>   >  なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第1回:黎明期 1970~80年代)
なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第1回:黎明期 1970~80年代)

なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第1回:黎明期 1970~80年代)

「CGなしの本格アクション」「ノーCG」といった映画宣伝コピーを目にする。また、CGに限らず、デジタルの表現技法はアナログのそれに対して下位にあつかわれることも多い。そうした半ば無意識的なCG蔑視における象徴とも言えるのが、3DCGのリアリティが高まるにつれ常に付きまとってきた問題。そう、人物表現における「不気味の谷現象」である。
本来はアンドロイドのようなロボットに用いられてきた概念だったが、現在は3DCG業界でもすっかりポピュラーな言葉になっている。しかし中には、誤って用いている例もみられる。そこで、もう一度「不気味の谷現象」とは何であるかをおさらいし、その問題の解消に取り組んできた系譜を探っていきたい。

<関連する記事>
・なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第2回:発展期 1980年代末~2000年代初頭)

・なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第3回:日本で生まれたヴァーチャル美女 〜1980年代後半から2000年代前半〜)

・なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第4回:不気味の谷を乗り越える日〜2000年代後半から、現在(2016年)まで〜)

TEXT_大口孝之
EDIT_UNIKO、沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)



<1>「不気味の谷」とは何か

「不気味の谷現象」(英語名:Uncanny Valley)(*1、2)は、ロボット工学者で東京工業大学・名誉教授の森 政弘博士が1970年に発表した概念である。森博士が、外見が本物の手にそっくりの電動義手と握手した際に感じた嫌悪感から発想し、「類似度が上がって行くに従い親和感も増加して行く。しかし、類似度がほとんど人間に近くなった近傍で、親和感は急激に負の領域にまで落ち込んでしまい、人間は気味悪く感じるようになってしまうのである。この親和感曲線が負に落ち込むことを、『不気味の谷』現象と名付けた」と述べた【図1】

ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題【その1:黎明編 1970~80年代】

【図1】「不気味の谷現象」概念図(Mori、2012)

(*1)森 政弘著:『不気味の谷』、『日本のロボット研究開発の歩み』、『日本ロボット学会ロボット研究開発アーカイブ実行委員会
rraj.rsj-web.org/atcl/2341
(*2)Masahiro Mori:『The Uncanny Valley』、Robotics and Automation Magazine, Vol.19, No.2, p98-100, IEEE(June 2012)

元々は、正式な論文として発表されたものではなく、エッソスタンダード石油広報部から発行されていた雑誌『Energy』(*3)に、エッセイとして掲載されていた。しかしこの概念は、森博士自身も「何の反響もなく長く眠っていたが、2005年という35年も後になって、欧米で引用され始め(後略)」と述べられているように、最近までほとんど知られていなかった。

(*3)森 政弘著:『不気味の谷』、『Energy』第7巻、第4号、p33-35、エッソスタンダード石油(1970年)。この『Energy』は、1964年4月から1974年12月まで季刊で計39冊+特別号1冊が発行された。

<2>早くから気づいていたピクサー

森博士が言う2005年という年であるが、筆者はこの前年に『Mr.インクレディブル』(2004年)の取材で、ピクサー・アニメーション・スタジオのプロデューサーであるジョン・ウォーカー/John Walker氏【図2】にインタビュー(*4)しており、以下はその時の内容の一部である。

-キャラクターのフォルムはカートゥーン的なのに、髪の毛や肌、衣服などはフォトリアリスティックですね。この相反する要素を組み合わせるのに、苦労はなかったですか?

ジョン・ウォーカー(以下、ウォーカー):それはすごく良い質問で、まさにその点がわれわれの最大のチャレンジでした。毛穴や鼻の穴、睫毛、眉毛などをどれくらいリアルに描こうか、その度合いを見極めるのは非常に難しかったのです。もちろん技術的にはどこまでもリアルに出来ますが、しかし過剰に生々しくなってしまうと、ある所で急に不気味になってしまうのです。だから、不気味になる一歩手前に線を引くというのがとにかく大変でした。そのコンセプトの1つとして、"Uncanny Valley"(不気味の谷)という概念があります。

-その言葉は、日本のロボット工学者である森政弘博士の論文からとったものですか?

ウォーカー:そうです。だからわれわれは「不気味の谷」に落ち込まないように、過去のキャラクターの研究から始めました。壁に掲示板を作りまして、右端が親しみやすいGOOD、左端を不気味なBADとして、キャラクターの写真を貼っていくのです。そしてBADの所には気持ちの悪い某3DCGキャラクターを貼って戒めとし、GOODの所には、例えばランキン=バス・プロ(Rankin/Bass Productions)(*5)の人形アニメなどを貼っていきました。最初は頭髪もスタイライズされたもので作っていたのですが、リアルな方が良い結果が出たのですね。それでヘア・シミュレーションにはこだわったのです。

つまり、少なくとも『Mr.インクレディブル』の制作が始まった初期の段階で、ピクサー・アニメーション・スタジオは「不気味の谷」を意識していたはずなのである。では、なぜピクサーが早くからこの問題に着目していたかについて考えてみたい。

  • ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題【その1:黎明編 1970~80年代】
  • ジョン・ウォーカー氏(2004年撮影)

(*4)大口孝之著:『インタビュー 映画「Mr.インクレディブル」プロデューサー ジョン・ウォーカー氏』、『映像新聞』、p22、映像新聞社(2005年1月3日)
(*5)ランキン=バス・プロは米国の映画プロダクションであるが、実作業の多くを持永只仁氏らのMOMプロダクションなど、日本のスタジオに依頼する形で製作を行っていた。


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<3>ユタ大学における人物CG表現の黎明

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