8月12日~8月16日、カナダ・バンクーバーで開催されたSIGGRAPH 2018。その期間中に開催されたProduction Sessions(プロダクション・セッション)では、ハリウッド映画のメイキングが連日披露された。本稿ではその中から2018年の大ヒット作『レディ・プレイヤー1』のメイキングセッションの模様を要約して紹介する。

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TEXT_鍋 潤太郎
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

BD/DVD/デジタル【予告編】『レディ・プレイヤー1』
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Three Keys to Creating the World of"Ready Player One"
Visual Effects & Virtual Production

登壇者(右から)
デイビッド・シャーク/David Shirk アニメーション・スーパーバイザー(ILM)
アレックス・イェーガー/Alex Jaeger バーチャルプロダクション・コンセプトデザイン・スーパーバイザー(ILM)
ホゼ・アスタシオ/Jose Astacio バーチャルプロダクションLABマスターシーン リード(Digital Domain)
ニコラス・デルベック/Nicolas Delbecq FXスーパーバイザー(ILM)

デイビッド・シャーク:今日はお越しいただきありがとうございます。私はILMのアニメーション・スーパーバイザー、デイビッド・シャークです。

  • デイビッド・シャーク
    アニメーション・スーパーバイザー(ILM)
    photo by Jim Hagarty © 2018 ACM SIGGRAPH

デイビッド・シャーク:『レディ・プレイヤー1』のプロジェクトは3年前から始まりました。スティーブン・スピルバーグ監督との最初のミーティングでは、監督はアーネスト・クラインの原作本を手にしていました。それを見たときは、とてもワクワクしました。なぜなら、われわれクルーの多くは、すでに原作を読んでいて、ストーリーを良く知っていましたから。

原作にインスパイアされたスピルバーグ監督は、リアル・ワールド(現実世界)とVR空間である「オアシス」とのコントラストを強くしたいと望んでいました。そこで、撮影監督のヤヌス・カミンスキーは、リアル・ワールドをアナモルフィックレンズを使って、35mmフィルムで撮影することを決断しました。そして、Digital Domain(以下、DD)のVFXスーパーバイザー マシュー・バトラー率いるチームが、リアル・ワールドのVFX300ショット余りを担当しました。一方、ILMはオアシスを担当しました。

今日は『レディ・プレイヤー1』の世界観をどのようにスクリーン上につくり出したのか、そのキーとなる①デザイン②ムーブメント③エフェクト、の3つの項目について紹介したいと思います。まず、アレックスがデザインについて説明します。

①デザイン

アレックス・イェーガーアレックス・イェーガーです。私はILMのバーチャル・プロダクション・コンセプトデザイン・スーパーバイザーです。

  • アレックス・イェーガー
    バーチャルプロダクション・コンセプトデザイン・スーパーバイザー(ILM)
    photo by Jim Hagarty © 2018 ACM SIGGRAPH

アレックス・イェーガー:まず最初に、アカデミー賞受賞歴のあるプロダクション・デザイナー、アダム・ストックハウゼンからアプローチを受け、デザイン作業が始まりました。この『レディ・プレイヤー1』は映画の80%がデジタルという作品です。

プリプロはコンセプト・デザインから始まり、DDのバーチャル・プロダクションではプリビズが始まりました。たくさんのキャラクター、車、クリーチャーなど、登場するアセットは膨大な数に上ることが予想できました。このプロジェクトを成しとげるためにDD、Framestore、ILM(サンフランシスコ、バンクーバー、シンガポール)という、文字通り世界中からアーティストが参加することになったのです。

スピルバーグ監督からは、連日、様々なアイデアが出されました。そのアイデアや要望をバーチャル・プロダクションの中で敏速に反映させるために、パイプラインやワークフローも様々な工夫が凝らされました。

スピルバーグ監督はパーシヴァル、アルテミス、エイチ、ダイトウ ショウ(※いずれもオアシス内のアバター。3DCGでつくられている)など、主役キャラクターのディテールに大変こだわっていました。スキン・トーンにしても、スタイライズされた「スーパー・ハイ・ディテール」が要求され、アニメっぽくならないよう、最新の注意を払う必要がありました。

中でもアルテミスのデザインは、早い段階で決定されました。アルテミスはヒロインであるサマンサのアバターになるので、スタイライズされ、デザイン面でもかなり比重が置かれて、様々な衣装やライティングなど、数多くの設定案が用意されました。アルテミスのバイクは『AKIRA』の金田バイクで、彼女の性格に合わせてカスタマイズされていて、バイクにはハローキティのステッカーなどが貼ってあります。

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トシロウのアバター、ダイトーは日本のサムライ戦士です。歌舞伎マスク風のデザインにしました。顔面は日本の著名な俳優、三船敏郎をモチーフにしています。ダイトーが乗る車は彼用にカスタマイズされたマッハ号で、『スピード・レーサー』(原作『マッハGoGoGo』)からの出典になります。

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アレックス・イェーガー:この作品にはほかにも、クロスオーバーとして『アイアン・ジャイアント』、『ガンダム』、『AKIRA』など、様々な作品が登場し、『カウボーイ・ビバップ』の宇宙船、『マッドマックス』のインターセプターなど、乗り物もたくさん出てきます。

クロスオーバーへのこだわりは、キャラクターや乗り物だけではありません。小道具として登場する箱1つとっても、映画『グレムリン』でギズモが入っていた箱のデザインだったり、ありとあらゆる細かいアイテムにも、大変なこだわりが含まれているのです。さて続いては、DDのバーチャル・プロダクションで行われたムーブメントについて、ホセに説明してもらうことにしましょう。

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②ムーブメント

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②ムーブメント

ホセ・アスタシオ:DDのバーチャルプロダクション バーチャルプロダクションLABマスターシーン リードを務めた、ホセ・アスタシオです。

  • ホセ・アスタシオ
    バーチャルプロダクションLABマスターシーン リード(Digital Domain)
    photo by Jim Hagarty © 2018 ACM SIGGRAPH

ホセ・アスタシオ:この作品で、DDとILMはパートナーシップを組み、連携をとりながら作業を進めていきました。DDが担当したのは、プレビズ、バーチャル・プロダクション、そしてリアルワールドのVFXです。この作品の制作工程は尋常でないほど複雑でしたので、プリプロ段階からしっかりと制作方法を固めておく必要がありました。

バーチャル・プロダクションは、主に3つのチームで構成されました。

1.VAD バーチャル・アート部門
エンバイロンメントのアセット、テクスチャ、ライティングを担当しました。リアルタイム・レンダリングには、高度にカスタマイズされたUnityエンジンを使用しました。また、膨大な3Dプロップや、リアルタイム・エンバイロメントも担当しています。

2.LAB マスタ・ーシーン部門
ひと言で説明するのが難しいのですが、ラボラトリ部門です。シーンのアセンブリ、モーションキャプチャ・アニメーション、FX、スピルバーグがカメラの動きを決定するVRセット、そしてUnityによるレンダリングなど、広範囲の作業を担当しました。

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ホセ・アスタシオ:モーションキャプチャが完了すると、実際のシーンに組み込んでいくことになりますが、我々はこれを「マスター・シーン」と呼んでいました。2ヵ月程を費やし、575のマスター・シーンをつくりました。それぞれのマスター・シーンは非常に複雑で、モーション・キャプチャのデータ、FX、リファレンス・カメラなどが含まれていました。

カメラの動きの撮影には、ヴィ・カム(V-cam)やサイムル・カム(Simul-Cam)と呼ばれるバーチャル・カメラが使用されました。これらは、高機能にカスタマイズされ、バーチャル・セット上でリアルタイムで撮影を行うことが可能でした。

3.Mocap部門
動きをビジュアライズするモーション・キャプチャのプロセスを一手に引き受ける部署です。2つの大規模なモーション・キャプチャ・ボリュームを構築しました。1つは主要キャプチャ・ステージで40×70フィート(12m×21m)の大きさで120台のカメラがありました。もう1つは少し小さい規模のスタント用で、4人のモーション・アクターが自由に動き回れるサイズでした。モーションキャプチャでは6週間で50,000秒分を収録できました。

Ready Player One - Motion Capture Featurette - Warner Bros. UK

ホセ・アスタシオ:キャラクターやアセットの動きもさることながら、カメラの動きもシネマティクにおけるストーリー・テリングでは重要な要素です。ショット毎の繋がりなども、演出に合わせて細心の注意を払う必要があります。

スピルバーグ監督側のエディトリアル・チームによるヒーロー・パフォーマンスの作業と並行して、ILMでは膨大なセカンダリー・アニメーションやクラウド(群衆)の作業が進んでいました。モーション・キャプチャのデータはDDから、アニメーションはILMのレイアウト・チームから、これらを膨大なキャラクターと併せて作業を進めていくのです。

前述のように、この作品では膨大なプレビズ、そして主要な演技の撮影ではモーションキャプチャを多用していますが、無重力のダンスシーンを始め、伝統的なキーフレーム・アニメーションによる「振付け」、「味つけ」も随所で効果的に使用されています。

私のお気に入りのシークエンスは、ILMロンドンが担当した、迫力ある「NYレース」です。このシーンではドキュメンタリー・スタイルな臨場感を出すため、運転席にいるアバター達の動きもリアルに見せるよう努力しました。その例として、モーション・キャプチャ・ステージに「デロリアン・リグ」をつくり、それに役者が乗って演技を行なって撮影したのです。

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ホセ・アスタシオ:では、これらの動きをどうやってアニメーションに反映したのか? についてですが、ILMではこのためのパイプラインが開発され、無駄な作業反復が発生しないよう工夫しました。スピルバーグ監督から届いたカメラの動き、モーション・キャプチャの役者、そしてアニメーションが効率よくシーンに取り込まれ、スピルバーグ監督に見せてフィードバックが得られると、すぐさまそれを反映できるようになっていました。

映画『シャイニング』のオマージュ・シークエンスの1つを例にとって、アニメーションとキャラクターのワークフローについて話しましょう。このシーンではスピルバーグ監督から届いたバーチャル・カメラ、DDから届いたモーション・キャプチャのアニメーション・データ、これらをILMで引き継き、アニメーションをクリーンアップして作業を進め、完成となりました。

さて、ILMにおけるフェイシャル・アニメーションのワークフローについても紹介したいと思います。本作ではディズニー・リサーチで開発されたMedusaというフェイシャル・キャプチャ・テクニックをベースに、キャプチャを行いました。これは、フェイシャルのパフォーマンスをかなり正確に表現することができます。カメラ4台で4方向からフェイシャル・キャプチャの結果をマージして、キャラクターに「リマップ」するのです。筋肉の動きや、細かい表情などがリアルに再現できます。

この作品のフェイシャルで最も重要だったのは、表情にリアリティをもたせることでした。可能な限りリアルにするため、何度も何度もチェックを行い、試行錯誤を繰り返したのです。

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③エフェクト

ホセ・アスタシオ:さて、合戦シーンのクラウド(群衆)も非常に複雑で大変でした。しかも「アートディレクションが可能なこと」も重要な要素でした。クラウドシステム&手付けのキーフレーム・アニメーションの併用、爆発、衝撃波など、画面の中で様々なことが起こります。それでは、この後はニコラスがエフェクトについて説明してくれます。

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ニコラス・デルベック:ILMシンガポールのFXスーバーバイザー、ニコラス・デルベックです。『レディ・プレイヤー1』ではエフェクト・チームでも、様々なチャレンジがありました。

  • ニコラス・デルベック
    FXスーバーバイザー(ILM)
    photo by Jim Hagarty © 2018 ACM SIGGRAPH

ニコラス・デルベック:冒頭のレースシーンでは、デストラクションのエフェクトがたくさん登場します。RBDやボリューム・シュミレーションのオンパレードでした。膨大なパーティクルボリューメトリックのシュミレーションは、インハウスのソルバーを使用しました。ショットによっては多くの要素を一緒にシュミレーションしなければならず、大変でした。

バトルシークエンスには溶岩が出てくるショットもありました。溶岩の表現は粘土や温度の調整、そのシュミレーション時間もさることながら、溶岩のディテール調整には意外と時間を費やしました。

映画『シャイニング』のオマージュ・シークエンスは、数あるクロスオーバーの中でも印象的なシークエンスとなりましたが、この作業はILMシンガポールが担当しました。オリジナルの『シャイニング』の世界観に可能な限り近づけるよう、気を配りました。ショットによっては、特にキッチンやバスルームのシーンなど、オリジナルの映画のフッテージをプロジェクションすることでセットを「再現」したショットもあります。それ以外のほとんどのショットは、ゼロから「再構築」しています。ちなみにバスルームの女優さんは、1980年のオリジナル・フッテージからご登場いただいております。

血の洪水シークエンスは、流体シュミレーションによるものです。ミニチュアで撮影したリファレンスを参考にしながら オリジナルの『シャイニング』のショットと全く同じに見えるよう、自社開発の流体ソルバーを使用し、エミッターの位置なども1つ1つ微調整しながら、動きや見た目を合わせていきました。流体のメッシュは、かなりのハイレゾ・メッシュにする必要がありました。レンダリングはRenderManのRISで行いましたが、レンダリング時間は1コマ10~16時間ほどかかりました。

血の洪水で動く家具は、実は手付けのキーフレームアニメーションです。ディレクションにも柔軟に対応可能な上、流体シュミレーションの負荷を軽減することができました。

おわりに

デイビッド・シャーク:以上のように、過去に例を見ないほど、非常に複雑かつスタイライズされた独特の世界観が必要とされ、なおかつ膨大な作業量となった作品でした。

ILMでは全90分、904ショットのフル・デジタルのVFXを担当しました。最終的にアセット数は900に上り、971のフェイシャル・パフォーマンス、52,393秒のキャラクター・キャプチャ、53人のモーション・パフォーマー、63のデジタル・エンバイロンメントにより、作品を完成させることができました。

映画『レディ・プレイヤー1』日本限定スペシャル映像(メカゴジラ VS ガンダム編)
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