>   >  なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第2回:発展期 1980年代末~2000年代初頭)
なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第2回:発展期 1980年代末~2000年代初頭)

なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第2回:発展期 1980年代末~2000年代初頭)

3DCGによるリアルな人物表現における「不気味の谷現象」の、ルーツを探る短期連載企画の2回目である。前回は、ピクサー(Pixar)が制作した短編『ティン・トイ』(『Tin Toy』1988年)において、そこに登場する3DCGの赤ん坊が人々から反感を買い、「不気味の谷現象」に注目するきっかけを作ったことまでを述べた。その後ピクサーは、コミカルなキャラクターデザインを特徴とするようになっていく。その一方で、リアルなヴァーチャル・ヒューマンの可能性に着目し、積極的に開発を進めた研究者やプロダクションも現れはじめていた。

<関連する記事>
・なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第1回:黎明期 1970~80年代)

・なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第3回:日本で生まれたヴァーチャル美女 〜1980年代後半から2000年代前半〜)

・なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第4回:不気味の谷を乗り越える日〜2000年代後半から、現在(2016年)まで〜)

TEXT_大口孝之
EDIT_UNIKO、沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)



<1>ヴァーチャル・アクターの誕生

1987年に、ジェフ・クライザー/Jeff Kleiserとダイアナ・ウォルザック/Diana Walczakが、3DCGキャラクターを人間のタレントのように売り込んでいく計画を立て、クライザー=ウォルザック・コンストラクション/Kleiser-Walczak Construction Co.を設立した。そしてSIGGRAPH 88のFilm and Video Showに、『Sextone for President』(1988年)【図1】という短編作品を発表している。その内容は、アーノルド・シュワルツェネッガー風の3DCGキャラクターが、アメリカ大統領選に人造人間組合代表者として立候補演説を行うというものだった。

翌年には、"DOZO"という女性キャラクターが歌うミュージックビデオ風短編『Don't Touch Me』(1989年)【図2】を発表し、この時にSynthetic(合成・人造)とThespian(俳優)を組み合わせて"シンセスピアン"(Synthespian)という造語を生み出す。結局、ヴァーチャル・アクターそのものがタレントとなるというコンセプトはまだ早過ぎたようで、ほとんど話題にすらされなかった。

その後同社は、映画『ジャッジ・ドレッド』(原題『Judge Dredd』、1995年)においてシルヴェスター・スタローンのデジタル・スタントダブルを手がけ、『ザ・ワン』(原題『The One』、2001年)ではジェット・リーの1人2役による格闘シーンで、代役の顔をすり替える作業を担当した。また『X-メン』(原題『X-Men』、2000年)、『X-MEN2』(原題『X2』、2003年)、『X-MEN:ファイナル ディシジョン』(原題『X-Men:The Last Stand』、2006年)などのシリーズで、全身を青いウロコに覆われたミスティークの変身シーンを手がけている。現在は、社名をシンセスピアン・スタジオ(Synthespian Studios)と改めて、VFXプロダクションとして活動を続けている。

ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題(その2:発展期 1980年代末~2000年代初頭)

【図1】『Sextone for President』(1988年)
© Kleiser-Walczak Construction Co.

ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題(その2:発展期 1980年代末~2000年代初頭)

【図2】『Don't Touch Me』(1989年)
© Kleiser-Walczak Construction Co.


<2>ハリウッドの俳優組合がヴァーチャル・アクターにクレーム?

80~90年代に活躍したVRの第2世代(※1)を象徴する人物に、ジャロン・ラニアー/Jaron Lanierがいる。そもそもVirtual Realityという用語も、1987年に彼が用いた言葉だった。彼が設立に参加したVPL Researchは、それまで軍やNASAの研究所などに限定されていたVR機材を、一般向けに提供した初の企業だった。この会社が生み出した製品のひとつに、1990年に発売された「データスーツ/Data Suit」がある。光ファイバー・センサーと磁気センサーを組み合わせて、全身のキャプチャを可能にしたデバイスで、この製品の登場によってモーション・キャプチャがポピュラーになる。だがVRの分野ではリアルタイムが必然となるため、これを用いた映像はシンプルな形状が中心だった。

しかしSIGGRAPH 93において、ゲーム会社のアクレイム・エンターテインメント/Acclaim Entertainmentが発表したデモ映像『Duel』に、筆者は衝撃を受けた。地球人の男と爬虫類型宇宙人の格闘を描いた短い作品だったが、一瞬実写かと思ってしまうほど生々しい滑らかな動きをしていたのだ。その後、NHKスペシャル『新・電子立国』(1995年)で、このアクレイムが紹介される。その内容は、アトランタのバイオメカニクス(Biomechanics)が開発した光学モーション・キャプチャ技術を、同社が1992年に導入して共同開発を進めてきたというものだった。

中でも印象的だったのが、同社が映画『バットマン フォーエヴァー』(原題『Batman Forever』、1995年)に、デジタル・スタントダブルのモーションデータを提供したという話である。それは、バットマンがビルから飛び降りるシーン【図3】(※2)なのだが、地面に降り立った後にスタスタ歩く映像が紹介され、その場面はカットされたと説明していたのである。つまり「スタントシーンなら問題ないが、普通に歩く演技であればそれは俳優が演ずるべきだ」と俳優がクレームをつける可能性があったため、最後の部分が削除されたというのだ。このエピソードは、「ヴァーチャル・アクターvs人間の俳優」というわかりやすい構図を持っていたため、色々なメディアが引用していた。

だが、筆者はこれに疑問を持った。そもそもバットマンが地面を歩く芝居は、その後のシーンとまったく繋がらない。そこで放送直後に、ニューヨークのアクレイムを訪ねて取材してみたのだが、そんな話は知らないという。また、この場面のVFXスーパーバイザーだったアンドリュー・アダムソン/Andrew Adamsonにも2001年に質問してみたが、「それは単なる噂話だ」ということだった。このもっともらしいデマの出所は不明なのだが、「ハリウッドの俳優組合がクレームをつけた」とか、尾ヒレが付いて広まっていったようだ。

ヴヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題(その2:発展期 1980年代末~2000年代初頭)

【図3】『バットマン フォーエヴァー』より、バットマンがビルから飛び降りるシーン
© 1995 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

(※1)ここで言うVR(まだそういう用語はなかったが)の第一世代とは、モートン・ハイリグ(Morton L. Heilig)、アイバン・サザーランド(Ivan E. Sutherland)、マイロン・クルーガー(Myron W. Krueger)の辺りを指している。
(※2)この場面の3DCGを手がけていたのは、パシフィック・データ・イメージズ/Pacific Data Images:PDIだった。1997年に同社はドリームワークスの傘下に入り、2000年には完全子会社となって社名をPDI/ドリームワークス/PDI DreamWorksと改めた。現在はドリームワークス・アニメーション/DreamWorks Animationに統合されている。


▶次ページ:
<3>パシフィック・タイトル/ミラージュ

特集