探っていけるワークフローが採用された。
MARI 3.0によるノードワークフローの作業例
当然ながら徹底的に作り込まれたのは、モデル(アセット)だけではない。リギングにおいても人の構造を全て盛り込まれて制作され、ベースとなる骨のモデルを作成し、その上からMaya Muscleを使用して全ての筋肉をひとつずつ丁寧に仕込んでいったという。このようにすることで正しい弾性と伸縮を持ったより生き物らしいアニメーションが可能になったとのこと。
Maya Muscleの作業例
本講演時点におけるSayaのボディ用リグならびにオブジェクト
フェイシャルに関しても同様に表情筋をひとつずつ作っていこうとしたが、これだけ複雑なマッスルを仕込んだ時点でかなりデータが重くなってしまったそうだ。そのため、ボディ以上に複雑に入り組んだ表情筋に関してはボーンとスムースバインドによる制御方法を模索・研究中とのことであった。
本講演時点におけるSayaのフェイシャル
<4>ライティング、そしてコンポジット
肌の質感について。Sayaのようなフォトリアルな人体表現では、一般的に写真を元に生成されるのがポピュラーな手法だが、TELYUKAの2人はあえて全ての素材を手描きで作成することにこだわったそうだ。
その理由は、実写素材を使用する場合、どうしても写真を撮った時点で陰影が入ってしまうことに加え、本当の意味で細部まで自分達の持つこだわりや作り込みを行うことができず、写真の持つ解像度に依存してしまうという2点が挙げられた。
質感にはVRay SSS2マテリアルを用いたスキンシェーダを使い、肌の幾重にも重なった質感表現をレイヤー状に1枚ずつ重ねていくように再現し、日本人ならではきめ細やかな透明感のある質感が生み出された。
MARIによるスキンテクスチャリングの例
ライティングに関しては、OpenColorIO(OCIO)によるカラーマネジメントを行い、ACES環境にてレンダリングおよび、コンポジットを行うことで実写の背景と完全に一致した環境でのフォトリアルなレンダリングが行えるよう整備された。また、使用するHDR素材はLogoscopeの亀村文彦氏の協力の下、物理的に正確かつハイクオリティなHDR環境が用意できたそうだ。
通常のHDR環境(右)とロゴスコープ/亀村氏が作成した特製HDR環境によるレンダリングイメージ(左)の比較
そして、コンポジット。NUKEで作業を行なったそうだが、レンダリングイメージの段階でもかなり現実空間に忠実な環境が構築されているため、かなりフォトリアルなルックに仕上がっているのだとか。beauty以外にもひと通りのレンダーパスを書き出しているのだが、コンポジット工程では味付け程度の微調整に止め、物理的に正確な3DCG環境で描画されたルックを壊さないよう細心の注意をもって作業したとのこと。
NUKEによるコンポジットワーク例
講演の終盤には『Saya』のロードマップが紹介された。その一環として、前述したロゴスコープバーチャルヒューマンプロジェクトと題し、BT.2020に基づいた360度VRによるコンテンツ制作を共同で進めていることが発表された。
これまで数多く制作されてきたフォトリアルな日本人のキャラクターの中で、不気味の谷を遥かに越え、ここまで圧倒的にリアルに作られたキャラクターが存在しただろうか。その秘訣をまとめていくと、膨大な資料から蓄積された人体に関する知識と、それらをひとつずつ確かな技術で丁寧に再現していき積み重ねていったことで生み出された必然の結果と言えよう。
「バーチャルヒューマンプロジェクト」問い合わせ先
株式会社ロゴスコープ / Logoscope Ltd.
担当:ジャナック・ビマーニ 博士(メディアデザイン)、研究員、プロデューサー
Janak Bhimani, Ph.D., Researcher, Producer
そして終わりにはSayaのフェイシャルアニメーションおよび、シミュレーションされたボディモーションの最新動画が披露された。まだ実験段階と説明されたが、会場全体がフォトリアルなキャラクターの新たな可能性を実感したことは確実な、実に見事な出来映えであった。
3DCG表現はアーティストのセンスとテクノロジーの両輪によって成り立つものだが、TELYUKAの取り組みはまさにその好例である。今後の展開も大いに楽しみだ。
TEXT_谷口ミツヒロ(テトラ) / Mitsuhiro Taniguchi(TETRA)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
Special thanks to TELYUKA
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CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス
参加費:無料 ※事前登録制
開催日:2015年11月22日(日)
場所:文京学院大学 本郷キャンパス(東京都文京区向丘1-19-1)
主催:ボーンデジタル、文京学院大学 コンテンツ多言語知財化センター 協力:文京学院大学、ASIAGRAPH CGアートギャラリー
cgworld.jp/special/cgwcc2015