米国バンクーバーで開催されたSIGGRAPH 2018で、台湾のパソコンメーカーAcerとスウェーデンのStarbreezeが組んで開発されたStarVR社の広角VRヘッドマウントディスプレイ「StarVR One」が発表された。1つ前のバージョンである「StarVR」は日本でも新宿にあるセガのVR施設「SEGA VR AREA SHINJUKU」で採用されている。一般ユーザーではなく企業・産業向けにエンタープライズ用途に特化したこの「StarVR」について、StarVR社に話を伺った。

※本記事は、2018年8月14日(米国時間)に開催された StarVRプレス発表における取材内容に基づきます。

TEXT_安藤幸央(エクサ)/Yukio Ando(EXA CORPORATION)
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

VR HMDの中でも最高峰スペックを誇る「StarVR」

SIGGRAPH 2018における「StarVR」展示ブース。体験ブースが複数用意されており、完全予約制でVRコンテンツを試すことができた

2018年8月14日、米国バンクーバーで開催されたSIGGRAPH 2018の展示会場で、最新版のVRヘッドマウントディスプレイ(以下、VR HMD)「StarVR One」(トラッキングシステムとしてStreamVR 2.0対応)と、SteamVR以外のトラッキングシステム用に光学トラッカーを搭載した「StarVR One XT」が発表された。視野角は前機種の登場時に業界を驚かせた横210度×縦120度からさらに上下方向を拡張し、横210度×縦130度。一般的で安価なVR HMDの視野角が110度×110度程度なので、比べると格段に広い。さらに、前機種では60fpsだったリフレッシュレートも90fps(1秒間に90フレーム描画しなおす)とスペックアップした。これだけ視野角が広いと一般的な人間の視野を全て覆うことができるため違和感が少なく、リフレッシュレートの性能アップとともに視覚のずれが生じにくいため、映像酔いもおこりにくいと言われている。

この「StarVR One」は4.77インチサイズのAMOLEDディスプレイを2枚搭載しており、1600万サブピクセルという性能が公開されている(前機種は5K 2560×1440と公表されていたが、「StarVR One」の場合、アイトラッキングと連動して解像度が変化するため、解像度は公開されていない)。

筐体は装着時の前後のバランスもよく、重さはわずか450g(XTは430g)。PlayStation VRが610g、Oculus Riftが440gであることから考えると、軽い部類に入る。

StarVR社CTO Emmanuel Marquez氏による解説

ここからは、StarVR社のCTO Emmanuel Marquez氏による「StarVR One」開発の経緯や、今後の展望について紹介していこう。

新機種「StarVR One」を紹介するStarVR社CTO Emmanuel Marquez氏

――StarVR社ができたきっかけは?

Emmanuel Marquez(以下、Marquez):StarVR社は、もともとVR HMDのプロトタイプを開発していました。プロトタイプとしては良質なものが完成したものの量産化にむけて悩んでいたStarbreeze社と、その頃ちょうどVRビジネスのグローバル展開を考えていた台湾のコンピュータメーカーAcerが出会って、VR関連の提携をスタートさせたのがきっかけです。

――なぜ一般ユーザー向けではなく、ビジネス用途、エンタープライズ向けに特化しているのですか?

Marquez:VRは没入感が大切です。その大切な没入感が得られるような、視野が広く高精細でフレームレートも高いといったハイエンドのVRデバイスは、まだまだ一般ユーザー向けには製品と市場とが合いません。そのためまずは企業向け、ビジネス用途向けの販売を進め、市場がもっと大きくなってから一般ユーザー向けに展開することを考えています。今はまだ良い製品をつくってVRをハードウェア面、コンテンツ面から育てていき、それを続けていくことが大切だと考えています。その順序を間違えてしまうと市場を潰してしまうのです。

現在は、様々な業種向けにオープンなSDKを提供しコンテンツをつくってもらうこと、そしてコンテンツのつくりやすさをとても大切にしています。すでに様々な企業とパートナーシップを結んでいますが、今後はVRとはあまり関係なかったような業界のパートナーとも組んでいくことを考えています。

――VRコンテンツについて、App Storeのような販売、配布のしくみは考えていますか?

App Store、iTunes StoreのようなストアによるVRコンテンツの配布や販売も考えてはいますが、現在はまだ良質なコンテンツを増やすことが先決です。ですから「ストアの前にまずは良質なコンテンツを!」ということで、今は様々なコンテンツパートナーと準備しているところです。

――「StarVR One」の今後の展望について教えてください。

「StarVR One」の価格は今のところは明らかにできませんが、単に価格だけでなく、品質や性能、よりよい技術サポートがとても大切だという認識で販売を進める予定です。日本、アジア市場担当の営業職が月に一度は日本を訪問しているので、ご要望があればぜひコンタクトしてください。

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<3>抜群の没入感を体験、「StarVR」実機デモ・レポート

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<3>抜群の没入感を体験、「StarVR」実機デモ・レポート

ここからは、いくつかの実機デモを体験することができたので、その感想をレポートしていく。まず「StarVR」を装着すると、やはり視野角が広く、視界の全体を覆うほどの感覚であった点が印象的だった。筆者は近眼のため常にメガネを着用しているが、メガネをかけたままでもHMDをスムーズに装着できたばかりでなく、HMDの視野の方がメガネの視野よりも広いくらいの印象であった。そのため、視線の端の方でとらえた物体を感じ、視線を自由に操ることができるのだ。

また、OLEDのパネルは液晶のようなピクセルごとのツブツブ感もなく、なめらかな壁紙、なめらかな風景が自分の周囲に広がっているような感覚を得ることができた。その上、頭や体を素早く動かしても映像がずれたり、遅延したりすることはなく、映像を見ているというよりも、投影されているものを覗き込んでいるかと思うほど安定していた。

音響に関してはスピーカーが搭載されているわけではなく、ミニヘッドフォンジャックがあり、どのようなタイプのヘッドフォンも接続可能だ。用途や目的に応じて耳を全て覆うようなヘッドフォンから、インナーイヤーの軽量のヘッドフォン、または音なしなどの選択も可能となっている。

車体モデルのデザイン検討のためのVRコンテンツ

車体のインテリアやエクステリアをVR世界で選択し、車外、運転席、後部座席などから車のデザインを確認できるVRコンテンツでは、最新のアイトラッカーを活用し、視線方向のレンダリングが細かくなるしくみが採用されていた。アイトラッカーには実績のあるTobii社の技術が採用されている。 

Dynamic Foveated Renderingという視線方向のレンダリングが高精細になるしくみ。広範囲の画像全てを高精細にしなくとも良いため、ハードウェアの負荷が低くなり、求められるスペックを低く抑えることができる。人間は実際のところ視線の方向しかよく見ておらず、このしくみは十分違和感なく機能する

このデモでなによりも驚いたのは、車体の背景に配置されている背景であった。なんと日本の銀座、アップルストアのある付近の歩行者天国が背景であり、その道や建物の質感や量感が、あたかも銀座の中心に立っているかのごとく押し寄せてくるVRならではのコンテンツであった。

背景には銀座の風景が使われていた

その他にもアイトラッカーの功績として、装着時にHMDのずれを検知したり、左右の目の距離(瞳孔間距離)を自動的に計測し、装着している人にぴったりと合った設定に調整可能という点がある。さらにアイトラッカーにより視聴コンテンツのどこを多く見ているかを知ることができるため、3D空間における視聴率のようなデータを取得しホットスポットを把握することで、コンテンツ制作やデザイン検討に役立てることもできる。

tobiiアイトラッカーによる瞳孔間距離計測の説明。ちなみに著者は63mmだった

VR体験者がどこに視線を向かわせているかを把握できる

ケーブルに関しては、高精細な映像を高速に映像として映し出さなければいけないため、現在は無線ではなく有線だが、今後、技術の進歩に応じて無線化も検討しているとのことだ。

VR HMDとしては現在、考えうる最高性能をもつ「StarVR」。まず企業向け、ビジネス用途向けに展開するとのことだが、コンテンツの広がりとともに、このクラスのHMDが一般的に普及していくことを期待したい。